韓国・釜山にある国際市場は、朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月)後、避難民が開いた闇市がきっかけで広がり、いまも残る名物市場です。当時は“人を除いてすべて外国製”と言われるほど、海外からの密入品を扱っていたとか。この市場をキーワードに、韓国現代史を庶民(の受難)の視点から振り返った一大叙事詩が、ユン・ジェギュン監督の「国際市場で逢いましょう」(5月16日公開)です。日本による統治が終わって間もなく朝鮮戦争が勃発、逃げ惑う避難民、加えてベトナム戦争や、南北分断で生き別れになった離散家族の捜索。こうした歴史のトピックが、ひとりの男の波乱に満ちた生涯を通して描かれていきます。
※
物語は現在、老いた主人公ドクス(ファン・ジョンミン)の回想として語られる。朝鮮戦争勃発時、ドクス少年一家は、中国軍が迫るなか、朝鮮北部・東海岸の興南から米船で脱出を試みる。その混乱の最中に、ドクスは父と妹マクスンと離れ離れになる。彼は、母や幼い弟妹とともに避難民として、釜山の国際市場で叔母が経営する露店に身を寄せる。やがて成長したドクスは、父の代わりに家計を支えるため、西ドイツの炭鉱へ出稼ぎに行き、ベトナム戦争では民間技術者として働くなど、幾度となく生死の瀬戸際に立たされる。だが、彼は家族のために必死に、笑顔で激動の時代を生き抜く。「いまから、お前が家長だ。家族を守ってくれ。いつか国際市場で逢おう」という、興南で最後に父と交わした約束を忘れずに…。
※
物語は波乱万丈だ。1950年、避難のため米船によじ登る際、ドクス少年が背負っていた妹の手を放してしまう冒頭。1953年の朝鮮戦争停戦では、半島が南北に分断され、ドクスらは北の故郷に帰れなくなる。1960年代、経済状況が厳しい韓国の施策によって、ドクスは親友ダルグ(オ・ダルス)とともに西ドイツの炭鉱に出稼ぎに行き、事故に遭う。同時に、看護師として派遣されていたヨンジャ(キム・ユンジン)と知り合い、やがて彼女はドクスの生涯の妻となる。1974年には、ダルグとベトナム戦争下のサイゴンに赴き、足を負傷する。やがて1980年代、離散家族を捜すTV番組が評判になり、ドクスは妹に再会する…。
※
この作品は、韓国の人々の胸に刻まれた悲劇の歴史を再現すると同時に、その渦中に生き、家族を守り抜いたハートフルな父親像を浮き彫りにしている。ユン・ジェギュン監督(「TSUNAMI-ツナミ-」09年)は言う。「貧しく辛かったあの時代。自分ではなく、家族のために生涯を生きた父を見ながら、いつも申し訳ない気持ちでいっぱいだった」と。ドクスは、弟の大学の授業料を工面するため西ドイツの炭鉱で働く。そして、独学で海洋大学に合格。だが、傾いた叔母の店を買い取る資金を稼ぐために、大学進学をあきらめベトナムに飛ぶ。また彼の父は、避難船から海中に落ちた娘を捜索するために行方不明になる。ラスト、「父さん、約束は果たしたよ。でも…本当に辛かった」というドクスのセリフが切ない。
※
ドクス役のファン・ジョンミン(「傷だらけのふたり」14年)は、20代から70代まで、ひとりの男の人生を熱演する。また、彼の妻ヨンジャ役のキム・ユンジンはハリウッドでも活躍し、「シュリ」(98年)で注目された女優で、今回も好印象を残す。現代、老いたドクスが叔母から受け継いだ露店の立ち退きを命じられ、断固拒否するくだりもリアリティーにあふれている。また劇中、大企業“現代”グループの創立者や、韓国第一号のファッション・デザイナーとなるキム・ボンナム(アンドレ・キム)、ベトナム戦争に参戦した有名歌手ナム・ジン(演じるのは東方神起のユンホ)らの有名人たちが姿を見せるのも話題だ。
※
この作品は、現代史をたどりながら政治の不条理を追及するという手法は採っていない。どちらかと言えば、父性をめぐるナミダ、ナミダのシーンが多い。たとえば、離散家族を捜すTV番組のエピソード。ドクスが父と妹の行方を問う紙片を持って参加し、アメリカで育った妹と再会をするシーンには感動する。そして、かつて存在した家族愛と家族団らんの光景。そんな場面に、見る方も涙が止まらない。思えば、ドクスはちょうど僕と同じ世代だ。日本人の僕らも、幼くして祖父や父の世代が引き起こした太平洋戦争に巻き込まれ、戦後は食糧難で痩せこけ、バブル時代は牛馬のごとく働かされた。「父さん、約束は果たしたよ。でも…本当に辛かった」というドクスの感慨が身にしみるのである。(★★★★+★半分)