わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

現代によみがえったフリーシネマの精神「思秋期」

2012-10-23 17:25:40 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

20 イギリスにはリアリズム映画の伝統がある。庶民生活の哀歓を冷徹なカメラで見据え、社会の矛盾をあぶり出す。ケン・ローチやマイク・リー監督の作品が、その代表だ。そしていま、素晴らしい若手監督が加わった。「ボーン・アルティメイタム」などで俳優としても知られるパディ・コンシダインである。彼が監督・脚本を兼ね、長編映画監督デビューを果たしたのが「思秋期」(10月20日公開)です。深い孤独と傷を背負った中年男女の出会いを通して、人間の心の温もりを描き出す。サンダンス映画祭で監督賞と審査員特別賞、英国アカデミー賞で新人作品賞を得るなど、世界で絶賛されるインディペンデント映画だ。
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 ジョセフ(ピーター・ミュラン)は、失業中の男やもめで飲んだくれ。キレやすく、酒を飲んでは大暴れを繰り返す。自分ではどうにもならない衝動的な怒りと暴力。妻を亡くし、家族とも疎遠で、自己崩壊寸前に追い込まれている。ある日、彼はいつものようにいざこざを起こしたあげく、チャリティー・ショップに駆け込む。キリスト教にかかわるこの店で、彼は従業員の女性ハンナ(オリヴィア・コールマン)と出会う。ジョセフの傷の手当てをし、心を癒してくれる彼女の存在は、次第に彼の心を溶かしていく。だが、ハンナも夫の暴力という闇を抱えている。やがて、二人の人生に衝撃をもたらす事件が起こる。
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 冒頭から示されるジョセフのキャラクターが凄まじい。酔って他人にからんでは、わめきちらして暴力をふるい、まとわりつく自分の愛犬すら蹴り殺す。ぎりぎりまで荒みきった中年男を、「マイ・ネーム・イズ・ジョー」(98年)でカンヌ国際映画祭男優賞を得たピーター・ミュランが好演。一方、夫と不仲ながら信心深く、ジョセフの心を優しく包もうとするハンナに扮するのは、「マーガレット・サッチャー/鉄の女の涙」(11年)でサッチャーの娘キャロルを演じたオリヴィア・コールマン。コンシダイン監督は、ギリギリに追い詰められた中年男女の触れ合いと現実との対決を、妥協のない人間凝視で映像化した。
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 映画の原題は、邦題「思秋期」とは異なり「Tyrannosaur(ティラノサウルス)」という。ジョセフは、夫に虐待されているハンナを匿った際に「妻をティラノサウルスと呼んでいた…ひどいだろ」と懺悔する。かつて、存命中の妻が階段を上がってくるとき、部屋のコップの飲み物が揺れたからだと。故に、「ジュラシック・パーク」から引用したあだ名をつけた。ジョセフの冷酷さと同時に、皮肉なユーモアが伝わるエピソードだ。ジョセフが打ち解けることの出来る相手は、ハンナと前の家の少年だけだ。母親がクレージーな愛人と過ごすたびに、少年は屋外に出される。この隣人関係も、ドラマにほろ苦さを与えている。
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 コンシダイン監督は「憧れの監督はケン・ローチ」と語っている。研ぎ澄まされた感性と、リアルな映像。それらはむしろ、ケン・ローチやマイク・リーの世界もさることながら、1960年代に“怒れる若者たち”とか“フリーシネマ”と呼ばれたイギリス映画の新しい波、トニー・リチャードソンやカレル・ライス監督の作風を彷彿させます。加えて、主人公のジョセフのキャラクターは、コンシダインの実父をモデルにしたものだとか。そして、非情ながら、思わず心が温められるような胸に染み入るラスト。ついにジョセフが人間性を取り戻すくだりに、監督自身の救済の念が込められているようです。(★★★★★)


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