昼下がりのコーヒー豆のあくび アーリーアフタヌーンコーヒー日記

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コーヒー豆屋のちょっとだけゆっくり流れる時間

多様性下のコミュニケーション

2021-09-13 09:30:50 | 日記
『最近の流行りだか何だか知らないけど『多様性』を過度に重視した社会になったら、意思疎通の為には共通言語である『数値』でしか会話できないんじゃないの』とお客様。成程その恐れはあると思います。現にその兆候はすでにあちこちで見られますし、現代の国語教育における政府方針からも明らかでしょう。

カントもどきの図を描いて、近代以前学問の主流であった宗教、例えば死後の世界とか真理とかあるかどうかわから「ない」ものや、個人内方型の思考やニーチェ以降の哲学等、数値化でき「ない」ものは合理的効率的に「ない」ものとして扱われる可能性はますます高く、結果、斜線部分のみのコミュニケーションのみ重要視され、それは単純で分かり易く集団統制としては有益の反面、個人レベルでは薄っぺらく情操の著しい退化を招き(ソシオパスの増加等)かねないかもしれません。

そこで、他者を異物として排除、もしくは無視するという現在まで主流の方針から、異なるを楽しむという方針への転換が必要になるのかななんて。
異なる考えをリスペクトし、論破ではなく受け入れ、自らの糧とする方向で質疑応答するのは、結構生きていくのに有益な気がするんですけど。

ところで、自然科学等の斜線部分の異なった価値観同士の会話であれば、数値は極論的には大小長短の違いを示すだけであって、多様性社会の判断基準においてその評価は必ずしも、長大を選択するとは限らないのではないかと。