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「敬愛なるベートーヴェン」

2006-12-15 01:20:05 | 映画・DVD【か】
来週から怒涛のように仕事がやってくる~♪
と上司に脅されたので、ならば今週中に映画の一本でも観ておかねば!と思い「敬愛なるベートーヴェン」を観てきた。
日比谷にある小さな映画館で観たのだけれど、これは「しまった!」と思ったわね。
こーゆー映画はでっかい映画館で観るべきだったなと。
でもとっても気に入ったので、チャンスがあったらもう一度、今度は大きくて音の良い映画館で観ようと思ってマス。



出演:エド・ハリス、ダイアン・クルーガー他  
2006年イギリス・ハンガリー作品


“第九”だし(笑)、監督はアニエスカ・ホランドだというので非常に楽しみにしていた作品。
この監督で、やはりエド・ハリスが主人公だった「奇蹟の詩/サード・ミラクル(ワタシのレビューで申し訳ないが)」に深く感動して、再びこの組み合わせがあったら観てみたいと思っていたのだ。


時は1824年のウィーン。
“第九”の初演四日前だというのに、ベートーヴェン(エド・ハリス)は、まだ合唱パートを完成させていなかった。
ベートーヴェンは音楽出版者のシュレンマーに、コピスト(写譜師)として音楽学校の一番優秀な生徒をよこすように依頼するが、ベートーヴェンのところにやってきたのはうら若き女性、アンナ(ダイアン・クルーガー)だった。

女性にこんな仕事が出来るわけがないと、頭から決め付け追い返そうとするべートーヴェンであったが、アンナの写譜した原稿を見て彼女が並々ならぬ才能の持ち主であることを知る。
しかも彼女はベートーヴェンの音楽を誰よりも深く理解していた。

翌日からアンナはベートーヴェンの部屋に出入りし、“第九交響曲”の写譜を始めるが、尊敬するベートーヴェンの孤独な人生を見ることになる。
音楽家として致命的とも言える難聴。
ベートーヴェンはその他にも様々な持病を抱えていた。
アンナは、溺愛する甥に拒絶された、悲しげな背中をも見ることになる。


そしてついに、“第九”の初演の日を迎えるのだが……。


ベートーヴェンには実際に三人のコピストがいて、二人は男性だということがわかっているらしい。
この映画は、未だに謎とされる三人目のコピストを“女性”と想定して、史実とフィクションを交えながら、創作活動が頂点を極めた晩年の4年間を描いている。


アンナ役のダイアン・クルーガー。
今回は彼女を見直した。ベートーヴェンに怯まない、聡明な美しいコピストを好演


話はちょくらそれますが……
ワタシはベートーヴェンによく似た人を知っております(性格がね)。
それは………うちの父です(爆)。
ベートーヴェンのような才能は皆無だけれど、部屋の汚さは全く同じ(笑)。
偏屈で短気なのもそっくり(さすがにオケツは見せませんが)。
「おまえは偉そうなことばかり言う口先だけの娘だ!」と怒鳴りつけたかと思うと、後でこっそり反省しておにぎりかなんか買ってきてくれる(せこい?笑)。
こういう人に悪人はいないと思うのだけれど、一緒にいる方はとっても疲れてしまうのよ。

アンナはベートーヴェンを敬愛し、芸術というものを通じて精神的に深く繋がっていたけれど、やはり長く一緒にいることは不可能だったのではないかと思う。
でもだからこそ、濃密で瞬間的とも言える時を同じくすることが出来たのではないかとも思うのだけど。



“第九”の初演の日、耳の聞えないベートーヴェンは、アンナの力をかりながら指揮棒を振り続ける。
大勢の観衆がひしめく劇場内であるのに、そこにはまるで二人しか存在しないように見えた。
音楽という魔法で深く結ばれ、お互いを強く感じながら見つめあう二人は実に官能的で美しかった…。

そして“歓喜の歌”…。
くるよくるよと思いながらも、いざ「ジャーン」と音楽がなったら、全身に震えがきた。
と思ったら、涙がどばーっと溢れてきた(ついでに鼻水の大洪水)。
神の声である音楽とはかくも人の心を震わせるものなのか…。
こんなに音楽に感動したのは久々なのであった…。


エド様、音楽という魔法にとりつかれたベートーヴェンの役を怪演。
しかしやっぱり多毛なエド様は見慣れないのよね…。
コメント (6)
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