かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

馬場あき子の外国詠384(中欧)

2017年01月13日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の外国詠53(2012年6月実施)
       【中欧を行く 虹】『世紀』(2001年刊)P106
      参加者:N・I、崎尾廣子、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:藤本満須子(急遽代理のため書面のみの参加)
      司会と記録:鹿取 未放


384 旅人に見えざる歴史の時間あれどカレル橋雨のヴルタヴァを見す

     (レポート)
 旅人には見えない歴史の流れがあるけれども、ヴルタヴァ川にかかる最古の橋カレル橋はまるで何もなかったように風情豊かなヴルタヴァを見せている。カレル橋からは堂々としたプラハ城の姿を見上げることができるが、作者は橋の下のヴルタヴァ川にプラハの歴史への思いを重ねている。(藤本)


      (当日発言)
★旅行者としての目が素直に出ている。「見えざる」と言っているが、ほんとうは歌人として歴
 史を身体で受け止めることができている。(N・I) 
★雨が生きている。雨があるので深い。(崎尾)
★普通と違う悲惨な歴史があった。今は自由な時代だが。(曽我)
★一般の旅行者はただ綺麗ねで過ぎるが、詩人はそこが違う。見えないけれど実は見えていると
 いう詩人独特の捉え方がある。(N・I)
★歴史をどんなに調べても現地で体験した人たちにはかなわないという認識がある。あるいはも
 っと昔に遡れば民族のDNAに染みついていることがらは、旅人には立ち入れないという思い 
 もある。しかし詩人だけがこういう思いに至るわけではなく、音楽家でも建築家でもその他心 
 ある一般人でも同様に感じることはできるだろう。(鹿取)
★だからそれは一般の旅行者ではなく特別の人で、それを感じるのが芸術家。(N・I)
★中欧シリーズでは、何度もカレル橋が詠まれているが、レポーターの希望で私がパソコンから 
 橋の写真を出しましたので、ご覧ください。(鹿取)【ブログでは、著作権の関係で映像は省略】


          (まとめ)
 上記発言でも言ったように、旅人には見えない歴史というものがある。どんなに調べても勉強してもそうである。それを作者は肯定した上で、カレル橋が見せてくれる雨のヴルタヴァに、見えない歴史を感じようとしているのだ。(鹿取)