音楽評論家の吉田秀和さんが亡くなられましたねぇ。朝日新聞に連載されていた音楽展望、好きだったんだよなー。朝日特有の「進歩的」テイストな記事ばかりのなかでどこまでも透明で軽やかな吉田さんの文章は小川の水藻の上をふるふると転がっては消えていく水泡のようで、読んだ後しばらくは憂世の世知辛さを忘れられて幸せだったんだよねー。
そして吉田秀和といえば「ホロヴィッツ事件」。1983年に当時破格の入場料を設定し、鳴り物入りで来日した「20世紀最高のピアニスト」を
”今私たちの目の前にいるのは、骨董としてのホロヴィッツにほかならない。(中略)なるほど、この芸術は、かつては無類の名品だったろうが、今は―最も控えめにいっても― ひびが入ってる。それも一つや二つのひびではない。”
ってバッサリ斬っちゃったもんだから賛否両論、喧々諤々。当時「ホロヴィッツって何?」という人まで巻き込んで大騒ぎになったんですよね-。体調が悪かったのは事実らしいけど、この評論の影響は大きく、ホロヴィッツの主治医はクビになるし、気にしたホロヴィッツはわざわざ3年後にリベンジのために再来日公演することになります。
で、その83年度コンサートをワタシ、「さぞもの凄い演奏なんだろうなー」とわくわくしながらTVで見てたんですが、「コレが世紀の大ピアニスト?」って正直拍子抜けしたんですよ。だから吉田評論を読んでさもありなん、と腑に落ちたのを覚えています。
今youtubeでホロヴィッツの演奏聞きながらこれを打ってますが、やはり86年のベルリンやモスクワ公演は凄味さえ感じるのに83年は「…」吉田秀和さんの評判に左右されないまっすぐな意志を再確認しております。
うーん、天寿を全うしたとは言え惜しい人を亡くしたなぁ。
そして吉田秀和といえば「ホロヴィッツ事件」。1983年に当時破格の入場料を設定し、鳴り物入りで来日した「20世紀最高のピアニスト」を
”今私たちの目の前にいるのは、骨董としてのホロヴィッツにほかならない。(中略)なるほど、この芸術は、かつては無類の名品だったろうが、今は―最も控えめにいっても― ひびが入ってる。それも一つや二つのひびではない。”
ってバッサリ斬っちゃったもんだから賛否両論、喧々諤々。当時「ホロヴィッツって何?」という人まで巻き込んで大騒ぎになったんですよね-。体調が悪かったのは事実らしいけど、この評論の影響は大きく、ホロヴィッツの主治医はクビになるし、気にしたホロヴィッツはわざわざ3年後にリベンジのために再来日公演することになります。
で、その83年度コンサートをワタシ、「さぞもの凄い演奏なんだろうなー」とわくわくしながらTVで見てたんですが、「コレが世紀の大ピアニスト?」って正直拍子抜けしたんですよ。だから吉田評論を読んでさもありなん、と腑に落ちたのを覚えています。
今youtubeでホロヴィッツの演奏聞きながらこれを打ってますが、やはり86年のベルリンやモスクワ公演は凄味さえ感じるのに83年は「…」吉田秀和さんの評判に左右されないまっすぐな意志を再確認しております。
うーん、天寿を全うしたとは言え惜しい人を亡くしたなぁ。
吉田さんは亡くしきれない人物でした
新聞を開いたらすぐに見ていたのがもう見れないとなると悲しいですね
しかし吉田さんは人としても世界に自慢できる人物の一人でしたからね~、やはり亡くしきれない人物でした