徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

日本の新型コロナ対策は失敗したのか 〜世界各国との比較〜

2021年01月27日 16時56分36秒 | 小児科診療
昨日(2021.1.26)のBS放送で、中国、台湾の状況と日本の新型コロナ対策を比較した番組を見ました。

大きな差は、中国・台湾は国民を強力に管理する法律をすでに作っていたことです。
これは、SARSで大変な打撃を受けたため、それを教訓として法整備をした結果です。
中国も台湾も、新型コロナ窩の当初は国民の抵抗に遭ったそうですが、国の真摯な態度で事の重大さを徐々に認識して従うようになったそうです。
特に台湾の初動は早く、現在でも感染者1000人未満、死者7人と世界の中で奇跡的な数字を残しています。

その番組のゲスト解説者は、「感染対策と経済活動のどちらを優先するか」ではなく「感染対策を優先し、押さえ込んだら経済活動再開が正しい方法」とコメントしていました。

それを聞いて、確かにワクチン開発が成功して接種がはじまった現在はそう言えるかもしれませんが、もしワクチン開発が不発に終わり、治療薬開発もままならない状況だったら、中国と台湾はず〜っと鎖国政策とも言える水際検疫を続けなければならず、経済活動の足を引っ張ったはずなので、まあ結果オーライというところかなと私は感じています。

日本の感染対策は、どう評価されるでしょうか。
途中までは「まあまあいい線行ってる」という認識もあったかと。
しかし現在は、緊急事態宣言を発効しても抑制力が鈍くなってきて破綻を来しつつあります。

ただ、医療の末端で感じることは、感染対策が失敗というより、新型コロナウイルスの方が一枚上手、ということ。

実は感染対策として行っている「三密を避ける」「マスクをする」「手洗いをする」で新型コロナ以外の感染症は激減しています。
今シーズン、インフルエンザ流行も影を潜めていて話題に上りませんよね。

だから、現在行っている感染対策は間違っていない。
しかし、新型コロナウイルスは従来の感染対策では足りない、そこをすり抜ける賢いウイルスとあることを意味します。
その特徴は、

・唾液の中にいて、ふつうの会話でも感染してしまう。
・感染しても無症状の人・時期でも感染してしまう。

で表現されます。
つまり、「マスクなしの会話はアウト」ということです。
ふつうにマスクなしの会話を3〜5分間したときの飛沫と、
1回咳をしたときの飛沫は同じ量になり、感染のリスクがあると。

マスクをするのが暑くて難しくなる夏を迎える前に、
流行を押さえ込まないと・・・国民の健康も経済もボロボロになります。

ふつうの生活を取り戻すための最短の方法は、
国民全員がワクチンを接種することです。

ワクチンの副反応が不安を煽るようにマスコミから連日流れてきますが、

「ワクチンをするリスク」と「ワクチンをしないリスク」
を天秤にかけて判断するという段階に入っていると思います。

世界各国の新型コロナ対策を比較した記事が目に留まりましたので、紹介します;

COVID-19規制から緩和へ、各国医療政策の教訓
西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正

 Lancet(2020; 396: 1525-1534)に「新型コロナウイルス(COVID-19) 規制から緩和へ、世界の医療政策の教訓」と題した総説がありました。
 ・・・日本の立ち位置もよく分かりました。欧州よりはるかにうまく感染コントロールができたけど、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器(MERS)を経験したアジア諸国には劣ります。世界各国、いまだにパンデミックは終息しそうにありません。この1年、世界はどのように対応してきたのか比較検討され非常に興味深く読みましたので共有いたします。
 Lancet「COVID-19制限から緩和へ、世界の医療政策の教訓」要点13。
  1. SARS、MERSを経験したアジア諸国には既に堅牢なヘルスケアシステムが構築されていた
  2. アジアではマスク着用文化があった。マスクでCOVID-19増加は40~60%減る
  3. 出口戦略の枠組み4つ:疫学指標、コミュニティーの取り組み、公衆衛生能力、ヘルスケア能力
  4. 疫学指標は基本再生産数(R)、1週累積感染率など。指標のない国も
  5. 出口戦略に指標が必要だが、各指標の明確な重み付けがなく曖昧だった
  6. 質の高いエビデンスを追究すると意思決定が遅れる
  7. 対人距離は国により1~2mと異なる。ニュージーランドではsocial bubble model考案
  8. ルールを理解できる高校生は授業再開、しかし小学生はどうする?
  9. アジアでは1回限りの給付金支給。欧州は社会的セーフティネット強化(分割支給)
  10. PCRは日本、欧州では重症者に、韓国では感染地域全住民に。ドライブスルー有効
  11. アジアではmanual・アプリによる感染追跡、香港はスパコンによる犯罪者追跡奏功
  12. アジアでは確定例は病院、施設に、欧州では軽症は自宅隔離が多かった
  13. アジア太平洋地域では入境制限が厳格、欧州では制限は緩やか
 この総説で比較されたのは、
(アジア太平洋地域)ニュージーランド、シンガポール、香港、日本、韓国。
(欧州)ノルウェー、英国、ドイツ、スペインです。
 アジア太平洋地域と北欧は比較的成功裡に感染をコントロールしています。最も模範的なのは台湾ですが、この総説には残念ながら台湾は含まれていません。・・・失敗例としては特に英国とスペイン、ドイツが挙げられます。
 この総説ではアジア太平洋地域が成功し、西欧が失敗したのはなぜかを検討しているのですが、大きな要因として3つ挙げています。

1) アジアではSARS(2003年)、MERS(2015年)を経験しこの時に堅牢(robust)な公衆衛生、ヘルスケアシステムが構築され次のアウトブレイクに備えていた
2)アジアでは特に日本、韓国、香港にはマスク着用の文化があり広く行われた。一方、欧州ではマスクの文化がなく懐疑的で着用が遅れた
3) アジアでは患者追跡が成功、確定例は施設に隔離し感染が少なかった。欧州では追跡がうまくできず軽症者は自宅隔離が多かった

1.SARS、MERSを経験したアジア諸国には既に堅牢なヘルスケアシステムが構築されていた
 この総説で比較されている各国の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者数、死亡者数を小生調べてみました。 台湾はこの総説の比較に含まれていませんが、台湾の感染者数は720人、死者7人 と信じられぬくらい低い数字です。

【各国SARS-CoV-2感染者数、死亡者数。2020年12月8日現在】
ニュージーランド  感染者 2,088    死亡者 25
シンガポール    感染者 5万8,291  死亡者 29
香港        感染者 7,180    死亡者 113
日本        感染者 16万7,000  死亡者 2,334
韓国         感染者 3万9,432   死亡者 556
台湾        感染者 720      死亡者 7
英国        感染者 175万    死亡者 6万2,033
ドイツ       感染者 123万    死亡者 2万0,002
スペイン      感染者 170万    死亡者 4万6,646
ノルウェー     感染者 3万9,163  死亡者 361

 上記の感染者数、死者数を比較すると、確かに欧州諸国に比べアジア太平洋地域の罹患の少なさに驚きます。
 その最大の原因としてLancet総説では、アジアがSARS(2003年)、MERS(2015年)を経験したことを挙げています。このときに堅牢なヘルスケアシステム、公衆衛生のインフラが構築され次のアウトブレークに備えていたからだというのです。
 またアジア各国では経済力があり公衆衛生、ヘルスケアのハード構築が可能でした。しかし欧州ではパンデミックの経験がなく追跡システムも立ち遅れ、また10年以上にわたる緊縮財政(austerity measures)によりこの方面の投資がなされていませんでした。それがこれだけの差を生じた最大原因だというのです。
 欧州では個人防具(PPE)の不足、呼吸器不足などによりスタッフは難しい選択を迫られました。スペインではCOVID-19患者の実に10%が医療スタッフだったのです。
 香港、韓国、シンガポールではSARSの経験から十分なPPEの蓄積があり、またPPEの適切な装着トレーニングがなされていたため医療者を守ることができたというのです。日本でもCOVID-19治療に関わった自衛隊の医官、看護官の感染はありませんでした。最悪の細菌戦に地道に備えてきた彼らの日ごろの訓練の賜物でしょう。
 またアジアの国民は危機の場合、個人の権利や公共の利益(public good)を制限し、厳格なルールや侵襲的調査を理解、協力する準備ができていました。この点がパンデミックを経験しなかった個人主義的な欧州諸国と違うとのことでした。
 香港では強権的政治により民衆の政府不信が高まっていますが、2003年のSARSの教訓からコロナ政策はうまくいっています。また香港では警察の犯罪者追跡システムが有用でした。中央集権国家の国民監視システムはこういうときは大変役立つのです。韓国もSARSの教訓から患者に対する詳細情報を公にして国民の参加を呼びかけ透明性のある広報を行っています。
 一方、日本ではSARSもMERSも発生せず、過去のパンデミックから学ぶことはできませんでした。では他のアジア諸国は過去のSARSやMERSから何を学んでいたのか、小生調べてみました。下記は2003年に出た「公衆衛生情報」です。台湾でSARSが2003年3月から5月までアウトブレークした後、日本人医師3人が台湾を視察した当時書かれたものです。

2003年新型肺炎SARS台湾視察報告「公衆衛生情報」
(新規格出版社2003年10月)
国立仙台病院臨床研究部病因研究室長 西村秀一、成田赤十字病院第四小児科部長 野口博史、財団法人交流協会総務部副長 高山美果
 当初、日本の進んだ感染症コントロールのノウハウを指導するつもりだったのですが、教えることはほとんどなく台湾の方がはるかに先進的なソフト、ハードが整備されていたのに驚愕しています。総括として「もし日本でSARSが発生した場合、流行を食い止めることができるかと言えば残念ながら現状ではノーだと思う。台湾のように流行が始まったときそれをどのように収拾するか具体的計画を持つことが重要だ」と2003年に結論しています。
 台湾では2003年3月から5月までSARSが346例発生、死亡者は37例でした。上記の報告によると、無防備な救急外来が感染の場になりやすく、救急外来がSARS院内感染防止のポイントです。
 発熱患者を安易に院内に入れないことが最重要であり玄関で体温測定し、外来に陰圧個室をつくり発熱外来を行い放射線、検査機器を備えます。陰圧個室には経過観察のための仮入院施設まであったというのです。外来に陰圧個室があるというのにはたまげました。 当西伊豆健育会病院の発熱外来なんて入口が玄関でないだけの「なんちゃって発熱外来」です。
 2003年5月中に台湾全土で1,000室の陰圧個室がつくられ、計1,700室の陰圧個室が稼働していました。
 台湾大学病院ではSARS病棟と同じ構造のシミュレーション教育専用フロアも設けられ、陰圧室への入り方、マスク、PPE、ゴーグルの装着・脱着、手洗いの教育が行われました。また医学生もSARS治療現場にあえて参加させました。
 SARSとは数年単位の闘いになると予想し医療従事者養成を行い、卒後すぐ医療現場で対応できるようにしたのです。
 対策は衛生署長(厚生大臣)の陳建仁がトップダウン方式でリーダーシップを発揮しました。また省庁の枠を越えた支援体制が取られました。具体的問題に「誰が」「いつまでに」やり遂げるかを明確にしました。SARS教育のためのテレビコマーシャルを試写し署長は、国民にどのように伝わったかを検証すべきと指摘、それを誰が行うかまで決めていたというのです。
 また防護用品の国家的供給システムが構築され、N95マスクは中規模病院で数千個、大病院では数万個の在庫があり20日前後の備蓄が一般的で、日本とは比べものになりませんでした。

 今年(2020年)現在の台湾の國家衛生指揮中心(National Health Command Center; NHCC)の陣容を調べてみました。
 厚生大臣の陳時中が歯科医、副総統の陳建仁(SARS当時の厚生大臣)は台湾大学、米・ジョンスホプキンス大学公衆衛生出身、同じく副総統の頼清徳は台湾大学、米・ハーバード大学公衆衛生院出身、副首相陳其邁は産婦人科医という具合で、トップに疫学のエキスパート、医師がそろっており感染防御には最強の布陣だと思いました。SARSに懲りてこれだけのソフト、ハードを充実させていたのです。
 また今回、IT担当大臣の天才、唐鳳(オードリー・タン)が大活躍しました。オードリーは鳳の日本語読み「おおとり」から来ています。唐鳳は幼少時からプログラミングに熱中しました。高校へ進学しても古い知見しか学べぬことから中学を中退して米国に渡り16歳で会社を立ち上げました。その後米・Apple社のデジタル顧問としてSiriの多言語対応に取り組み時間給1ビットコイン(当時5~6万円、現在は190万円)の契約で雇われました。・・・
 実際今回、台湾のCOVID-19対策の立ち上がりは極めて迅速でした。
 同じ中国語圏だけあって、COVID-19が武漢で発生した情報を早くも昨年12月の暮れごろにはつかんでおり、なんと12月31日に武漢からの旅行客に対し検査官が機内で発熱、気道症状のチェックを開始していたのです。今年1月11日に台湾で第1例が発生、22日には武漢からのツアーを取り消します。
 確か中国は猛烈に抗議したと思います。1月27日、国民健康保険のデータと入国検疫データベースをわずか1日でリンクし感染分析のためのビッグデータとしました。病院で入国検疫データが分かるようにしたのです。
 また空港チェックインカウンターでQRコード読み取りにより報告書をスマホにダウンロード、症状と過去14日間の旅行歴をオンライン報告できるようにしました。このシステムはわずか3日で完成させました。

2.アジアではマスク着用文化があった。マスクでCOVID-19増加は40~60%減る
 またこのLancet総説では、アジア、特に日本、韓国、香港にはかぜのときに以前からマスク着用の文化があり広く行われたことも大きな要因として挙げています。一方、欧州ではマスクの文化がなく懐疑的で着用が遅れたのです。
 以前から欧米人が冬に日本に来て驚くことの1つは、多くの日本人がマスクをしていることでした。このような文化は欧州にはなくマスクをするのは銀行強盗をやるときくらいです。・・・
 マスクについて世界的なコンセンサスがなかったのは、各国の文化とエビデンスの不明確さによります。シンガポールでは今年4月に外出時のマスクを義務化しました。ドイツ、スペインでも距離を取ることができない場合、公共交通機関や店でのマスクを義務化しました。一方、ニュージーランドではマスクを義務化していません。メッセージの混乱、右往左往する政策により多くの国で混乱を招きました。
 マスクの効果は今年6月になってようやくドイツの下記の論文でその有用性が明らかになりました。マスク着用によりCOVID-19の日々の増加を実に40~60%減らせるというのです。この総説に取り上げられています。
・Face Masks Considerably Reduce COVID-19 Cases in Germany: A Synthetic Control Method Approach. IZA institute of Labor Economics. Proc Natl Acad Sci USA 2020 Dec 3; 202015954.
 IZA instituteとはドイツ、ボンにあるForshungsinstitut zur Zukunft der Arbeit(労働の将来に関する研究機関)という公的機関です。
 ドイツのJena(イエナ)市で4月6日にマスクが導入された瞬間から新感染はほぼゼロとなったのです。以後の20日間で予想感染増加直線(synthetic control group)よりも25%減少し、日々の増加率はマスクにより60%減少しました。予測としては増加を40~60%減らすことができるというのです。・・・

3. 出口戦略枠組み4つ:疫学指標、コミュニティの取り組み、公衆衛生能力、ヘルスケア能力
 規制から緩和を行う出口戦略(撤退戦略、exit strategy)に当たっては公衆衛生の4つの枠組み(framework)が必要です。

1)感染の現状の把握:疫学指標の作成
2)コミュニティーでの取り組み:social distance、マスク、学校・職場の予防方法、国民への広報、老人・虚弱者の防御、経済的サポートなど 
3)公衆衛生の能力(capacity):検査、追跡、隔離、専門家の参加
4)ヘルスケアの能力(capacity):治療施設、医療装備、医療従事者
 この総説では上記の4つに加えて国境コントロールを追加して各国の現状が比較されました。総説のAppendixに各国別の詳細があります。

4.疫学指標に基本再生産数(R)、1週累積感染率など。指標のない国も
 まず感染の現状を把握する疫学指標ですが、これは各国とも異なりました。疫学指標に従って活動フェーズを上げ下げします。感染状況を密接にモニターする強固なシステムなしに制限解除は不可能です。
 R(Reproduction number、基本再生産数:1人の患者が何人に感染させるか)を用いたのは香港、イングランド、ドイツ、ノルウェーでした。基本再生産数(R)の計算にはリアルタイムの質の高いデータが必要であり、疫学の深い理解が必要です。例えば、局地のアウトブレイクでRが増加したからと言って国全体のロックダウンは不要です。規制解除にはRが1未満でなければなりません。
 感染状況の指標がなかったのはニュージーランド、スペイン、シンガポールでした。日本は過去1週間の累積感染率<0.5/10万人を目標とし、対策に当たり感染状況、医療供給体制監視体制のdashboards(必要最低限の指標)を考案しました。東京都の公式サイトを開くとこれと似たdashboardsがあります。
 ドイツでは各州で7日間にわたり10万人当たり50例の発生があればロックダウン再開としました。香港も同様の方法を用いました。しかしこの方法だとアウトブレークが1つの工場やコミュニティーに限られていても、州全体に制限をかけることになり問題があります。

5. 出口戦略に指標が必要だが、各指標の明確な重み付けがなく曖昧だった
 ロックダウンや規制の緩和に当たっては、政府はそのゴールを明示し、意思決定は透明性がなければなりません。また対策は全体の明確な戦略に基づくものでなければなりませんが、必ずしもそうなっていませんでした。Go Toキャンペーンではそのゴールが明示されていないのではないでしょうか。
 スペインでは疫学的、社会・経済的パラメーターの指標を考案しましたが、 意思決定に当たり指標の明確な重み付けがありませんでした。 シンガポールでは前もって3つの許容活動フェーズを決定していましたが、 どのリスクを基準にするかエビデンスもなく明確でありませんでした。
 シンガポール、韓国、英国でもアラートレベルを定めましたが、レベルに応じた対策が明白(explicit)ではありませんでした。英国の4地域(イングランド、ウェールズ、北アイルランド、スコットランド)はそれぞれ方法が異なりました。この英国の狭い地域で方法が異なるのでは、かなりの混乱が生じたことでしょう。

6.質の高いエビデンスを追究すると意思決定が遅れる
 この総説で小生、最も印象に残ったのは次の文でした。
「予防施策の際、質の高いエビデンスを追究することは重要な意思決定を遅延させてしまうのだろうか?」
 マスク着用が劇的な効果があるのが分かったのは、やっと6月のドイツの論文が出てからなのです。マスク着用を義務化しようとしても、エビデンスを示せと言われては果敢に実行できず対策は遅れてしまいます。初めてのパンデミックで、一体何が真実なのか分からぬ中で、ともかくも走りながら対策を決めなければなりません。政策担当者も本当に大変だなあとつくづく思いました。
 香港、日本、ニュージーランド、スペイン、英国では公衆衛生、疫学、臨床医学の専門家達による委員会(panel)を立ち上げ勧告を行いました。日本では専門家委員会のアドバイスと政府の決定との関係がはっきりしませんでした。英国では専門家グループの委員のアナウンスの遅れ、勧告のエビデンスが曖昧なことが批判されました。ノルウェーの専門家グループ委員長は時折、政府決定に公然と反対しました。ドイツではRobert Koch研究所と国立公衆衛生研究所は名目上独立しており、不確実な中での意思決定の際に価値ある疑問を提言しました。

7.対人距離は国により1~2mと異なる。ニュージーランドではsocial bubble model考案
 対人距離(physical distance、social distance)は次のように国により異なりました。

・香港、シンガポール:1m
・ノルウェー、ドイツ、スペイン:1.5m
・日本、韓国:2m
・イングランド:6月まで2mでしたが以後1m、しかし英国の他地域では2mのままです。
・ニュージーランド:公共地域では2m、学校・職場では1m、レベル1の場合は距離を決めていません。

 各国これほどマチマチだとは思いませんでした。対人距離1mなんてエビデンスがありそうに思えません。しかし香港のように人口密度の高い所では仕方がないのでしょう。
 COVID-19の死亡率はケアホーム居住者、黒人、アジア人、マイノリティーなど社会経済的に困窮しているグループで高いのです。シンガポールでは5万8,000例の確定例中、95%が過密アパート居住の移民労働者です。政府はそこの45歳以上の住民をより人口の少ない施設へ移しました。
 ニュージーランドでは「social bubble model」を考案し世界から注目されました。密接触可能なグループを許容する一方、他のグループとは距離を保つものです。ロックダウン下では家族のバブル(泡)内のみで密接触を許し、シャボン玉の泡が融合していくように、ゆっくりと他の小さな排他的グループ、友人の泡と融合させていきます。英国も今年6月からこれに習っています。交流しつつ感染を防ぐことができます。・・・
 ニュージーランド首相と健康省大臣はテレビ中継による断固とした、しかし共感的なブリーフィング、ストリーミングにより世界的な称賛を得ました。

8.ルールを理解できる高校生は授業再開、しかし小学生はどうする?
 学校の再開は香港、スペインでは15~18歳の高校生は複雑なルールを理解でき手指衛生、物理的距離を取ることが可能なので授業を再開しました。シンガポール、韓国、ドイツも15~18歳の学生の教育に極力混乱のないようにしました。
 ニュージーランド、ノルウェー、イングランドでは小学生(5~12歳)の教室での授業を開始しましたが、児童のためなのか、両親の職場復帰のためなのかはっきりしません。しかし、この辺りは政策担当者も悩むところでしょう。自宅に子供がいたら親も職場に行けません。
 シンガポールと韓国では職場での予防策、雇用者の健康をモニターする責任者を定めました。アジア各国では職場、学校ではマスク着用、体温チェックを行っています。
 女性がリーダーの国々は男性がリーダーの国々よりも、国民の信頼、新政策への移行がうまくいっています
 イングランドではロックダウン中に首相のアドバイザーが旅行をしたことが物議を呼び国民の信頼をなくしました。

9.アジアでは1回限りの給付金支給。欧州は社会的セーフティネット強化(分割支給)
 全9カ国で政府により経済的サポートが行われました。アジア5カ国では1回限りの給付金(one-off cash handouts)が施されました。日本ではGDP(gross domestic product:国内総生産)の42%を使って国民全員に10万円が給付されました。これは世界の中ではGDP比率が飛びぬけて大きいです。しかし給付の法的根拠がはっきりせず雇用調整助成金導入と給付が遅れたことで批判されました。
 しかし毎年3月の復興税みたいに3月になると、ある程度の所得者は税金でドカーンと取られるんだろうなあと思っています。
 欧州では一時給付金(subsidy)よりも現存の社会的セーフティネットの強化による長期サポートプログラム充実に重点を置いています
 スぺインでは貧困層250万人に500ドル/月(1ドル103.97円換算で5万1,985円)の最低収入を保証しました。これは年間30億ユーロ(3,780億3千万円)のコストがかかります。
 英国もUniversal Credit(低所得者給付制度)とWorking Tax Credit(勤労者タックスクレジット:女王陛下の歳入関税庁から支給される低所得者向け公的扶助)を約1,320ドル(13万7,240円)/年増額し、600万人の一時解雇(furloughed)労働者に今年10月31日まで分割で支払いました。

10.PCRは、日本、欧州では重症者に、韓国では感染地域全住民に施行。ドライブスルー有効
 出口戦略(exit strategy)の中核には、まず感染例発見、感染疑いの全患者検査、その接触者追跡、そして確定例の隔離と支援があります。
 ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査施行のクライテリアは世界各国異なりました。日本や欧州では検査は重症例に限りました。日本では検査のキャパシティーは広がりませんでした。主に保健所で行われましたが仕事量が激増しました。
 ノルウェーも感染率が低く偽陽性も多いことから検査は老人施設のスタッフと居住者、確定例との密接触者に限りました。しかし8月からは医師の診察なしでも感染を疑う希望者にも検査しています。
 韓国では症状にかかわらずSARS-CoV-2感染地域住民に対し公的会場(public venue)で集団検査(mass tests)を行っています。全国638のスクリーニングセンターと、118の公的、私的施設で行っています。韓国のドライブスルー、ウオークスルーの方法は症例発見に安全で効果的です。
 また韓国やドイツではドライブスルーによるテスト、英国や香港では家庭での検査が行われ混雑や病院での感染を避けています。
 PCRを全員にやればよいのか、重症者だけにやればよいのかは正解がありません。PCRの偽陰性率は20~67%であり、サンプル採取の方法、曝露からの時間、サンプル源によって違うのです。陽性であれば隔離できますが、陰性であってもCOVID-19を否定できないのです

11.アジアではmanual・アプリによる感染追跡、香港はスパコンによる犯罪者追跡奏功
 総じて感染者追跡は欧州よりアジアでうまくいったようです。アジアでの初期感染コントロールの成功は保健所職員(health workers)の感染者追跡によるものが大きいとのことです。地域をよく知る者によるShoe-leather epidemiology (靴底をすり減らしながらの戸別調査)の重要性が分かります。また韓国では電子カルテ、クレジットカード使用歴、スマホによる位置追跡、CCTV(closed circuit television)などから位置を特定し感染者の記憶の曖昧さを補っています。
・・・香港では警察の犯罪用スーパーコンピュータにより追跡、マッピングを行いました。香港や中国のような中央集権的な国での国民監視体制は、このようなパンデミックでは大変役立つようです。 日本、ドイツ、シンガポール、ニュージーランド、ノルウェーは位置追跡記録にCOVID-19患者に近づくと注意喚起するアプリを開発しました。アプリによる患者追跡(contact tracing)は、もし人口の56%がアプリをダウンロードすれば感染を減らすことができるとのことです。
 英国も同様のアプリを開発しましたがApple-Google systemに変更しました。スコットランドはこのアプリに基づくNHS Protect Scotland appsを立ち上げました。英国では電話による追跡を行いましたがうまくいきませんでした。

12.アジアでは確定例は病院、施設に、欧州では軽症は自宅隔離が多かった
 アジア各国では確定例は病院や施設に収容しましたが、欧州では軽症例は自宅隔離が多かったとのことです。欧州のように軽症例を自宅隔離するよりアジア諸国のように施設隔離した方がより感染防御に効果的だったようです。
 ロックダウン終了後の感染増加に対応するには十分なヘルスシステムの容量が必須です。治療施設〔集中治療室(ICU)のある病院から、ステップダウンのための施設まで〕、医療用具(呼吸器、PPEなど)、そして十分な医療者です。パンデミック収束前に十分な予算処置を講じないと失敗に終わります。
 ドイツではCOVID-19発生前から10万人当たり34の重症ベッドを有していました。スペインでは9.7、日本は5.2です。そのためドイツでは流行のピークにおいても他の欧州諸国と違い十分な余裕がありました。
 ドイツを除き全ての国で患者のトリアージが行われ重症患者は指定病院に入院、軽症患者は即席(makeshift)の施設や家庭に収容されました。
 香港、シンガポール、韓国、英国ではカンファレンスセンターなどが収容施設として代用されました。 香港、シンガポール、韓国、ノルウェイ、英国では不必要な対面診療を減らすため、teleconsultation、遠隔モニタリングも行われました。

13.アジア・太平洋では入境制限が厳格、欧州では制限が緩やか
 アジア太平洋5カ国では厳格な国境コントロール(border control)を行いました。香港、ニュージーランド、シンガポールでは国境を閉鎖、これら3カ国と韓国では入境者はCOVID-19テストと14日間の隔離(quarantine)を義務付けました。日本でもリスク国からの入国を拒否し、入境者は14日間隔離しました。
 一方欧州ではアジアに比べ入境は寛容でした。またルーチンの検査も導入が遅れました。今年6月スペインでは欧州連合(EU)市民は隔離を免除、7月1日から全ての国からの入国を許可しました。自己申告書をコンピュータ化、入国者のサーモカメラによるモニターを行っていますがこれは香港、シンガポールではとっくに行われていることです。EUも6月末より国境を開いています。
 ノルウェーでは北欧諸国は感染者が少ない(10万人当たり20例以下、過去2週内でテスト陽性率5%未満)ことから隔離を免除し、7月15日にはこの免除をSchengen area(ヨーロッパ26カ国。英国は入らない)に拡大しました。ドイツではリスク国からの入国者は隔離を行っています。英国は入国者に14日間の自宅隔離を一時中止しましたが再開しました。



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