徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

HPVワクチンに関する園部先生のご意見

2013年06月19日 05時53分08秒 | 小児科診療
 ワクチン・予防接種の正しい知識の啓蒙を目的に創設された「KNOW*VPD」という小児科医中心の団体があります(私も会員の1人です)。その代表である園部先生の会員向けコメントを、許可が下りましたので一部改変してほぼ全文を紹介させていただきます;

■ HPVワクチン接種 の変更に関して
(2013年6月16日、文責:薗部友良先生)

 6月14日の厚労省の緊急通達にありますように、HPVワクチン接種に関して、従来のA類(以前の一類)の定期接種としての位置づけは変わりませんが、接種する努力義務が削除され、積極的に勧奨されていないワクチンと、一時的になりました。そして接種のメリットとデメリットをより分かりやすく説明するようにとなりました。

 以下は小生の私見ですが、背景になることを記します。小生もこのことを検討した厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会の薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会の委員として出席し、会の代表としてではなく、個人として色々意見を述べました。

 今回のことを理解するための基本は、日本の厚労省の副作用報告書に記載された例は、世界では有害事象例と呼ばれるもので、ワクチンとの因果関係のある真の副作用例と紛れ込み事故(ニセの副作用)例の両者が含まれております。因果関係の最終判定は専門家が行いますが、世界の常識として、有害事象報告例のほとんどは、重篤な症状を呈する例も含めて紛れ込み事故です。稀な副作用を見つけるために行われる調査ですが、このHPVワクチンは日本を除く国で、約1億5千万回使用されたもので膨大なデータが集積されております。
 その結果は、ほかのワクチンと同様に、ゼロリスクではあり得ませんが、この調査で安全性の高さが証明されております。多くのマスコミでは上記のことが報道されませんので、保護者の方が危険に思うのも無理からぬことです。報道は下記のことも含めて保護者が判断するのに必要な情報を総て記載すべきですが、残念ながらそうではないことが多いのです。

 まず、原因は何であれ、接種後に起こった子どものCRPS(複合性局所疼痛症候群)などの病気にお悩みのご本人及びご家族に深くご同情申し上げます。突然症状が出れば、どなたでもびっくりして、受診します。また、ご両親がHPVワクチンのために起こったと思うことも大変自然なことです。しかし、小生も慢性疼痛のことはある程度は知っておりましたが、特に子どものCRPSに関しては、この問題が起こるまで全く知りませんでした。患者さんが受診された医療施設でも戸惑ったのではないかと思われます。

 最終的に、大きな問題点はこの子どものCRPSが知られてないことと、専門医が少ないことになります。今後この点に関して小生は、先日の委員会に出席された成人の慢性疼痛の専門家に、是非子どものCRPSの専門家の先生を研究班などに加えて頂き、研究、治療体制の拡充をお願いしております。これは当然厚労省にお願いしていることにもなります。また、VPDの会としましても何かお手伝いできることはないかと模索しております。

 さて、HPVワクチン接種後の血管迷走神経反射による失神と子どものCRPSに関して、ご両親に説明するための客観的な情報を記します。

 失神も、子どものCRPSも、これはHPVワクチンだけで起こるものではなく、他のワクチンでも、献血や採血でも、その他の学校や家庭の生活上のことでも起こるものです。失神に関しては、HPVワクチンが痛いという噂が大変広まっており、そのために緊張します。時には、接種前に失神した例も報告されております。しかし、多くは接種が終わってほっとして緊張がとれた時に起こります。失神は女性に多く見られ、接種年齢が好発年齢と重なることも関係すると思います。ですので、これは基本的にワクチンの内容成分のためではなく、針を刺すという接種行為によって起こるものです。

 同じことが子どものCRPSについても言えます。すなわち、これもHPVワクチンだけで起こるものでは無く、他のワクチンでも、献血や採血でも、その他の学校や日常の生活上のことでも起こるものです。日本の献血での健康被害報告にもCRPSの記載はあります。これらの点がマスコミ報道では出ていないことが多いので、是非保護者の方に伝えていただきたいことです。

 次に、接種中止にするかどうかなどの判断のことです。

 幸いなことに、接種中止にはなりませんでした。国際的な中止する条件とは、世界で知られていない未知の重篤な副作用や有害事象が多発した場合です。接種後のCRPSに関しては世界中で報告されており、英国では接種後に6例でているとのことです。しかし、自然発生のCRPSと比べて、発生頻度に差がないとのことので、接種中止にはなっていません.米国では、多分同じ症状の人を、CRPSでは無く、RSD(reflex sympathetic dystrophy)と分類しており、7例報告が有り、その他の国でも起こっております。

 ですので、今回も接種を中止したり、制限する条件には当たらないと小生は主張しました。しかし最終採決は3:2で、結果は上記の通りになりました。

 制限した理由の一つに、未回復の方がおられることが問題とされました。基本的に慢性疼痛の一種ですので、お気の毒ですが、回復に時間のかかることが多いと思います。ですが、時間はかかりますが最終的な予後は悪いものでは無いことが有り難い点です。ただしこれは、あくまでも専門家がしっかりと治療した場合ですので、その体制作りが大切になります。

 いずれにしましてもこの積極的勧奨接種の中止がワクチン全体の信頼性に影響を及ぼして、他のワクチンの接種率が下がることが懸念されます。

※ HPVワクチンの安全性について
 米国では、接種後の被害救済制度であるVICP(Vaccine Injury Compensation Program)の、補償基準の一覧表には、HPVワクチンでは対象になる副作用はないと記載されております。しかし、実際には接種行為により失神などが起こった際も拡大適応されているようです。

 日本での副作用問題の続きとしまして、アデムとギラン・バレー症候群が重大な副作用として、時期はずれましたが、両ワクチンの添付文書に記載された件です。米国の中立的医学団体であるIOM(Institute Of Medicine of American Academy) が副作用問題に関して幅広く詳細に調査をしております。厚い報告書の本もありますが、インターネットで要約だけを見ることも簡単にできます。
 ここでは、ワクチンとこの両疾患に関して、確実に関係するとは記載されておりません。また、今年の医事新報の3月30日号のワクチン特集号の中に、岡田賢司先生がワクチンの安全性に関して記していますが、「この両疾患とワクチンとの関係に関しては、必ずしも明らかでない」と記載されております。

 すなわちアデムで言えば、どのワクチン接種後に見られております。しかしワクチンの内容は総て違い、共通成分は水分だけです。また接種後の発生頻度は、小生の知る限り、自然発生頻度とほぼ同じで、少なくとも有意に超えるものではありません。2005年の日本脳炎ワクチン接種後のアデムに関して、WHOの専門家委員会から、「日本政府の言う旧型日本脳炎ワクチン接種とアデムの発生の関係に関して、エビデンスは無い。」との声明文が出されましたが、政府は方針を長い間変えなかった事実があります。
 ギラン・バレー症候群も多くの種類のワクチン接種後に見られ ます。ただし、これも知る限りは、自然発生頻度を超えるものでは無いので、「関係は必ずしも明らかでない」になるのです。すなわち、紛れ込み事故の可能性が極めて高いものです。

 これらの点をご理解いただき、日本の子どもを予防可能の子宮頸がんから守るためにご尽力いただければ有り難いです。また希望者への接種時には、子宮頸がん検診の大切さも合わせてご指導下さい。また、失神による障害の防止にもご注意下さい。

 なお、接種を開始した方が、今回のことで次の接種の時期が遅れる場合の対処法です。遅れた場合はなるべく早く追加接種を行いますが、回数はすでに接種した分を含めて合計3回です。2回目と3回目の間隔はブースター効果で抗体価を高めるために、原則として各ワクチンの規定間隔通りにします。


■ CRPS 複合性局所疼痛症候群の理解について 薗部私案
(2013年6月18日、文責:薗部友良先生)

 極めて簡単に記しますので、詳しくはCRPSの文献などをご参照下さい。あくまでも専門家でない、小生の理解(私案)です。

 原因は何であれ、この病気を持たれた方及びご両親に深く同情致し、早期の回復をお祈りします。

 ある痛み刺激で、それと比較して極めて強い痛みとその他の症状を長く伴うものをCRPS1と呼びます。その引き金になる痛みには、強いものだけでなく、いわゆる軽度の痛みのこともあります。ですので、あらゆる種類のワクチン接種、採血、日常でも起こる痛みでもその引き金になり得るのです。
(神経損傷があった場合は、CRPS2と分類されます。)

 成人の場合も世界中で統一的な分類は一応ありますが、実際は色々複雑で、未確定の部分も多いと日本の専門家も話されております。

 成人の診断基準は、触られた時に起こる強い知覚過敏(アロディニア)、皮膚や左右の腕の温度差、腕や指の太さが異なる、浮腫や発汗、可動域制限などで、客観的に変化をとらえることが出来るとされます。
 また、治療研究の施設のネットワークもあります。

 この判定基準から見ると、5月の副作用検討会で、報告されたHPV接種後のCRPS疑い例は、参考人である成人の慢性疼痛の専門家の委員から、「 総てその基準に当てはまらない」 とされました。
 ではどういう診断名が的確なのでしょうかとの質問に対して、「明確な病名を付けられないが、類似疾患でしょう。」とお答えになっていたと小生は理解し ています。

 それに対して、子どものCRPSの専門家のご意見を記します。診断の基準は、大人のものとは異なるとされ、適応範囲が広いと思われます。

① きっかけになる事件(種類を問わないワクチン接種、採血、その他)がある
② それにより起こった痛みよりも、その後の痛みは異常に強く、長く続く
③ 手のむくみ、赤くなる、汗の異常などが見られる
④ ほかの病気では、この病状を説明できない

 その他の特徴としては、

・痛みは移動して、全身に広がることもあり、緊張、気温の変化、運動などで強まる
・普通の血液検査や画像検査などでは異常はでない
・治療は簡単でなく、現時点では運動療法を中心にいろいろな治療法を組み合わせるのが良いとされる
・治療に時間はかかるが、予後は良さそうである

以上です。
 
 ですので、世界中でHPVワクチン接種後例 (当然他のワクチン接種後例も)が報告されていますが、診断基準も、その他の状況も違うと思いますので、その発生頻度を単純には比較できないのは事実だと思います。
 今回日本で 精密な調査を行うことは極めて大切で、その実態がある程度ですが明らかになると思います。ですが、その際も診断基準をある程度明確にして、この病気を診ておられる小児関係の先生の診察も必要かと思います。

 いずれにしましても、現在は子どものCRPSの正しい概念を多くの医師に知っていただくことがまず大切です。また、医師がこの病気を疑われても、どの医療機関に紹介したら良いのかが分からないの が現状です。その理由は、子どもの専門医が少ないとされますので、専門医を増やす努力、政府の慢性疼痛の研究班などでの子どものCRPSに対する研究体制の充実が早急に望まれます。

 痛みの問題は人類の宿命で、広い意味で慢性疼痛の方は国民の15%に見られて、 その半数以上は、原因が画像診断を含めて判明しないとされますので、大変難しいと感じております。



 私が感じる今回のHPVワクチン副反応問題の根っこは、
・接種担当医師がこの病態を理解していないので十分な対応ができておらず、有症状者が医療不信に陥っている要素が少なからず存在する。
・CRPSは「痛み」が原因でありワクチン成分が原因ではないことを国民が理解していない。

 という接種者・被接種者双方の理解不足だと思います。

 対策は「理解を深めること」に尽きます;
・医師がCRPSを理解し、発生した場合は迅速で適切な措置を取れるよう啓蒙が必要である。
・HPVワクチン中止を訴える方は「有害事象」と「副反応」を区別して冷静に考えていただきたい。「副反応」による接種中止は当然あり得るが、「有害事象」をもって接種中止を叫ぶと、本来の意義を理解して接種を希望する方々の権利の剥奪につながることを認識して欲しい。


 以上です。

★ CRPS(複合性局所疼痛症候群)に関する参考資料;
子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)副反応報道について(日本産婦人科医会)
複合性局所疼痛症候群(堀内行雄)
CRPSの診断と治療(厚労省CRPS研究班、2008年)
注射・採血時の神経損傷に注意!(民医連)
RSD あるいは CRPS の認定・評価について(藤村和夫)
CRPSに関する講義スライド資料(大阪大学)
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