還暦過ぎの阿乱怒論

家庭菜園や工作好きの爺父が日々感じたことを綴る独り言

小説「日本列島放棄」と現実

2011-10-14 23:01:23 | 日記
新井克昌という人の書いた「日本列島放棄」を読んだ。
4年前に書かれた小説なのに、まるで3・11以降に書かれたのではないかと思うほどの現実との相似に驚いた。

物語は宮城沖でマグニチュード8.5の大地震が発生し15mを越す津波が各地を襲う。
そして三日後に福島第一原発が爆発し放射能を撒き散らす。そうこうしている間に女川原発も大規模な放射能漏れを起こして全滅してしまう。
作者にはまだ政府に対する信頼があったようで、小説では政府は直ちに自衛隊を使って周辺の全住民を避難させる。
一方、現実の政府は「直ちに健康に影響はない」と強調して最小限の避難しか指示せず、SPEEDIのデータも公表せずに周辺の人々を被爆させてしまった。
チェルノヴィリではあのソ連でさえ直ちにバスを使って周辺住民を強制避難させたというのに・・・。
何とも言いようのない虚しさを感じる。

小説では更に5日後になって東南海地震(M9.4)、数時間後に南海地震(M9.2)が起きて浜岡原発、川内原発、伊方原発、敦賀原発、美浜原発が放射能漏れを起こしてしまう。
その上に速度の遅い台風が列島を縦断して放射能を全土に拡散させてしまい、沖縄と北海道を除く日本列島に人が住み続けることができなくなる。

国会では現実と同様にああでもない、こうでもない、膨大な金がかかると繰り返すばかりで一向に対策が進展しない。
そこで時の原子力委員長が「国家が大事なのか、国民が大事なのか」と全身に怒りを込めて訴えて、ようやく病人等の弱者を北海道と沖縄へ移住させ、他の9500万人を国際社会に受け入れてもらうべく国連に要請する。

衆議院厚生労働委員会で東大アイソトープセンター所長の児玉龍彦教授が早急な除染や対策を訴え、怒りに身体を震わせながら「7万人の人が自宅を離れてさまよっている時に 国会は一体何をやっているのですか」と叫んだ姿と重なった。

しかし政府・役人は相変わらず国民の健康よりも国家の財政を心配しているのか、被爆線量限度を1mSV/年から引き上げようとしている。

この現実。これが我々が選んだ政府であり、国民の公僕たる役人の姿なのだ。
老い先短い我々世代はどうでもいいが、なぜ若者達は怒らないのだろう。