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時刻表検定1級
10km33:04、フルマラソン2:46:31

コスモタイガー漂走記~旧西国街道編(2)~前編

2020-04-14 | 旧西国街道run!!

【2018年4月某日】

コスモタイガーにとって、単身赴任生活初のGWを迎えた。
といっても、某自動車メーカーのような長期休暇にはならないんだけどね。
カレンダー通りに働き、休むだけ。

前半の3連休は大阪社宅にて過ごすことに。
せっかくの休み、まだ片付いてない荷物の整理をして部屋の掃除やら布団干しやら…だけで終わるはずがない!

行楽日和!
行くしかないでしょ!西国街道!

ってことで、通勤で使ってる阪急京都線を敢えて避け、大阪駅まで歩き、JR東海道本線で前回ゴールした「山崎」駅に到着。

コンビニで菓子パンで軽く腹ごしらえし、まず徒歩で最初に向かったのは、前回気になりつつ素通りした、「大山崎町立歴史資料館」。
前回走ったコースを逆行すること約5分であっさり到着。
時計はちょうど正午を指している。

1時間ほどかけてゆっくり歴史のお勉強♪
戦国時代の舞台として有名なこの辺りも、縄文期の史跡もあったりして、古くから人が住んでいたんだね。

さぁ見学終了!
ここをスタートに、今日のトレーニング開始とする。

といっても腹案があってね。
何といってもここは「山崎の合戦」であまりにも有名な地。
その舞台となったのが、JR山崎駅背後にそびえる天王山!
ここを素通りするわけにはいかないさ。

クロカントレーニングにも最適な季節だし、西国街道は後回しにして、登りましょう!天王山!

JR山崎駅まで戻れば、ハイキングコースとしての案内板も設置され、コースも整備れている。

標高270mと、数字だけならたいした山じゃないんだけど、誰もが一度や二度は聞いたことがある天王山。
プロ野球のペナントレースで「中日vs巨人の天王山の一戦を迎えました」なんて時に今でも使うよね。
まさに雌雄を決するときに使われる「天王山」。

本能寺の変で織田信長を討った明智光秀と、当時出世街道を驀進していた羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が激闘を広げたのが、「山崎の合戦」であり、その主舞台となったのが天王山。
まさに勝った方が信長の後継者といっても過言ではなかった、文字通り「天下分け目」の合戦だったのだ。

山﨑駅前の道に沿って右奥に進む。
線路に沿う形ね。

100m少々も行けば踏切で、ここを渡るんだね。
この踏切は関西地区の人気撮り鉄スポットらしい。

コスモタイガーは撮り鉄は専門外なのさ!
そもそも鉄道だけが好きなわけじゃないから!

バスも船舶も飛行機も網羅してる、「時刻表オタク」だから!
ってことで、お先に行かせてもらいます。

この踏切を渡ってすぐ、ここからいよいよ登山口に入るわけさ。

すぐに2手に分岐する道は左手に。
右も魅力的な小道だけれど、アサヒビールの運営する「大山崎山荘美術館」に連れていかれてしまう。

一気に上り坂となり、息が上がりそう。

右手にカーブ、と思いきや、そこに山門がある。
「天王山宝積寺」。

ここは天王山的には代表的な見どころらしいから、トレーニング途中ながら、サクッと寄り道していこう。

寺自体の開山は724年、聖武天皇の勅命による、というけれど、何といってもまず、目に入るのが三重塔。
重要文化財に指定されており、豊臣秀吉が一夜にして建てたという逸話も残る。

広大な境内を奥へと進めば、閻魔堂。
日本最古の閻魔大王(重要文化財)が安置されている。
お参りはちゃんとしていこう。

さらに足を進める。
本堂も、静かな威厳を保っている。
さすがに古いだけに歴史があって興味が尽きないね~。
隣接の小槌宮という小ぶりな建物には、一寸法師で有名な「打ち出の小槌」の本物が残されているらしい。

とはいえ、そろそろ先に進まないとトレーニングにならないね。

本堂の脇に案内板もあるけれど、ここから天王山への本格的な登山道が伸びている。

さぁここからは本格的な登山道!
クロカントレーニングだ!
もうgoogleにも表示はない。
道標に従って走るのみ。

4月も終わりに近い今、結構暑いんだよ!
汗ダクダクだ。

そんな上りの途中にあるのが、十七烈士の墓。
山崎の合戦だけじゃなく、幕末の蛤御門の変(禁門の変)の舞台でもあるんだね。

1864年、長州藩の真木和泉守(まきいずみのかみ)を中心とした17名が、幕府軍を相手に激しい死闘となった。
結局は全員が自爆。

それにしても「まきいずみ」なんて聞くと、歴史ファンなら迷わず真木和泉守なんだろうけどさ。
長く陸上の世界にいる自分としては、真木和(まきいずみ:バルセロナ五輪10000m、アトランタ五輪女子マラソン代表)選手を連想するんだけどねぇ。

スピード感ある走りで、あの野口みずき選手が憧れて同じチームを選んだとも言われる名ランナーもすでに第一線を退かれている。
(※ご結婚され、お子様もいらっしゃる中、2018年10月、49歳の若さで亡くなられました。合掌)

話がそれてしまった。
さらに上り続ける。

山崎城跡。
応仁の乱以前からあったとされる山城で、山崎の合戦では、豊臣方がこの城を占拠したことにより、圧倒的優位になったんだね。

さあ、まだハイキングコースは上っている。
結構足にきている。
こういう時に加齢を感じるなぁ~。
中山道の鳥居峠・和田峠・碓氷峠を越えてきたこの足も、確実にここ数年、衰えを感じている。

フー!!やっと登り切った!
頂上だ。

さすがにGW。
家族連れも多い。
4歳ぐらいの女の子までいる。
頑張ったね~、お嬢ちゃん。

少し移動したところで展望も開けている。


さあ、トレーニングは続く。
今度は下り。

ここからは来た道を戻って山崎駅に戻るパターンと、山の反対側、長岡京市の西山天王山駅へ出るコースの2つがあるんだけどね。
西山天王山駅に出るのも楽しそうだけど、それじゃ西国街道は前回と重複してしまう。

とりあえず今寄り道で、メインは西国街道。
ここは冷静に!
山崎駅へ戻ることとする。

途中の旗立松展望台からの絶景にほっこり。(冒頭写真
戦の際、ここに松があって、それを利用して旗を立てたんだろうな、と素人でも何となく連想できる。

登りに比べたら足取りは軽いけど、相変わらずのクロカンコースが続く。


途中から案内板に従い、コース変更。
アサヒビール大山崎山荘美術館の前を通過し、無事JR山崎駅に到着!

せっかくだから駅に隣接の離宮八幡宮にも再度ご挨拶。
前回シャメしそびれたからね、記念にパチリ。

寄り道にしてはボリュームあったなぁ~!!
普通ならここで終わりにして電車で帰宅、だよね。

でもコスモタイガーのトレーニングは終わらない。
ってか、まだ肝心の西国街道走ってない(笑)。

さぁ、これから前回の続き、としましょうか。

※後編に続く

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4 コメント

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天王山 (ウォーク更家)
2020-05-10 16:21:14
今回は、歴史資料館をゆっくりと見学出来てよかったですね。

あまりにも有名な天王山ですが、具体的なイメージは何もありませんでした。

このブログの写真で具体的にイメージすることが出来ました。
ありがとうございました。

ここが蛤御門の変の舞台でもあることを知りませんでした。

真木和泉守らの十七烈士の墓、勉強になりました。
返信する
天王山 (コスモタイガー)
2020-05-16 09:33:12
そうです、あの天王山です!

関西地区の方には気軽に登れるハイキングコース、みたいになっているようです。

本文にあるように、コスモタイガーは2年前の訪問でした。

「麒麟が来る」放送中の今。
コロナがなければ、きっと凄い人気だったでしょうね。

世間が落ち着いたら、ぜひ訪問してみてください。
戦国期の山崎の合戦と、幕末の蛤御門の変。
両方をタイムスリップしながら登山が楽しめます。
返信する
天下分け目の天王山  (もののはじめのiina)
2020-07-01 09:34:17
大阪といえば、「天王山」です。

富山から大坂に転勤したとき、真ん前のお山を天王山と思いましたが、ちがって「生駒山」でした。

JR山崎駅は、毎度通過する駅でしたが、岩清水八幡宮から天王山を眺めましたょ。
木津川・宇治川・桂川が合流し淀川となる地点を挟み、天王山と対峙する位置にありますから、
          天下分け目の天王山の攻防をイメージして、彼の地の利をしばし思いました。
          



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合戦地 (コスモタイガー)
2020-07-02 16:58:54
iina様

富山勤務のご経験もあるんですね。
いろいろご苦労された現役時代だったのでしょうね。

実は…。
旧東海道(京街道)runで、石清水八幡宮の前を素通りしちゃってるんですね、私。
目の前の御幸橋を渡っておきながら、話題にすらせず、スルー。
勿体ない話。
(旧東海道編44参照)

で、長岡京勤務になり、通勤ランを再開した結果、毎日のように御幸橋を渡ることになり、石清水八幡宮前を毎日のように通ることに…。

ブログのネタパレになってしまいますが、その後石清水八幡宮を旧街道runとして正式に?訪問することになります。

でもそこから天王山、見た記憶がありますよ。
やはり何度も合戦になる場所、何となく共通項がありますよね。
相手の陣形が見やすいのかな?

ここ天王山も「山崎の合戦」と幕末の「蛤御門の変」。

中山道の関ヶ原など、古くは「壬申の乱」、戦国期
「関ケ原の合戦」と、教科書に出てくるメジャーな戦いが2回もありました。

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