BOXING観戦日記

WOWOWエキサイトマッチなどの観戦記

Put Down Your Damn BlackBerry

2009-03-05 19:39:43 | Translated Boxing News
以下はBoxingScene.comの新進気鋭の記者、Dave Sholler氏がアメリカのボクシングを取り巻く状況を憂いて書いた記事である。原文は2008年8月21日に同サイトにアップされており、今でもhttp://www.boxingscene.com/?m=show&id=15520で読むことができる。日本語訳についてはD・ショーラー氏から許諾をお願いした。社会的・文化的な背景に異なる点が多い日米両国だが、記者自身がスポーツジャーナリズムのありうべき姿を提示しているのと同時に、日本でのボクシングという競技のrise and fallを考える上でのファン層の開拓と維持に非常に大きな示唆を与える画期的な記事であると確信し、翻訳の上、お届けする。誤訳や事実の誤認、また読者が不快を感じる箇所が存在すれば、その責は当ブログ管理人の「涼しい木星」に帰するものとします。


“まずはそのケータイを置け” デイヴ・ショーラー

僕が自分はまだ24歳だと書くとたいていの人は驚く。BoxingSceneの読者からの1960または1970年代の試合を覚えているかという問い合わせのメールには、「ESPN名勝負シリーズ」で観たので覚えていますよ、と丁寧に返信することにしている。僕はボクシングのことなら何でも知っていると通ぶるつもりはない。ダン・ラファエルやトム・ハウザーとは違うのだ。過去の試合映像で満載のビデオライブラリを持っているわけでもないし、各階級の全チャンピオンを記憶しているわけでもない。取材にかこつけてプロモーター連中に食事を奢ってもらうような真似はしないし、虎視眈々と「派閥」入りを狙うボクサー連中をこそこそとつけまわす趣味もない。正直な話、僕はタダ飯や派閥にまったく惹かれない。そもそも、プロモーターX氏が航空券付きで僕をマスコミとの交流ランチに招待し、そこで僕が楽しい思いをしたところで、あなたがた読者はそんなことに関心はないだろう。僕がとあるチャンピオンの後ろにくっついて歩くような記者であったとしても、やはり読者はそんなことに興味がないだろう。

ボクシング界で確固とした基盤を築いた一部の人間とは違い、僕は自分自身に忠実に生きている。自分を偽りたくないのだ。もし僕があるボクサー、たとえばオスカー・デラ・ホーヤを嫌いになったとしよう。その時はあれこれと修辞を弄することなく率直にそう言わせてもらう。彼はプリマドンナだ。彼はベビーフェイスだ。彼は自分の出身ルーツを忘れている。ビッグファイトではほとんど負けている。僕が「ゴールデン・ボーイ」に持っている印象はこうだ。

反対に、もしも僕があるボクサーのことを好きになったとしよう。その時にはすぐに読者に知らせるつもりだ。パンチ力とリング内で放つ恐怖感を別にすれば、ケリー・パブリックはボクシング界で最も親切で、優しい男だと僕は思っている。彼はチャンピオンだ。彼は自分自身を飾らない。彼は快活だ。彼はオハイオの出身であることを常に意識している。僕が「ゴースト」に抱いている印象はこうだ。

マスコミ業界では自分に忠実に生きることを忘れがちになる。ボクサーやプロモーターの心証を害さないかと極度に心配してしまう。スキャンダル記事を一つ書いただけで、試合前のビュッフェの列から締め出されたりしないかと思ってしまう。記事を辛口で書くと次の大スクープを手に入れるチャンスを与えられなくなるのではないかと考え込んでしまう。

だが、我々マスコミ業界の人間は時に勇気を振り絞る必要もあるのだ。試合の出来が悪かったボクサーを厳しく批判せねばならないし、勝利したとしても、それがカマセ犬相手ならば、それも批判の対象にせねばならない。同様に、ボクシングの長期的な成功を視野に入れず、目先の利益を享受することばかりに浮かれるプロモーターについても批判しなくてはならない。そして、我々マスコミはファンについても書かねばならない時があるのだ。

今日は後者を行おうと思っている。今週のうちに時間をかけてアメリカの若いファン層に呼びかけたい。スティーヴン・A・スミス(*1)のボクシングバージョンよろしく、ボクシングという甘美な科学の偉大なる伝統を継承してもらえるように若い世代に切々と訴えていこうと思う。ブラックベリー(*2)をカチャカチャと操作し、Xbox360で遊び、エド・ハーディーに身を包み、レッド・ブルを飲むような新人類世代にお願いしたい。君たちに対してこれまで売り込まれて、あるいは宣伝されてこなかったものに触れてほしい、と。僕と同世代の若者たちに、プロモーターや業界の重役がしようしないことをしてほしいのだ。つまり、25歳以下の世代でボクシングの話題を盛り上げてほしいのだ。

様々な理由からボクシングは18~34歳という購買意欲に満ちた人口層の間で徐々に人気を失いつつある。総合格闘技観戦に移ったものもいれば、TVゲームのスポーツ、特に10億ドル市場のNFLリーグの運営に夢中になっているものもいる。この年齢層の多くによれば、ボクシングは魅力的な人材を提供することNFLはおろかMTVにも劣るというのだ。曰く、ボクシングに特化した番組が少なすぎる。曰く、ボクシング番組は退屈な構成で、メジャーなプロスポーツや娯楽団体が提供する見栄えが良く、見ている側をエネルギッシュな気分にさせてくれるような努力をしていないので、ほとんど勝負にならない。

以上のことを踏まえて、どうやって僕は若者に、そもそも彼らの心に届いていないスポーツについて盛り上がってくれと頼めるのか?ボクシングはマーケティングが下手で新規のファンを引き付けようとしていないという主張にどうすれば反論できるのだろうか?どうすれば、一体全体どうすれば若者に1日のうちのほんの少しの時間をボクシングに割いてくれるよう頼めるのだろうか?

実は答えは簡単なのだ。サイオンを運転し、MMAのアフリクションTシャツを着て、ビタミンウォーターをがぶ飲みしている若者に、ボクシングにチャンスを与えてほしいと僕はお願いするつもりだ。まず彼らにケータイメールを打っているその指をちょっと休ませてみないかと伝えたい。そのiポッドのイヤフォンをはずしてみないかと言いたい。”Making the Band 4”を観ているそのTVを消そうぜと言いたい。現代のテクノロジーとメディアの過剰な形態に溺れる代わりに、世界最古の格闘技の一つをほんの少しでいいから見て、新たな地平をその眼に刻みつけようじゃないかと言いたい。スポーツと娯楽に夢中の若い世代にお願いする。四角いリングの内と外で生まれる数々の感情、光景、音、そして離れ業の全てを試しにその目で見てほしい。ほとんどの若者は釘付けになるだろう。ならないわけがない。そもそも、これは非現実的なMTVショーとは違うのだ。ボクシングはこれ以上ない「迫真の生命」なのだ(*3 Boxing is about as “True Life” as it gets.)。

トゥルーライフという番組のおかげで思い出したが、ボクシング業界のトップはもっと上手にボクシングをマーケティングできるはずだという指摘にはいつでも賛成する用意がある。しかし、ボクシングはそれ自身を売り物にしているのだ。若者が求めるのはドラマだって?それなら酷い傷を負った、あるいは拳を骨折したボクサーを見ればいい。彼はドクターがもう1ラウンド戦うことを許可してくれることを望みながら、祈りながら戦い抜いているのだ。観たいのはアクションだって?イスラエル・バスケスがアクションヒーローになってくれるさ。彼の試合をどれでもいい、ひとつ見れば熱中してしまうよ。求めるのは共感?ミゲール・コットとアントニオ・マルガリートが11ラウンドにわたって互いに殴り合いながらも、最後には感謝の抱擁を交わし合ったのを見ればいい。

若い世代はボクシングを観て学ぶものも多いはずだ。ボクシングは一種の「現実世界の成り立ち」を教えてくれる、やる気を引き出させてくれるDVDセットにもなりうる。背中がロープに詰まっているときには戦ってそこから抜け出すしかない。両親が助けたいと思っても助けられない場面も人生にはある。ボクシングはこういうことを教えてくれる。

社会では、若者は逆境に直面した時に逃げてしまう傾向にある。僕の世代は成功のために戦うということがどんどんなくなってきている。ほとんどの人間はそれをぽんと手渡されたいのだ。前に進むのが辛くなった時、多くはその道を避けてしまう。反撃し、機を見て障害を駆け抜けてやろうというものはほとんどいない。幸運なことに、ボクシング界にはケリー・パブリックやファン・ディアス(2人とも20代)のような男たちが存在し、困難から逃げることなく立ち向かっている。若者に路上のケンカに明け暮れろなどとは言えないし、不必要な暴力は振るうべきではない。けれども、強い心と決意をもってすれば何ができるのかを若い世代に見せるのは素晴らしいことではないだろうか?

僕はただの24歳の若造かもしれない。けれども僕はこれまでボクシングを応援してきたし、これからもずっと応援し続けるということを読者に約束できる。正直なところ、僕自身もボクシングから多くを学んできた。僕は自分のiポッドを気に入っているし、アフリクションTシャツも好んで着ているし、キム・カーダシアンも大好きだ。でも、今挙げたもののなかでもっと立派な戦士になる方法を教えてくれたものはひとつも無かった。勤勉と闘志と欲望をもってすれば人がどれほどの高みに昇れるのかを教えてくれたものはボクシング以外になかった。ドラマのThe HillsやリアリティショーのBrooke Knows Bestを毎話欠かさず見ることによって得られるよりも遥かに多くの娯楽、教育、快感をボクシングという甘美な科学を通して享受することができた。

この国の若いスポーツファンたちに知ってほしい。ボクシングの方から君たちに襲いかかってくることはないが、君たちの方からボクシングに近づいてみる価値はある。ボクシングはGQ誌(*4)のカバーを飾ったり、ネットワークTVで華々しく取り上げられることはないかもしれない。だが信じてほしい。ボクシングの世界では、今まさに行われようとしているイベント、今まさに繰り広げられようとしている光景は究極の現実判断の材料になるのだということを。

ボクシングはリアルだ。化粧もされていなければ絵具で着色されているわけでもない。プロボクサー同士の殴り合いというスポーツは運動能力と勇気と芸術の幸せな結婚だ。そもそもゲームのファンタジーリーグとは迫真さが遥かに違うのだ。甘やかされて駄目になったコドモを追いかけるリアリティショーは脳細胞を殺すだけで、そこには快感などない。

ボクシングは実にリアルだ。僕と同世代の若者たちもそろそろこのことに気付くべきだ。

*1 ESPNのスポーツパーソナリティ。
*2 アメリカの多機能携帯電話。オバマ大統領が中毒だということで有名。
*3 True LifeはMTVの番組。セレブの仲間入りを目指すなどの低俗な過程をドキュメンタリー風に仕立てている。その番組が持つリアリティと同等のリアリティをボクシングは持っているのだという風刺の効いたdouble meaning。
*4 アメリカのメンズ・ファッション誌。