シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「糸」 (2020年 日本映画)

2021年06月09日 | 映画の感想・批評
 2020年度キネマ旬報読者選出日本映画の10位に選ばれている作品。
 北海道が舞台のこの物語は 、平成元年生まれ、13歳の高橋漣と園田葵の不器用な初恋から始まる。ある日、養父からの虐待に耐えかねた葵が姿を消す。必死の思いで葵を探しだした漣は駆けおちを決行するが、すぐに警察に保護され、二人は遠くひき離されてしまう。8年後、東京での同級生の結婚式で再会するが、すでに二人の人生は別々の方向をむいていた。
 二人の思い出の地に残った漣はチーズ工房で働いていた。一方葵は母親とは違う生きかたを求め、東京で必死に生きていた。そして不本意な形で手にした大金をもとに、シンガポールでネイルサロンを経営する。仕事は脚光をあび成功したかにみえたが、共同経営者のうらぎりで破綻。日本に戻り一からの出直しとなる。先のみえない生活に疲れた葵がむかったのは北海道。子どものころに温かいご飯を食べさせてもらったこども食堂。そこで漣と葵は10年ぶりに再会する。
主演は菅田将暉と小松菜奈。18年間に二度しか顔をあわせないが、13歳のときに引き離された手がまた繋がるのだと思わせるものがある。北海道、東京、沖縄、シンガポールと舞台は移るが、それは葵の心の彷徨であり、漣は地元で慎ましやかに生きていこうとしていた。そしてここにもう一つのラブストーリーが生まれる。
 漣の職場の先輩で面倒見のいい女性、香を榮倉奈々が印象深く演じている。二人は結婚。平穏な日々が続いていたが、香の妊娠中に病がみつかり出産後に治療するも手遅れであった。日毎に暗い表情をみせる漣とは対照的に、香は抗がん剤で髪の抜けた頭に赤いニット帽をかぶり漣と娘をみつめながら静かに微笑む。
 まるで観音様のようなその微笑みは慈愛に満ちあふれている。香は幼い娘にこう教える。「泣いている人がいたら、うしろから抱きしめてあげてね」と。こども食堂で泣いている葵の背中に抱きつき、娘はこの言葉を母親から教えられたと呟く。葵の母親は娘を守りきれなかったが、香は幼い娘の未来に人に寄りそう優しさと強さを遺していったのだ。
 劇中で流れる「糸」がこの物語と観客をも暖かく包みこむ。中島みゆきの歌声はもちろんだが、菅田将暉の歌唱が心に染みいる。この歌声にのせて二つのラブストーリーが一つに融け合うラストが胸をうつ。
中学生の漣と葵が絆創膏を手渡す場面がある。
絆創膏がアップで写り「サビオ」と書かれていた。西日本限定の物と思っていたが、北海道でも流通していたのだ。子どものころに傷口を癒してくれた恩人にこの作品のなかで巡りあえたことが、ちょっぴり嬉しい。(春雷)

監督:瀬々敬久
脚本:林民夫
原案:平野隆
撮影:斉藤幸一
出演: 菅田将暉、小松菜
奈、倍賞美津子、斎藤工、榮倉奈々、成田凌、山本美月