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「蜜蜂と遠雷」 (2019年 日本映画)

2019年10月09日 | 映画の感想、批評
 

 目に見えない音楽を多才な言葉で表現し、史上初の快挙となる直木賞と本屋大賞のダブル受賞を果たした恩田陸の代表作「蜜蜂と遠雷」。その原作者も無謀と思っていた映画化に挑んだのは「愚行録」で長編映画監督デビューをし、新藤兼人賞銀賞を受賞した注目の新鋭・石川慶。芸術の秋にふさわしい、音楽好きにはたまらない作品が誕生した。
 若手ピアニストの登竜門として注目される国際ピアノコンクールに集まった4人の若者たち。かつて天才少女として一世を風靡しながらも、母の死によってピアノから遠ざかっていた栄伝亜夜に松岡茉優。楽器店で働くごく普通の家庭人だが、年齢制限ぎりぎりの今、最後の挑戦をする高島明石に松坂桃李。際だつ演奏技術で大本命の「ジュリアード王子」ことマサル・カルロス・レヴィ・アナトールに森崎ウィン。養蜂家の父とともに各地を転々とし、正規の音楽教育を受けていないににもかかわらず、底知れない才能を音楽の神様・ホフマンに見いだされた少年・風間塵に鈴鹿央士。四者四様の個性溢れる挑戦者たちを、まさに適役と思える4人の俳優が見事に演じている。
 この作品の軸となっているのがピアノ演奏場面。それもコンクールで競うとなれば高い技術が要求される。選ばれたキャストたちもピアノの練習には多くの時間を費やしたと思われるが、この映画が素晴らしいのは、4人が弾く様々な楽曲の演奏を、河村尚子、福間洸太朗、金子三勇士、藤田真央という、世界に通じる日本最高峰のピアニストたちが担当し、それぞれのキャラクターの個性や環境をしっかりとらえながら演奏をしているところだ。やはり本物は違う。
 石川監督が特に力を入れたのが、音楽と登場人物をいかにマッチさせるかということ。その鍵となる演奏場面では、演奏者の手と顔を同じフレームの中に同時に収め、さらにオーケストラの伴奏とも合わせる。もちろんプロのピアニストの演奏を違和感なく俳優たちが奏でているように見せなくてはならない。そのような至難の局面を細部にわたり解決できたのは、ポーランド出身の撮影監督ピオトル・ニエミイスキの力が大きい。ポーランド国立大学で演出を学んだ石川監督とは「愚行録」に続き二度目のタッグを組んだ“盟友”だ。
 見るだけでなく体感する、まさに五官で感じる映画。蜜蜂のように軽やかに、遠雷のように奥深くから、音が体に容赦なくぶつかってくる。二時間のコンチェルト(協奏曲)を存分にご堪能あれ。
 (HIRO)

監督:石川慶
脚本:石川慶
撮影:ピオトル・ニエミイスキ
出演:松岡茉優、松阪桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士、斉藤由貴、平田満、鹿賀丈史、ブルゾンちえみ、光石研