シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「彼が愛したケーキ職人」(2017年、イスラエル=ドイツ映画)

2018年12月19日 | 映画の感想・批評


 ベルリンでカフェを営むトーマスはケーキづくりの才能に長けている。仕事の関係でドイツと母国イスラエルを月に一度ほどの頻度で往復するオーレンはすっかりそのカフェがお気に入りだ。自分はケーキとカプチーノを注文し、帰国の際の妻へのお土産にクッキーをひと箱購入するのが常となっている。
 ケーキ職人の若者と中年のビジネスマンの邂逅は、ふたりの間に火花が散るような恋情が生じ、もはや離れられない仲になるのである。かれらがドイツ人とユダヤ人であることも意味深長と捉えるべきか。
 しかし、映画が始まって間もなく、残念ながら一時帰国したオーレンが交通事故で亡くなるという悲劇によって、ふたりの成さぬ恋はあっさり終焉するのである。
 しかし、序盤はほんの手慣らしであり、この映画の本領はこれからだ。観客の興味を一層引きつけようとする手腕は並の才能ではない。
 オーレンの影を追ってイスラエルへ飛ぶトーマス。オーレンの妻が経営するカフェにトーマスがアルバイトとして潜入し、かの女はもちろんのこと幼いひとり息子や、オーレンの母、親戚など周囲の人びととの緊張感ただよう危うい関係を描いて秀逸だ。妻はやがてこの若者に恋愛感情を抱き、若者もまた亡き恋人が愛した女性に興味を覚えるというわけだ。ヒッチコックがいみじくも喝破したように犯罪だけがサスペンスを醸成するのではない。恋愛関係もまた、張り詰めた細い糸がいつ切れるともわからない緊迫感をもたらすのである。
 さて、本筋に入っても油断してはいけない。その意外な結末にギョッとさせられる。原題にはない邦題の「彼が愛した」という修飾句もヒントだが、トーマスと初めて出会ったオーレンの母がこの若者を愛おしむように見つめる視線がその伏線であったことを思い知らせるのだ。国外出張で度々家を空ける夫と残された妻の夫婦関係を甘く見てはいけないし、腹を痛めて生んだ母と息子の絆の強さを見くびってはならない。悲恋ものなら「ブロークバック・マウンテン」の感動には遠く及ばないかもしれないけれど、スリルと意外性が大好きな人には到っておもしろい展開だとお薦めしたい。
 若者に扮したティム・カルコフが若き日のマーロン・ブランドを彷彿とさせる。とくに拗ねたようなそぶりをするあたりがそっくりだと思った。 (健)

原題:The Cakemaker
監督:オフィル・ラウル・グレイザー
脚本:同上
撮影:オムリ・アローニ
出演:ティム・カルコフ、サラ・アドラー、ロイ・ミラー、ゾハール・シュトラウス、サンドラ・サーデ