先日8/6は広島が一色になる大事な日です。
朝その時刻になる前に、敷地内の保育所の先生に声をかけ、子供たちも平和の祈りをしました。

8時15分過ぎに、僕は献奏をさせていただきました。
「鳥の歌」「G線上のアリア」の2曲でした。

(カメラマンは娘です)
その日の夕方、娘を連れて市内に出向き、とうろう流しを生まれて初めてしました。
実は、広島人ですが、8/6の当日市内に出ることは、今まで殆どなかったのです。



原爆ドームの周りには、たくさんのメッセージ付き灯篭が置かれ、幻想的な平和のともしびを醸し出しているのを見ました。

沢山の人で、賑わっていましたが、不思議と静かなんですね。
祈りに満ちている空間だったのでしょうね。
4歳の娘には、ちょっと難しい、でも貴重な体験が出来たのでは?
と思って、帰路についたのでした。

朝その時刻になる前に、敷地内の保育所の先生に声をかけ、子供たちも平和の祈りをしました。

8時15分過ぎに、僕は献奏をさせていただきました。
「鳥の歌」「G線上のアリア」の2曲でした。

(カメラマンは娘です)
その日の夕方、娘を連れて市内に出向き、とうろう流しを生まれて初めてしました。
実は、広島人ですが、8/6の当日市内に出ることは、今まで殆どなかったのです。



原爆ドームの周りには、たくさんのメッセージ付き灯篭が置かれ、幻想的な平和のともしびを醸し出しているのを見ました。

沢山の人で、賑わっていましたが、不思議と静かなんですね。
祈りに満ちている空間だったのでしょうね。
4歳の娘には、ちょっと難しい、でも貴重な体験が出来たのでは?
と思って、帰路についたのでした。

これは、何気な晩御飯のメニューのようですが、実は、真ん中の芋とウインナーの料理は、芋がポイントです。
最近近くの朝市で見かける「インカのなになに?」という名前のついたアンデス(チリ産)地方のとても美味しいポテト(外国の品種のようなので)なんです。
「インカのめざめ」「インカのひとみ」「アンデスレッド」「キタアカリ」等々、みなさんのほうでも、見かけますか?
なかなか入手しづらいものなのですが、もっと出回ることを期待してます。
あ、それから、HPでもお知らせしていますが、7月8日(金)午後6時半より、加古川の知り合いのお寺さん(コントラバス奏者の長谷川さんち)の自宅のホール「音楽の館」で4人のチェロとピアノのコンサートをします。
近隣の方で興味のあるかたは、是非足を運んで演奏を聴いて下さい。
詳しい内容はHPで確認してくださいね。
ではでは
最近近くの朝市で見かける「インカのなになに?」という名前のついたアンデス(チリ産)地方のとても美味しいポテト(外国の品種のようなので)なんです。
「インカのめざめ」「インカのひとみ」「アンデスレッド」「キタアカリ」等々、みなさんのほうでも、見かけますか?
なかなか入手しづらいものなのですが、もっと出回ることを期待してます。
あ、それから、HPでもお知らせしていますが、7月8日(金)午後6時半より、加古川の知り合いのお寺さん(コントラバス奏者の長谷川さんち)の自宅のホール「音楽の館」で4人のチェロとピアノのコンサートをします。
近隣の方で興味のあるかたは、是非足を運んで演奏を聴いて下さい。
詳しい内容はHPで確認してくださいね。
ではでは

そういえばお伝えするのすっかり忘れてました。
先日のお庭コンサートで頂いた義援金は、全部で約8万円も集まりました。
中国新聞社を通じて、日本赤十字社あてに届けて頂くよう、手続きして参りました。
コンサートに来ていただいた皆様に感謝しますとともに、関係者皆様、出演者の賛同あってのことと、本当に有難い事だと思っています。
最後に、お庭に遅まきながら咲いてくれた花たちを紹介します。
ではでは
先日のセミナーの翌日は、久しぶりにオフの一日でした
そこで、県北の親戚のお寺に出かけて、タケノコを掘りに行ってきたのです。
収穫は大小合わせて7本ほど。今年は例年になく寒かったせいでタケノコもまだ頭が出ているのはまだ僅かで、探すのに時間がかかってもいけないとのご配慮から、一日前にタケノコの頭がちょっとだけ出ているところに目印を立ててもらっていたので、あとは掘り起こすだけでした。


それだけでなく、タラの芽、ふきを頂き、更に近くのお土産やで、「あぶら芽」を見つけて大喜びしたのまでは良かったのですが…。
これらが口に入るのには、しごう(方言。魚などをさばいて食べれる状況にすること)が大変なんです。
皮むき、あく抜きにかなりの時間がかかります。



ふきの甘酢
タケノコの炊き込みご飯
タケノコの土佐煮
木の芽和え
山菜天ぷら(タケノコ、タラの芽、あぶら芽、サツマイモ、おまけにちくわ)
こんなとこでした。
いやあ、自慢しちゃいます。
あまりにも美味しくて、ビールの進んだこと!
でも可哀想な嫁は、しごうと料理で立ちっぱなしで疲れ果ててしまい、こちらは申し訳なくも、美味しい!を連発して、せめてもの償い?をしたのでした。
みなさん、春の味覚はもう食べましたか?
ではでは
そこで、県北の親戚のお寺に出かけて、タケノコを掘りに行ってきたのです。
収穫は大小合わせて7本ほど。今年は例年になく寒かったせいでタケノコもまだ頭が出ているのはまだ僅かで、探すのに時間がかかってもいけないとのご配慮から、一日前にタケノコの頭がちょっとだけ出ているところに目印を立ててもらっていたので、あとは掘り起こすだけでした。


それだけでなく、タラの芽、ふきを頂き、更に近くのお土産やで、「あぶら芽」を見つけて大喜びしたのまでは良かったのですが…。
これらが口に入るのには、しごう(方言。魚などをさばいて食べれる状況にすること)が大変なんです。
皮むき、あく抜きにかなりの時間がかかります。



ふきの甘酢
タケノコの炊き込みご飯
タケノコの土佐煮
木の芽和え
山菜天ぷら(タケノコ、タラの芽、あぶら芽、サツマイモ、おまけにちくわ)
こんなとこでした。
いやあ、自慢しちゃいます。
あまりにも美味しくて、ビールの進んだこと!
でも可哀想な嫁は、しごうと料理で立ちっぱなしで疲れ果ててしまい、こちらは申し訳なくも、美味しい!を連発して、せめてもの償い?をしたのでした。
みなさん、春の味覚はもう食べましたか?
ではでは
今日も幼稚園に登園しておりました。
今日は玄関の守りを頼まれ、暇つぶしをしていたところ、目についた本がこの「はるのずかん」でした。
開いてみたら「目から鱗」でした。
日頃から、この花何て言う名前なんだろう?とか思っていたのが、載っていたんですよ。
これを一冊首にかけて、また散歩に出かけるのが楽しみになってきました。
いやあ、人生どこに勉強になるものがころがっているか、わからないですよ。
ではまた
今日は玄関の守りを頼まれ、暇つぶしをしていたところ、目についた本がこの「はるのずかん」でした。
開いてみたら「目から鱗」でした。
日頃から、この花何て言う名前なんだろう?とか思っていたのが、載っていたんですよ。
これを一冊首にかけて、また散歩に出かけるのが楽しみになってきました。
いやあ、人生どこに勉強になるものがころがっているか、わからないですよ。
ではまた
先日、我が可部幼稚園の新学期が始まりました。
前にも話したかも知れませんが、僕はここで副園長としての顔もあるんです(日頃あまり大したことはしていないのですが…)
まあ、それはさておき、いろいろ新学期はしばらく先生たちがてんやわんやしているので、お手伝いに出かけたのです。
その中で見つけた、涙モノの光景です。

これは何をしているのかといいますと、年長さんが年少さんを連れているのです。
園バスは2系統ありまして、その同じバスに乗る園児の年長さんが、年小さんの手を引いて連れていく段取りなのです。その段取りを考えた先生はえらい!、頭が下がります。
頭の帽子を色分けして整列して、お迎えの列に並ぶ子供たち

最後はその園バスに乗る直前の点呼をしている先生

ではまた
前にも話したかも知れませんが、僕はここで副園長としての顔もあるんです(日頃あまり大したことはしていないのですが…)
まあ、それはさておき、いろいろ新学期はしばらく先生たちがてんやわんやしているので、お手伝いに出かけたのです。
その中で見つけた、涙モノの光景です。

これは何をしているのかといいますと、年長さんが年少さんを連れているのです。
園バスは2系統ありまして、その同じバスに乗る園児の年長さんが、年小さんの手を引いて連れていく段取りなのです。その段取りを考えた先生はえらい!、頭が下がります。
頭の帽子を色分けして整列して、お迎えの列に並ぶ子供たち

最後はその園バスに乗る直前の点呼をしている先生

ではまた
先週の日曜のレッスンの時に弟子の小学生に話したこと。
何気に弾いてしまった音階を見て、ひと言お話をした。
ちょっと専門的になるのだが、僕の師匠の斎藤先生は、どういう教え方をされていたかということにもつながる話である。
ある結果を見るとき、それはなるべくしてなった結果なのか、それとも、偶然的に(まぐれ)あるいは事故でなったことかを見る先生だった。(これは、成功例でも失敗例でも適用できる)
解りやすい例で言うと、身体の機能で、「まばたき」と「呼吸」は自分でも意識的に止めたり早くしたり出来るけど、放っておいても勝手にやっているわけ。
チェロを弾いている時、音と身体をある意味リンクさせないとダメなわけですが、例えばある箇所を何度も何度も繰り返し弾けば、そのうち慣れてきて、出来るようになるものですが、この「慣れ」ということは必要なことだけども、一流にするためには、その出来たことを(出来るようになった過程)どこを使ってどういう風にやっているから、今このように出来ている。と自分にも他人にも説明がつくことが大事だと。
ちなみに、この弟子が弾いた音階は一見何も問題がなかったが、僕に言わせると肘の準備が不十分だった。
「音階のポジションチェンジの時には、意識しないといけない場所があるだろう?」と問いかけ、本人がうなずいてから、もう一度弾かせたら、結果はかえって悪かったのだ。これを、どう考えるのが妥当なのでしょうか?
僕が余計なことを言ったために結果が悪かったのだから、これは意識しないほうがいいのか?
いや、そうではないと思います。この弟子は、要するに行為はしたものの、加減がコントロール出来てないわけで、その分量をコントロールする練習(何度も同じ結果が出るように)をまだまだやらないと、本物ではないということです。
いやあ、僕もその昔こういうことを何度もやったのでしょうが、子供にしたら、どうして出来ることを何回も何回もやらなくてはいけないのか理解できないし、また精神的苦痛を感じるところだと思います。
僕は、どちらの回路(意識・無意識)を使っても、結果に違いが出ないところまで突き詰めることが、本物になれるかどうか?という話になるのではないかと、思うのです。
そうして、いろいろ考えて出来たことが、いつの間にか考えなくてもやっている(出来ている)状態を自分自身で感じることが出来れば、ようやく会得したと言っていいのでは?と思うのです。
長文で失礼しました。
ではでは
何気に弾いてしまった音階を見て、ひと言お話をした。
ちょっと専門的になるのだが、僕の師匠の斎藤先生は、どういう教え方をされていたかということにもつながる話である。
ある結果を見るとき、それはなるべくしてなった結果なのか、それとも、偶然的に(まぐれ)あるいは事故でなったことかを見る先生だった。(これは、成功例でも失敗例でも適用できる)
解りやすい例で言うと、身体の機能で、「まばたき」と「呼吸」は自分でも意識的に止めたり早くしたり出来るけど、放っておいても勝手にやっているわけ。
チェロを弾いている時、音と身体をある意味リンクさせないとダメなわけですが、例えばある箇所を何度も何度も繰り返し弾けば、そのうち慣れてきて、出来るようになるものですが、この「慣れ」ということは必要なことだけども、一流にするためには、その出来たことを(出来るようになった過程)どこを使ってどういう風にやっているから、今このように出来ている。と自分にも他人にも説明がつくことが大事だと。
ちなみに、この弟子が弾いた音階は一見何も問題がなかったが、僕に言わせると肘の準備が不十分だった。
「音階のポジションチェンジの時には、意識しないといけない場所があるだろう?」と問いかけ、本人がうなずいてから、もう一度弾かせたら、結果はかえって悪かったのだ。これを、どう考えるのが妥当なのでしょうか?
僕が余計なことを言ったために結果が悪かったのだから、これは意識しないほうがいいのか?
いや、そうではないと思います。この弟子は、要するに行為はしたものの、加減がコントロール出来てないわけで、その分量をコントロールする練習(何度も同じ結果が出るように)をまだまだやらないと、本物ではないということです。
いやあ、僕もその昔こういうことを何度もやったのでしょうが、子供にしたら、どうして出来ることを何回も何回もやらなくてはいけないのか理解できないし、また精神的苦痛を感じるところだと思います。
僕は、どちらの回路(意識・無意識)を使っても、結果に違いが出ないところまで突き詰めることが、本物になれるかどうか?という話になるのではないかと、思うのです。
そうして、いろいろ考えて出来たことが、いつの間にか考えなくてもやっている(出来ている)状態を自分自身で感じることが出来れば、ようやく会得したと言っていいのでは?と思うのです。
長文で失礼しました。
ではでは

ホームページでもお知らせしておりますが、今度、4月からのNHK文化センターでの講座が内容が大幅に変わります。
タイトルは「バッハの無伴奏、みんなで弾けば恐くない!」
無伴奏を独りで弾いても、音を並べるのもなかなか様にならず夢のまた夢のような存在になってしまっている方。
また、一応楽譜は弾くことは出来るけれど、エチュードのようになってしまって、なかなか人に聴かせられる程度まではなってない方。
基本、アマチュアの方を対象にしていますが、バッハの無伴奏を聴かせるバッハにしていく作業の手助けになれば幸いです。
まずは第1番に取りかかろうと思っています。
音楽を複数のパートに分解し、分業して合奏し、そこに存在するあるべき音を、少しでも楽に再現することに挑戦します。
では、ご興味のあるかた、ふるって講義を受けに来てください。
某収穫団体の方々、いかがですか??
ではでは
タイトルは「バッハの無伴奏、みんなで弾けば恐くない!」
無伴奏を独りで弾いても、音を並べるのもなかなか様にならず夢のまた夢のような存在になってしまっている方。
また、一応楽譜は弾くことは出来るけれど、エチュードのようになってしまって、なかなか人に聴かせられる程度まではなってない方。
基本、アマチュアの方を対象にしていますが、バッハの無伴奏を聴かせるバッハにしていく作業の手助けになれば幸いです。
まずは第1番に取りかかろうと思っています。
音楽を複数のパートに分解し、分業して合奏し、そこに存在するあるべき音を、少しでも楽に再現することに挑戦します。
では、ご興味のあるかた、ふるって講義を受けに来てください。
某収穫団体の方々、いかがですか??
ではでは
