MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-49

2018-05-15 | オリジナル小説

雨の中で

 

「岩田くん、ご飯食べてかない?」コスチュームからジーパンに着替えたミカが聞く。

「そうしたいところだけど・・・」譲は手の中のスマホを確認する。編集長からのメールだった。「編集部に帰らないと。今回の打ち合わせもあるし。」

「犯人に魔物が取り憑いてることにするんなら、抜群に面白くしてよね。ロシアの連続殺人鬼が憑依したとかさ。」

「そうだね。それも面白いな・・・」譲は半分、上の空でストーリーを考えている。「一度、星崎さんと詰めないと、なぁ。」「それがいいわ。星崎さんなら、鬼畜なストーリー案をいくつも持ってそうだし!」

「あのね、君さぁ、そういうの、頼むから・・・」「わかってるわよ、編集作業上の秘密は誰にも言わないって、これまでも言ってないでしょ?。これでも『怪奇奇談』の熱烈な愛読者なんだからね。それに私は今や私、基成事務所の忠実な忠実な社員なんですよぉぉ。誰もが知ってる霊能者、天下の『基成先生』と共通の秘密を持てるんならなんだっていいの。もうゾクゾクが止まらないって感じ!」

エントランスを出る時は小雨だったのがみるみる強くなる。二人は駅までの近道をするために

広い公園へと入った。ミカは傘を軽く譲のにぶつける。

「ねぇ昔、ここで殺人事件とか、あったよね。」

「相変わらず好きだよね、本田さん。」時々、ミカって呼んでくれるけれど、仕事が絡む今日は他人行儀だなとミカはほんの少しがっかりする。

元彼との仲は相変わらず、つかず離れず。友達以上、恋人未満。すごく仲のいい親友だ。

ミカだって一人だったら、薄暗くなってきた夕刻に公園に入ったりはしない。

譲と二人だから平気なのだと少しだけ察して欲しい。

「ねえ、基成先生ってさ。」木が覆いかぶさった街灯の下に立ち止まる。「偽もんかと思ってみたりすると、案外本物だったりするよね。」

譲は雨傘の中で肩をすくめる。「素子さんの情報収集力だろ?あれを知った時は僕もショックだったよ・・・だけど。基成先生は次元っていうの?場の違いを見極めるのがすごいんだよな。」

「だよね。」くるりと傘を回して「死者は興味ないけど、生きている人の心を見抜く直感って時々、怖いぐらいだって思う。あれには素子さんは関係ないもの、譲くん、あの女の人って」

「ん?素子さんのこと?先生は『自分は少女だ』って言い張ってるけど・・・」

話が突然、飛んだので戸惑う。

「違うわよ、ほら、あれ。あの人」

ミカの視線の先には公園の大きな池がある。そのほとりに女性らしきシルエットが小さくあった。「・・女の人?」公園外輪の薄暗い茂みの向こう、住宅やマンションの灯り。正直、性別まではわからない。「よくわかるね。」感心すると違う、違うと手を振った。

「最近、あそこにいつもいるのよ。今朝も羊羹買いに行く時も帰った時だって、あそこにいたし。多分、同じ人だと思うな・・・」傘もなく雨に濡れている様子に「ホームレスかなんか?」

「違うと思う・・・服装はいつも同じだけど、小綺麗だし若いし。顔も多分、よく見てないけどスタイルも良くて、綺麗っぽい人だと思うよ。あっ、言っとくけど娼婦とか、そのスジの女の人でもないと思うから。声かける男の人も見たけどすぐ逃げるように行っちゃうんだ。でも、次にここ通るとまた戻ってるんだよね。あの場所に、なんか意味があるんじゃないかな・・・」

「ふーん」足を運びながら譲はそのシルエットへ目を走らせた。早く駅に行かなければ。編集長は7時には約束があると言っていたのだ。ところが、ミカがその袖を引く。

「あの人さぁ・・・きっと基成先生に用があるんじゃないのかな。」「えっ?なんで?」

「私の感なんだけど」もう片方の手でビルの明かりを指差した。「ここから先生の事務所が見えるじゃない。」「ああ・・・確かにね。」そう言われれば先ほど出てきたマンションは公園の外輪を走る道路沿いに建っている。「だけど」「あの人、いつもあそこを見ている気がするんだよ。今朝、なんとなくそう思ったんだ。今もうちの事務所の明かりを見ているのかもよ。」

「そんな、馬鹿な。あっ、ほら」二人の声が聞こえたわけはないのだが、ちょうどその影が方向を変えて動き出した。こちらの方向に重なる。

薄暗い木々の影、まばらな街灯、雨のせいで見通しはきかない。

「先生に相談したいけれど・・・お金が心配とかさ。」

「ああ・・・それはあるかもな。」そう答えた譲には何の意図もない。もっともテレビに出ている有名霊能者である基成勇二の霊視の料金は二桁だの三桁だの噂されている。その噂だけで二の足を踏む相談者がいるらしい、その事実を言っただけだ。

ところが、ミカは俄然とその人物の方へと歩み始める。焦ったのは譲だ。

「ちょっと・・・ミカちゃん!そんな当てずっぽうで」

「違ったなら、違ったでいいじゃない。」ミカはすっかり人助け&営業気分だ。「もしも面白いネタだったら、ミツル出版が費用を持ってくれる場合、あるんでしょ?だったら、お金の心配いらないって、伝えるだけでも良くない?」

「良くないよ!編集長が待ってるんだから。」

「あっ、そうだった。ごめんね!ユズルは先に行っててくれる?」

一瞬、体は駅に向かう。しかし、この暗い公園に見知らぬ人間と一緒にミカを置き去りにするわけにはいかないと思い直す。

「何で余計なことするかな。」お節介なんだから、とひとしきり唸ってから、踵を返した。

女の歩みは緩慢で足の運びが遅い。ミカはもう女の近くにまで達している。何かを話しかけたのだろう。女が立ち止まり、少しよろめく。ちょうど街灯の下だ。譲は早足で追いかける。譲の姿は木立の陰にすっぽり入っていて女からは見えなかったはずだ。近くに連れて譲の歩みはゆっくりになり、やがて止まる。

女はびしょ濡れだ。長袖シャツにジーパン、体のラインがわかる。濡れたショートの髪が顔に張り付いている、その顔にデジャブー感あった。なぜだろう?誰だろう?

記憶が思い至った時、譲の口は無意識にその名を呼んでいた。

「キライ?」えっ?とミカが振り返る。女が顔を上げる。

やはり、すごく似ている。似過ぎている。

「いや、まさか。だけど・・・だって、女だよな。」譲のつぶやきが聞こえたわけではないだろう。女は身を翻して来た方へと走り出した。足を引きずるように。反射的に体が後を追う。

「ユズル!」ミカがとっさに腕につかまった。「ユズルくん、どういうこと?知り合い?」

「いや、そんなはずないんだ!だけど!・・・なのに、あの顔!」

二人は早足で先方の闇によろよろと走り去った女を追いかけている。

「あれはキライだ!キライだった!」

「キライ?キライくんて・・・あの?!」「キライのわけないんだ、キライは死んだんだから。」「鬼来くんて、生方くんの記憶を乗っ取っていた人よね?、ユズルの大学時代の記憶を塗り替えて。」ミカは事態を咀嚼しようと必死になる。記憶を塗り替えられた岩田譲が大学時代の大親友だった生方を忘れて、そのことで仲間やミカにも恨まれ苦しんだことをこの目で見て知っている。

「転んだ!」譲が走り出す。女が体のバランスを崩して茂みに倒れこむのが見えた。

ミカも全力で追いかける。「鬼来くんて地球外人類の血を引いているんじゃなかったっけ?」

そして一族は絶滅したはずだ。ミカが知っているのはそこまで。ミカの顔の血の気も引いていた。

視界が悪いのが、足元が悪いのが、傘が邪魔なのがもどかしい。

追いつくと岩田譲が遊歩道の端に立ち尽くしていた。傘は下に降ろされ、彼も濡れている。

「消えた・・・?いない、ここに転んだと思ったのに。」

ミカも慌ただしく周りを見回す。傘も放り出して、ちょこまかと動いて周りの茂みを伺った。人が無理やり入ったような跡は見当たらなかった。

「ユズル、ほんとだ、消えちゃった・・・?」譲は呆然としているように見える。

「何か・・・言ったか?」「え?」「どんな会話を?」

「いつもこの池の前にいませんかって・・・何か悩みでもあるんですかって。」そこでミカはぶるっと身震いする。「そうだ、私・・・あの目。あの人、具合が悪そうで。目も虚ろで・・・そうなの、すごく暗い目をしてるように見えて、まさかこの人・・・ひょっとして死ぬつもりでここに毎日、来てたのかもって思ったんだ。基成先生に用があると思ったけれど・・・違ったのかも・・・・」

声は小さくなり、ミカは自分の傘を拾って譲に差し掛ける。

「私は鬼来くんをこの目で見たことはないけれど。一族はみんな、よく似ているんじゃなかったけ?」「そうだ・・・クローンだから」濡れた目を瞬きした。冷静になろうと努めている自身がいる。クローンだなんて嘘くさい言葉を今は信じ、普通に口にした自分に少し笑う。

「そうだ、もし本当にクローンならば・・・似ていても不思議はないんだな。」

「じゃあ・・・生き残り?」

自らがこの星に残した痕跡を消すために、マザーとの約束を果たすために、『鳳来』と呼ばれた男が殺し損ねた、鬼来村を離れた一族の一人なのだろうか。

一つの傘に収まった二人は雨の中、長い間、公園の暗がりを見つめていた。新宿で時計を見てイラついているだろう星崎編集長のことはすっかり頭から忘れ去られている。

ご立腹の彼女からの催促の電話で二人はやがて正気に戻るだろう。

背後には二人が出てきたマンションが林の上に覗いている。

最上階の基成事務所の明かりはまだ付いていた。