MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-45

2018-05-04 | オリジナル小説

現れた古代の巫女

 

「いらっしゃい。よく来ましたね。」そう当たり障りなくアギュは声をかけた。

それを見あげた鈴木トヨの表情は劇的に変わる。

 

ユリには見えた。渡にも見えた。

その場にいたニュートロン、タトラにも見えただろう。

 

「探してた・・・」子供の声はトヨのものとはかけ離れる。

見知らぬ女、大人の女だ。

「・・・ずっと」どんなに会いたかったことか・・・

 

もっともはっきりと見えたのはアギュレギオン。

 

それは一人の女・・・まだ、少女に近い。

緋色と黄色のグラデーションエネルギーがあたりに球状に立ち上がり広がった。その渦巻く中心。高く複雑に髪を結い上げた娘が、アギュの前にかしずくように膝を折った。目は目の前の臨界進化体から離れない。

服は床まで届く白銀のドレーブ、鮮やかな彩色をされた血のように赤いローブを羽織っている。装身具は一切、ない。見たことのない服装だが、どこか古めかしい。特記すべきはその服の材質だった。布であろう、が、ただの布ではない。ラメのように細やかな光の糸で織りなしたかのようだ。いや、織りなしただけではない。まるでその糸の一本、一本がきらめきを放ち生地を覆い、渦巻く。まるでその光は生きているかのように揺らいでいる。模様が意思を持って常に少しづつ形を変え、マスゲームのごとく模様を作り続けているのだ。ぶれ続けているように見えるのはその娘の体、大きな目を見開くなめらかな顔、その白い肌そのものもだった。肌はラメを施され、内側から底光しているようだ。娘の意思を表に現すように微かに明滅する。

 

うっとりと仰ぎ見られアギュが当惑することと言ったら。

「・・・巫女・・・?」アギュが呟くと、娘はうなづき、涙が二筋こぼれ落ちた。

それから微笑む娘の瞳はゆっくりと閉じられ、その顔は急速に遠ざかり朧にぼやけていった。

下地となった鈴木トヨの顔が現れ・・・音もなく、足元に倒れた。

 

とっさにアギュは顔を振り上げ、降りてきた階段を振り返る。思った通り。

やはり、悪魔がいた。正確には天使と悪魔が。

デモンバルグの顔には計り知れない表情が浮かんでいる。

渡とトヨの出会いを知り、どこからか、慌てて駆けつけたのだろう。

彼も巫女の幻を見ていたはず。

そして彼は、今もまだトヨを通り越して何かを見続けているようだ。

はるか古代を思い出しているとアギュは確信する。

瞬時、アギュはデモンバルグのすぐ前に移動した。

 

 

初めて見る茫然自失したデモンバルグはアギュに気づくのが一拍、遅れた。

「わっ!」身を引きかけた腕をきつく引く。「彼女は、誰です?」アギュの詰問。

「なんだって?」顔を反らす悪魔に再び、問う。「知っているんでしょ?」

鈴木トヨは意識を失ってユリに介抱されていた。渡は何が起きたか理解できず、立ち尽くしている。タトラの視線だけがトヨからアギュの動きを正確に追っていた。

「何を言ってるさ。」不意打ちが成功したかに見えたが、デモンバルグの立て直しも早かった。

アギュの目にしっかりと視線を合わせた時には、すでに落ち着いている。

「何のことやら、な?ヒカリ。あのガキ、お前を見てえらい動揺してたじゃないか。」

そう、それがアギュにもどうしてなのかわからない。

かつてアギュは天使ミカエルの一人に絶対主と間違われたことがある。

彼も『待っていた』とアギュに言ったのだが、それとトヨのや本意は違う気がする。

誰か、具体的な誰かと混同しているのだ。そう直感した。

アギュの困惑を良いことに、魔族はせせら笑いシラを切る。

「お前の方が何か、知ってるんじゃないのかさ。」

そう強情に繰り返す。一瞬は悪魔の不意を打つことに成功したのだが、さすが海千山千の魔族。アギュに教えるつもりはないということだった。

 

「アギュレギオン、あなたにも・・・わからないんですね。」

デモンバルグにトヨの来訪を告げ、そのままついてきた天使、明烏はひたすら状況を傍観し続けることに周知し、自らの驚きを押し隠していた。アギュに失望しつつ。

「あの女は巫女・・・なんですか?」カラスにはアギュほど鮮明には見えなかったが、娘の放ったエネルギーの違和感は正確に伝わっている。

「それはなんとなく、腑に落ちるものがあるけれども」天使の肌がざわついたのだ、鳥肌のように。『今までに感じたことがないものだ。あれは・・・』ギリシャやエジプトの神殿の奥に感じる古代の神の名残、残像エネルギーに近いと思った。現代の信仰とは異質なもの。

『古代神には幸いなことに、会ったことはないけれど。』腕をさする。

旧約聖書の誕生と前後する4大天使とは明らかに違う、エネルギーだ。

朧で捉えどころがなく、計り知れない・・・一瞬でどこからか極限までに満ち溢れ、子供が意識を失うと同時に全てが消えてしまった。

一番古い悪魔と言われるデモンバルグの次に古い記憶を持つ4大天使。

彼らなら、何か見当がつくかもしれない。

すぐさま、4大天使の聖域に駆けつけたかった。

 

アギュとデモンバルグを見つめるタトラの表情は計り知れない。

『アギュどのはデモンバルグを野放しにしすぎではないのかの。』そう思う側から思い直す。

『確かに次元生物を捉えたところで奴の記憶を絞り出すことは至難の技・・・脳から抽出可能な生身の肉体とは違うのだ・・・イリト・ヴェガも容認するしかあるまいの・・』

タトラの立場は直属の上司とも同等と言える。かといって、小惑星帯の誰よりも上だ。

この星の子供にしか見えない外観であるが、実は彼は中枢の『祖の地球』の極秘資料の一部の閲覧も許されている身分だった。

『デモンバルグは古代、この星に流れ着いた『祖の地球人』たちが連れ歩いたというパートナー生物。人口魂からつくられた『ドウチ』であるというアギュどのの推察が確かであるならば・・・』タトラの目が細まる。『しかし、肉体が滅びた後も存在し続けているなどとは・・・資料にはないようじゃ。イリト・ヴェガは、この地に降り立ってからの何らかの技術の向上によるものではないかと思っとるようじゃが。はて・・・』

デモンバルグはアギュレギオンをうまく交わしたようだ。臨界進化体はすぐさま後を追って姿が消える。この後の彼らのやり取りを是非に聞きたいものだとタトラは唇を噛む。

天使も消えたが、果たしてあの二人の次元をたどれるものか・・・

諦めてタトラは足元の鈴木トヨに目を向ける。

『この子供の中にあるものこそ・・・古代の遺物であろう。かつて神城麗子が持っていた、巫女のために作り出された魂じゃ。』

その目はユリに指示され、トヨをソファに横たえている竹本渡へも向かった。

『それはおそらく、創造機関を操る彼の中にも・・・別のものがある。』

 

トヨは内なる巫女となり満たされて、夢の中をさまよっていた。

巫女の魂はこれを持ってトヨの心の奥へと深く沈んでいく。これからは意識から分離した巫女がトヨの視覚に現れ、会話するようなことはなくなるだろう。その代わり、トヨと巫女は深く溶けあった。巫女の力はトヨのものとなるが、トヨはまだそれを知らず、その自覚もない。

夢の中では青すぎる空の只中を進む船をトヨが首が痛くなるほどに夢中で見上げている。

光を吸い込む黒い船が巫女となった目には白銀に輝いて見える。

『ああ、こうして・・・あの船をいつも見ていたっけ』眠るトヨの顔は微笑む。

『・・・あの人がいたからだ』尽きることのない巫女の幸福がトヨをつらぬいていく。