ぶらいやWATTY 探求の泉

人生も残り少なくなってきたので、単なる近況報告となります。

「日本の野球はこんなもんじゃない。」

2008年08月24日 12時20分28秒 | スポーツ-球技についての感想
金メダルにしか眼中に無く、選手村にも入らず豪勢な食事とホテルに泊まり待遇だけは万全の体制、しかも日本の皆様に夢と感動をくれてやると言わんばかりにアピールを続けていた星野・北京五輪日本代表監督が「日本の野球はこんなもんじゃない。」と話していたというニュースを知った。

ただでさえ、不愉快で情けない気分でいるところに、追い打ちをかけるかのごとくこのような発言を繰り返す星野という男には失望と怒りを感じずにいられない。

シドニーでも、アテネでも、日本のプロが参加しながら金メダルが取れず無念の涙を流し、同様な事を発言していたはずなのに、どうして今回も同様な無念の気持ちを周囲に吐き散らしているのだろうか。。。

プロ興業が五輪野球より大切ならば、アメリカメジャーリーグみたいに、トッププロは参加させずに、2軍の選手や四国・北陸の独立リーグ、社会人・大学生から選手を選抜させて送り込めば良いではないか!

そうしなかったのは五輪が日本人の注目を大いに集める大会で、そこで活躍することが日本野球の宣伝につながると思ったからだろう。
病に倒れた長嶋茂雄監督に最後の栄光の場を与える目的も当初は有ったのかもしれない。しかし、「長嶋JAPAN」が商業上絶大の成果をあげた為に日本代表が富と名誉をもたらす商機と気づいたが、それは諸刃の剣であることに気づかなかったか、安易に考えていたからのではなかったか。

日本人は敗者にも優しい面がある。けれども、それは持てる力を存分に出し尽くし
素直に敗北を受け止め、決してでかい口を叩かない選手に限る。
以前、冬季五輪や高橋尚子さんが下痢の為に北京五輪の選考から完全に脱落した際
にも書いたことだが、むしろ「言い訳を一切しない。」という風潮には私は賛成しない。
「言い訳」「敗北の理由」はいくら言っても結構だ。むしろ、言いたいことを言わ
せて、矛盾点や敗北の理由にするには無理な点を突くべきだ。そうすることによっ
て将来の正しい練習や準備につながっていくのではないか?

実力の無い者に「絶対勝て。」とは言わない。しかし、大言壮語をするからには、
それだけの実力と自信があったのだろう。加えて、国民の皆様に「夢と感動を与
える。」と言っていたのだよ。星野監督は。「勝利を目指す。」というのなら、
対戦相手だって勝利を目指しているのだから、敗戦の結果は口惜しいが勝敗につ
いては仕方ない。

しかし、二度と五輪種目に復活しないと思われる今回の大会に臨む野球界全体の
姿勢、選手選考、采配は、果たして敗北してもできることは全てやり尽くしたから
やむを得ないと、十分に納得できるものであったのだろうか。
「決してそうではない。」「悔いが残る。」と思っていることは、監督以下首脳陣
や選手達の発言・態度で推察できる。
では何故それらができなかったか。8/25の不快なNEWS ZERO等を見ても言ってない
が、それは究極のところ、五輪における勝利が彼らに絶対的に必要なものでなかったからだろう。
どうせ負けてもこれからも国内の興業で飯が食っていけると思っていたからだろう。それが根本的な敗戦の理由だろう。
だが、勝利を必ずしも欲しない者は決して最も華やかな国際舞台に出てはならない。どうしても態度に出てしまう。その様子は「夢や感動」と完全に対極にある。

致命的なのは、本当は「勝利が必要」だったのにそれが自覚できない・理解でき
ない人が多いことやそのような人が生きのびてしまうことだろう。
無能な総理大臣・無能な監督、ずいぶん昔なら無能な将軍が癌ならば、何故排除
できないのかね。それを許しているのは何なんだろうね。そして、それこそが
第二次世界大戦前から生き延びている「繰り返してはならない本当の過ち」なの
ではないか、と思う。
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