現実と夢!!

今日は曇り

働くことの意義

2006-01-08 22:42:18 | Weblog
本年は本当にしばらくSEをやっていくのか真剣に考える年になると
思っています。
「I works as ???.」この???を何にするのか考える年だと思っています。
どういう結論になるんであれ、このブログは書いていると思います。
多分会社で起きる珍事件と視座を定めない個人的な意見で構成されるんやと
思います。


そこで少し働くことについて考えて見ました。
働く気持ちのドライブの仕方を切り口にして。


かつての昭和の理論では会社は生き残ってはいけない。
これはあくまでも一般論。
海を越えたアメリカでは成果主義で実績を残している。
そうだ、成果主義を日本にも導入しよう。

しかしながら成果主義はいたるところで失敗している。ここ日本では。

勿論、アメリカと日本では環境や文化が違う。
そもそも殆どカスタマイズせずに導入しても軋轢が生じる。
日本では組織に従属し、アメリカは組織に参加している。
故に、参加型の組織では実力主義が実に功を奏すのだ。
なぜなら、能力のない人間は参加をやめてもらえばよいからだ。

確かに、業績を上げた人間を高く評価することはいいことだ。
では、そのいい部分を人事制度に取り込んでいこう。

さあ、日本のお家芸。西洋文化の一部をパくるとこと。

さてさて、うまくいくのだろうか?
残念ながらなかなか成功していないようである。


組織を活性化さすために人事制度にあたふたしているようだ。
昔はよかった。給料と役職をえさに人は頑張った。
残念ながら今は違うようだ。


この現象から何が見えるだろうか?
どうやら個々人の仕事の考え方が変わったのだろう。
キワードは多様性だ。

昭和の日本が成功した、終身雇用制度。
この時代は皆必死だったはずだ。飯をくっていくために
働かなければならなかった。
昇給と役職をえさにすることで、社員が一つの意思のように
しゃかりきにがんばった。
おかげで、今の日本のGDPは世界で2位だ。

今は働く意義がないといっていい。それは昔のように
明示的にはないということである。

今は働かなくても生きていける。
ニートが80何万人もいることが証明である。

今の日本は物はある。なんとか飯もくっていける。
豊かになったのだ。物質的に。

そんな時代を生きてきた10、20代の人に
引退間近のおっさんらが昔の理論で働けだ、なぜ仕事に真剣ではないのだ
というのは、もうお門違いになっている。

昇給や役職では若者はモチベーションはあがらない。
尤も上がる人がいることはまちがいないが。


決定的な違いは欲求段階だ。
今の時代は一つの考え方で動く人は殆どいない。
考え方が多種多様化しているのだ。
昔は昇給や役職を糧として働いたのだろうが、今は人によって糧にするものは違う。

そもそも、人はなんのために働くのか?
答えは明白。それは報酬のために働く。報酬=働く糧である。
ただ、違うのは昔の報酬=金 OR 肩書きであったが
今はその報酬の意味合いが多種多様化しているのだ。

人事制度を考える上で、ここに着目しなければならない。
人によって報酬をかえるのだ。そうすることで個々レベルでは
モチベーションがあがるだろう。

これは難しい。社員が多くいる会社はどうするのか。
その際はグループに分ければよい。例えば俺はいかのように考える
1.スタータイプ
常にやる気にみちあふれ昇給や昇格に非常に貪欲
2.堅実タイプ
花形ではないが、堅実な仕事を日々こなしている。
裏方の意味合いが強いがこつこつタイプ
3.知識方タイプ
長いこと居座り続けているタイプ。
相談役的な位置づけか。

それぞれのグループによって報酬の中身をかえればよい。

そして次に考えることは組織論か。
会社に山ほどいる凡人。これをいかに非凡にしあげるか。
なるほど、リーダ論も必要であるようである。

以上はあくまでも評価の領域をこえない。

職場の環境も重要な要素である。
自分を含めて、こう思う人は多いはずだ。
上司をみて、俺の10年後、20年後はあーなるのか。
あんなふうになりたくないな。
こう思い出すと考えは、負のスパイラルに陥る。


最近の若者は満たされているから自ら中々困難な環境にみをおかない。
故に目標をつくらない。少しインテリなやつは多種多様な不満ばかりを
ほざく。

目標をつくらせなければならない。
そのためには上司達があこがれの存在にならなければならない。

この欲求段階があがった今、若者達が働くことの意義をもって
熱さをもつためにはインセンティブが必要だ。

1.上司が常に経営的な観点で会社のことを考え、常に脳をフル回転させ、
  視野を広げる努力を続けている。
  そんな上司は部下との間でお互い刺激しあえる。
2.的確な人事評価をしている。多種多様な要望を極力満たす評価制度を
  充実させている。それは中々ドキュメント上に現れないような
  裏方の仕事についても評価をする
3.とにかく自由度が高い会社である。
4.官僚的でかつ形式的な文化が殆どない
5.何よりも優秀なリーダが幾人もいること
 
これは就職活動用の謳い文句ではない。
こんな環境で働けている人は幸せである。この過渡期にある時代においては
うらやましいほどである。
#少なくとも今自分がいる会社では1~5の全てが該当していない。
#おまけに興味をもてない仕事している。
#仕事は前向きな意味合いがないといけないのだろうが
#今の自分にとっては労働と化している
#これは不満なのではなく現実と解したいしそう願っている。


つまり、
昔は、金や肩書きを会社も社員も重要視していた。ニーズのマッチだ。
今は、会社は未だにその流れから抜け出せていないのだろうが
若者は、働き甲斐や、社会貢献という実感や自己成長を重要視している。
急速に考え方に乖離が生じている。ニーズのアンマッチだ。

この現象を
時代が多様化しているなか会社はその多様性について
これていないと感じた。
皆さんはどう感じるか?

皮肉なもんである。いざ市場だ戦略だ外的なことを
考え出すと、消費者のニーズは?ウォンツは?ニッチは?
というのだから。
「市場のセグメント化は消費者いや生活者の考え方の多様化による」
その通り。いまや常識的な言葉。これをこの考え方を社内に
向ければよいのだが。。。。。。

1 コメント

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Unknown (みどりかわ)
2006-01-16 00:58:07
はじめまして

神奈川の社労士兼行政書士です。



奥深い 貴説 熟読してしまいました。

大変興味深く拝読致しました。



TB貼らせて頂きました。
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