犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

鰻の話

2020-09-08 23:12:24 | 食べる
 一つ前の記事で、韓国のスプーン階級論を紹介しました(リンク)。

 その中のビンゴゲームに、日本だったらこんな項目を付け加えてもいいかもしれません。

26 鰻屋には行かないか、行っても「並」を注文する。

 以前にも紹介しましたが、別役実は、『当世 悪魔の辞典』(王国社)で「貧乏」という語を立項し、次のように定義しています(リンク)。

びんぼう【貧乏】
家族でうな丼を食べに行き、注文を取りにきた店員に「特上と上と並がありますが」と言われ、父親と母親が一瞬不安そうに目くばせをして、それから父親がほとんどさり気なく「今日は、並でいいよ」と言った時、はじめて子供は、貧乏というもののデリカシーを知るのである。つまり貧乏というのは、きわめてデリケートなものなのだ。


 私の父は銀行員でしたから、収入は多いほうだったと思います。しかし、稀代の大酒飲みだったので、ボーナスはすべて飲み屋のつけに回り、家計は常に苦しかったようです。

 ですので、外食はほとんどせず、たまに誕生日に連れて行ってもらったところといえば、中華料理屋のラーメンと餃子、大衆レストランのスパゲティーナポリタンとクリームソーダが定番でした。もちろん、鰻など食べたことがありませんでした。

 そんな父が、飲酒と喫煙がたたって40代の若さで食道癌で亡くなったあとのほうが、むしろ生活に余裕ができました。

 父の三回忌の法要を谷中のお寺で済ませた後、日本橋高島屋の特別食堂で家族全員で食べた鰻が、私の鰻デビューでした。法事のあとだから、奮発したのでしょう、確かいちばん高い「松」3000円だったと思います。

 私は、

(世の中にこんなおいしいものがあったのか!)

と感動しましたが、そのとき祖母が、

「あら、この沢庵、おしいしいわ! さすが高島屋ね!」

と大きな声を出しました。

「いやだ! どうせなら鰻をほめなさいよ」

 いっしょにいた母や叔母が、周囲を気にして赤面しながら笑っていました。このエピソードは、その後祖母が亡くなったあとも、繰り返し家族の話題に上りました。

 40年以上前の思い出です。

 さて、先日、ある飲み屋で、近所に鰻の名店があるという噂を耳にしました。なんでも、ミシュランに掲載されているそうです。調べてみると、星付きではありませんでしたが、「ピブグルマン」(価格以上の満足感が得られる料理。良質な食材で丁寧に仕上げており、6,000円以下で楽しめる店)に選定されていました。

ランチは、

特上 6,270円(税込)

上 5,170円


並 3,960円


(高!)

 まあ、大阪暮らしも残りわずかだし、せっかくだから一度行っておこうか。

 でも、電話予約は不可! 当日朝9時半に紙が張り出され、11時、12時、13時のいずれかに名前を書き込む方式。1時間ごとの入れ替え制のようです。

 土曜日の9時半に店に行ってみると、すでに10人以上が、予約表に書き込むための列を作っていました。私は12時の部に予約。

 名前を書き込む際、特上、上、並の違いを聞くと、鰻の質は同じだが、大きさとサイドメニューが違うそうな。

は、鰻重と肝吸い、香の物。
は、それに鰻巻(うまき)が付く。
特上は、さらに鰻ざく(うざく)と八幡巻(やわたまき)が付くそうです。

 12時に出直して、店の中に入ると、席はカウンターのみ、10人限定でした。

 私は、真ん中のランクの「上」を注文しました。

 カウンタ―からは、3人の職人の仕事ぶりがよく見えます。

 そして、目の前には「写真撮影・投稿はご遠慮ください」の貼り紙が。

 全員の注文が確定したところで、一人の職人が盥から生きた鰻を1尾ずつ取り出し、頭に金串を刺して固定し、腹開きでさばきます。肝を取り出し、背骨をとり、小骨も丁寧に除去します。

 そして5尾ずつ金串に刺し、10尾分刺し終わったところで、まずは白焼きに。そして、タレをつけながら、繰り返し焼いていきます。

 その間、別の職人が鰻巻、鰻ざく、八幡巻などのサイドメニューを作り、メインの鰻重が出る前に、配膳されます。

 最後に、重箱のご飯の上に焼き立ての鰻が乗せられ、ふたをして出来上がり。

 生きた鰻から、鰻重になるまでの一部始終を間近で興味深く見ることができました。

「まずはそのままお召し上がりください」

というアドバイスにしたがって、鰻を口に運びます。

 鰻の皮がパリパリで香ばしい。

 ご飯にタレがからんでいなかったので、私は、カウンターに置かれたタレをかけ、山椒も少々ふりました。

 鰻巻(だし巻き卵で鰻を巻いたもの)というものを初めて食べたのですが、こちらも作り置きではなく出来立てでしたので、とてもおいしい。

 鰻の調理プロセスの見学料と、おいしいサイドメニューを総合すれば、ランチで5,170円の価値はあるといえましょう。

 ただ、昔、日本橋高島屋で食べたときのような感動はありませんでした。

(去年、池袋で食べた1400円の鰻丼のほうがおいしかったような気が…)

 ネットを見ながら考えてみると、どうも作り方にその理由があるようでした。

 ネットによれば、鰻の蒲焼は、関西風と関東風で異なる。

 関西は腹開きで、関東は背開き

 関西は金串、関東は竹串

 そして最大の違いは、関西は蒸さないのに対し、関東は蒸す

 その結果、関西はパリパリに仕上がり、関東はフワフワに仕上がる。

 私がかつて東京の高島屋で感動し、その後も食べ慣れていた鰻の蒲焼はすべて関東のフワフワ鰻だったのでした。

 関西風の蒲焼が好みの人にとっては、きっと絶賛ものなのでしょう。しかし、関東風を食べ慣れている人には、「あれっ」という感じなのかもしれません。

 関東と関西の味の違いを知ることのできた、貴重な経験でした。
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