犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

韓国便り~『軍艦島』鑑賞

2017-08-13 23:28:41 | 韓国便り(帰任以後)

 Kさんと待ち合わせたのは、国鉄シンチョン(新村)駅。

 地下鉄2号線のシンチョンとは違う場所にあり、むしろ地下鉄ホンデ(弘大)から近い。

 この日のソウルは大阪並の蒸し暑さ。少し早くついたので、駅の隣の観光案内所に入って涼みました。案内所には係のアガシが一人で暇そうにしていました。壁には、1960年代、70年代の新村あたりの写真が展示されています。写っている自動車が懐かしい。初代デボネアとか、コロナマークⅡとか…。現代自動車も起亜自動車もなかった時代です。

「何かお困りですか」

 アガシが声をかけてくれました。

「いえ、駅で待ち合わせているんですが、早く着いたので」

 暇つぶしにソウルの地図などを広げてみました。

「このあたりに映画館がありますか。「軍艦島」を見ようと思って」

「いちばん近いのはこのすぐ隣です。もう少し大きいのが、500メートルぐらい離れたところにあります」


「そうですか。じゃ満席だったらそっちへ行けばいいですね」


「はい。でも満席にはならないと思いますよ」


 新聞報道では、イェーメー(予売=前売り)が何百万枚とかいっていたので、予約しないと危ないかなと思っていたのですが。

 そこへKさんがやってきました。

「映画館は隣ですよ」

 映画館が入っている建物は複合ファッションビルミリオーレ。

「新しそうだね」

「いえ、けっこう経ちました。できたばかりのころは、テナントがぜんぜん入らなくて、廃墟のようでしたけど、最近やっと賑わってきたんです」


「予約しなくて大丈夫?」


「ここなら大丈夫でしょう」


 行ってみると、案の定、席はありました。日曜日の夕方なのに、この人の少なさは、やはり場所が悪いからでしょうか。

 で、映画『軍艦島』は…

 すでに報道されているように、映画のストーリトーは、「軍艦島の炭鉱で働いていた朝鮮人徴用工が、自分たちを坑道に閉じ込めて爆殺しようという炭鉱側の計画を察知し、島からの脱出を試みる、というもの」(リンク)。

 監督は、「脱出劇」はフィクションだが、舞台背景は歴史的事実、と主張しているようです。

 映画に「少年坑夫」が描かれているというので、まずその部分に注目しました。冒頭近くでは、10代と見られる坑夫が、日本人の親方らしき男から暴力的に狭い坑道に追い込まれ、採炭を強要される場面が出てきたり、脱出を企てた3人の若い朝鮮人坑夫が、一人はサーチライトで照らされた直後に銃撃を受けて死亡、海に泳ぎ出た2人は、巡視船(?)からの投網で捉えられ溺死する場面が出てきます。ただ、労働者たちのローソク集会(!)に集った場面では、必ずしも「少年坑夫」の数が目立つようには思いませんでした。

 事前に軍艦島について調べていたので、映画の中で疑問を感じるシーンは少なくなかった。

 軍艦島が収容所のように鉄条網を張りめぐらされていたり、働くのは朝鮮人だけで、日本人は銃剣や木刀などをもって監視するだけだったり。

 端島(軍艦島)は私企業(三菱鉱業)が所有していたただの炭鉱だったのだから、鉄条網をめぐらしたり、サーチライトで監視したり、周囲の海を巡視船で警戒したりするはずがない。

 そもそも軍艦島の坑夫は、終戦直前(映画はこの時期を舞台にしています)であっても日本人坑夫のほうがずっと多かったし、徴用された朝鮮人は炭鉱労働の経験がなかったので、日本人の熟練坑夫と組み合わせて採炭に当たっていたはずです。

 映画では、朝鮮で「いい職場がある」などといって、偽の紹介状を手にした朝鮮人の老若男女が、長崎行きの輸送船の船底に閉じ込められ、長崎に上陸してからは列車ですし詰めにされるなど、ナチスをユダヤ人移送を彷彿とさせる場面が描かれます。軍艦島に到着した朝鮮人は男女に分けられ、男は坑夫に、女は「慰安婦」にさせられる。「慰安婦」が釘だらけの板の上を転がされ惨殺されたりもしますが、産経の黒田さんによれば、これは北朝鮮の自称元慰安婦が証言した内容だとのこと。

 「慰安婦」が収容された「遊廓」の利用者は日本人の所長や軍人。女性はぜんぶ朝鮮人。遊廓の様子は、韓国出張の数日前に行った飛田新地「鯛よし百番」を思わせます。実際には、軍艦島には3つの民間「慰安所」があり、そのうち一つは朝鮮人が経営し利用客も朝鮮人労働者だったはずです。

 採掘には電動ドリルも登場しますが、当時、あったんですかね。

 そして、クライマックスの脱出戦では、朝鮮人が準備した「火炎瓶」、発破(ダイナマイト)と、日本軍の間で華々しい銃撃戦が行われるのですが、あの物資の乏しくなった終戦直前の時期に、なんでこれだけ豊富な銃弾があるのか。そして、そもそも軍艦島になんであんなにたくさんの日本兵がいるのか…。

 時代考証的な疑問を提示すればきりがないですが、映画の中の「日本人」がしゃべる日本語もなかなかおもしろかった。映画には少数の在日韓国人も出ていたようですが、日本人俳優はほとんどなく、たいていは韓国の俳優が「日本人役」を務めていた。

 へんな日本語が出てくるたびに、隣に座っていた日本人のKさんがくすくす笑うのが、体の振動を通して伝わってきました。

 数日前に広島に落とされた新型爆弾(原爆)についての噂が流れてきたとき、「爆撃後はいかなる生命体も残っていなかったそうだ」という日本人(役)のセリフがありました。

 「生命体」は、命や生命の意味でよく使われる韓国語、センミョンチェ(生命体)を日本語に直訳したものでしょう。たぶん日本人俳優にも出演交渉をしたけれども、内容が内容だけに断られたんでしょう。韓国人が日本人役をやるにしても、もう少し日本語の校正をしっかりすればよかったのに、と思いました。

 ストーリーの中には、日本人と結託して朝鮮人の給料を巻き上げ、私腹を肥やす朝鮮人の黒幕や、日本人の手先になって「善良な」朝鮮人を虐待するチニルパ(親日派)も出てくるなど、単純な勧善懲悪(朝鮮人=善、日本人=悪)ではありませんでしたが、見たところ「良い日本人」は、軍艦島の住人を含め、一人も出てきませんでした。

 最後、壮絶な脱出劇を生き延びた人が、炭鉱船に乗って軍艦島から(おそらく)朝鮮に向かう背後で、閃光とともに大きなキノコ雲が盛り上がります。長崎への2発目の原爆投下でした。

 ここで、「天罰が下った。いい気味だ」のようなセリフが出てくることを一瞬予想しましたが、「アイゴー、あそこには朝鮮人も多かったはずなのに…」というセリフだったのが意外でした。

 広島と長崎の原爆で、朝鮮人にも大きな死傷者が出たという事実は、韓国では無視され、「原爆は天罰」という認識が一般的でしたが、最近は少し変化があるのかもしれません。

 この派手なアクション映画は、エンターテイメントとして楽しむ分にはいいですけれども、あたかも実録映画のように受け取られることが心配です。

 いちばん最後には、黒い背景に白い韓国語の字幕で、

「軍艦島は2015年、明治期日本の産業革命遺産の一つとしてユネスコの世界文化遺産に登録され、日本政府は、今年中に犠牲者を記憶する措置を取ると約束したが、現在それが履行される様子はない」

というメッセージが流れます。これが、映画で描かれたことが実話であることを印象づけるのに大きな役割を果たしているように思えます。

 そういえば、私がこの映画を見た日は原爆記念日(ただし広島の)である8月6日でした。


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