「すさまじい利益相反」なぜ改正水道法が成立したか、関係者発言から考える (文春オンライン 2018/12/08)~自治体が水道局を運用しているが、親方日の丸型でコスト意識がない。水道管も古いまま。都市部は、民間のコスト意識が水道料金を下げると思う。郡部は、水道料金が上昇すると思う。需要と供給のバランス。都市部優先、郡部の切り捨ての施策と思う。
12月6日、改正水道法が衆院本会議で可決され成立した。これで水道事業の民間委託がしやすくなる。しかし、水道の「民営化」については海外でトラブルが相次いでおり、野党は「審議不十分」などと反発していた。本当に日本の水道は大丈夫なのか? 関係者の発言を追ってみた。
暴動、コレラ蔓延、再公営化……他国で相次ぐトラブル
根本匠 厚生労働相
「海外の問題事例を掌握して、それを乗り越えるための仕組みを提案している」
FNN PRIME 12月4日
改正水道法は、自治体が運営する水道事業の経営悪化を受け、市町村の広域連携や運営の民間委託などによる経営基盤の強化策を盛り込んだもの。コンセッション方式と呼ばれる民営化の手法を自治体が導入しやすくなる。
コンセッション方式とは、自治体が公共施設や設備の所有権を持ったまま、運営権を長期間、民間に売却する制度。自治体は水道事業者という位置づけのままなので「水道民営化」という言葉を使うことに反対している人もいる。とはいえ、運営権自体が民間企業に移るため、自治体には運営に関する権限はなく、水道料金も入ってこない。導入の判断は各自治体が行う。また、大規模災害時における応急給水や施設復旧などの対応についてはコンセッション事業者(民間企業)が実施可能と定められている(「水道法改正に向けて」厚生労働省)。
先行する海外では水道料金高騰や水質悪化などのトラブルが相次いでいる。米アトランタでは1999年に民間企業が水道の運営権を取得したが、施設の維持費がかさんで水質が悪化し、4年後に再公営化された。水道事業はこの15年の間に30カ国以上で再公営化されている。南アフリカでは民営化後、料金高騰で支払えない約1000万人が水道を止められ、汚染した河川の水を使ってコレラが蔓延した。ボリビアでは料金が跳ね上がって暴動が発生した(産経ニュース 11月4日)。
根本厚労相は「海外の問題事例を掌握」したと述べているが、4日の厚生労働委員会で厚生労働省が海外の事例を3件しか調べていないことが明らかになった。調査は2013年に実施されたもので、07年から10年の3例について調べているが、再公営化事例は00年から14年の間に35カ国で180件あった。しかも、この調査は厚労省が策定した「新水道ビジョン」に関するもので、法改正のためのものではなかったという。
根本匠 厚生労働相
「大事なのはその事案に共通する問題点、課題。本質の問題は何か。それを踏まえて私は制度を作っている」
朝日新聞デジタル 12月4日
調査が3例しか行われていなかったことについて、立憲民主党の石橋通宏氏は「世界でも(水道)再公営化の事例が続出しているが、厚労省は今回の法案提出にあたって、この再公営化の事例を全く研究も調査も分析もしていない」と批判(日刊ゲンダイDIGITAL 12月5日)。根本厚労相は「本質の問題」を重視し、調査の数の多さは問題ではないという認識を示した。石橋氏は「3例でよくそんなに言えますね」と反論している。
根本匠 厚生労働相
「民間事業者に運営権を売却したあとも、自治体や国が事業に関与し、丁寧にフォローしていく」
NHK NEWS WEB 12月4日
こちらは4日の参議院厚生労働委員会での根本厚労相の発言。不安視されている部分があっても国が「丁寧にフォローしていく」ので安心してもらいたい、という意味だろう。
改正水道法では、国などが事業計画を審査する許可制として、自治体の監視体制や料金設定も国がチェックする仕組みにするという。しかし、立憲民主党の川田龍平氏は「政府は、厚生労働省が事前に審査すれば大丈夫の一点張りで、水質維持と安定供給という本来の公共性をどう担保させるかという対策はまったくない」と指摘(朝日新聞デジタル 12月5日)。とにかく法律を決めて、具体的な対策を後回しにするのは入管法改正と同じやり方だ。
根本厚労省の気になる口癖「丁寧に」
ところで「丁寧」といえば安倍晋三首相の「丁寧な上にも丁寧な説明」が思い出されるが、根本氏も「丁寧」という言葉が好きなようで、「妊婦加算」については「通常よりも丁寧な診察が必要」(朝日新聞デジタル 11月14日)、ベビーシッターについて適切な保育ができているか判断する基準の創設を検討する際は「自治体の意見を聞きながら丁寧に検討していく」(日本経済新聞電子版 11月16日)、後期高齢者の自己負担引き上げについては「丁寧に検討を行う必要がある」(CBnews 10月12日)、エボラ出血熱の検査強化のための原因ウイルス輸入については「丁寧に根気よく説明」(産経ニュース 11月16日)、自民党の憲法改正推進本部事務総長を務めていた頃には「計18年間も丁寧な議論が行われ」てきたと述べていた(産経ニュース 5月2日)。丁寧にやらなければいけないことが多くて大変だ。
民間企業の参入で、8倍の料金格差が20倍に広がるおそれ
稲富修二 国民民主党・衆院議員
「コンセッション方式を導入すれば民間の効率的経営が必ず導入できるというのは幻想だ。国民の生活を脅かしかねない」
朝日新聞デジタル 12月7日
水道事業にコンセッション方式が導入された際の懸念は多い。
政策コンサルタントの室伏謙一氏は、改正水道法は「民営化ではない」とした上で「制度的にはどうあれ、地方公共団体が事業者の選定や運営権契約の内容等を誤れば、海外の『民営化』事例のような水道料金の高騰やサービスの質の低下等が起こりうるということである」と指摘する(ダイヤモンドオンライン 7月31日)。
水ジャーナリストの橋本淳司氏は「民間企業の水道事業への参入により、現在8倍の料金格差が20倍程度になるという予測がある」とし、「収益性の望めない地域では、受け皿となる企業が出てこない可能性は十分考えられる」と述べている(FNN PRIME 12月6日)。拓殖大学環境政策学の関良基教授は「20年間の長期コンセッション契約だと、民間は値上げがかなり自由にでき、行政のチェックが働かない独占価格になる怖れがある」と懸念を示した(J-CASTニュース 12月5日)。
もっとも重要なライフラインである水に関して、ろくに審議もせず、調査もおろそかなまま、法案が通ってしまうのはやはり異常だろう。
竹中平蔵氏、菅官房長官はそろって会議に出席
竹中平蔵 東洋大学教授
「コンセッションは成長戦略や行政改革、財政再建の手段になる」
菅義偉 官房長官
「(コンセッションは)日本の成長に大きな役割を果たすので、政府として、導入に積極的な自治体を応援していく」
ともに産経ニュース 1月13日
争点となったコンセッションは2011年のPFI法改正で可能になった。PFIとは簡単に言えば「官民連携」と言われるスキームで、公共施設の建設や維持管理、運営などを行政と民間が連携して行うことを目指す。安倍政権では13年に閣議決定した「日本再興戦略」で公共部門の民間開放の拡大を表明。その柱として、コンセッションを推し進めてきた。16年に閣議決定された「日本再興戦略2016」では「10年間(2013年度~2022年度)でPPP/PFIの事業規模を21兆円に拡大する」としている。
コンセッションの意義を唱え続けてきたのは、内閣日本経済再生本部産業競争力会議(民間)議員、内閣府国家戦略特別区域諮問会議(有識者)議員などを務め、同時にパソナグループ取締役会長、オリックス社外取締役などを務める竹中平蔵氏である。竹中氏は「私は、民主党政権時代から、PFIの一環としてコンセッション(インフラ運営権の売却)が要だと提案してきました」「財政に魔法の杖はないと言いますが、PPP・PFI、特にコンセッションには、数十兆円規模で財政に貢献できる可能性があるのです」などと語っている(東洋経済オンライン)。
今年1月にはコンセッションに関するシンポジウム「コンセッションフォーラム2018~地方創生の未来~」(産経新聞社主催、内閣府後援)が開かれ、菅義偉官房長官、竹中氏らが参加し、コンセッションの意義を改めて強調した。
「すさまじい利益相反」
福島瑞穂 社民党・参院議員
「まるで受験生が採点する側に潜り込んで、いいように自分の答案を採点するようなものだ」
ハーバー・ビジネス・オンライン 12月5日
そんな中、水道などの公共部門で民営化を推進している内閣府民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室)に水道サービス大手・仏ヴェオリア社日本法人からの出向職員が勤務していることが判明した。11月29日の参院厚生労働委員会で社民党の福島瑞穂氏が指摘して明らかになった。
今年4月には浜松市が下水道でコンセッション方式を取り入れ、ヴェオリア社日本法人が代表企業となっている運営会社・浜松ウォーターシンフォニーが20年間の運営権を25億円で手に入れている。同社には竹中氏が社外取締役を務めるオリックス株式会社も含まれていた。なお、浜松市のコンセッション導入を強力に推進したのが菅官房長官である(産経ニュース 6月1日)。菅氏と浜松市の鈴木康友市長とは鈴木氏が衆院議員を務めている頃から親交があった。
福島氏は「すさまじい利益相反。企業のために役所は働いているのか」と批判(朝日新聞デジタル 12月5日)、さらに上記のように表現した。この指摘に対して菅氏は「国家公務員の服務規律を順守させている。制度上の問題はない」と一蹴した(朝日新聞デジタル 12月7日)。
NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表の内田聖子氏は「竹中氏が政府の諮問委員・評議委員と、企業トップ・企業要人という『二つの顔』をうまく利用し、企業の側に都合のように政策を誘導している」「政府と企業の結託による利益供与とみられてもおかしくはない」と指摘している(ハーバー・ビジネス・オンライン 12月5日)。
コンセッション方式、提唱し続けたのはこの人
竹中平蔵 東洋大学教授
「人口20万人以上の全都市にコンセッションを義務づけるのはどうか」
ロイター 2015年12月21日
「アベノミクスの『リセット』」と題された竹中氏によるコラムからの抜粋がこちら。2013年のインタビューでも「キーワードはコンセッション」「100年間の運営権を売るとなると、ものすごいキャッシュが入ってきます。それでインフラを造ればいい。造ったらまた売ればいい」とも述べている(日経ビジネスオンライン 2013年2月20日)。
高度プロフェッショナル制度、改正水道法、そして入管法改正と竹中氏が提唱し続けてきたことが次々と実現しているようだ。
最後に、公益事業の民営化と公共部門への民間の参入を拡張し続けてきた英国では、今年1月に英国会計検査院が「多くのPFIプロジェクトは、通常の公共入札のプロジェクトより40%割高」「25年経験したが、公的財政に恩恵をもたらすというデータは不足」という調査結果を発表。10月29日には、フィリップ・ハモンド財務大臣は「今後新規のPFI事業は行わない」と発言した(ハーバー・ビジネス・オンライン 12月5日)。
(大山 くまお)