つらいことに直面したら、ごまかし続けていくのもいい…金原ひとみさん STOP自殺 #しんどい君へ (読売新聞online 2022/08/27)
金原ひとみさん 作家 39歳
20歳で芥川賞を受賞した作家の金原ひとみさんは、幼稚園の頃から休みがちで、学校や家庭に自分の居場所と思える場所がなかった。
若い頃は、心の痛みを身体的痛みに転換してきた。
作家デビューしてからは、執筆活動が「対症療法」となっている。
この経験から「つらいことに直面しているならば、ごまかし続けていくのでもよい」とメッセージを送ります。
小4で不登校、高校は半年で中退…母親との折り合いも悪く
子どもの頃、学校や家庭には「自分の居場所と思えるような場所がなかった」
幼稚園の頃から、隙あらば休む子どもでした。
小学校4年の頃に学校に行かなくなり、中学校に登校したのは4日ほど。
高校に進学しましたが、約半年で中退しました。
「子どもなのに、子どもが嫌い」でした。
周りの子たちが子どもっぽく感じられて、まともに話す気になれなかった。
そもそも私は、集団に入るのが苦手で、毎日同じ場所に行って同じ人間と一緒に過ごすのを息苦しく感じていました。
母親との折り合いも悪かった。
「学校に行かないことは世界の終わりだ」と言わんばかりに悲観した母親に引きずられ、学校に連れて行かれたこともありました。
学校や家庭には自分の居場所と思えるような場所がなかった。
小学生の頃は、定期的に非常階段から飛び降りようか悩んでいた時期があり、中学生の頃はリストカット、20代は摂食障害を繰り返しました。
根本的な解決にはならず、対症療法でしかないのですが、身体的な痛みに変換することで、心の痛みをちょっとずつごまかしていたのだと思います。
身体改造にひかれ、小説の主人公に「スプリットタン」をやらせてみる
そんな様々な葛藤を抱えながら過ごしてきた10代の終わり頃、舌先に切り込みを入れて二股にする身体改造「スプリットタン」にひかれました。
当時自分もピアスの拡張をやっていて、「やりたいな、やろうかな」と。
でも、さすがに自分でやるのはちょっとなと思い、「じゃあ、小説の主人公にやらせてみよう」と書いたのが、デビュー作となり芥川賞を受賞した「蛇にピアス」です。
小説の主人公である19歳の少女は、当時の自分とほぼ同じ年齢。
「生きている実感」を得ようと、痛みを伴うピアスやタトゥーを彫る「身体改造」にのめり込む様子を描きました。
小説を書くことは「現実を生きていくための対症療法」
2人いる子どもが健やかに育つのを見ると、「自分はなんであんなにもつらかったのだろう」と思う
小説を書くことは、自分を客観的に見つめ、自分の中にある抽象的なものをストーリーや文章に変換していく作業です。
これはリストカットや摂食障害などと同じように、現実を生きていくための対症療法と言えるかもしれません。
きっとこの療法が、自分には合っていたのだと思います。
今では執筆なしの人生は考えられません。
もし書くことを止(や)めれば、私はすぐに精神のバランスを崩してしまうでしょう。
私には今、小学5年と中学3年の娘がいます。
2人とも普通に学校に通い、健やかに育っています。
そんな子どもたちを見ると、「自分は子どもの頃に、なんであんなにもつらかったのだろう」と思いますね。
最近になって父親から、「子どもが向いていない人ってたまにいるんだよ」と言われました。
確かに私は「子どもであること」が合っていなかったのだと思います。
もちろん、大人になった今でも、息苦しさや抜け出せない負のスパイラルに巻き込まれることはあります。
でも、小説を通じて客観視と表現という手段を見つけた現在は、子どもの頃に比べたらずいぶん楽になったと感じています。
ゲーム・漫画・小説…自分の息のしやすい場所を大切に
ゲーム、漫画、小説、何でもいい。
「とにかく自分が息のしやすい場所を大切にしてほしい」
学校に行くのがつらかったり、集団生活になじめなかったりしているならば、とにかく自分が息のしやすい場所を大切にしてほしいと思います。
ゲーム、漫画、小説、何でもいいです。
これをやっている時、ちょっと楽だなと感じる場所です。
怠惰だと言われようが、酸素が行き届かなければ動くこともままなりません。
若い頃の自分にとって、小説は唯一息のできる場所でした。
小説は、ただ物語を享受するだけでなく、登場人物や著者と対話したり、コミュニケーションを取ったりすることもできるんです。
私は、現実で知り合った人間たちよりも、すでに死んでいる著者や多くの魅力的な主人公たちとずっと深い繋(つな)がりを持ち、導かれてきたと感じています。
自分自身も周りの世界もずっと今のままということではありません。
思いもしない創作物との出会いによって新しい世界や救いがもたらされる可能性もあります。
もし今、苦しさを感じていたり、目の前にある絶対に超えられそうにないものに直面したりしているならば、対症療法でごまかし続けていくのでもいいと思います。
生きる苦痛の根本的な解決など誰にもできなくて、皆、それなりに何かでごまかしながら生きているものなのかもしれません。
悩みを抱えた時には、様々な相談窓口がある
金原ひとみ(かねはら・ひとみ)東京都出身。2003年に「蛇にピアス」で第27回すばる文学賞を受賞し、作家となる。翌04年に同作で第130回芥川賞を受賞した。今月26日には、恋愛する母たちの孤独と不安と欲望を描く長編小説「デクリネゾン」(集英社、1980円税込み)を発売。 (この記事は読売新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です)
「蛇にピアス」を読んだが、意味が理解出来なかった記憶がある。