最近蒸し暑い日が続き、熱中症になりそうです。何とか扇風機でしのいでいます。
来週には梅雨明けになりそうですが、エルニーニョの影響で梅雨が長引き、冷夏になるという予報から、例年並みの暑い夏になりそうだ、と予報が少し変わりました。
去年は7月始めに、知人が熱中症で亡くなっています。私も気をつけなければと思います。
今回は『幻影2 荒原の墓標』27回です。
6
「今日は八時から高村さんの予約が入っています」
客を送り出したあと、ミクはフロントの葉山から告げられた。沢村は休暇を取っていた。北村はつい先日に来店したばかりで、こんなに間を空けずに来るのは、珍しい。
「こんばんは。いつもごひいきにしてくださり、ありがとうございます」
ミクは北村の腕を取り、個室へと案内した。
「先日見えたばかりなので、びっくりしました。今週はお盆休みなのですか?」
個室に入ってから、ミクは北村に尋ねた。
「いや、僕のような業種は、盆も正月もないですよ。まあ、ちょっと実家に帰って、墓参りには行きましたが。すんなりアイディアが出ればいいけど、アイディアが浮かばないと、年中糞詰まりみたいで苦しまなければなりませんからね。お盆だからとのんびりできません」
「いやですわ、糞詰まりだなんて。高村さんの頭の中には、いろいろなストーリーがいっぱい詰まっているんじゃないですか?」
「いや、そんなことないですよ。いつもこの先どう展開させようか、汲々としてますよ。僕は事前にじっくりプロットを練ってから書くタイプじゃないので、いつもどうしようかと苦労します。けっこう行き当たりばったりですよ。それより、ミクさんの作品、できたらそろそろ見せてくれませんか?」
「はい、いちおう完成しましたが、今大幅に手直ししています。でも、私の作品なんて、高村さんに見ていただくのは恥ずかしいです」
接待の導入として、ミクは世間話から入っていく。二人は服を脱ぎ、いよいよサービス開始となる。
一緒にバスタブに浸かっているとき、北村が 「ミクさん、もしよかったら、一緒に南木曽岳に登ってくれませんか?」 と切り出した。
ミクは客との個人的な付き合いは、極力しないようにしている。それは店の方針であり、ミクにも繁藤との悲しい思い出があるので、個人的な付き合いを避けていた。だからミクは断ろうと思った。しかし、北村の表情は、いつになく厳しいものだった。単に、客とソープレディーとの付き合いの延長上で言っているものではないということが感じられた。
「僕はミクさんが、以前の事件で、すばらしい探偵役を演じたことを知ってます。それから、守護霊のことも。今日山に誘ったのは、実は今度の事件に関係があるからなんです」
「話してください」
ミクは断る前に、話を聞いてみようと思った。
「昨日、徳山久美の妹さんに会いました。事件の被害者となった徳山久美さんのです」
北村は昨日、金山のファミレスで優衣に会った経緯を話した。そして、つい不用意にミクのことを話してしまったことを詫びた。
「私のことは雑誌などでもう知られてしまっているので、気にしないでください」
「最初は事件に霊が関係しているということを疑っていた優衣さんですが、最後には僕の言うことを信じてくれたようです。そして、僕がその霊から啓示を受けた場所を見たいから、連れて行ってほしいと言うのです」
「そうですか。その場所に行っても、何かがわかるとは限りませんが。でも、私もその場所を見てみたいと思います」
ミクは次の水曜日が休みだった。今は主に月曜日、水曜日を公休日にしている。優衣はまだ夏期休暇を残してあるので、ミクの都合に合わせて休みを取ってくれるそうだ。北村は携帯電話で、次の水曜日はどうかと優衣に連絡した。優衣は、その日なら特に重要な予定は入っていないので、明日、会社に休暇の申請をしてみる、と答えた。電車はパソコンで時刻表を調べてから決定することになった。美奈は、確か名古屋駅を午前六時四五分ごろに出発する快速電車があると記憶している。七時一五分ごろ、高蔵寺駅で合流し、中津川で乗り換えだ。南木曽着は八時半ぐらいになる。その電車が一番いいのではないか、と北村に提案した。以前南木曽岳に登ったとき、その時間の電車を利用している。週間天気予報によれば、水曜日は晴れる確率が高い。
前回北村はダブルで九〇分の時間をとったが、この日はシングルで五〇分で帰っていった。前回来てまだ一週間と経っていないし、いくら流行作家の末席に連なったとはいえ、まだあまり贅沢ができる身分ではない、と北村も自覚している。それに、今回は南木曽岳登山のことを話すのが目的だった。ただ、北村としては、ミクの携帯電話の番号とメールアドレスを聞き出せたことが満足だった。
南木曽岳山頂付近の展望台
美奈は恵、美貴、裕子となじみのファミレスで少し話をしたあと、三浦のアパートに寄った。もう午前一時を回っていたが、三浦は起きて待っていてくれた。昨日も捜査で忙しく、帰ったのは日付が変わる直前だった。
「今度の水曜日、北村先生と南木曽岳に行くことになりました。そのとき、徳山久美さんの妹の優衣さんも一緒に行きます」
美奈はさっそく三浦に報告した。ふだんなら、客のプライベートなことを話す美奈ではないが、ことは事件に関係しているかもしれない。それで美奈は三浦に報告したのだった。
「優衣さんも一緒に? 優衣さんは北村先生と接触したのですか?」
鳥居が捜査本部に話をし、近いうちに北村と優衣を小幡署で会わせる予定だった。
「優衣さんがファンレターを装って北村先生に手紙を出し、それで会う約束をしたそうです」
「優衣さんにも困ったもんだな。せっかく鳥居さんが骨折って会えるように段取りしていたのに。苦労を無にされて、鳥居さんが気をわるくしそうだ」
美奈は 「たーけ!」 と怒鳴る鳥居の顔を想像して、微笑んだ。
美奈は三浦のパソコンを使わせてもらい、電車の時刻表を検索した。美奈が考えていた時間帯に電車があった。高蔵寺発は七時一四分で、早起きが苦手な美奈にとっては、辛い時間だった。
「僕もその登山、同行しますよ。北村先生の監視も役目の一つですからね。理由なら何とでもつけられます」
三浦は同行を約束した。三浦も一緒に行けることは、美奈にとっても嬉しかった。やはりソープの客である北村と登山するのは気が引けていた。たとえ優衣が一緒でも。しかし三浦が同行すれば、捜査の手伝いという大義名分も立つ。
三浦の報告を聞き、鳥居は怒りを爆発させた。
「あのたーけが! せっかく北村と会えるように取りはからってやっとったのに。まあ、しかたないがや。おい、トシ、おみゃあも一緒に山に行ったれ。逃げる恐れはないだろうが、いちおうセンセを監視しとかんとな。愛しの彼女も行くんだろ」
事件の関係者が会って、不測の事態が起こるといけないので、相棒の鳥居も三浦に登山の同行を促した。
三浦は素知らぬ顔をして、北村の予定を聞き出した。水曜日に優衣と山に行くということを申し訳なさそうに言ったので、 「え、先生、優衣さんと会ったのですか? 困ったもんだな、優衣さんも」 と芝居をした。
三浦も職務として同行すると申し出た。北村としては拒絶できなかった。
「実はもう一人、一緒に山に行く人がいるのですが」
三浦は知っていながら、誰ですか? と尋ねた。
「あ、以前先生のアリバイを証言してくれた人ですね。その人なら全く事件と無関係ではないから、まあいいでしょう」
三浦はすました顔をして了承した。
来週には梅雨明けになりそうですが、エルニーニョの影響で梅雨が長引き、冷夏になるという予報から、例年並みの暑い夏になりそうだ、と予報が少し変わりました。
去年は7月始めに、知人が熱中症で亡くなっています。私も気をつけなければと思います。
今回は『幻影2 荒原の墓標』27回です。
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「今日は八時から高村さんの予約が入っています」
客を送り出したあと、ミクはフロントの葉山から告げられた。沢村は休暇を取っていた。北村はつい先日に来店したばかりで、こんなに間を空けずに来るのは、珍しい。
「こんばんは。いつもごひいきにしてくださり、ありがとうございます」
ミクは北村の腕を取り、個室へと案内した。
「先日見えたばかりなので、びっくりしました。今週はお盆休みなのですか?」
個室に入ってから、ミクは北村に尋ねた。
「いや、僕のような業種は、盆も正月もないですよ。まあ、ちょっと実家に帰って、墓参りには行きましたが。すんなりアイディアが出ればいいけど、アイディアが浮かばないと、年中糞詰まりみたいで苦しまなければなりませんからね。お盆だからとのんびりできません」
「いやですわ、糞詰まりだなんて。高村さんの頭の中には、いろいろなストーリーがいっぱい詰まっているんじゃないですか?」
「いや、そんなことないですよ。いつもこの先どう展開させようか、汲々としてますよ。僕は事前にじっくりプロットを練ってから書くタイプじゃないので、いつもどうしようかと苦労します。けっこう行き当たりばったりですよ。それより、ミクさんの作品、できたらそろそろ見せてくれませんか?」
「はい、いちおう完成しましたが、今大幅に手直ししています。でも、私の作品なんて、高村さんに見ていただくのは恥ずかしいです」
接待の導入として、ミクは世間話から入っていく。二人は服を脱ぎ、いよいよサービス開始となる。
一緒にバスタブに浸かっているとき、北村が 「ミクさん、もしよかったら、一緒に南木曽岳に登ってくれませんか?」 と切り出した。
ミクは客との個人的な付き合いは、極力しないようにしている。それは店の方針であり、ミクにも繁藤との悲しい思い出があるので、個人的な付き合いを避けていた。だからミクは断ろうと思った。しかし、北村の表情は、いつになく厳しいものだった。単に、客とソープレディーとの付き合いの延長上で言っているものではないということが感じられた。
「僕はミクさんが、以前の事件で、すばらしい探偵役を演じたことを知ってます。それから、守護霊のことも。今日山に誘ったのは、実は今度の事件に関係があるからなんです」
「話してください」
ミクは断る前に、話を聞いてみようと思った。
「昨日、徳山久美の妹さんに会いました。事件の被害者となった徳山久美さんのです」
北村は昨日、金山のファミレスで優衣に会った経緯を話した。そして、つい不用意にミクのことを話してしまったことを詫びた。
「私のことは雑誌などでもう知られてしまっているので、気にしないでください」
「最初は事件に霊が関係しているということを疑っていた優衣さんですが、最後には僕の言うことを信じてくれたようです。そして、僕がその霊から啓示を受けた場所を見たいから、連れて行ってほしいと言うのです」
「そうですか。その場所に行っても、何かがわかるとは限りませんが。でも、私もその場所を見てみたいと思います」
ミクは次の水曜日が休みだった。今は主に月曜日、水曜日を公休日にしている。優衣はまだ夏期休暇を残してあるので、ミクの都合に合わせて休みを取ってくれるそうだ。北村は携帯電話で、次の水曜日はどうかと優衣に連絡した。優衣は、その日なら特に重要な予定は入っていないので、明日、会社に休暇の申請をしてみる、と答えた。電車はパソコンで時刻表を調べてから決定することになった。美奈は、確か名古屋駅を午前六時四五分ごろに出発する快速電車があると記憶している。七時一五分ごろ、高蔵寺駅で合流し、中津川で乗り換えだ。南木曽着は八時半ぐらいになる。その電車が一番いいのではないか、と北村に提案した。以前南木曽岳に登ったとき、その時間の電車を利用している。週間天気予報によれば、水曜日は晴れる確率が高い。
前回北村はダブルで九〇分の時間をとったが、この日はシングルで五〇分で帰っていった。前回来てまだ一週間と経っていないし、いくら流行作家の末席に連なったとはいえ、まだあまり贅沢ができる身分ではない、と北村も自覚している。それに、今回は南木曽岳登山のことを話すのが目的だった。ただ、北村としては、ミクの携帯電話の番号とメールアドレスを聞き出せたことが満足だった。
南木曽岳山頂付近の展望台
美奈は恵、美貴、裕子となじみのファミレスで少し話をしたあと、三浦のアパートに寄った。もう午前一時を回っていたが、三浦は起きて待っていてくれた。昨日も捜査で忙しく、帰ったのは日付が変わる直前だった。
「今度の水曜日、北村先生と南木曽岳に行くことになりました。そのとき、徳山久美さんの妹の優衣さんも一緒に行きます」
美奈はさっそく三浦に報告した。ふだんなら、客のプライベートなことを話す美奈ではないが、ことは事件に関係しているかもしれない。それで美奈は三浦に報告したのだった。
「優衣さんも一緒に? 優衣さんは北村先生と接触したのですか?」
鳥居が捜査本部に話をし、近いうちに北村と優衣を小幡署で会わせる予定だった。
「優衣さんがファンレターを装って北村先生に手紙を出し、それで会う約束をしたそうです」
「優衣さんにも困ったもんだな。せっかく鳥居さんが骨折って会えるように段取りしていたのに。苦労を無にされて、鳥居さんが気をわるくしそうだ」
美奈は 「たーけ!」 と怒鳴る鳥居の顔を想像して、微笑んだ。
美奈は三浦のパソコンを使わせてもらい、電車の時刻表を検索した。美奈が考えていた時間帯に電車があった。高蔵寺発は七時一四分で、早起きが苦手な美奈にとっては、辛い時間だった。
「僕もその登山、同行しますよ。北村先生の監視も役目の一つですからね。理由なら何とでもつけられます」
三浦は同行を約束した。三浦も一緒に行けることは、美奈にとっても嬉しかった。やはりソープの客である北村と登山するのは気が引けていた。たとえ優衣が一緒でも。しかし三浦が同行すれば、捜査の手伝いという大義名分も立つ。
三浦の報告を聞き、鳥居は怒りを爆発させた。
「あのたーけが! せっかく北村と会えるように取りはからってやっとったのに。まあ、しかたないがや。おい、トシ、おみゃあも一緒に山に行ったれ。逃げる恐れはないだろうが、いちおうセンセを監視しとかんとな。愛しの彼女も行くんだろ」
事件の関係者が会って、不測の事態が起こるといけないので、相棒の鳥居も三浦に登山の同行を促した。
三浦は素知らぬ顔をして、北村の予定を聞き出した。水曜日に優衣と山に行くということを申し訳なさそうに言ったので、 「え、先生、優衣さんと会ったのですか? 困ったもんだな、優衣さんも」 と芝居をした。
三浦も職務として同行すると申し出た。北村としては拒絶できなかった。
「実はもう一人、一緒に山に行く人がいるのですが」
三浦は知っていながら、誰ですか? と尋ねた。
「あ、以前先生のアリバイを証言してくれた人ですね。その人なら全く事件と無関係ではないから、まあいいでしょう」
三浦はすました顔をして了承した。
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