売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第2回

2015-06-20 21:42:18 | 小説
 このところ九州や関東では激しい雨のニュースをよく聞きますが、なぜか私が住んでいる名古屋近辺では、あまり雨が降っていません。天気予報で雨が降ると言っても、あまり降らず、最近傘をさすこともありません。
 梅雨もこれからが本番なので、大雨には警戒しなければならないとは思いますが。

 今回は『地球最後の男――永遠の命』の2回目の掲載です。


           1 塞翁が馬

 田上雄一(たがみゆういち)は目を覚ました。何か変な夢を見たような気がする。あまりすっきりしない気分だった。どんな夢か思い出そうとしたが、思い出せそうで思い出せない。何となくいらいらするような気分だ。まあ、夢のことなど、どうでもいいや、と田上は思った。
 田上は朝食をトーストとコーヒーで済ませ、洗顔や整髪など、身だしなみを整えて家を出た。田上は勤めているOA機器の商社に向かった。徒歩と路線バス、私鉄の乗車時間を合わせ、職場まで一時間以上かかる。もう少し勤務先に近いところに住みたいとは思うが、今田上が入居しているA県F市の郊外のアパートは、2DKの間取りで、けっこう家賃が安かった。スーパーマーケットや診療所なども近くにあり、住み心地はわるくないので、なかなか引っ越そうという踏ん切りがつかなかった。
 田上は自宅の近くのバス停に立った。
 それほど待つこともなくバスが来て、田上は乗り込んだ。乗車するのは一〇人ほどだ。サラリーマンや高校生など、顔ぶれはほぼ決まっている。田上が乗るバス停は起点の近くで、駅から遠いため、まだ席は空いている。田上は座席にかけた。昨夜はなぜか熟睡できなかったような気がして、田上は頭が重かった。だから、田上は座席に着いて、目を閉じた。
 バスが私鉄の駅に近づいたころ、大きなクラクションの音や急ブレーキのショック、そして激しい轟音がした。バスの乗客は悲鳴をあげた……。

 A県の県都、M市の都心からやや外れた盛東(せいとう)商会では、田上が出勤していないことに、重役たちはいらだっていた。今日は朝九時半より、販売促進のための会議がある。それなのに、田上はまだ出社していなかった。遅刻や休暇の連絡もない。
 販売部第二課長の吉川(よしかわ)は、田上抜きで会議を始めることにした。田上は資料を用意することになっていたが、これ以上待ってはいられなかった。重要度では、田上の資料はそれほど高くはなかった。しかし、吉川の不機嫌は収まらなかった。
 会議が終わったとき、第二課で庶務を担当している谷村亜由美が、「課長、大変です」と会議室に飛び込んできた。
 「どうした? 谷村君」
 「先ほど、田上君が乗っていたバスが、トラックとぶつかり、多くの死傷者を出したようなんです。私もテレビのニュースを確認しましたが、たぶん田上君が乗っているバスです。だから、今日は連絡もできなかったんです」
 亜由美は血相を変えて、課長の吉川に報告をした。
 「なに、田上が乗っていたバスが事故だと?」
 吉川も少なからず驚いた。
 「はい。田上君の通勤経路を確認しましたが、間違いなさそうです。まだ警察からは連絡がありませんが、乗客の身元が確認できれば、おそらく照会が来ると思います。課長、どうしましょうか? これからF市の警察署に行きましょうか?」
 亜由美は一刻も早く田上の安否を確認したかった。
 「いや、まだ田上が事故に遭ったかどうか、わからないのに、Fまで行くことはできん。風邪か何かで休んでいるのかもしれんし。田上かどうか、警察から連絡があるまで、待つしかないな」
 はやる亜由美に対し、吉川は冷静だった。
 「でも、田上君が自宅にいないことは確かです。私も田上君の自宅に何度も電話してみました」
 田上は単身でアパートに住んでいるため、同居家族はいない。そのころはまだ携帯電話がなかった。
 亜由美はF市の警察署に問い合わせてみた。けれども現在犠牲者等の身元を確認中で、まだ問い合わせに応じることができないとのことだった。
 亜由美は田上雄一の身の上が心配で仕方なかった。なぜこんなに田上のことが気にかかるのだろうか? 確かに同じ課の所属で、いつも気軽に話をする仲ではある。しかしそれは単に職場の仲間としての関係でしかない。これまで田上のことを、特定の異性として意識したことはなかった。だが、ひょっとして田上がバスの事故で死んだのではないか、と思うと、気が気でないのだ。ただ、亜由美は同じ課の仲間が死んだのかもしれないという状況なので、気になるのは当然だと思い込んでいた。

 それから一時間ほど経過した。盛東商会の販売部第二課に一本の電話がかかってきた。
 「こちらはF警察署の者ですが、先ほど貴社の谷村亜由美さんより田上雄一さんのことで問い合わせがあった件について、お答えいたします」
ちょうど電話を受け取った亜由美が、「はい、私が谷村ですが、田上はどうだったのでしょうか?」とはやって尋ねた。その後のニュースでは、死者一二名、重軽傷者二五名と言っており、田上のことが心配だった。田上が乗り込んだときには、バスはまだ乗客は少なかったが、終点近くでは満員となっていた。テレビのニュースで、死者の中に田上の名前がなかったので、亜由美は一縷(いちる)の望みを抱いていた。
 「お尋ねの田上雄一さんですが、最も被害が大きかったバスの真ん中あたりに座っていたため、意識不明の重体で、予断を許さない状態です。ただいま、事故現場近くの城山病院の集中治療室で治療を受けていますが、面会謝絶となっております」
ここまで聞くと、亜由美は受話器を落とし、その場にへたり込んで、放心状態となった。その状態を見て、何事かと怪訝(けげん)に思った吉川は、受話器を拾い、電話に対応した。警察からの電話のようだったが、田上の身に何かよくないことが起こったのだろうか。
 「私は田上の上司で、吉川と申します。田上に何があったのでしょうか?」
吉川は亜由美を見て、田上はよほどひどい状態となっているのだろうと覚悟した。ひょっとして、死んだのかもしれない。そのように事前に心構えができたので、亜由美より冷静に対応することができた。
吉川は係長の結城(ゆうき)に、F市の城山病院に、電話で田上の様子を確認させた。かなり待たされた後、担当医より状況は楽観できないことを知らされた。特に頭部の損傷が深刻で、緊急手術を終えたところだということだった。吉川はG県に住む両親に、田上のことを連絡した。電話に出たのは母親だった。彼女は吉川の報告に、かなり取り乱していた。夫が戻り次第、城山病院に駆けつけると言った。

 一時は絶望的な状態だった田上だが、信じられないほどの生命力で、ぐんぐん回復した。そして一週間後には、退院ができるほどだった。田上の治療を担当した医師は、奇跡としか言いようがないと驚嘆した。
 亜由美は事故が起こった日の午後、会社を早めに出させてもらい、城山病院に状況を聞きに行った。電話で問い合わせるより、直接聞くほうがいいだろうと課長の吉川も判断し、亜由美を病院に向かわせた。そのころには、亜由美も平静を取り戻していた。
 亜由美は病院のナースセンターで、田上の会社の同僚であると身分を告げ、状況を尋ねた。主任の看護師は、田上は驚異的な生命力で危険な状態を脱し、もう何の心配もいらないことを告げた。それを聞いた亜由美は、安心して身体中の力が抜けてしまい、危うく倒れそうになった。看護師の一人が、亜由美に「大丈夫ですか?」と声をかけた。
 亜由美はなぜ自分は田上のことで、こんなにも動揺しているのだろうと思った。午前中、警察から田上のことを、「予断を許さない状態」と言われたときは、全身の力が抜けて、思わずその場で尻餅をついてしまった。今度は、もう何の心配もいらないと聞き、安堵の念で放心して、一瞬気が遠くなった。
 これまで、仲がいい同僚という以上でも以下でもないと思っていた田上なのに。
 亜由美は課長の吉川に、田上の手術はうまくいき、もう大丈夫だということを報告した。
亜由美は看護師の許可を得て、田上がいるICUに入った。そこには田上の両親が来ていた。田上はまだ麻酔が効いているのか、眠っていた。頭に巻かれている包帯が痛々しかった。亜由美は田上の両親に、自分は会社の同僚で、いつも親しくしてもらっていると告げ、挨拶をした。
「雄一のことでわざわざ来てくださり、ありがとうございました。雄一はもう大丈夫です。今はまだ麻酔が効いていて、眠っていますが。本当に運がいいやつですよ」
 父親が亜由美ににこにこ笑いながら言った。イントネーションに少し訛りを感じた。父親はどうやら亜由美のことを、恋人と勘違いしているようだ。しかし今の亜由美は、本当にそうなってもいいな、と考えていた。今回の事故で、自分の田上に対する素直な気持ちがわかったような気がした。これまでは仲のいい同僚ではあっても、恋愛対象だとはあえて考えていなかった。
結局その日は田上はずっと眠っていて、話すことはできなかった。しかし、亜由美は田上の安らかな寝顔を見ただけで満足だった。夕方、課長の吉川も病室に田上の様子を見に来て、両親と話し合っていた。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿