売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第2回

2014-01-24 10:33:57 | 小説
 昨日、お米を買いに行ったら、アメリカカリフォルニア産の米が非常に安く売っていました。
 大丈夫かな、と少し不安を抱きながらも、一度試してみようと買ってみました。
 今朝、さっそく炊いて食べてみました。私は柔らかいご飯より、多少歯ごたえがあるものが好きなので、いつもより若干水を少なめにして炊きました。
 それでも炊きあがりはダラッとした感じでしたが、まずいというほどではありませんでした。
 値段を考えれば、なんとか及第点かなと思いました

 今回は『幻影2 荒原の墓標』第2回目を掲載します。


       第一章 墜ちた鳳凰

            1

「はい、ミクちゃん、またご指名だよ。少し休んで、三〇分後に高村(こうむら)さん」
 オアシスのナンバーワンコンパニオンのミクは、客を送り出すと、フロントの沢村にそう声をかけられた。最近は接待が終わるとすぐまた次の指名があり、なかなか身体も心も休まらない。これもナンバーワンコンパニオンの宿命なので、仕方がない。
 ミクは名古屋市中村区にあるソープランド、オアシスの売れっ子コンパニオンだ。背中一面に美しい騎龍観音のタトゥー、腕や太股などにも牡丹の花や蝶が入っている。ミクにとって、全身のタトゥーはトレードマークになっている。

 ミク――本名木原美奈――は、オアシスにもう二年以上勤めている。つい最近、親しくしていた同僚のミドリ、ルミが退職し、少し寂しい思いをしている。ケイを加えた四人娘は、常にオアシスの人気の上位を占め、一生変わらぬ友情を誓い合っていた。しかし、そのうち二人が先月末でオアシスを退職した。
 ミドリは結婚し、新しい生活を始めるため、故郷の静岡に帰っていった。ルミはタトゥーアーティスト、さくらとして、新しいスタートを切る。
 四人は生涯の友情を誓い合うため、マーガレットのタトゥーを入れた。花言葉は 「真実の友情」 だ。最初はケイ、さくら、美奈と、タトゥーアーティストのトヨの四人が入れた。そのときは、ミドリは婚約者の手前、入れることはできなかった。だが、静岡に行くミドリは、みんなと離れるのが寂しく、ぜひとも一生消えない友情の印として、一つだけ、マーガレットのタトゥーを入れたいと婚約者の中村秀樹を説得し、退職前にトヨに彫ってもらった。
秀樹も 「君一人だけに痛い思いをさせられない」 と名古屋までやってきて、ミドリと同じ場所、右の脇腹に紫紺の牡丹の花を入れた。マーガレットはいかにも少女趣味だと言って、牡丹にしたのだった。そのとき初めて、美奈たちはミドリの婚約者に会った。眉目秀麗な美男子とはいえないまでも、優しく、誠実そうな人柄が感じられた。秀樹に牡丹を入れたのは、トヨではなく、師匠の卑美子だった。卑美子とトヨの施術室は別々だが、そのときは卑美子の計らいで、トヨの施術室で、二人同時に施術を行ったのだった。
 ミドリが右の脇腹にしたのは、美奈がマーガレットを入れた場所と同じだからだ。それに脇腹なら、ワンピースタイプの水着で隠せるので、子供が生まれても、プールや海に一緒に入ることができる。ただ、脇腹は痛みが激しく、タトゥーの施術のとき、ミドリは歯を食いしばって苦痛に耐えたのだった。
ケイとさくらは、マーガレットのタトゥーを、左の太股に入れている。トヨはタトゥーの練習のため、自分で自分の手足に彫り、身体のあちこちがタトゥーで埋まっているため、まだ何も彫らずに残っていた右の太股に入れた。トヨは自分自身でマーガレットを彫った。美奈はすでに左右の太股に、牡丹の花が入っていたので、まだ空いている脇腹に彫ったのだった。
 六月にミドリは結婚式を挙げる。ジューンブライドだ。マーガレットの花を入れた四人と卑美子は、結婚式に招待されている。美奈はミドリ――今では本名で葵と呼んでいる――に会うのを楽しみにしている。

 最近、高村がミクの常連になった。本人は高村と名乗っているが、ミクは彼が北村弘樹という作家であることを知っていた。しかし、ミクのほうからはいっさいそのことを言い出さなかった。客のプライバシーに触れないのは、プロのコンパニオンとして、当然のことだった。
 去年の一〇月下旬、初めて北村から指名を受けたミクは、どこかで見たことがある人だ、と薄い記憶があった。しかし、そのときは誰だったか思い出せなかった。客のことをあれこれ詮索するのはよくないと思い直し、ミクはサービスに努めた。
 北村は東京に転居する以前に、オアシスには何度か来店したことがある。もう五年以上も前のことだ。久しぶりにオアシスに来たのは、自殺を決行しようとした前日だった。自分へのこの世との餞別のつもりで、最後に女を抱こうと思い、北村はオアシスに足を運んだ。以前よく指名したコンパニオンは、とうに店を辞めていた。店頭に置いてあるアルバムを見て、ミクの華麗なタトゥーに目を奪われ、ミクを指名したのだった。人生の最後に抱くのなら、全身を美しく飾った女性がふさわしいと思ったからだ。ふだんなら、前もって予約をしなければ、ナンバーワンの売れっ子、ミクが空いていることはめったにないのだが、そのときはたまたま空いていた。
 北村はミクの心づくしの応対に満足し、帰っていった。この世の最後の思い出だ。もう二度と女性を抱くことはない。
 その翌日に北村は南木曽岳の中腹で自殺を試みた。だが、不思議な声のおかげで、北村はもう一度やり直すことを決意した。
 ミクのことが忘れられない北村は、ミクの常連客となった。
 その後、ミクは殺人事件の容疑者ということで、週刊誌を賑わしたことがあった。ミクと付き合っていた男が殺害された事件だった。警察がミクのアリバイは成立していると断定したにもかかわらず、全身タトゥーのソープレディーという話題性につけ込んだ一部のマスコミは、あることないことを週刊誌や娯楽夕刊紙などに書き立てた。この件では、ミクは非常に辛い思いをした。
 ミクに同情しながらも、その事件に北村は興味を持ち、事件に対し、いろいろな推理を話して聞かせた。そのとき、ミクは彼が、かつて推理小説作家として、話題をさらっていた北村弘樹だということを思い出した。だがミクはあえてそのことには触れなかった。客のプライバシーはいっさい詮索しないというのが、コンパニオンとしてのマナーだった。

 それからしばらくして、北村弘樹は一冊のミステリーを自費出版で発表した。北村はかつて築いた人脈を利用し、多くの知人にその本を贈呈した。それが何人かの評論家の目にとまり、鬼才の復活ということで、話題になった。これまで全く忘れられていた作家だったが、鬼才の復活と宣言するに値する、優れた作品だと評価された。こうして彼は、文壇に復帰した。

「ミクさん、久しぶりですね」
 個室に入ると、高村と名乗っている北村が、声をかけた。
「そうですね。この前見えたのは、私が殺人犯だと嫌疑をかけられていたころだったので、もう一ヶ月以上お会いしてないですね。あのときは、いろいろご高説を拝聴させていただきました」
「あれからいろいろあって、忙しくてね。ところで、ミクさん、ひょっとして僕のこと、知っているんじゃないですか?」
「え、何のことですか? 私が高村さんのこと、存じ上げているって」
 ミクはあえて知らないふりをした。
「いや、ミクさんなら、きっと僕の正体に気づいているでしょう。ミクさんも推理小説ファンだと言ってましたからね。この前は森村誠一先生や内田康夫先生の大ファンだと聞きましたが、北村弘樹はご存じですか?」
 ここまで言われれば、もうとぼける必要はないと思い、ミクは 「はい、五年ほど前、『幻想交響曲』という作品でデビューされて、最近また新しいご本が話題になってますね。実は、高村さんのこと、どこかでお目にかかったことがあるかしらと思っていましたが、この前、いろいろな推理を聞かせていただいて、先生のことを思い出しました」 と応えた。
デビュー作はベルリオーズの幻想交響曲をモチーフとした、覚醒剤と幻覚を絡ませた印象深い作品だった。テレビドラマ化されたときは、原作のイメージ通りに、効果的に幻想交響曲のいくつかの楽章が、BGMとして挿入されていた。
「ははは。やはり気づかれていましたか。でも、ミクさんならほかでべらべらしゃべったりしないと信じてますので、僕も安心しています」
「はい。お客様のプライバシーについては、決して口外いたしません。コンパニオンには、医者や弁護士のような守秘義務があるわけではありませんが、お客様のプライバシーを口外しないのは、当然のマナーですから」
「僕は新しい作品で、タトゥーがある女性を重要人物として登場させましたが、ミクさんを無断でモデルにさせていただきました。でも、殺される役にしてしまい、どうもすみませんでした」
「私の先輩があの作品を読んで、『この人、ミクみたい』と言っていました」
 ミクこと美奈は高村が北村弘樹と気づき、最近新しい本を出したので、さっそく読んでみた。登場人物の、背中に鳳凰を彫った久美という女性は、自分をモデルにしているのだな、ということに気づいた。親友の恵(めぐみ)――オアシスでの源氏名はケイ――が、美奈が読んでいる本を見て、 「あ、この本、今話題になってる本ね。読んだら、私にも貸して」 と言った。そして、本を読み終えた恵が、登場人物が美奈にそっくりだと気がついた。名前もミクを逆にして“久美”。ただ恵は、ある事件で美奈のことが週刊誌などで報道されたので、それでモデルにされたのだなと思っているようだった。その作品が、事件が起きる以前に書き上げられていたことに、恵は気づいていなかった。
「いや、ほんとにすみません。モデルにするのなら、やはり事前に許可を取るべきだったかもしれません。でも、自分が作家だなんて、ちょっと言いにくかったもんで。作品のモデルにするつもりで、取材として、タトゥーを彫るときの様子もいろいろ訊いてしまいました」
「いえ、気になさらなくてもけっこうですわ。私は何とも思っていませんから。先輩も、週刊誌などに出てしまったから、それでモデルにされたと思っています。私のお客様が書いただなんて、全然気づいていませんから」
 ミクは微笑みながら言った。
「ところで、高村さんは、作家として復帰なさったら、また東京のほうに行かれるんですか? 以前は東京にお住まいだったそうですが」
「いや、やはり住み慣れた名古屋がいいので、当分はこっちにいるつもりです。今は東京にいなくても、パソコンメールなどで簡単に原稿が送れる時代ですから。でも、なぜ?」
「いえ、高村さんが東京に行かれたら、もう会えなくなると思いまして」
「大丈夫ですよ。これからもときどき、会いに来ますから。でも、僕も少し顔を知られちゃったので、これからは変装してこなくては。やはり作家がソープランドに出入りしてる、なんてすっぱ抜かれてはいやですから。ところで、もう本名を知られてしまったけど、ここでは高村にしといてください」
 ミクはいろいろな話をしながら、北村の身体を洗ったり、本番のサービスをしたりした。この仕事に就いて、もう二年以上が経ち、ミクの仕事ぶりは堂に入ったものだ。オアシスのナンバーワンを張るのに恥じないものだった。

 美奈は北村に会ったことにより、自分も小説家を目指してみようと思った。美奈は高校生のころ、作家になりたいという夢を持っていた。作品もいくつか書いた。だが両親の死もあり、高校を卒業すると、大学への進学を諦め、OA機器を扱う商社に入社した。さらにはタトゥーを入れる資金を貯めるために、ソープランドのコンパニオンとなり、小説を書くどころではなかった。
 しかし、ソープランドのコンパニオンをしていられるのも、若いうちだけだ。その気になれば三〇歳を超えてもできる仕事ではあるが、美奈としてはそういつまでも続けるものではないと思っている。コンパニオンを辞めたときのために、何か自分の特性を活かせる仕事を見つけておきたいと考えていた。
 けれども、ほとんど全身にタトゥーを入れてしまった今、なかなか美奈を雇ってくれる会社がなかった。美奈は最近公休日に、いくつかの会社の面接を受けてみたが、大きなタトゥーがあるとわかった段階で、すべて断られていた。美奈は採用決定後にタトゥーがあることを知られ、トラブルになるのがいやなので、面接の際、事前にタトゥーがあることを申告していた。中には、事件で週刊誌に書き立てられてしまったので、美奈のことを知っている面接官もいた。やはり当分はオアシスで頑張るしかないと思った。
 店長からも、ミドリ、ルミという貴重な戦力が退職してしまったので、ケイ、ミクにはさらに頑張ってほしいと期待されている。最近オアシスにも新しい若い娘(こ)が何人も入店し、新陳代謝も激しいが、やはりケイ、ミクは得がたい人材だった。
 それで、しばらくは今の仕事を続けながら、小説を書いていこうと思った。すぐに小説が売れなくても、当座の生活には困らない。まずは、自分が巻き込まれた殺人事件をモチーフにして、創作をしてみるつもりだ。ペンネームは、オアシスでの源氏名、ミクをそのまま使い、木原未来(みく)にした。ソープレディーとしての名を使うことに抵抗はあったが、葵、恵、さくらという生涯の友に巡り会った、出会いの場を大切にしたいという思いがあった。“未来(みらい)”という字も、希望に満ちているようで、気に入っていた。
 作家になろうという希望を親友の三人に話したら、大賛成してくれた。
「美奈は才能があるから、いつかきっとデビューできるよ」 と三人は美奈を励ました。
 葵が静岡に帰ってからも、毎日のようにメールのやりとりをしている。葵は早くいい作品を書いてデビューできるよう、祈っているよ、と言ってくれる。
 さらに美奈の守護霊となっている千尋からも、それはとてもいいことだから、ぜひおやりなさい、というメッセージがあった。
 北村と出会ったことが、美奈に一大決心をさせたのだった。


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