海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

風が強く海上抗議行動は中止。

2015-10-31 22:18:45 | 米軍・自衛隊・基地問題

 10月も最終日となった。朝から曇り空で雨が降りそうだったので、しばらく松田ぬ浜で雲の動きを見ながら待機した。午前8時15分ごろ雨は大丈夫と判断し、カヌー23艇(25人)で浜を出発した。

 辺野古崎に向かってカヌーを漕ぎながらキャンプ・シュワーブの陸地を見ると、解体工事で更地となった奥の方でバックホー2台が動き、白いヘルメットをかぶった作業員が数名いるのが確認できた。海岸部近くの更地では作業は行われていない。

 ゲート前では早朝から市民が座り込んで阻止行動を続けているが、機動隊による弾圧がさらに強化されようとしている。警視庁機動隊が100人規模で沖縄に派遣され、11月上旬から辺野古沿岸部の警備にあたると報じられている。ゲート前だけでなく、海岸沿いも機動隊が配置されるということか。沖縄弾圧のために全国から機動隊や海保が沖縄に派遣される。国家の暴力装置をもって沖縄の民意を圧殺しようとする日本政府の姿は異常である。

 キャンプ・シュワーブのゲート前では連日、機動隊の暴力によって怪我人が出ている。カヌーメンバーの1人も機動隊の暴力で意識を失い、病院に緊急搬送されている。柔道や空手で鍛えた体格の大きな機動隊員が、若者だけでなく60代、70代の市民にも襲いかかり、腕をひねり、指をねじ曲げ、地面に抑え込み、手足をもって強引に排除している。

 機動隊員につかまれただけで腕には内出血の痕が残る。引きずられるように歩かされて、足や腰を痛めたお年寄りもいる。民主主義を否定し、法解釈を自らに都合のいいように歪曲し、暴力で新基地を沖縄に押し付けようとして、何が「法治国家」か。

 辺野古崎の岩場を抜けて大浦湾に面した場所に出ると、強い向かい風が吹いてカヌーを漕ぐのに苦労するほどだった。海面には白波が立ち、フロートにロープをつないで待機するなか、カヌーチームと船長たちで協議して、この日の行動は9時半で中止することとなった。

 作業に対して抗議するためにはカヌーの細かい操作ができないといけない。この日の風と波ではそれが難しく、バディと班で互いの様子を見ながら松田ぬ浜に戻った。カヌーの片づけや全体での行動反省のあと、カヌーチームの話し合いを持った。

 午後2時半ごろ第3ゲートから見ると、米軍基地内のビーチ沖に浮かべられたフロート付近で作業船が2隻動いていた。午前中は海の作業はなかったようだが、午後は何らかの作業(フロートの整備・点検か)が行われたかもしれない。

 この日はAH1攻撃ヘリやCH53E輸送ヘリ、MV22オスプレイが2機や3機編成で辺野古上空を飛び回っていた。地域には断続的に爆音が響き、キャンプ・シュワーブやキャンプ・ハンセン、北部訓練場などを使って飛行訓練が行われていたのだろう。辺野古では陸、海、空と米軍の演習が絶えることがない。

 カヌーの話し合いが長引いたので、昼食後、ゲート前に行くのが遅くなった。帰宅後もやることが多く早朝は出きれないので、午後のゆっくりした時間にしか参加できないが、テントの下には早くもクリスマスツリーが2本飾られていた。

 ゲート前に立って1時間半ほど米軍車両に抗議した。ハローウィンで仮想して基地内に入っていく親子連れの車が数台あった。基地内で「親善」と称する宣撫工作が行われるのは、日本復帰前から続いてきたことだ。それこそ米軍が市民の目を欺く仮想である。演習場の赤土で汚れたタイヤで出入りする米軍車両と迷彩色の兵士たちの姿が「親善」の実態を示している。

 


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