海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

県民大会のあとに何をするのか。

2016-05-24 23:52:14 | 米軍・自衛隊・基地問題

 24日は朝、カヌー8艇が松田ぬ浜を出発し、辺野古岬方面へ向かった。前日フロートが撤去されたので、その後の状況がどうなったかを確認するのが目的。風邪と仕事のために今日もカヌーは休み、パソコンに向かって原稿を書いた。

 浜でカヌーを見送ったあと、金網の向こうで10名余の米兵がハマーから荷物を降ろし、訓練の準備をしている様子をしばらく眺めた。モクマオウの茂みの中で部隊を展開する訓練をやろうとしているようだったが、次の予定があったので確認はできなかった。

 辺野古弾薬庫近くの第3ゲートから大浦湾を眺めると、前日、辺野古岬と長島の間から運ばれて来たフロートはすでに片付けられ、以前から米軍のリゾートビーチを囲うように張られたフロートが残っているだけだった。午前9時半の段階ではまだクレーンのブームは上がっておらず、作業船の姿も見えなかった。その後の作業は確認していない。

 元海兵隊の米軍属による遺体遺棄事件で6月19日に数万人規模の県民大会が開かれることが決まった。これまで何度か大規模な県民大会が開かれてきたが、スローガンに掲げられた目的はどれだけ達成できたのか。ほとんどできていないのではないか。そのことの反省に踏まえて大会を開く必要がある。

 多くの団体を集めるために目的が最大公約数的で曖昧なものになり、人は多く集まったがガス抜きのようになってしだいに沈静化する。そういうことをくり返していたら日米両政府に足元を見透かされる。一人の人の死に向き合うには痛みに共感する真摯さと丁寧さ、時間をかけて考え抜く努力と想像力が必要だ。けっして選挙がらみの運動にしてはいけない。

 テレビのニュースで亡くなった女性の父親が、一緒に帰ろう、と森に向かって話しかけている様子を見た。胸が詰まった。この島の中で家族は苦しみと悲しみ、怒りを抱えて生きていかなければならない。そのことを常に心にとどめて、米軍犯罪を許さないための行動を具体的に続けたい。


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