goo blog サービス終了のお知らせ 

jazz and freedom and avenger

JAZZを聴きながら勝手気ままな戯事日記 暇つぶしに・・・・

2025 大阪・関西 万国博覧会

2025-04-23 | 日記・エッセイ・コラム

京都での学友との懇親会の後、大阪へ。大阪の友人と市内散策を楽しんだカミさんとホテルで落ち合う。翌16日(水)、万博会場へ。

1970年(大阪)、2005年(愛知)に続き3回目です。今回は前評判があまり芳しくないようですね。懇親会に参加した7人中5人は京阪地区に在住でその内4人とは、在学中、1970年の大阪万博に一緒に行っていますが、今の所、5人共、行くつもりが無いとのこと。はるばる埼玉から参加した一人と自分(名古屋)が行く、という変則の事態(笑)です。

さぁ、会場にやって来ました。

11時入場の予約を取り、東ゲート入り口に着いた時刻が10時30分で、所持品等々の検査を受け、中に入ったのは予約時間前の10時50分、並び始めて僅か20分で入場出来ました。TV等のメディアの偏った報道は ・・・・・、 一部を切り取り、一例を大袈裟に盛って、関心を呼ぼうとする最近のメディアの報道姿勢は如何なものだろう? 但し、9時、10時入場はもう少し掛ったかもしれない。

ほとんど予習せず、行き当たりばったりで回り、ロスが多く少々バテたのでアット・ランダムに。

一つだけ予約したのが「大阪ヘルスケアパビリオン」のTVでも紹介されている「25年後の自分に出会うリボーン体験ルート」。心血管、筋骨格、髪、肌など7項目のデータ(データ取得には最先端のセンシング技術を活用)を分析する「カラダ測定ポッド」です。測定カラダ年齢の結果は何と!驚くなかれ、実年齢より16歳も若く出ました。カミさんも14歳若く出ましたので、信じて良いのやら(笑)、また、25年後の自分の姿は、あまりにも先なので・・・・・

この日の一般入場者数は56,000人で、ほどほどの混雑ぶりです。運営側ではもっと入って欲しいでしょうが、あまり多くなると、こちらがしんどいです。

心地よい潮風を受け、楽しく万博気分を味わいました。ただ、カミさんは消化不良で、もう一度、リベンジに来たいようです。

ここは夕景も良さそうなので、まず始めは夜間券(17時~)で入り、夕陽、花火、イベントを楽しみながらビールをたっぷり飲み、翌日、一日券でじっくり遊ぶ二日間コースがお勧めです。


満開あとの風情 ・・・・・京都 高瀬川& 喫茶「ソワレ」

2025-04-20 | 日記・エッセイ・コラム

元小学校の校舎をリノベーションした「ザ・ゲートホテル京都高瀬川」。

8Fのレストラン「アンカー」は東山を一望する開放感に溢れ、席は皆、埋まっている。昨年もここに集まっている。

ホテル前の高瀬川です。丁度、一週間前がピークでした。予約が取れなかったそうです。

運動場の跡地に風に舞い散ったサクラの花びらが綺麗に敷かれていた。

高瀬川沿いをぶらぶらと、四条小橋のたもとの「ソワレ」が目に留まりました。自分は直ぐには記憶が戻りませんが、他の友人はよく利用したそうです。この近くにジャズ喫茶の「ダウンビート」、少し上がったところに「ブルーノート」があり、自分はそちらに通っていた。「ソワレ」は東郷青児の絵の蒐集家で親交もあった元木和夫氏が1948年(昭和23年)にオープンさせ、東郷青児や佐々木良三、池野禎春、吉井勇など、様々な芸術家、文化人が集まったそうです。

「ソワレ」とはフランス語で「夜会」「素敵な夜」という意味です。

名物の「ゼリーポンチ」です。見るからに美味しそうですね。女性の客も来てもらいたいとの願いから考案されたそうです。

青を基調とした室内空間の居心地の良さと尽きぬ思い出話に時を忘れ、気が付けば時計の針は5時をかなり回っていた。再会を約束し、大阪へ向かった。


どこにでもある風情、でも ・・・・・京都 ぶらウォーク(Ⅰ)

2025-04-18 | 日記・エッセイ・コラム

15~16日に掛けて関西に出かけた。1日目は京都で大学時代の学友との楽しい懇親会。

烏丸から河原町へ四条通りを二本上がった通りを会場に向かってぶらぶらと。別に京都でなくても目にする光景をスマホでアット・ランダムに ・・・・・。

周りに溶け込んだエクステリアの富小路交番です。近くに住み、後ほど会う学友の話では昨年、新しく出来たばかりで治安が良くなり(すぐ近くに錦市場)、好評のようです。

京極、新京極を抜け、河原町通りを渡り会場となる「ザ・ゲートホテル京都高瀬川」の横に出ました。

染井吉野が主役の座を降りた後のバラ科サクラ属の御衣黄(ギョイコウ)。見事です。スマホを向けていたらインバウンドのスマホの波に襲われました(笑)。


それぞれの春 ・・・・・満開の川縁

2025-04-08 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

早朝とは言い難いけれど、まだ8時前なのにワンちゃんを連れた若い家族、重そうなカメラを肩にした中年男性、スマホを翳す女性、チャリを漕ぐ高齢者、散歩の夫婦連れ、色んな人達が次から次へ満開の桜トンネルを通っていく。インバウンドを含め空前のサクラ・ブームの中、それぞれの春が流れている。でも、そう単純じゃない。


池畔の満開

2025-04-04 | 日記・エッセイ・コラム

 

近場で満開気分を満喫しようとチャリで出掛けた。池の周りの一部が散歩道になっていて、桜の木が行儀よく並んでいる。大きさがほぼ均等なのでより綺麗に映えます。しかも右手の土手にもダブルに植えてあるので、長さは200mほどですが、厚みがあり見応えがありますよ。

完全満開のほんの一歩手前ですね。週末は木陰にブルーシートが一面に敷かれるでしょう。一段高くなり、区切りが案配よくつきます。ここは近くに駐車場が無い?ので、多分、ご近所の方々の花見の宴で盛り上がるのでは? 目の前は池なので、見通しが良く、開放感があり、子供達が元気に走り回っている。

 

 

その池ですが、貯水量が減り、一部、干上がっています。普段、対岸の東屋は水面に浮いて見えるのですが、現在は脚が丸見えです。今年の冬はやはり雨の降水量が少なかったのですね。

 

 

雪柳ロードです(別場所)。関税ショックが無ければ、春爛漫なのになぁ。


人気店はいつも、どこも行列が・・・・・

2025-02-26 | 日記・エッセイ・コラム

家内も敬老パスが利用できる(複雑な気分だそうです)ようになった。今までパスは自分一人だったので二人で出掛ける際、ついつい楽な車で出掛けてしまう。そこで、連休の前、所用で名古屋駅前に出かけた時、二人共パスを。乗り継ぎ、乗り換えが面倒ですが、繁華街の駐車時間を気にしなくてもよく、これはこれでOKですね。それに有償なのでペイする最低限の回数を利用しないとまずいです。ランチをデパートのレストラン街の天ぷら屋(30分待ち)で済ませましたが、同じフロアにある「みそかつ 矢場とん」にすごい行列が出来ていた。平日ですよ。

右奥は階段ですが、下のフロアまで続いていた。大半が外国の旅行客です。名古屋めし、と言えば、ここの他に、ひつまぶし(蓬莱軒)、味噌煮込みうどん(山本屋)、手羽先(風来坊)、台湾料理(味仙)、宮きしめん等々が知られていますが、どこも盛況です。観光資源が豊富とは言えない名古屋ですが、その割に旅行者が多く、駅前、栄地区はいつも人でごった返しています。来る時の地下鉄も、朝のラッシュ時と同じぐらい混んでいた。

用を済ませた後、家内のリクエストでここゲート・タワーのHARBS(ハーブス)に。名古屋発祥のケーキ&カフェの店です。今では、東京、京都、大阪等々に出店するほどの人気店になりました。ここも大行列状態で、50分!近く待ちました(自分は本屋で時間潰し、家内はここ一択ですからずっと)。ここは女子学生の御用達店ですね。オスは自分、ONLY 1! 行列の写真を撮るのを憚りました(笑)。

繁華街に出掛ける場合は、パスを使った方がベターです。足腰の鍛錬~健康促進~医療費削減にもなります。そもそも敬老パスの誕生の原点、趣旨はこれとCO₂削減、交通渋滞緩和ですから。また、出掛ける人が増えれば経済効果もUpするでしょう。これからは出来る限り使おうと、思います。


ノスタルジア 「昭和」・・・ 長者町横丁

2025-02-17 | 日記・エッセイ・コラム

1957年(昭和32年)、名古屋地下鉄東山線が開通し、同時に伏見駅と直結する長者町(伏見)地下街が出きた。当時は繊維関係の店が軒を並べ大いに繁盛したけれど、その後、衰退期を迎えシャッター通りと化したが、近年、レトロ感を生かした飲食店、居酒屋が出店し始め、ちょっとしたディープな雰囲気を放っている。地下街の長さは、駅から突き当りまで、ゴルフの女子プロのドライバーの飛距離、240~250Yほどですね。右側の壁に沿って地下鉄が走っている。

先日、近くで元の会社のゴルフ仲間と飲み会があり、かなり時間前に着いたのでこの地下街をウオッチングしてきました。まだ早目で客入りは疎らでしたが、扉がないオープン・スタイルなのでつい店先の椅子に腰を降ろしそうになりますよ(笑)。コメントは必要ないですね。アット・ランダムにUpします。

 

 

 

 

長者町横丁、「ノスタルジア」がフリーズされている。個人的趣味としての「郷愁」は大いに結構だが、政治の「郷愁」は危険だ。過去は学ぶもの。

さぁ、集まりの時間が迫ってきました。随分、日が長くなり、確実に春が近づいている。


たかが電池交換、されど ・・・・・

2025-02-08 | 日記・エッセイ・コラム

 

12年程前、時計専門ではないブランドの腕時計を購入した。文字盤の色やラバーのリングとベルトのシンプルなコーディネートが思いの外新鮮な限定モデルだった。ミニ・ライトが点いたり、12時と6時の所のガラス玉が光ったり、遊び心もあり結構、気に入っていた。

一回目のテスト用の電池交換は無料でしたが、二回目は5,000円+消費税でチョット驚いたけれど、「これが定価です」と言われ、大した価格の時計でもないのにスイス製だからかな?と腑に落ちなかった。そして三回目が何と3,000円+消費税となった。大幅に安くなりやぶ蛇になってはまずいので、さっと支払ってきたけれど???(笑)。

先日、四回目の交換に出したところ、10日ほど経ってから「このモデルは限定のため、もう部品がなく、交換の際、不具合が出た場合、修理が出来ないので電池交換はできません」と返事があった。ありゃ、ま~、なんかメーカー目線のクレーム未然防止策の匂いが強く、「ダメもとでいいから交換してみて」と言っても埒が明かないだろう、と諦め引き取ってきた。まだ他の在庫品は販売を続けているけれど、恐らく、もう時計は生産をしていないだろう。

たまたま地下鉄の改札口前にある電池交換店の前を通ったので事情を説明したら、「このブランド、知ってますよ。もし、ダメだったとしても料金(手間賃)は頂きません」と女神のような対応でした。20分後に出来上がりです。料金は消費税込みで2,750円で済みました。今の所、元通りちゃんと動いている🤣。

構造上、建物の維持、メンテにコストが掛る上、消費者の購買スタイルの変化や様々な対応がままならなくなりショップ任せになった体質等々、デパート(一部を除き)の衰退がこんなところにも垣間見えます。新聞発表によると来春、名古屋のデパートの一つが再開発計画により閉店するそうです。デパートの全盛期が懐かしく、そして寂しいです。

 

それにしても時計(腕)の価格は恐ろしく高くなりました。もう、名のあるブランド物は手が出ません。先日、ロレックスの前を通ったら、30人ほど行列が出来ていた。事件、事故防止のため入場制限しているのだろう。でも、平日の午後、3時頃ですよ・・・・・・投機ですかね。7~8年前は、店員の目は入り口に向いたままだったのに(笑)。


過去は戻らず、「昭和」がまた一つ ・・・・・

2025-01-17 | 日記・エッセイ・コラム

 

朝の7時半過ぎ、朝チャリで高速道路のガード下を潜り、少しカーブするといきなり解体現場が目に飛び込んできた。昔の建物の名残りはもう無い。以前と言っても、かなりだが時々、通っていたカフェがあった。ヨーロッパの山荘をイメージした外観と落ち着いたインテリアが気に入っていた。通勤途中らしき若い女性が通りすがりにスマホで撮り出した。何なんだろう?彼女もこの店に通った一人だったのだろう。

半年ほど前、久し振りに前を通った際、駐車場に車はなく、店内も灯りが点かず、入り口に随分黄ばんだ紙が貼ってあったので、いずれこうなるだろうと予測していたけれど・・・・・。裏に回ってみた。

 

今日も重機が遠慮なく破壊していくだろう。がれきの山が現実だ。フードを被った工事に携わるお兄ちゃんが一人現れたので、あまり期待せず「この跡はどうなるのですか」と尋ねると、片言の頓珍漢な日本語が返ってきた。

 

二年ほど前まではこんなカフェだった。開店して40年が経つそうで、逆算すると昭和~平成~令和の三代に渡り平成時代が一番長いけれど、自分の感覚では昭和の香り、そのものです。そして、また一つ姿を消した。

 

解体=新陳代謝、と言うけれど「寂しさ」は消えないなぁ。


2025・新春 名古屋城 とその界隈(そのⅡ)& 米津玄師 NHK紅白パフォーマンス

2025-01-08 | 日記・エッセイ・コラム

 

名古屋城から車で数分の所にかって尾張藩士の屋敷が並んでいた一画(白壁町、主税町、橦木町)が「文化のみち」として整備されている。歴史、由緒ある建造物等々が保存され見学もできます。上は「旧豊田佐助(佐吉の弟)邸」でこの日(5日)、開館していました。

 

こちらの一見、和洋ハイブリッドの建物は結婚式場のようで知りませんでした。この地区は高級マンションもかなり建ち、セレブの雰囲気が漂っていますね。

 

この一画から道路を挟んだ所に昨年の朝ドラ「虎に翼」のロケ地になった名古屋市政資料館(国の重要文化財、大正12年建設、旧名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所庁舎)があります。

 

この階段に見覚えは?

 

そう、大晦日の夜、NHK紅白で米津玄師が突如、現れた階段です。ステンドガラス、大理石等々がコテコテにならず、秘めた格調、重厚さを演出している見事な空間です。それにしても米津玄師のサプライズ ・パフォーマンスに暫し魅入られました。

一昨年7月に記事Upした時点では、まさかこうして繋がっていくとは想像もつきませんでした。今年は「いい年」になりそうです、何となく(笑)。