jazz and freedom and avenger

勝手気ままな戯事日記 暇つぶしに・・・・

PICKERING XV-15/625Eのリード線交換 & AND THE PHILADELPHIANS / BENNY GOLSON

2024-07-28 | お遊びオーディオ

 

病院の帰り、HARD=OFFで拾ってきた。材質について何も触れられていないので、まず、普通のCu(銅)に違いないでしょう。手持ちの625Eには、現在、オルトフォンの6Nものを取り付けていて、やや大人しい感じがしますが不満なく聴いている。グレード的にはダウンになりますが、相性が優先する確率が高い部分なので、同じブランドの組み合わせで、どう変化するか、期待しましょう。線は細くて柔らかいので取り付けは、楽ですね。

 

 

まだ、十分に熟れていない段階ですが、トータル的なクオリティはオルトフォンの6Nに比べ少し落ちている。ただ、開放的なアメリカン・サウンドは変わりなく、ちょっとラフですが、こちらが「何も足さない、何も引かない」正当なピッカリングの音かもしれない。なお、ブラシは外しています。

急にアメリカが身近に感じられ、この一枚を。

二十数年前、NYのペン・ステーションの構内を、ここからどんな街に列車が発するのか、行先表示を見ながらぶらぶらしていた。何処と当てがあったワケでもなく、偶々、”PHILADELPHIA”の文字が眼に入った。発券窓口の黒人女性に所要時間を尋ねると「一時間半ほど」と。充分、返って来れる時間だった。アメリカ版新幹線・アムトラックでほぼ東京~名古屋間ですね。アメリカでは発車時間、間際にならないとホームに降りれないとか、車社会なので日本のように鉄道の駅前に必ずしも市街地が広がっているとは限らない、等々、戸惑いながら、全く無計画、無防備なトリップだった。

もし、「B面名盤」の人気アンケートを取ったら、まず上位にランク・インしてくる作品。まるで眼下に広がる雲海を、そして日の出とともに滝雲として動き出す光景を連想させるB-1、”Thursday's Theme”が素晴らしい。右チャンネルから流れ出すゴルソンのテナーの音も実に生々しい。

 

このカヴァは2ndですが、一般的にこちらの方がよく知られている。曲も編曲もゴルソンをはじめ全てジャズメンの手によるものでハード・バップと言うスタイルが高い次元で最も安定していた1958年の録音。派手さはないけれど、十分に聴ける一枚です。ゴルソンの編曲(4曲)センスと2管とは思えぬ色彩感は、ここでも光っている。


ブレイク前の「名もなき池(通称:モネの池)」

2024-07-22 | 日記・エッセイ・コラム

 

前回、「鰻 木屋」の壁に掛けてあった絵、「モネの池」について。

この写真はブレイクする前に撮ったそれこそ「名もなき池」時代のワン・ショット。10年近く前、たまたま、板取川(岐阜県長良川の支流)の上流にある秘湯の宿へ出掛けた際に道路サイドの花苗直販売場に立ち寄った。裏の僅かな駐車スペースに車を止め、近くをブラブラしていると、小さな池を見つけた。その時は「睡蓮(すいれん)」なのか「蓮(はす)」なのか、知らなかったけれど、兎に角、どこまでも透き通った異様な透明度に驚いた。また、茎の間を優雅に泳ぐ錦鯉にも魅せられた。

その一年後、TVの地方版ニュースの中で見覚えがある「池」の映像が流れた。そして、誰が名付けたのか? 「名もなき池」が瞬く間に「モネの池」として全国に広まった。人気絶頂時のG・W期間中など、一本道のR256は15㎞の大渋滞になったとか、ま、ネーミングの勝利ですね。

写真を何枚か、撮ったけれど、この一枚だけ残し他は全て消去していた。まさか、こんなにブームになるとは思いませんでしたから。残しておけば良かったなぁ(笑)。

後になって、いろいろな写真や絵がNetに上がっていますが、「名もなき池」時代と随分、様変わりし、冷静な意見も現れている。ブームなんてそんなものです。


知られざる老舗 ・・・鰻 木屋(きや)

2024-07-14 | 日記・エッセイ・コラム

 

今年も土用の丑の日(24日)が近づいてきました。年々、鰻料理は高くなり、庶民の口から遠ざかっていきますが、せめて年に一度はと、混み合う前に行ってまいりました。名古屋で鰻と言えば、「あつた 蓬莱軒」が泣く子も黙る絶対的存在で、「いば昇(錦)」、「しら河」、それからミシュランに掲載され東京・有楽町にも進出し、最近、富に人気を博している「うな富士」等々、多士済々ですが、今回は知る人ぞ知る老舗中の老舗「木屋(きや)」へ。創業はなんと幕末ですが、一般的なポピュラリティはほとんどありません。そのワケは営業時間が月~土の11:30~13:30のランチ・タイムだけと言う頑固さと、以前、予約は取らなった不愛想さ(笑)でしょうか。Netで確認すると、いつの間にか予約がOKとなり、少ないけれど駐車場も有り、早速、行ってきました。実は初めてなんです。

何となく、昭和食堂を連想させる入り口です。酷暑のせいか、飛び込み客はいなく予約だけ?で行列は出来ていませんでした。では、入りましょう。

 

カミさんは櫃まぶしを、自分は定石通り鰻丼を。脂がしっかり乗った身に濃口のタレ、そして皮のパリパリ感が素朴ながら小細工なく口の中に広がります。男好みです。武骨派ですね。客に阿(おもね)る事はない。

 

 

壁に目を遣ると、朝ドラ「虎に翼」の主演女優、伊藤沙莉さんの色紙が飾ってありました。すぐ目の前が撮影ロケで使われた名古屋市市政資料館なんです。

そして右の絵はちょっとしたブームを沸き起こした「名もなき池・通称、モネの池」です。

 

         

 

昭和初期から開いているとなりのうどん屋のレトロ感も良いですね。よく見ると、うどん、きしめん、そば、かつ丼、天丼 ・・・・・、何でもありではありませんか!間違いなく美味しいですね、この暑さのなか満席ですから。

 

 

店のすぐ裏は名古屋城の外堀です。今では夏草で覆われていますが、昔、名古屋鉄道・瀬戸線が走っていました。面影は全くありませんけれど。

 

 

朝ドラの撮影ロケとなった名古屋市市政資料館です。この建物は、大正11年(1922年)に建築され、現存する我が国最古の控訴院建築として国の重要文化財「旧名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所庁舎」を保存している。赤いレンガと白の花崗岩から成るネオ・バロック様式の外観は荘重で華やかさを湛えています。

 

 

「名古屋市市政資料館」の内部と「うな富士 白壁別邸」について、昨年の7月に記事をアップしていますので、暇つぶしに寄り道でも。


一瞬の躊躇い ・・・・・ 未完の情景

2024-07-11 | 日記・エッセイ・コラム

 

時々、チャリで通る坂道がある。勾配が急なので、降りて歩いている。ある朝、途中の空手道場の前で母親と女園児二人が追いかけっこして遊んでいた。何とも微笑ましい情景を記録に残したいと思ったけれど、果たして、了承も得ず撮ってもいいのか、逡巡した。一瞬、母親と眼が合い、「おはようございます」と言っているような気がした。後で了解を得れば、と慌てて自転車のスタンドを立て、スマホをポケットから取り出そうとしたが、その日に限ってポシェットに入れていて、手間取った。

さぁ、と思ったその時、幼稚園の送迎バスが間に割って入ってきた! あぁ・・・、後ろの絵看板と微笑ましい情景の妙なギャップをごく自然に撮りたかったのに。

あれから、半年、時々、同じ時間帯に登っているけれど、未完のまま。でも、あの情景は蘇る。

シャッター・チャンスはそう来ない、常に心の準備を、ですね。写真家でもないのに(笑)。


㊙愛聴盤 ・・・・・ QUARTET 1976 / RICHARD KAMUCA

2024-07-04 | ジャズ・ts

 

以前、亡くなる少し前にレコーディングされた”DROP ME OFF IN HARLEM”をUpした際、抱き合わせで紹介していますが、今回は単独でUpします。

KAMUCAと言えば、とうの昔からモード盤と相場が決まっていますが、相場ほど当てにならないものはありません。相場は思惑で動き客観性が希薄な場合もあり、コレがBESTです。同じ‘QUARTET’でも、こちらは、KAMUCAが癌で亡くなる前年、1976年に自費出版?に近い形でレコーディングされた作品で、恐らく、「遺作」となることを想定して録音したのだろう。何故ならば、‘RICHIE’ではなく正式な‘RICHARD’とクレジットされている。

もともとレスター系のテナー奏者だが、50年代後半、コルトレーンをかなり聴き込み、少なからず影響を受けている。だだ、カミュカは自分の奏法にしっかりと消化しているので、一聴しただけでは解らないかもしれません。M・ロウの味わい深いコード・ワークのよるサポートに乗って、カミュカはやや塩気を含んだ音色でそれは見事なソロを聴かせます。

KAMUCA自身が好きで録音したかった、と述べている作曲家C・ポーターの‘I Concentrate On You’から始まる本作は不思議な生命力に満ちている。でも、その生命力は若さ、或いは自信などから生まれるキラキラしたものとは違って、無我、無心といった精神から生ずるピュアなもの。「死期を悟った境地」など通り一遍の言葉では、到底、言い尽くせない何かが宿っている。とにかく、‘I Concentrate On You’のドライヴ感が利いたイマジネーション豊かなテナー、どうでしょう!「嵐が吹き荒れる運命に巻き込まれようと、トラブルの津波に襲われようと、私はあなたに夢中 ・・・・・」にグイグイと引き込まれてしまう。同曲の名演の一つではないでしょうか。H・マギーの”DUSTY BLUE”のヴァージョンと双璧ですね。

また、A-4の‘Say It Isn't So’ではテナーの澄んだ音色に心が奪われる。さりげなく吹くだけでこれだけの表現力はもう半端ではありません。「貴方がもう私を愛していないと皆が言うけれど、そんなことない、と言って・・・・・・」に対し、恰も「噂なんか気にしなくいいよ。オレはお前をずっと愛している、これからも・・・」と髪の毛を優しく愛撫するかのようなソロにゾクッとします。また、その後を受け、小躍りしたくなる喜びをグッと噛み締める乙女心を代弁するM・ロウのgも素晴らしい。ジャズという音楽しか表現できない展開です。


B面に移っても、KAMUCAのピュアなテナーは冴え渡り、ラスト・ナンバー、L・ヤングのフェイバリット・バラード(但し、レコーディングはしていないとの事)‘Tis Autumn’では、ハスキーなVocalまで聴かせます。最後に自分の肉声を記録しておきたかったかもしれません。ここでのKAMUCAのテナー、上手な表現ができませんが、俗ぽさがまったくなく、浮世離れした異端の世界を創出している。同曲のベスト・ヴァージョンです。

真のマニアから「不世出のテナーマン」と謳われる所以は、モード盤ではなく本作の存在があるからではないでしょうか。このアルバムは「知られざる名盤」の中でも横綱級だろう。

1977年7月22日、誕生日の前日にこの世を去った。享年46。大器晩成型(と思う)のKAMUCA、せめて、あと10年長生きしたら何枚も傑作を創ったでしょう。


なお、本作は後にコンコードから‘RICHIE’というタイトルで再発されています。ただ、ダサいカヴァが玉に瑕です。