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jazz and freedom and avenger

JAZZを聴きながら勝手気ままな戯事日記 暇つぶしに・・・・

漂流する陰翳 ・・・・・ THE SHARP EDGE / HOWARD McGHEE

2025-05-10 | ジャズ・tp

 

がオリジナル・カヴァ(但し、国内盤)、下は1988年、西ドイツ(当時)で再発されたカヴァです。オリジナルはパッとみた感じはマイルスに見間違えてしまうほどそっくりです。それに比べ、再発盤のマギーは彼の裏人生が皺と共にそのまま刻み込まれたヤクザな顔で映っている。  
この2枚を載せた理由は、再発に当って全8曲中、4曲がオルタネイティヴ・テイクに差し替えられ、その内のA-1(The Sharp Edge)とB-1(Arbee)の曲名が入れ替えられている。しかも、ワケは定かでありませんが、ライナー・ノーツでも変更されており、単なるミスではない。
その4曲の違いは、ザクッと言うと、マスター・テイクはコントロールを利かせた完成度重視の演奏で、それに対し、オルタネイティヴ・テイクは自由奔放さと躍動感が強く出ている。優劣の差は全く無く、好みで言えば、オルタネイティヴ・テイクの方を取りたい。

マギーはバップ・トランペッターの系譜上ではガレスピーに続く№2で、1949年にはDB誌の人気投票でポール・ウィナーを、メトロノーム誌でも47~51年にかけて常に4位以内にいた実力者で、F・ナバロにも大きな影響を与えた「大物」です。ただ、彼も「ヤク」という悪習から逃れ切れず、その才能を充分に開花させれなかったのは、真に惜しい。
マギーがモダン期に入って、散発的に発評した作品は、どれもかっての「大物」の面影と、当時の「苦悩、もどかしさ」が同居し、翳りを漂わせた「マギーの世界」を愛するファンは少なくない。コールマン、マンス、コブをはじめとするモダン派を引き連れた本作は、そうした諸作の中で、マギーの大物ぶりの片鱗をストレートに聴かせる一枚。 
特に、曲名を入れ替えられたA面、B面のTOP2曲でのマギーのHOTなプレイと全員が一丸となるノリの良さは格別です。‘Shades Of Blue’での渋いミュートも聴きもの。バラード曲、‘The Day After’、‘Ill Wind’の味を含んだ表現力、小粋なラテン・タッチ曲‘Topside’等々、収録時間の長短が気になりますが、プログラミングもなかなかのもの。


 ラスト・ナンバー‘My Delight’、ダメロンの名作‘Our Delight’と感違いしがそうなフリーマン・リーというtp奏者の作品。マンス、マギー、タッカー、コールマンとミディアム・テンポに乗ってアフターアワーズの流れが心地よい。ダウン・ツー・アースでありながら小洒落たマンスのp、タッカーのボリュームあるb、コールマンも上々です。
ただ、コールマンのtsが録音上、OFF気味なトラックが有り、「音」がもう少しマシならば、もっと注目されたでしょう。オリジナル盤はどうなんでしょうか。録音は1961年12月8日、NY、レーベルはBLACK LION。

こちらは直近に入手した一枚。”LIVE AT EMERSON'S / HOWARD McGHEE SEXTET”

1978年5月11日録音で、この種の音源には、マギーの活動空白期間、ライヴもの等、状態+音質が不安視されますが、全くの杞憂に終わりました。ヘロインの悪魔の手から開放されたかのような熱く、切れの良いマギーのtpが流れる。ビパップ寄りのものからハード・パップ、そしてジョビンの”Meditation”まで、ここには「漂流する陰影」の姿はなく、代わりにtpを思い切り吹ける喜びに満ちている。オーディエンスの反応も極、自然でF・ウエス、C・ラウズの好サポートも聴き逃せない。拾い物でしたね。

1987年7月17日、NYで死去、享年69。愛すべき無頼派トランペッターでした。


惜しい閉店 ・・・・・下北沢・ジャズバー「レディ・ジェーン」

2025-05-08 | ジャズ・etc

下北沢と歩んだジャズバー「レディ・ジェーン」が先月の13日に半世紀の歴史に幕を下ろした記事が新聞に載った。何でも松田優作や中島みゆきも通ったそうです。この記事を見た時、初めは「レディ・ジェーン」って?、「メァリー・ジェーン」(ジャズ喫茶)の間違いではないか?と思ったけれど、「メァリー・ジェーン」は確か、渋谷だったのでは、と思いながら記事を読むと、全く別でこちらは下北沢のジャズバーでした。今回店を閉めることになったのは、再開発に伴い立ち退きを求められたようです。現役時代、仕事関係で4~5回、下北沢の街に寄ったことがあり、記憶では路地が沢山あり、そこを多くの人が行き来し、言葉で表現し難い独特の下町風情に溢れていた。

この記事にも「街にも路地が必要だし、人が路地をつくり、街が人をつくる。下北沢には路地があったから演劇の街、音楽の街になったのだ」と書かれている。30年近くも前、自分が感じたものがこれだったのだ。このお店には行ったことがありませんが、マスター自身が言われるように50年近く多くの人に親しまれた事には誇りを持っていいと思います。それだけに残念ですね。

急に東京のジャズ喫茶の思い出が蘇りました。「響」(神保町)、スマイル(お茶の水)、木馬(歌舞伎町)、DUG(新宿)、マイルストーン(高田馬場)、いーぐる(四谷)、メグ(吉祥寺)、A&F(吉祥寺)等々、渋谷は「映画館」の他に何件かありますが、店の名が入り混じっている。また、横浜では「ちぐさ」と「ダウンビート」です。昔はスマホ(グーグルマップ)など無く、慣れない土地で探し当てるのが難儀でしたが、その分、中身が濃かった。今、生き残っている店はほんの僅かだろう。地方も含め生き続けてほしい。昭和を象徴する文化の一つですね。

止むを得ないとは言え、再開発の名の下で「路地」が消えていくのは忍びない。京都の先斗町、木屋町、祇園の例を挙げるまでもなく日本の文化は「路地」から生まれ育まれて来た、と言っても過言ではない。路地裏の先に何が・・・・・、生きるためには好奇心を擽るような空間も必要なんです。


大甘口・超軟水 ・・・・・銘酒 賜冠(しかん)

2025-05-05 | ドライブ

木根しだれ桃園に行く途中、ひょっとして酒蔵でもないか?と検索すると、丁度、行く道筋に「賜冠」(中垣酒造)があった。矢作川(愛知県三河)を上流に向かい笹戸温泉を少し過ぎた道路沿いでしたが、ちょっと分かり難く通り過ぎ、Uターンしました。

中垣酒造は1900年(明治33年)の創業で、生産高が少ないのか、販売ルートがタイトなのか、店頭に並んだ姿を今まで見た事が無かったような・・・・・。だから、ちょっとわくわく感が出ましたね。

いゃ~、いい感じではありませんか。でも、あまりにも静かなのでオープンしているのか、ちょっぴり不安になりました(笑)。

雰囲気抜群の玄関を期待を込め、そっと開けると来客を知らせるチャイムが鳴りました。もう大丈夫ですね。

元祖の味、賜冠のベースとなる上撰を選びました。

            

矢作川水系の天然の湧水を何も手を加えず仕込み水としている。原料米は五百万石を使用し、精米歩合65%、アルコール度15.6%、酸度は-8と甘口です。と言っても、のどに絡むようなものではなくサッと退いていくので、ヘビー・ドリンカーには物足りないが、自分のように晩酌で一合前後飲む分には、持って来いのタイプです。それと裏技?ですが、常温~ぬる燗より熱燗の方がグッと旨味が増します。異色の日本酒ですね。だからあまり出回っていないのかもしれない。いいお酒を見つけました。


日本大正村 うかれ横町 漫ろ歩き ・・・・・岐阜県恵那市明智町 (Ⅱ)

2025-05-02 | ドライブ

どこの街にでもある裏通りに入りましょう。ずばり、こんな看板が目に入りました。

独りぼっちで荒んだままのポスト、そもそも裏通りの一角に置かれる物ではありません。ちょっと可哀そうですね。多分、後ろの広い空き地と関係があると推測できますが、手掛かりは有りませんでした。

渡り廊下が通っています。新しく取り替えられた感じがします。

どこからか元気な歌声が流れてきました。前回の表通りの純喫茶orスナック? カラオケ喫茶「アミー」の裏口(右下)です。昼間からイイですね。

開くのか、閉め切りなのか?危険な戸ですね(笑)。

そう言えば、居酒屋類の看板を1件も見ませんでした。あの看板の意味は一体、何なんだろう(笑)。ま、駅前に集中しているのかも? 

明知鉄道に乗り、恵那(中山道・大井宿)~岩村町~明智町を廻る東濃のぶら歩きは派手さ、インパクトの強さはないけれども、きっと旅人の郷愁の鐘を鳴らすでしょう。

因みに恵那・中山道大井宿の脇本陣跡です。

カステラで有名な岩村の松浦軒本店。ひっきりなしに車がやって来ます。急いでシャッターを。なお、松浦軒本舗と言う別の店(兄弟関係)もあり、ちょっと複雑のようです。

一年前まで乗っていたアメ車・DODGEです。今、日米関税交渉の懸案事項の一つですね。アメ車と言ってもクライスラーとベンツの混血車で丈夫でした。懐かしいです(以前の写真から)。