廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

諦めず続けていれば

2017年07月23日 | Jazz LP (Riverside)

Matthew Gee / Jazz by Gee !  ( 米 Riverside RLP 12-221 )


50年代のアメリカ国内のジャズシーンの実態なんて今の我々にはわかるわけがないので、なぜこのレコードが制作されたのかはよくわからない。 レーベルが
立ち上がってまださほど時間が経っていない1956年という時期の録音で、オリン・キープニュースもセールス度外視でアンダーレイテッドな演奏家を世に出そうと
いう熱い志をまだしっかりと持っていた頃だったからかもしれない。 なにせ、レナード・フェザーが「バップの洗礼を受けたトロンボーン奏者の中でも最も優秀で
且つ最も過小評価されている1人」と言っていたそうだから、この当時ですら知る人ぞ知る存在だったようだ。

マシュー・ジー名義のアルバムはこれ以外にはアトランティックのグリフィンとの共同名義のアルバムしかないはずだけど、基本的にはビッグ・バンドを渡り歩いた人
として実際は他にもいくつかのレコードでその演奏は聴けるようで、例えばカウント・ベイシーのヴァーヴ盤 "Basie In London" のトロンボーン・セクションの中にも
この人は入っている。 そうやって無意識の内に、私たちはこの人の演奏を実はどこかで聴いているのかもしれない。

A面はアーニー・ヘンリーを加えたクインテットの演奏で、アーニー・ヘンリーはこれが初レコーディングになる。 そしてこの翌日に彼のデビュー作を録音することに
なるのだからこれはいい肩慣らしになったはずだけど、それでもその演奏はまるでデビューしたてのコルトレーンのように覚束なく、フレーズもたどたどしい。
一方のマシュー・ジーは何となくソロを取り慣れていない感じで、単発的に大きな音を出すけれど長いフレーズでは音量が小さく弱々しい。 フロントの2管が
そんな感じだからバックの楽器の音がよく聴こえて、ウィルバー・ウェアーのベースやアート・テイラーのドラムが生々しく前へ出てくる。 各楽曲はどれも一応は
ハードバップだけど尺は短めで、レコーディングに慣れていない2人のための習作という雰囲気が漂う。

B面はケニー・ドーハム、フランク・フォスター、セシルペインが加わったセプテットで、こちらは先のクインテットの1か月前の収録。 ビッグ・バンド畑の彼に
合わせるために多管編成にしたようだ。 即席アンサンブルにしては一糸乱れぬ纏まりようで、さすがに上手い。 ここでもアート・テイラーのリズム・キープが
しっかりしていて、それがとてもいい。

第2作が作られなかったのはレーベルの意向というよりは、本人の意思によるものだったんじゃないだろうか。 他のレーベルが手を出さないアーティストだから、
後発のリヴァーサイドとしては自分が育てたという形にすることを望んだはずだけど、このレコードで聴く限りではトロンボーンの演奏に感銘を受けるような
ところは感じられない。 それはマシュー・ジー本人が一番よくわかっていたことだろう。 でも、マイルスもコルトレーンもレコードデビューしたての頃は
似たような感じだったんだから、マシューもここで諦めなくてもよかったのになあと思う。 音楽自体は意外と真っ当なハードバップになっていて、バップファンには
歓迎される内容だし、録音の場数さえ踏んでいればきっといい作品が残っただろう。 そういう可能性みたいなものを感じるところはあると思う。



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ミニマリズムの完成形

2017年07月22日 | Jazz LP

Jim Hall / ...Where Would I Be ?  ( 米 Milestone MSP 9037 )


ジム・ホールは70年代に入ってからは、まるで人が変わったかのようにギターを弾きまくるようになった印象がある。 それまでの演奏は音数少なく、ジワ~と
ぼかしたトーンで空気を淡く染めるような感じだった。 引っ込み思案な性格も手伝って、常に後ろのほうへ隠れるような印象があったが、70年代以降は
ギターアルバムの制作のされ方が変わってきたこともあり、前面に立ってしっかりと弾くようになった。 だから、彼の代表作は70年代に集中している。

その中でも、この地味なアルバムは1,2を争う内容となった。 一般的にこの時期の名盤と言われるものはライヴ録音が多いが、スタジオでしっかりと作り込まれた
この作品は、当時ブラジル音楽に興味を持っていた彼の嗜好がにじみ出ている。 露骨に南米音楽をやってはいないところが如何にも彼らしいが、それでも
それが趣味のいいアクセントになっている。

バックのピアノトリオもジム・ホールのデリケートなスタイルにきっちりと合わせていて、彼の小さめなギターの音を決して邪魔しない。 彼は大きな音でグループを
制圧するのではなく、小さな音でバンドを統率するのだ。 まるで「北風と太陽」を地で行くかように。

タイトル曲の繊細なバラードや彼の有名な自作 "Careful" など、収録されている楽曲はどれもが魅力的で、それらが精緻な演奏で展開される。 落ち着いた
演奏が多いにも関わらず、聴き終えた後に残る充実感としての手応えは大きい。 60年代のアメリカ芸術界のミニマリズム運動のことを意識していたのかどうかは
定かではないけれど、ジャズ界では早くからこのミニマリズムの先駆者のようなことをやっていたジム・ホールの音楽は、この70年代に完成したのかもしれない。


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濃厚な語り口

2017年07月17日 | Jazz LP (Savoy)

Joe Wilder / Wilder 'N' Wilder  ( 米 Savoy MG 12063 )


照明の灯りが反射してキラキラと輝くトランペットからゆったりとメロディーが流れてくる様子が、何の手も加えられずそのまま録られたような感じだ。
ヴァン・ゲルダーが第五のメンバーとして施したカッティングが冴えに冴えわたっている。 演奏の良さよりも音の良さが先に立って、終始圧倒される。

スタンダードを、趣味のいい演奏をする4人が集まって、ゆったりとした速さでのんびり穏やかに演奏するだけの内容なので、特にそれ以上どうこうという
ことは何もなく、心地いい流れにこちらもただ身を任せていくだけなのだが、そういう中でやはり際立つのがレコードから出てくる音の生々しさだ。

ジョー・ワイルダーの演奏を聴いていると、こういう独特の語り口で吹けるトランペット奏者を最近の録音では聴いた記憶があまりないような気がしてくる。
一聴すればすぐに、ああ、これはジョー・ワイルダーだな、とわかる。 音程の怪しいところは多々あるものの、この「語り口」という言葉でしか表せない
演奏は一度聴くと耳から離れることはない。 

最近のジャズはどれを聴いても同じような演奏に聴こえる、というボヤキが絶えないのは音楽形式の話もあるだろうけど、それ以上に鳴らされる音の非個性化に
依るところも大きいのかもしれない。 演奏者たちは身体と楽器のコントロールに心血を注ぐよりも、録音技術の進化に乗っかった音の響かせ方・拡散のさせ方や
組合わせの妙に没頭しているように見える。 そこには遊戯としての愉しさはあっても、音楽としての在り方には違和感を持つ一定数の人が出てきてもおかしくない。

ジョー・ワイルダーのこのアルバムは特に画期的な内容とは言えないかもしれないけれど、それでも聴いた人の心を捉えて離さないところがあるのは、おそらく
ブラウニーやマイルスと並んでもおかしくない、この人だけの音と演奏が聴けるからではないか。 例えば、私がブロッツマンの演奏を好むのはそれがフリーだから
ではなく、彼にしかできない演奏が聴けるからである。 そういう意味では、ワイルダーのこのアルバムもブロッツマンの諸作も、私から見れば特に違ったところは
何もない。 形式上の違いなんて、些細なことに思えてくる。


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生真面目な正統派

2017年07月16日 | Jazz LP (Prestige)

Walt Dickerson / Relativity  ( 米 New Jazz NJ 8275 )


1961年にデビューして翌62年まで New Jazzレーベルに録音を数枚残したけれど経済的にやっていくことができず、一旦ジャズ界からは離れることになった。
時期的にはちょうどジャズ業界は新しい感覚のジャズがハード・バップを駆逐し始めていた頃で、その真っ只中にデビューしたというのは運が悪いにも程があった。
聴く側も演る側も価値観がグラグラと揺れていたんだから、そこに安定した基盤などは初めからなかったのだ。

そんな状況の中で、ディッカーソンは非常に生真面目に音楽をやっている。 演奏の腕を磨き、新しい語法を持った共演者を注意深く選び、アルバム全体を
仄暗く憂いの表情で統一させている。 音楽には集中力と纏まりがあり、デビュー間もないアーティストの音楽だとはとても思えない。

B面の真ん中に置かれた "Sugar Lump" なんて、まるでマイルスの "Kind Of Blue" にも共通した雰囲気があるし、"Autumn In New York" は落ち着いて
透明度の高い質感に仕上げていて、どれも感心させられる。 ピアノの Austin Crowe という人はディッカーソンのアルバム以外では見た記憶がないけれど、
現代的なセンスを先取りしているような過不足のないとてもいい演奏をしていて、音楽の上質さをこの人が支えている。

ミルト・ジャクソンに飽きた聴き手には歓迎される新しいヴァイブのジャズだし、内容は極めて優秀だし、ということでもっと評価されていいはずだけど、
人目に付くにはいささか生真面目過ぎたのかもしれない。 ニュー・ジャズと言うにはあまりにも正統派過ぎて、そういう面でも損をしている。
でも、そういうところがきちんとわかる人には、この音楽は決して風化することなく、これからも支持されていくだろう。



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安レコに潜む魔物

2017年07月15日 | Jazz LP (安レコ)
ここ数週間の安レコの収穫。 暑い中、よく頑張った。



安レコは回転が速いので、こうやってキャッチできるものは流通しているブツの中のごく一部に過ぎない。 買い切れずに一旦は見逃して、やっぱり買っておこうと
再度訪れてみても、もう無いということも多い。 このあたりの匙加減はなかなか難しい。




キング・プレジャーは好きなヴォーカリスト。 このアルバムは傑作。 United Artists のグレイサックスのステレオプレスだけど、これがとてもいい音場感。
1つ1つの音の艶やかさもモノラル盤を上回る。 コンテンポラリーのレコードと同じパターンだ。 こうなると、アンダーカレントのステレオ盤も聴いてみたいなあ。




East Wind オリジナルのライヴらしい寛いだ雰囲気が好ましい作品。 アート・ファーマーの日本制作にハズレなし。 日本人が愛して大事にしたアーティストの
1人として我々の身近なところに常にいる人で、そういう雰囲気が濃厚に漂っている。 それが嬉しい。




昔は幻のシグネチャー・レーベルという理由でそこそこの値段が付いて買えなかったけど、今や身近な存在となった。 ジャケ写通りのギターとハーモニカを
自在に操る佳作。 ハーモニカが切々と謳う "Misty" が最高の名演。 モノラル期の作品では、これが1番いいと思う。




こんな顔ぶれが揃うのは後にも先にもないだろう。 そういう意味では奇跡の1枚。 ショーターの優し気な振る舞い、ホールの瑞々しいプレイ、それらの
視線の先には常にペトルチアーニがいるような気がする。 ジャケットを見ているだけで、なんだか胸を打たれる。 




ジム・ホールのコンコード時代の傑作。 ピアノレスでガッツリとギターを弾いている。 バラードでの幻想的で深い音色が素晴らしい。 
レコードではあまり流通していないのか、この5枚の中では1番値段が高かった。


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先週のとある昼下がり、閑散としたDUの某店で安レコを漁っていると、ジャズ・レコードのコレクターとしても有名なあのお方が店に入ってきた。 最初は
よく似た人かと思ったけど、髪型でご本人だとわかった。 白いものが混じった無精ひげ、モスグリーンの古着っぽいTシャツ、膝丈に切ったジーンズ、
手にはCDの入ったDUの袋をぐしゃっと持っていた。 年齢を感じさせない贅肉のないがっしりとした体形で、アスリートのような感じだった。

廃盤コーナーには目もくれず、新入荷の安エサ箱に直行し、とても熱心に漁っておられた。 でも、いい物が無かったようで、全部見終わると残念そうにエサ箱を
じっと見つめて、その後は店内をブラブラと歩き、壁棚に置かれたボックスセットを手に取ったり、壁に掛かった高額盤を眺めたり、廃盤コーナーのインパルス欄を
眺めたり、と去り難く名残惜しそうな感じだった。

店員たちも気付いていて何やらヒソヒソと話をしていたけど、声をかけるような無粋なことはせず、もちろん私もそんなことはしなかった。 
レコード屋で見かけてもそっとしておいて欲しい、と常々言っているを知っているから。

新入荷のところだけを探していたということは、よく来ているということなんだろう。 あれだけたくさんのレコードを持っていながら、それでも猟盤を
しているわけだから、この趣味には魔物が潜んでいるんだな。


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新しく掴んだ何か

2017年07月09日 | Jazz LP

Bill Evans / We Will Meet Again  ( 米 Warner Bros. Records HS 3411 )


エヴァンスの晩年、つまり最後の5年くらいの間に残された演奏の中では、これが一番好きだ。 この作品に宿る穏やかな、そして明るい希望のようなものには
心惹かれずにはいられない。 2管クインテットというだけで相手にされないフシもあるのかもしれないけれど、この作品の他にはない魅力は2管入りだったからこそ、
である。 トム・ハレルもラリー・シュナイダーもまるでエヴァンスの分身が管楽器を操っているような、これ以上の出来は考えられない演奏で寄り添っていて、
その献身振りには泣かされる。

エヴァンスはこの時、それまでには無かった新しい何かを間違いなく掴んでいた。 その気配がここにははっきりと残っている。 だから、このジャケット
デザインは象徴的だ。 それは "You Must Believe In Spring" などには見られない何かである。 その何かこそがこの作品を特別なものにしているのだし、
それがいつも私の心を震えさせる。

エヴァンスと一緒に演奏したミュージシャンたちはその後にエヴァンスとの想い出を作品として綴っているけれど、あなたたちがやらなきゃいけないのは
そういうことでないだろう、といつも思う。 エヴァンスが最後に形にしようとして間に合わなかったものを引き継がなきゃいけないんじゃないの?と歯痒い。

後期エヴァンスのレコードを順番に丁寧に聴いていくことで、ようやくビル・エヴァンスという音楽家の本当に姿が少しだけ見えてきた気がする。 去年から
ぼつりぼつりと買い進めてきた中で、そのことが実感としてわかるようになった。 聴き始めて30年以上が経つけれど、ようやくビル・エヴァンスのことが
少しは理解できるようになってきたのかもしれないな、と思う。


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ヴァン・ゲルダーがチェット・ベイカーを録ると

2017年07月08日 | Jazz LP (Prestige)

Chet Baker / Smokin'  ( 米 Prestige PR-7449 )


黒人ジャズのイメージが強いルディ・ヴァン・ゲルダーだが、ちゃんとチェットも録っている。 1965年8月の3日間でアルバム5枚分の録音が行われている。
それらを例の "~ing"シリーズとして、ひどいセンスのジャケット・デザインで5枚もリリースしている。 そのせいで誰も見向きもしないレコードになって
しまったけれど、この時の演奏は極めて良質なミディアムハード・バップで、実はとてもいい演奏なのだ。 この時期トランペットが盗難に遭ったせいでフリューゲル
ホーンを吹いていたから、ブラインドでこれを聴けばきっとアート・ファーマーのクインテット作品だと思うだろう。

そして何より、ジョージ・コールマンのテナーが抜群にいい。 理知的で、上手くて、魅力的な音色だ。 この2人はガツガツとした野心がなく、音楽を自分の
手許に手繰り寄せるようにして演奏をして、形式的にはハード・バップではあるけれど地に足の着いた音楽になっていて、一聴してすぐにこれはいい音楽だと
直感的にわかるようなところがある。 この辺りが一流の証であろうと思う。

ヴァン・ゲルダーの録音もクセのないナチュラルでクリアな音で、とても好ましい。 このグループの音楽にはよく合っている。 ヴァン・ゲルダー・サウンドは
何もブルー・ノートのような大袈裟にデフォルメされた音だけだった訳ではなく、実際はもっと多種多様なのであって、アレはアレ、コレはコレなのだ。

あまりにもパシフィック・ジャズの音楽のイメージが強い人だけど、本人はもっと本流のモダン・ジャズをやることを元々望んでいた。 だから、この録音は
本人にとっては嬉しかったのではないだろうか。 聴く側も表面ヅラだけに囚われず、もっとこのセッションのことを見直すべきではないだろうか。


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渡辺香津美とドストエフスキー

2017年07月02日 | Jazz LP
先週拾ったアルバムたち。 ギターものが相変わらず多いなあ。



Martin Taylor / Taylor Made  ( 英 Wave Records WAVE LP17 )


どう見ても渡辺香津美とドストエフスキーがセッションしている絵にしか見えないんだけれど、これはマーティン・テイラーのデビューアルバムである。

マーティン・テイラーは若くしてスーパー・ギタリストの仲間入りを果たしたテクニシャンでその上手さは折り紙付きだが、すでにデビューの時点で完成されて
いたんだということがわかる。 なめらか過ぎる運指、正確でまったく崩れないリズム感、濁りのないきれいな音、どれをとっても完璧すぎる。
過去のジャズ・ギター・マスターたちの流れには乗っておらず、むしろアル・ディ・メオラとかジョン・マクラフリンなんかの系統のほうが近いと言っていい。
当時の英国でピーター・インドやアイク・アイザックらが強力に後押しして驚異をもって迎えられた興奮が伝わって来る。

何となく自主レーベルのような雰囲気を醸し出すジャケットだが、これが驚きの高音質。 音圧高く、楽器の音もヴィヴィッドでクリアー。 ピアノレスの
スタジオ録音でスタンダード集という普通の入れ物に見えるが、中身は新しい時代のギター・ジャズになっていて、そのギャップが面白い。
ピーター・インドのベースもとても良くて、こんなにいいベースを弾く人だとは知らなかった。 




Jimmy Raney / Wistaria  ( 蘭 Criss Cross Jazz Criss 1019 )


トミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツをバックにしたギター・トリオで、平均年齢が高いにもかかわらず驚くほどみずみずしい演奏だ。 マーティン・テイラーの
後に聴くと、よりそれが実感される。 上手ければそれでいい、ということではないのだ。 

ドラムスがいないにもかかわらず3人のリズムは乱れることはなく、一体感を保ちながら音楽が最後まで進んでいくところがすごい。 そういう至芸の極みが
クリス・クロスの高品質な音で再生される。 このあたりのレコードは今は安レコとして流通しているけれど、いずれは再評価されてその価値が見直される
ような気がしてならない。 買うなら今のうちだろうな。


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廃盤専門店の想い出 ~ レコード・ギャラリー編

2017年07月01日 | 廃盤レコード店
我々音盤マニアにとって、中古CD・レコード店はブツを入手するための云わば聖域である。 だから日々足繁く通ったり閲覧しているわけで、そこには一言では
言えないくらいの様々な想いが詰まっている。 このブログではディスク・ユニオンの話は毎回のように出てくるけれど、それ以外のショップの名前は出てこない。
その理由は簡単で、それ以外のお店はどれも個人経営の小さなショップであり、悪い話を書いてしまうとそれはそのまま営業妨害になってしまうからだ。

私が贔屓にしているお店はDU以外にも当然あるけれど、いつも必ず100%の満足感を覚えているというわけではない。 時にはがっかりしたりカチンとくることは
あるのであって、そういう話を書いてしまうと、いくら閲覧数の少ない弱小ブログとは言え、まわりまわって何らかの形でそのお店に迷惑がかかるかもしれない。
読んで頂いた方に悪い印象が残るような話を感情に任せて書くようなことはしたくない。 それはマニアとしての最低限の礼節だと思うからだ。

だから、現存するショップの実名やそこであった話はできるだけ出さないようにしている。 じゃあ、なぜDUの話は書くかというと、ここは巨大ショップで、
私なんぞが何か言ったところでビクともしないであろうから。 それに、もう何年も不愉快な想いはしたことがないから、まあ大丈夫だろうと思っている。

でも、レコード屋は我々のミュージック・ライフには切っても切れない存在なので、時にはそういう話もしてみたいと思うのが人情であろう。 ならば、今はもう
存在しない昔話であればあまり差し支えないのではないか、とあるレコードを聴きながら、ふと思った。 1枚のレコードとそれを買ったお店のことは
意外とよく憶えているものだ。


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昔々、高田馬場に「レコード・ギャラリー」という廃盤専門店があった。 当時早稲田の学生だった私は、講義を受けた帰り道にたまにここに立ち寄っていた。

小田急線の経堂に住んでいた私にとって、早稲田大学に通うルートは4種類あった。 新宿駅西口からバスに乗って教育学部校舎の裏手にある小さな門の
傍にあるバス停で降りるルート、東西線の早稲田駅で降りて正門まで歩くルート、高田馬場駅前と大学を往復するバスに乗るルート、そして高田馬場駅から
歩くルートである。 最初のルートが一番楽だったけれど、その頃よく読んでいた五木寛之の本の中に出てくる彼の学生時代の話で、早稲田まで通う際には
歩いて行くと将来出世するという噂がかつてあった、というのを読んだのが何となく頭に残っていて、私も歩いて通うことにしていた。 でも結局のところ、
その噂話はただの噂であって、出世なんかしなかったのだけど。

「レコード・ギャラリー」は高田馬場駅-早稲田大学を結ぶ大通りから横道に入った神田川沿いにあった。 歩いて駅まで向かう終盤になって、フラフラと脇道に
それて古びたビルの階段を2Fに上がると、小さくて物凄く狭い店があった。 店主の紺野さんは客が来ると立ち上がって何やらゴソゴソと落ち着きがなくなるような
感じのシャイな人だった。 在庫の数はあまり多くなく、レコードの回転も遅くて、大体いつ行っても同じレコードが残っていたように思う。 でも、当時はどこも
大体そんな感じだったし、そのことについて誰も文句なんか言ったりはしなかった。 

ここではスタン・ゲッツやズート・シムズのレコードなんかをよく買ったけど、1番よく覚えているのが初めて見た "Dexter Blows Hot And Cool" だ。
値段は18,000円で、買おうかどうかすごく迷ったのだ。 盤を見せてもらうと細かい傷が全体的にあって、聴かせてもらうとノイズもそれなりにあったので
結局は買わなかったけど、分厚いレッドワックスの本当の初版だった。

金のない貧しい学生だった私に、紺野さんはやさしく接してくれたと思う。 安いレコードしか買わないのにイヤな顔一つせず、気さくに接してくれた。
そんな中で買った1枚がこれだった。



Sarah Vaughan / At Mister Kelly's  ( 米 Mercury MG 20326 )


夜の暗闇の中に光る粋な電飾の看板、雨に濡れたアスファルトの歩道、そういう風景が素敵なジャケットだと思った。 当時からサラ・ヴォーンが好きで
よく聴いていた。 ジミー・ジョーンズ、リチャード・デイヴィス、ロイ・ヘインズという一流のメンバーを常設バンドに従えて行ったリラックスしたライヴで、
"Willow Weep For Me" でのアドリブを入れた観客とのやり取りが楽しい。 ディーヴァとしてのサラ・ヴォーンではなく、彼女の素の部分が見られる
貴重な記録だと思う。

大学を卒業してしまうと自然と高田馬場からは足が遠のいてしまい、気が付くとお店は閉店してしまっていた。 値付けはリーズナブルで高いなあと思ったことは
なかったけれど、少なくとも私が店にいた時にお客が頻繁に出入りしていたという記憶はないし、開店時間になっても店が閉まったままの時も多かったし、
と経営はさほど順調ではなかったのだろう。 当時は他にも廃盤専門の実店舗は多くて買う側の選択肢も広かった中で、立地の悪いあの場所で上手くやっていくのは
元々難しかったんだろうなあと思う。 

今でもこのレコードを聴くと、あの頃の高田馬場駅周辺の風景がこんな感じで蘇ってくる。


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計算し尽された作品

2017年06月28日 | Jazz LP

Tommy Flanagan / Plays The Music Of Harold Arlen  ( 米 Inner City Records IC 1071 )


安レコ漁りをしていると見たことのない、あるいは聴いたことのないレコードに出くわすことが多い。 だからこそ面白いのだが、それらの中には初版も再発も
無造作にミックスされていて、これはこれで目利きが必要になる。 このレコードは初めて見たもので、内容的には如何にも日本人好みだなあと思って家に帰って
調べてみると、オリジナルは日本のトリオ・レコードだった。 私はトミー・フラナガンにはあまり興味がなく、作品の知識がほとんどない。

これはトリオ盤がリリースされた翌年にアメリカで出たものだが、ジャケットはこちらのほうがいい。 それに、トリオ盤は聴いたことはないけれど、
このインナー・シティ盤はとても音がいい。

全編スタンダードで、どの曲も短めで品よくまとめている。 "Eclypso" のような硬質な作品も作れば、こういう売れ線もきちんとこなす。 上手いもんだなあ、
と感心してしまう。 ハロルド・アーレンというシブい作曲家を取り上げるところはトリオ・レコードのセンスなんだろう。 よく出来ている。

注目は最後に収められたヘレン・メリルが歌う "Last Night When We Were Young" 。 彼女に1曲だけ歌わせる、という物足りなさの演出もあざといくらい
効いている。 さすがの素晴らしい歌で、この1曲のためだけに買う人も多いのだろう。 すべてが計算された、これはプロデューサーの技が光る1枚。


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輝かしい人見記念講堂でのライヴ

2017年06月25日 | Jazz LP

Chet Baker / Memories - In Tokyo  ( 独 Paddle Wheel K28P 6491 )


亡くなる1年前に来日して昭和女子大学人見記念講堂で行われたライヴを収録したもので、一般的に最晩年の名演としてよく知られた作品だが、レコードを見るのは
珍しかったし、パドル・ホイール・レーベルは録音がいいものが多いし、ということで手に取ってみた。

かつてCDで散々聴いていた作品とはいえ、この数年はすっかり遠ざかっていて、随分久し振りに聴くことになったのだけど、改めてこのライヴは素晴らしいと思った。
この時のチェットは体調がよかったようで、トランペットの演奏が圧倒的に素晴らしい。 長いフレーズをかすれることなくヨレることなくしっかりと吹いていて、
音も大きく張りがあって驚かされる。 そして、歌声も高音部でかすれることなく、息も長く続き、非常にデリケートに歌っている。 どちらも満点の出来だ。

バックのハロルド・ダンコのトリオも見事な出来で、チェットを立てて邪魔しない細心の繊細さでついていっている。 ゲッツのバックを務めたケニー・バロン
のように、ヘレン・メリルのバックを務めたトミー・フラナガンのように。

そして、選曲もいい。 特に、"Almost Blue" と "Portrait In Black And White" が最高の出来だ。 憂いに満ちたこれらの名曲を、前者は静かな
バラードとして、後者は大きくうねるようなドラマチックさで有無を言わせぬ力で聴かせる。 それ以外の曲も含めて、全体的に非常に丁寧で繊細な演奏に
なっていて、その統一感は圧巻だ。 日本の観客のために、かなり入念に準備してきたのが伺える。

最後に、録音の素晴らしさ。 とにかく全てが輝くようなきれいな音で録られていて、人見記念講堂のゆったりと大きい空間が見事に表現されている。 
自然な残響感の中でゆったりと流れていく繊細な音楽を聴くのは最高の贅沢じゃないだろうか。 さすが、キング・レコードである。
ただ、このアルバムはCDも同じように高品質で、特にレコードだけが素晴らしいということではない。 このパドル・ホイールはCDの音も見事なのだ。

晩年のチェットの音楽は素晴らしい。 その素晴らしい音楽が日本の最高品質の録音技術でこうして録られたのは、何とも誇らしいことである。
そのことを素直に喜びたい。



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直近の猟盤での成果

2017年06月24日 | Jazz LP (安レコ)
この2週間ほどの猟盤の成果はこんな感じ。 相変わらずの安レコ狙いで、今はこれが一番面白い。

ちなみに、ここで言う安レコとは2,000円未満のレコードのことを言っていて、これはDUの定義に準拠している。 DUでは2,000円未満を「ロー・プライス」、
2,000~8,000円未満を「ミドル・クラス」、8,000円以上を「高額廃盤」、と呼んでいる。 まあ、妥当な線引きじゃないだろうか。




特に意識しているつもりはないんだけれど、最近はスティープルチェイスをよく聴いているような気がする。 全部、1,000円台だ。 安レコ狙いになると、
当然のようにこのレーベルの存在感が増してくる。 昔聴いていた国内盤LPやCDはどれも音が硬くてサウンドに空間的な拡がりが感じられず、音楽を全然
愉しめなかった。 そういう印象があったのでこれまでは避けていたのだが、オリジナルを聴いてみるとそれまでの印象とは全然違う音場感の良さだし、
よくよく考えると値段も安いし、ということで自然と手が出るようになったのかもしれない。 最近24bitデジタルリマスタされてCDが再発されているけど、
音はどうなのかなあ。





Horizonレーベルはチリチリと音の出る盤が結構多くて買えていなかったが、ようやくノイズのない盤が見つかった。 これは嬉しい。
ルネ・オファーマンはちゃんと聴いたことがなかったから、この機会に聴いてみようということで。 どちらも当然1,000円台。





この2枚はさすがに安レコというわけにはいかず、ミドル・クラス。 左の黄色いジャケットのものが青レーベルのレギュラー盤で、右のベージュ色のものが
緑レーベルの初出盤。

緑レーベルのほうが音がいいから、ということで廃盤専門店では高い値段が付いているけれど、こうして聴き比べるとそんなのは嘘だということがわかる。
どちらもフラットだけど材質には違いがあって、緑のほうはブルーノートのレキシントンのような硬くて重い材質、青のほうは普通のルースト盤の材質。
でも音の質感はまったく変わらない。 ちなみに12インチも音の質感は同じで、材質的には最も安定している。 12インチのきれいなものは材質起因の
ノイズは全くないから、やっぱりこれは12インチで聴くのがいいと思う。

だから、緑レーベルは青レーベルと比べて別格の音とか、物凄い音とか、そういう話にはダマされないでね。 




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真夜中のギター

2017年06月21日 | Jazz LP

Jimmy Raney / Momentum  ( 独 MPS 20 21757-4 )


ジミー・レイニーは70年代以降に意外とたくさんの作品を残している。 プレイは地味そのものだし、歴史に名を遺すような有名な作品があるわけでもないのに、
なぜこれほどレコーディングの話があったのだろう。 それらの多くがギターに焦点を当てた編成と録音で、彼のギターを満喫するにはうってつけのものばかりだ。

50年代に作られたギター・ジャズの多くが管楽器やピアノらが普通に演奏するコンボもので、ギターそのものを味わうというよりは普通のジャズバンドの演奏で
たまたまギターも入ってますという感じだったが、70年代以降は管楽器入りの編成は減って、ギターをメインにしたものが増えててきて、レコード制作の考え方が
大きく変わったのがわかる。

このアルバムもピアノを排したギター・トリオ編成で、ジミー・レイニーはコードをあまり鳴らさず、シングル・ノートで全編を弾きまくっている。 ブルースを
弾いてもブルージーではないし、使うスケースも中音域帯に集中しているから何となく一本調子な印象になってもおかしくないはずだけど、どういう訳か
退屈することなく聴けるから、これが不思議だ。 

特にここではリチャード・デイヴィスのベースがずっしりと重くダークトーンでギターと対等な録音レベルで録られていて、強烈な存在感を見せている。
全体的なサウンドカラーはこのデイヴィスのベースが支配していて、ジャケットデザイン通りの真夜中の雰囲気が濃厚に漂っている。 こういうムードは
ジャズ・ギターには相応しい。

MPSレーベルの録音も必要最小限の残響を使って生々しく楽器の音を艶やかに録っていて、空間表現も申し分ない。 究極に地味で渋い内容だけど、私には
どストライクな内容で愛聴盤の1つになっている。


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ピアノの音に宿る強い力

2017年06月18日 | Jazz LP

Michel Petrucciani  ( 仏 Owl Records OWL 025 )


ミシェル・ペトルチアーニを初めて聴いた時は本当に驚いた。 今まで聴いたことがないようなまったく新しい感性、みずみずしいピアノの音、強い意志の力。
頭の上から冷たい水を被ったような、目の覚めるような感覚。 音楽を聴く中でこういう覚醒感を憶えることは、数えるくらいしかない。 その時聴いたのは
アルバム "Playground" の中の "September Second" で、そこから遡るようにしていろんな作品を聴いた。 そして、当然の帰結として、このアルバムに
辿り着くことになる。

ピアノの音に込められた強い強い意志の力に、何より心を打たれる。 美しく弾こうなんてまったく思っていないであろうにも関わらす、ピアノが本来持っている
であろう最も美しい音を意志の力で一番奥底から掴み出してくるかのようだ。 ピアノ音楽の世界でペトルチアーニがピアノの中から解放した音は、間違いなく
最も美しいものの1つだったと思う。 おそらく、世界中のあらゆるピアニストたちがこのピアノに激しく嫉妬したことだろう。

ペトルチアーニの自作曲やドラムのアルド・ロマーノのオリジナル曲などの名曲も多く揃い、音楽としての快楽度も最高峰だし、仏OWLレーベルの録音も完璧。
ロマーノのドラムがペトルチアーニの演奏に興奮して曲によっては少しうるさい局面があるのが玉に瑕だが、それも演奏全体を大きくドライヴさせる大きな要因に
なっているので、これはこれでよかったのかもしれない。 

録音の機会にも恵まれてたくさんの作品があって、そのどれもが素晴らしいけれど、やはりこの作品の凄さを聴きに戻ってくることになる。 いいなあと思う音楽は
たくさんあっても、強い感動にまで至る音楽はさほど多くあるわけではない。 この音は生きている。 優れたピアニストは大勢いるし、名盤の数も星の数ほど
あれど、この作品はそれらのいわゆる"名盤"たちとは格を別にする存在だと思う。 

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凄腕ギタリストの証

2017年06月17日 | Jazz LP (Verve)

Johnny Smith  ( 米 Verve V-8692 )


ジョニー・スミスというギタリストは、ルースト盤を聴いてもギタリストとしての真価はわからない。 ただ単にレーベルの意向だったのだろうとは思うけれど、
ギターをしっかりと弾いていなくて、音の悪いムード音楽の域を出ない。 ニーズがあって作られているんだろうから、何もそれが悪いということではないけれど、
私には正直言って物足りない。 でも、このヴァーヴ盤を聴けば、この人はおそろしくギターが上手い人だったんだなということがよくわかるのだ。

1967年という時代の空気が反映されていて、レノン&マッカートニーの曲もやったりしてヴァーヴらしいセールスを意識した作りになっているけれど、
とにかくギターががっつりと弾かれていて録音のど真ん中にいるので、びっくりするくらいの正統派ギターアルバムになっている。 録音も良く、ギブソンの
フルアコの抜けのいいヴィンテージ・トーンが気持ちいい。 

この人に師事したギタリストは多く、数多くの弟子たちが活躍しているし、ギブソンが早い時期にジョニー・スミス・モデルのギターを出したり、とアメリカでは
凄腕ギタリストとしての評価は固まっているけれど、日本ではおそらくそういう認識のされ方はしていない。 日本人はジャズという音楽やレコードなどの
媒体は大事にするけれど、ミュージシャン本人への関心や理解は低いから、この人の認知度もこの先も変わることはないのだろう。

ギタリストが "いそしぎ" を演るのは珍しいけど、この曲独特のムードを上手く表現していて短い演奏ながら印象に残るし、ビートルズの曲も上質な仕上がりで、
ギタリストの技量表現と観賞音楽の両立を果たしている見事な作品で、うーんと唸ってしまう。


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