廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

2つの謎

2017年05月21日 | Jazz LP (Riverside)

Thelonious Monk / Plays The Music Of Duke Ellington  ( 米 RIverside RLP 12-201 )


記念すべきリヴァーサイド12インチの第1号としてリリースされたこのレコードには、2つの謎がある。 謎、というといささか大袈裟かもしれないけれど、
とりあえず理由がよくわからないので、そういう言い方にしておく。

①なぜヴァン・ゲルダーの刻印がないのか

このアルバムは1955年7月21日と27日にニュー・ジャージー州ハッケンサックのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されて、その際のエンジニアを務めたのは
ヴァン・ゲルダー本人だったけど、デッド・ワックス部にはなぜか "RVG" の刻印がない。 つまり、録音はしたけれどマスタリングには関与しなかったということだ。
これはなぜだろう。

リヴァーサイドは1955年からニューヨークのリーヴス・サウンド・スタジオを使い始めているけれど、何らかの事情でそこが使えなかったか、それともわざわざ
ハッケンサックまで行って録ったのか。 あえて行ったのであれば、それはモンクの意向だった可能性もある。

理由はなんであれ、ニュー・ジャージーまで行ったのに、ヴァン・ゲルダーがマスタリングしなかったのは不思議だ。 録音コストを下げるためにマスタリングまでは
委託しなかったのかもしれないし、先行するブルーノートやプレスティッジのサウンドとは差別化させるためにRVGにはやらせなかったのかもしれない。

その結果、このレコードから出てくる音はRVGのピアノトリオの音とは当然違うサウンドで、ピアノの音は透き通ったクリアできれいな音だし、ベースの音が
くっきりと大きくサウンドの真ん中にいる。 全体的な音場に透明感があって、非常にいい雰囲気のサウンドになっている。 私にはRVGじゃなくて正解だったと
思える。 この傾向はUS盤よりもUK盤のほうがより顕著にわかるから、このアルバムに関しては英LONDON盤で聴くのもいいと思う。

②演奏の印象がおとなしいのはなぜか

敬愛するエリントンを弾くということでかしこまってしまったのか、演奏がおとなしい。 打鍵は真芯で捉えられているので音はしっかりとしているし、
モンク節が至る所で全開であるにも関わらず、非常に上品な感じに仕上がっている。 もし、モンクがエリントンの音楽の美質をこういう洗練さにあると
考えていたのだとしたら、その想いは見事にここに結実しているけど、それにしてもモンクの演奏らしくない。

ただ、マスタリング上、ドラムの音がかなり絞られていて音があまり目立たないようになっているから、そういうことも印象に影響しているかもしれない。
叩いているのがケニー・クラークだから、なおさらサウンドが大人しく聴こえる。 これがブレイーキーが叩いていたら、このアルバムの印象はもっと
全然違うものになっていただろう。


オリン・キープニュースが鳴り物入りで迎えたのがこのモンクで、それまでの彼の不遇な状況を何とか改善しようとエリントン集やスタンダード集を作らせたのは
プロデューサーとしての最大の配慮に満ちた計らいだった。 裏ジャケットの全面を埋め尽くすキープニュースのこのアルバムに関する記述には彼のモンクへの
敬意と愛情が溢れている。 そういう作り手の想いが聴いている我々にきちんと届くレコードだ。 リヴァーサイドのモンクのレコードが他レーベルのものと比べて
一番違うなあと感じるのは、そういう1作ごとに垣間見える厚みのようなものかもしれない。

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違いを味わえるようになれば

2017年05月20日 | Jazz LP (Prestige)

Red Garland / It's A Blue World  ( 米 Prestige PRST 7838 )


引退状態にあったガーランドが復帰ことになり、それに合わせてプレスティッジが未発表音源を集めて1970年初頭に複数枚発売した中の1枚で、これは
1958年2月7日の録音。 コルトレーンの "Soultrane" と同日、マイルスの "Milestones" の3日後、という時期にあたる。

リハーサル・テイクなどではなく、スタジオでの完演版がこんなにたくさん未発表のまま放置されていたということは理解に苦しむけれど、録音当時の感覚では
ジャズの巨人たちが群雄割拠している中での数多くの演奏の1つに過ぎなくて、特に有難みは感じられなかったのかもしれない。 これらのレコードの印税が
きちんとガーランドに支払われていたのかどうかも怪しい。

こういういわゆるスタイリストの演奏はそのスタイルが故にどの演奏を聴いても同じようにしか聴こえないと言われることもあるけれど、それは少し違うと思う。
曲ごとに集中力の違いは明らかにあるし、上手く原曲のムードを出せているものとそうでないものもあるし、更にそういうバラツキがある曲の組み合わせ方で
アルバムとしての印象も変わって来る。 だから、どれを聴いても・・・という話などは相手にせず、自分の耳で実際に聴いてみるしかないのだと思う。

ガーランドのアルバムもそれぞれ印象がかなり違うのが実際のところで、このアルバムもそれまでの作品のどれとも少し違う。 明るい表情の元気のいい演奏と
さらりと弾き流しいてるバラードの組み合わせのせいか、人出で賑わう夜の街を歩いているような雰囲気がある。 "It's A Blue Word" という物憂げな
バラードも明るく穏やかな表情のアップテンポに変えることで、聴いているこちらの顔もほころんでくる。

そういうアルバムごとの違いを聴き分けて1つ1つを味わいながら愉しめるようになれれば、レコードを聴くことがもっと楽しくなるし、そうなればレコードの
買い方も変わってくるだろう。 市場に安レコが増えてきたおかげで、自分の音楽の聴き方にも変化が出てきたことを実感する。



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例え作品数が少なくても

2017年05月14日 | jazz LP (Atlantic)

Lennie Tristano / The New Tristano  ( 米 Atlantic 1357 )


トリスターノはどうやらメロディーは必要ないと考えていたらしい。 ジャズをやる上では、コード進行とリズム、そしてアダリブラインだけでいい、と。
だから、左手でコード進行をウォーキングベース的に弾いてリズムを指定し、右手でアドリブラインを被せていく。 和音はあまり弾かない。 だから、
ここで演奏されているのは休符記号のない「線の音楽」だ。

"G Minor Complex" は "You'd Be So Nice To Come Home To" のコード進行を使って、いわゆるメロディーは一切弾かずにアドリブラインだけで
曲を構成する。 そうすることで位相がずれて、まったく別の曲になる。 あらゆるミュージシャンがこの曲のバリエーションのすべてをやりつくしてしまって、
もうこの曲の新しい解釈やこの曲の中でできることはない、という既成概念を鮮やかに裏切ってみせる。 まだまだこんなこともできるんだよ、ということを
無言で提示しているのだ。 そこに、トリスターノが本当にやりたかったことがあるのだと思う。

トリスターノ名義の公式アルバムはこれらアトランティックの2枚しかない。 後は何枚かの編集盤に数曲ずつ半端に収められえているくらいで、まともに
聴ける作品が少ないというのが、この人の音楽の認知度の低さの原因になっている。 後年になって未発表の掘り起こしが進んで、映像も含めていろいろ
手に入るようになったけれど、あまり積極的に手を出す気にはなれず、この2枚とDVDで観る映像くらいしか手許にはない。 だから、私のトリスターノに
関する知識はたかが知れているけれど、それでもこれら2枚のLPは濃密な内容で、トリスターノという人の重みを十分伝えてくれる。

トリスターノはパーカーと親交が深かった。 ある日、トリスターノがトリオでライヴを行っているのをパーカーが聴きに来ていて、演奏が終わった後に
ベース奏者とドラマーが先にステージから降りて、トリスターノが1人だけ残された。 すると、パーカーは慌ててステージへと駆け上がって、如何に今の演奏が
素晴らしかったかを丁寧に話しながら、盲目のトリスターノの手を取ってステージから一緒に降りた。 そうやって2人は親しくなり、パーカーが亡くなった時、
葬儀の後の棺桶の運び出しの一角をトリスターノが受け持つまでの仲になった。 そういう逸話も、トリスターノの音楽を理解する上では役に立つように思う。







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ピアニズムの結晶

2017年05月13日 | jazz LP (Atlantic)

Lennie Tristano ( 米 Atlantic 1224 )


レニー・トリスターノが指導を乞う若きミュージシャンたちに何を教えていたのかはよくわかっていない。 教えを受けた者は誰もその内容を具体的には
語らなかったし、トリスターノ自身もそれを著作として残した訳でもないからだ。 でも、ドレミファソラシドというスケールやⅠ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅴ7-Ⅰという
和声進行など、既存の西洋音楽のルールとは違う旋律観や和声の概念の芽を説いていたのは間違いないようだ。 そして、そういう自身の概念をパーカーの
吹いたフレーズが終わった後に残るあの独特の余韻や、パウエルのアドリブラインが興に乗った時に発する無重力感からヒントを得てエッセンスを抽出したのも
どうやら間違いなさそうだ。 とにかくパーカーのレコードを聴くよう弟子たちに言っていたそうだし、このアルバムの最初の4曲を聴けばそのことは簡単にわかる。 

ただ、そういう抽象的な楽理に惹かれたから人々が彼の下に集まったということではなく、そこが当時の金のない貧しい若者たちが無償で音楽理論を学べる
数少ない場だったからというのが実態だったようだけど、リー・コニッツのようにきちんと修了した人もいた。 彼のトリスターノ・マナーが最も端的に
現れたのはヴァーヴの "Motion" での演奏だろう。 トリスターノがこのアルバムの "Line Up" や "East Thirty-Second" で演奏したアドリブの考え方は、
コニッツの "Motion" の中でそのまま引き継がれているし、ベースとドラムが背後で不気味に煽る中、トリスターノが和音を排して単音で切れ目のない
フレーズを紡ぐ様子とコニッツが同様の演奏をする様子がそっくりなのだ。

一般的には定着しなかったトリスターノの考え方も、自身が演奏すればさすがに見事に音楽として結実している。 ここで聴かれる4曲のピアノ曲はとても
素晴らしくて、特殊な理論や録音技法の話を持ち出す必要のないピアニズムの結晶のような音楽だと思う。 残りのコニッツの入った5曲は私には退屈で
あまり聴く気にはなれないものばかりだけれど、それでもトリスターノのヴォイシングの特殊さやアドリブ・フレーズの独特さはよくわかるので、資料としての
価値が十分あるというのは理解できる。

アルバムとして見た時に名盤と言っていいのかどうかは微妙だけれど、この中には最高の出来の音楽が含まれているというのは間違いない。


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堕ちた天使

2017年05月07日 | Jazz LP (Storyville)

Lee Konitz / Konitz  ( 米 Storyville LP 313 )


昔、このレコードは憧れの1枚だった。 はっきりとは覚えていないけれど、たぶんスイング・ジャーナル誌でこのジャケットを見たんだと思う。
それまでに見たことがないようなアート・ワークにすっかり心奪われた。 このジャケットを見ていると、それまでは知らなかった未知なる世界の存在を
知った、という感覚になった。 当時の自分の中にあった心象風景の何かを象徴していたんだと思う。 そういう特殊なレコードだった。

当時通っていたヴィンテージ・マインで時々このレコードを見かけるようになったのはちょうどその頃だったと思う。 でも、簡単に手を出せるような値段では
なかった。 そのジャケットを手に取って眺めては、ため息交じりに棚の中に戻していた。 見かけるたびにドキドキしながらも、手の届かない存在だった。

そういう特別な憧れを抱かせたのは、何もジャケットのアート・ワークだけのせいではなかった。 リー・コニッツのアルトが青白い炎が揺れるように漂う様が
何とも妖しく幽玄で、それまで聴いたことが無いようなこの音楽にもやられていたからで、この内容でなければそこまで憧れるようなことはなかった。
当時は新宿のユニオンの地下で見つけた国内盤の12インチ盤で聴いていた (これだって、相当珍しい廃盤だった)。

コニッツがやったこの音楽は、通常のジャズという言葉では括り切れないようなところがある。 それがトリスターノの影響なのかどうかはよくわからないけれど、
彼が他のジャズミュージシャンたちと比べて異質なイメージがあるのは、この時期にやっていた音楽が人々の印象に大きく作用しているのは間違いない。

25年振りくらいにこのレコードを改めて聴いたけど、ものすごくくっきりとリアルで生々しいアルトの音が出てくるのにとても驚いた。 当時とは使っている機器も
聴いている環境も違うから印象が違うのは当然だけど、その頃持っていた盤はそれほどいいコンディションではなかったせいもあるかもしれない。

今ではどこに行っても頻繁に見かけるようになっていて、このレコードは日本に一番たくさんあるんじゃないのか、と思ってしまう。 上記のような昔話からは
考えられないくらい現在の中古市場の状況は変わってしまったけど、何でも簡単に手に入ることがいいことなのかどうかはよくわからない。
憧れのマドンナは永遠にマドンナのままでいて欲しかった、とDUで見かけるたびに寂しい気持ちになる。


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見た目が100%、なのか?

2017年05月06日 | Jazz LP (Savoy)

Hank Jones / Quartet - Quintet  ( 米 Savoy MG 12037 )


事実上、ドナルド・バードのワンホーン・カルテットに一部でマティ・ダイスが加わったセッション、という内容だが、契約上の関係でハンク・ジョーンズ名義に
なっているというところだろう。 それくらい、ドナルド・バードのトランペットが輝かしく上手く録れている。

マティ・ダイスというトランペットはリーダー作もなく、サヴォイのハンク・ジョーンズの別の1枚に参加しているくらいで他のアルバムも見当たらない。
だからどういう人なのかよくわからないが、バードとよく似たタイプのプレイをしていて、なんでこの人を2曲だけ参加させたのかもよくわからない。
1955年11月1日の録音だからSPのような寄せ集め集ではなくアルバムとしての録音のはずだけど、こういう意味のわからなさ加減が如何にもサヴォイらしい。

ただ、あまりにトランペットの音がきれいに録れているからそちらに耳が奪われがちだけど、ハンク・ジョーンズのここでのピアノは絶品だ。 ラッパが前面に
立っているからピアノの音数を落としたプレイに徹底していて、真骨頂を見せる。 例の "Somethin' Else" でのプレイ・スタイルだ。 鍵盤の上に指を
そっと置いていくような弾き方で、こんなデリケートなタッチで弾ける人は他にはいないだろう。

非常に穏やかな曲調の楽曲が多く、全体の印象がとてもしなやかで洗練されているのに驚かされる。 バードのクセのない澄み切った音色、ハンクの音数の
極端に少なく柔らかい音、それらを邪魔しないベースとドラムの控えめな態度、そういうものが一体となってこの上品な音楽を作り上げている。

そして、ヴァン・ゲルダーの録音も最高の仕上がりで、ブルーノートやプレスティッジとは少し傾向が違う、サヴォイだけの高品質な音になっている。
私はそれら2つのレーベルのものより、このサヴォイの音のほうが遥かに好きだ。 

2管の曲もあるけれど、テーマをユニゾンで演奏するくらいの参加のしかたなので、これはワンホーンの内容と言っていい。 ドナルド・バードのワンホーンは
他には "ビーコンヒル" くらいしかなく、更にRVGの音で彼の伸びやかなワンホーンが聴ける作品はこれだけだ。 そこにこのレコードの大きな価値がある。

でも、そういう素晴らしさがまったく伝わらないこのジャケット・デザイン、一体何なんだろう。 これじゃ、誰からも見向きされなくて当然だよな。


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ブラジルの至宝、を聴く

2017年05月05日 | Brazil

Guinga / Roendopinho  ( 独 Acoustic Music Records Best.-Nr. 319.1525.2 )


音楽三昧のG.W.だが、ジャズばかりではさすがに飽きる。 ということで、新宿のユニオン各店をぶらぶらと散歩しながら色々と試聴する中で気に入ったのが
これだった。 ブラジル音楽のことなんて何も知らないし、素人以下の知識しかない。 大体、ギターのことを "ヴィオロン" というなんて、今回中古の棚の
仕切り板を見て初めて知ったくらいなのだ。

"ギンガ" と表記するそうで、ブラジルの国宝級ギタリストとのこと。 "ギンガ" というのは子供の頃のあだ名だそうで、ポルトガル語で「外国人」という
意味らしい。 ガット・ギターの名手であり、著名な作曲家でもあり、歯科医師でもある。 現代ブラジル音楽の巨匠だそうだ。

これは2014年に発表されたガット・ギター1本で演奏された独奏集で、2曲で自身のハミングが入ったりする。 これが非常に素晴らしい内容だった。
深みのある曲想が浮遊するようにゆったりと漂い、哀感の強い物悲しいメロディーが続いていく。 ギターの演奏も圧巻で、決して早弾きなどをすることなく、
静かに歌わせることに徹する。 南米音楽特有のバタ臭さがなく、とても現代的な感覚に溢れているので、最後まで飽きることなく聴き通せる。
これは圧倒的に素晴らしいと思った。 ブラジル音楽が深い情感から生まれる音楽であることを実感させてくれる。

録音も最高品質でリッチサウンドだ。 現代の高解像度の機器で聴けばもっと快楽度指数は高いんだろうと思うけど、こればかりは仕方がない。


南米音楽はジャズと近いところにある音楽だから常に気になる存在である。 ただ、これもまた奥が深い世界であり、どこから手を付ければいいのやら
さっぱりわからない。 4Fのラテン音楽フロアに行くとちゃんとプレミアムレコードのコーナーもあって、マニア心をくすぐる高額盤がたくさん並んでいた。
でも、こんなものにまで手を出したらえらいことになるのは必至なので、そういうのはできるだけ見ないようにしなきゃ。





ユニオンのフリーペーパーは良質な情報の宝庫。 こういうのはとてもありがたい。 ついつい持ち帰ってしまうのだ。


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ハワード・マギーの爆音

2017年05月04日 | Jazz LP (Savoy)

Howard Mcghee / & Milt Jackson  ( 米 Savoy MG-12026 )


1948年2月の録音なのでビ・バップ期の音楽だけど、少し新しい匂いがし始めているところが感じられる。 SP期の録音だから演奏時間は短いけれど、
ハワード・マギーの吹くフレーズはビ・バップ奏者のものよりもメロディアスで音楽に新しい響きが感じられる。 同時代のトランペッターと言えば、
ディジー、ナヴァロ、エルドリッジらがいたけれど、その中では一足先にモダンジャズへと駒を進めることができた優秀なミュージシャンだった。

にもかかわらず、50年代はドラッグでその大半を棒に振っている。 3大レーベルでハード・バップをしっかりとやっていればきっと傑作群が残ったに違いない。
そういう創られることのなかった幻影のようなものを思い描かずにはいられない。

ジャケット裏に記載されているメンバーが不十分なので備忘録として書いておくと、このアルバムには2つのセッションが収められている。

Howard Mcghee - trumpet
Milt Jackson - vibraphone
Jimmy Heath - alto, baritone sax
Will Davis - piano
Percy Heath - bass
Joe Harris - drums    

howard Mcghee - trumpet
Billy Ekstine - valve trombone
kenny Mann - tenor sax
Hank Jones - piano
Ray Brown - bass
J.C. Heard - drums

前者のセッションではジミー・ヒースがパーカーばりのアルトを聴かせるのが非常に珍しい。 この人もパーカーに似ていると言われるのを嫌ってテナーに
転向したクチかもしれない。 後者のセッションではスキャットが入る曲があるけど、これはミスター・Bなんだろうな、きっと。 みんな演奏が上手い。

全体的にこの時代特有のいい雰囲気が漂っている。 音楽はいつの時代にも世相を反映するものだから、40年代終わりのシカゴの夜はこういう音楽が
似合う街だったんだろうなあ、となんだか羨ましくなる。 

このレコードは1955年に発売されていて、その際にRVGがリマスターを担当しているけれど、これが素晴らしい仕事をしている。 どの音も輝き、耳が
痛くなるような高い音圧で音楽が鳴り響く。 元々の録音が良かったからだろうとは思うけど、それにしてもどうすればここまで音を磨き上げられるんだろうか。
音楽の良さを余すところなく伝えてくれる、とてもいいレコードだと思う。


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ドイツ盤でも印象は変わらず

2017年05月03日 | jazz LP (Pablo)

Zoot Sims / Soprano Sax  ( 独 Pablo 2310 770 )


ソプラノ・サックス1本で臨んだ穏健な中道派のズートとしては異色作という感じの1枚で、大御所評論家が跋扈していた昔は名盤と言われていたけれど、
今はそう言われることはなくなっていて、私も現在の認識のほうが正しいと思う。

まず、選曲があまりよくない。 平凡な楽曲ばかりで新鮮味がない。 次に、バックのピアノトリオがかなり雑な演奏をしている。 特にレイ・ブライアントの
アップテンポの曲での演奏が粗くて、叙情に欠けた潤いのない音楽になってしまっている。 例外的に "Bloos For Luise" というブルースでの演奏は
デリケートに弾いていて、全編こういう演奏をして欲しかった。 更に、全体的にリズムが一本調子で、聴いていてすぐに飽きがくる。 ソプラノ・サックスの
帯域の狭さという欠点を他の楽器群が補うべきなのにそういう配慮はなく、普通のセッションのように演奏するものだから、ソプラノの弱点がすごく目立つ。
このアルバムを聴いて思い出すのはベツレヘムの "Down Home"。 あのアルバムと同種の退屈さがある。 更には、コルトレーンの退屈さにも。

これで録音が良ければまだ救いもあるけど、のっぺりと平面的な音場感で聴いていても楽しくない。 ドイツ盤ならどうだろう、と手に取ってみたけど、
残念ながら特に音がいいということもなかった。 ピアノの透明感が少し上がったかな、という程度の差しか感じられなかった。 

ズートの演奏そのものは悪いところはなく、どの楽器でも本当に上手く吹くなあと感心する。 だからこそ、良さを感じられないのが残念だと思う。
ジャケットデザインも雰囲気があって名盤の資格十分なんだけどな。 もう少し時間を置くと、よく感じられるようになるだろうか。


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G.W.の吉祥寺で散財する

2017年05月02日 | Jazz雑記


昨日は吉祥寺へ行って猟盤を愉しんだ。 吉祥寺に行くのは半年ぶりくらいで、普段は基本的に行かない。 直線距離だと大したことないんだけれど、
東京の鉄道は横糸ばかりで縦糸が少なくて、行くのに不便だから、というただそれだけの理由だ。 若い頃ならそういうことは何も厭わなかったのに、
最近はこういうことが億劫になる。 

わざわざセールの合間の日にちを選んだのは、そもそもセールには興味が無いことに加えて、人でごった返す店内で探すのが大嫌いだから。 案の定、
店内にいたお客は私一人だったので、ゆっくりと探して、品定めに時間をかけて、誰にも気兼ねすることなく試聴して選ぶことができた。 ジャズのレコードが
買える店が3つ隣接しているので、3軒はしごして5枚を選んだ。 全部で3万円ちょっと、すっかり散財してしまった。





独盤で、2,800円。 もう少し安い値段で買いたかったけど、店頭ではあまり見かけることがないからこれくらいで手を打った。
全編ソプラノサックスで単調な内容だという印象しかないけど、西独盤は聴いたことがなかったので一度聴いてみたかった。 印象は変わるかな?





5,000円。 ずっしりと重たいフラットディスク、RVG刻印が嬉しい。 ビ・バップとハード・バップの端境期の音楽だけど、そのミックス具合いが
結構気に入っている。 サヴォイはとにかく人気が無いから、いい内容なのに値段が安い。





5,600円。 RVGカッティングで聴くドナルド・バードのワンホーン曲が最高。 ブルーノートには無いこの編成に重要な価値がある。 
でも、サヴォイはとにかく人気がない。 ジャケットのせいなんだろうなあ。





あまりにも大量に流通していて昔の稀少価値がすっかり地に落ちたけど、とにかくきれいな状態のものが無くて今まで買う機会がなかった。
ここにきてようやく状態のいいものにぶつかった。 色別割引適用の30%オフで、15,000円。 このコンディションならお買い得だと思う。
久し振りに聴いたけど、ものすごくいい音で鳴るので驚いた。





ようやくチリチリいわない盤を見つけた。 もう4年くらい探していたかもしれない。 このレコード、盤面にキズが無くても材質の問題なのか、
チリチリいう盤ばかりで困っていたので、これは嬉しかった。 ケニー・バレルの最高傑作だし。 色別割引適用の40%オフで、2,500円。


セールなんかに行かなくても、丁寧に探せばいいレコードはいくらでも見つかる。 そのためにも、静かな環境で猟盤をゆっくりと愉しむのが一番なんじゃ
ないだろうか。 大型連休はそれができるからいいよなあ、と思う。


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ベースとの静かなデュオ

2017年05月01日 | Jazz LP

Ornette Coleman / Soapsuds, Soapsuds  ( 米 Artists House AH6 )


1977年、アメリカと日本でV.S.O.P.が大受けし、北欧のクラブでスタン・ゲッツが熱いブローをしていたその時、オーネットはこういう演奏をしていた。
アメリカ全土では人々が "Hotel California" と "Rumours" に熱狂していた、1977年というのはそういう年だ。

オーネットがチャーリー・ヘイデンとデュオで静かに瞑想するように対話する。 ただ元々デュオでやることが企画されていた訳ではなく、スタジオに
ピアノ奏者とドラマーが姿を見せなかったからこういう形態になっただけなんだけど。

ここではテナー、トランペットを吹いており、アルトほど闊達には演奏できないせいか、終始おとなしい振る舞いをしている。 オーネットのテナーは
枯れた色合いがあって、なかなかいい。 ジョシュア・レッドマンの音色によく似ている。

スペインの地方都市の人気のない寺院で、雲一つないよく晴れた午後に白く冷たい土壁に手を触れているような感触がある。 乾いた風が吹き、人の気配はなく、
車の走る音も聞こえない。 遮るものがなく降り注ぐ陽光が眩しく、建物の構造が光と影のコントラストをつける。 そういう風景の中にいるような感覚。

そういう時にはメロディーやリズムがあると却って煩わしい。 音楽的なものを排した音が心地よい、というこの感覚をどう説明すればいいだろうか。
既存の物への嫌悪感にも似た飽き飽きとするという感覚に囚われる瞬間は誰にでも訪れる。 そういう時間がオーネットを産み出したのかもしれない。

ジャケットの装丁から宗教じみた内容を連想させるけれど、そういう雰囲気はない。 淡泊な、と言ってもいいくらいの穏やかさで音は流れていく。
フレーズも突飛なところはなく、予備知識なく聴いてこれをオーネットだとわかる人はおそらくいないだろう。 最も普通の音楽っぽいオーネットが聴ける。
オーネットの生活はこの時期も相変わらずごたごたが続いていたけれど、音楽家としての内面はそういう喧騒とはうまく距離が置かれていたのかもしれない。


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称賛の理由

2017年04月30日 | Jazz LP (Pacific)

Buddy Rich / Big Swing Face  ( 米 Pacific Jazz PJ-10117 )


何と言う切れ味の良さ、ドライヴ感。 シャープで一糸乱れない管楽器群はケニー・クラークとフランシー・ボランのビッグバンドそっくりで、少し翳りが
あるところなんかもよく似ている。 ただ勢いよくて迫力があるというだけではなく、憂いのある表情も併せ持っていて、深みのある音楽であることが
すぐにわかる。 だからこそ、多くの称賛を集めたのだろう。 イェーイ、ノリノリだぜー、というようなアタマの弱いアホな話ではない。

バディー・リッチのこのバンドでの鬼教官ぶりは有名だけど、これだけ大勢の人を自分の思うように統率するにはそうせざるを得なかったんだろう。
TVで中学・高校の軽音楽部の奮闘物語なんかをよくやっているけど、そのノリはどう見ても体育会系のそれだし、汗と涙の根性物語になっている。
経験者によるとそれは一種異様な世界らしいけど、それでもそういうものに支えられていたのであろうことは容易に想像できる。

スイング・ジャズを大胆に発展させたモダン・ビッグ・バンドの音楽にはポピュラー音楽の要素がかなりたくさん取り込まれているので、実際はかなり汎用的な
内容で聴きやすい。 スイング・ジャズは見かけは単純で陽気な音楽に見えるけど、実はかなり純度の高いジャズ・ミュージックで専門性も高く、聴く人を
選ぶようなところがあるけど、モダン・ビッグ・バンドはそういうスイング・ジャズが持っていたある種の排他性みたいなものを取っ払ったわかりやすい音楽だ。
だから、もっと広く聴かれてしかるべきだと思う。 更にポピュラリティーだけではなく、楽器の数が多い分、複雑な味を愉しめる高級さもあるのだ。

このアルバムはライヴ演奏ならではの生き生きとした表情が素晴らしいけど、それ以上に収録された曲にいい曲が含まれているのが最大の魅力。
何と言っても、ボブ・フローレンスの "Willowcrest" に止めを刺すけど、リッチの娘が歌う "The Beat Goes On" もキャンディー・ポップを本格的な
ジャズに仕立てあげていて、1度聴くと忘れられない。 愉しいエンターテイメント性と極めて高度な音楽性が同居する画期的な仕上がりになっている。


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新しいヴィブラフォンの響き

2017年04月29日 | Jazz LP (RCA)

Gary Burton / Something's Coming!  ( 米 RCA LPM-2880 )


ジム・ホール、チャック・イスラエル、ラリー・バンカーというエヴァンス一派がバックアップを務めるゲイリー・バートンの若き日の知られざる傑作。
知的で、涼やかで、繊細で、新しい感覚で演奏されていて、これが素晴らしい。 私のゲイリー・バートン観を物の見事にひっくり返してくれた。
まるでポール・デスモンドのRCAの諸作のような、静かで落ち着いていて、ひんやりと冷たい雰囲気を放っている。

ジム・ホールがシングル・ノートでしっかりと弾いている。 彼の枯れた音がヴィブラフォンの冷やかでカラフルな音と対比されて、サウンド全体が安定している。
イスラエルとバンカーの演奏はまんまエヴァンス・トリオの雰囲気で、これが全体を落ち着いたトーンに仕上げている。

バートンは両手にマレットを2本ずつ持って演奏するので、ミルト・ジャクソンのような旋律主体ではなく、和音主体になる。 ピアノで言えば、ブロック・
コードでフレーズを弾く感じだけど、叩きつけたりすることはないので和音は濁らずとても澄んでいて、ジャケット・デザインの印象通りの音楽になっている。

ジャズの世界はマイナー・レーベルが有難がられて、RCAのようなメジャー・レーベルのレコードは軽く見られるけれど、それは本来はおかしいことだ。
予算が潤沢で録音機材や環境も良く、制作ノウハウも豊富なメジャーレーベルが作る作品は高いクオリティーのものが多い。 特に、RCAはクラシックで
録音技術を鍛え上げたレーベルだから、そのサウンド品質は見事だと思う。

デビューの契約がRCAというのは選ばれた人だということを意味していて、その期待を裏切らない作品になっているのではないか。 こうなると、他の作品も
聴かなきゃな、と認識も新たに安レコ漁りに邁進する日々がまだまだ続くのである。


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北欧の街で鳴り響いていた音

2017年04月28日 | Jazz LP (Steeplechase)

Stan Getz feat. Niels-Henning Orsted Pedersen / Live At Montmartre  ( デンマーク SteepleChase SCS-1073/74 )


1977年、アメリカや日本でV.S.O.P.が盛り上がっていたその時、北欧でスタン・ゲッツはこういう演奏をしていた。 

スティープルチェイスとしては自国の天才ベーシストの名前を表に出してはみたものの、ジョアン・ブラッキーンのピアノの存在感の大きさに終始押され気味。
それでも、ペデルセンのベースの音はしっかりと録られていて、ゲッツのレコードの中では少し珍しいサウンドカラーとなっている。 この人、ソロはあまり
面白くないけれど、ウォーキング・ベースは最高にいい。 こんなに正確なピッチを刻める人は他にいない。

それにしても、ブラッキーンのピアノはよく目立つ。 抒情味のかけらもない一定のテンションで弾き切っていく。 そのせいか、この時期のゲッツの演奏も
いつになくハード・ドライヴィングだ。 まろやかさや幻想味は封印してる。 だから、音楽家ゲッツというよりはサックス奏者ゲッツの姿が浮かび上がる。

歌物のスタンダードを排して、ジャズメンのオリジナルを中心にプログラムを組む。 この時期、ショーターの曲をよく演奏していたようで、特にお気に入りは
"Lester Left Town" だった。 私もこの曲は大好きで、ついついこの曲をやっているサイドCばかり聴いてしまう。

デンマークを訪れるミューシャンは必ずと言っていいくらいジャズハウス・モンマルトルでライヴをやるけど、ここはおよそライヴ・レコーディングには向かない所で、
せっかくレコーディングしても残響感ゼロのオーディオ的快楽度の低い録音になる。 だから、音楽を雰囲気だけで聴くリスナーには不評を買うことが多い。
でも、このスタン・ゲッツ・カルテットの演奏の集中度の高さと質の高さの前ではそんな感想は出てこない。 楽器の音はクリアで曇りもないので、演奏の
素晴らしさがよくわかる、いい録音だと思う。 LP2枚組の作品だけど、あまりに充実した演奏だから尺の長さなんて全然感じないし、もっと聴きたいとさえ思う。

70年代、アメリカではジャズはすっかり廃れてしまっていたけれど、北欧デンマークの中心地でジャズはちゃんと生きていた。 それはまるで近い将来、
息を吹き返すのをじっと待っているような感じだったのかもしれない。 スタン・ゲッツのこの演奏はそれを教えてくれる。


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謎解きはおあずけにして

2017年04月24日 | Jazz LP (Columbia)

V.S.O.P. Quintet / The Quintet  ( 日本 CBS-SONY 40AP 798-9 )


どんな音楽であれ、理由もなく急に聴きたくなることってある。 だからDUに行くと、恒例のワン・コインで転がっていた。 あるといいな、があるのだ。
最後に聴いたのはいつだったかなと考えてみると、おそらくもう15年以上前のことになるかもしれない。

このバンドのアルバムの中では、このアメリカでのライヴが一番いいと思う。 演奏もまとまっているし、音質も良好だ。 今聴き返してみると、案外保守的な
音楽だったんだなと思う。 以前聴いていた頃は、もっと尖った音楽に聴こえた。 演奏しているメンバーたちの年齢を追い越してしまったせいかもしれない。

ジャズという音楽の形が崩壊して10年経って、誰もがジャズの復権を待ち望み、その機運が沸点に達していた時期に登場したということで爆発的に受けた、
というのがお決まりの解説だけど、マイルスの最後のアコースティック・バンドが再結成したからみんなが大喜びした、というのが実際のところだったんだろう。
気持ちはよくわかる。 

久し振りに聴くと、よくできた演奏にやっぱり感心するし、古臭さもないし、さすがにジャズの核心を掴んだ人たちだけにできる音楽だよな、と思うけれど、
何か物足りなさがあることも同時にひしひしと感じる。 このメンバーたちがブルーノートの4000番台に残した作品群に見られる、未だに解決できない
「大きな謎」のような不可解な要素がここにはない。 彼らは自分たちが提示した謎をあそこに置き去りにしたまま、マイルスの新しい音楽を作るのに
夢中になり、10年後にそれをなぞってみせる。 最初から、今回は謎解きをする気はないんだよ、ということだ。

それがわかっていながらも、こうやって無性に聴きたくなる音楽であることには変わりはないし、聴くと心奪われるものがある。 謎解きは別の機会に、
という大人の分別でもって愉しめばそれでいいんだろうな。



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