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jazz and freedom and avenger

JAZZを聴きながら勝手気ままな戯事日記 暇つぶしに・・・・

日本大正村 ・・・・・岐阜県恵那市明智町 (Ⅰ)

2025-04-29 | ドライブ

木根しだれ桃園の後、少し足を伸ばし、久しぶりに明智町へ。

江戸時代に中馬街道の脇道の宿場町として発展し、明治・大正期には養蚕、製糸産業で栄え、昭和期になり陶業が主産業となり、街には大正期以降の西洋文化の影響を受けた建物が残っており、それらを観光資源として1984年(昭和59年)に日本大正村が開村しました。なお、明智光秀ゆかりの地としても知られている。

大正村を代表する人気写真SPOTの一つ、大正路地です。

黒い羽目板を取っ手のような桟で取り外すと土壁が現れ、防火壁となる工夫が施されている。

明治8年開局の通信資料館(旧郵便局)です。

旧銀行蔵で現在、資料館になっている。ポストは旧郵便局(斜め対面)から移設されたのかな?

詳しいことは知りませんが、ちょいユニークな喫茶店?スナック?カラオケ店?です。

メインストリートです。たまたま、行き交う人の姿も車も目に入りませんが、山間部の街によくある寂れていく様子は感じられず、しっかりした生活感が保たれている。

鉄道ファンに人気の恵那市と結ぶローカル線・明知鉄道の存在が大きい。途中、城下町、重要伝統的建造物群保存地区、そして日本三大山城の一つ「岩村城跡」でも知られる岩村町があり、併せて観光客が訪れるのだろう。

以前、訪れた際の岩村の町並みです。

次回は、「裏道」に入ってみましょう。


遅かりし ・・・・・きねしだれ桃園

2025-04-26 | ドライブ

600本の枝垂れ桃が咲き誇る岐阜県恵那市串原の木根しだれ桃園へ。所用と天候と睨めっこしている内にチャンスを失した。今年は遅いのでひょっとして未だ名残りを ・・・・・と出掛けたけれど、やはりピークは4~5日前だったそうです。

ピアノは自由に弾くことが出来ます。多分、ピーク時には誰か弾いたのでしょう。自分も弾けたらなぁ~

来年こそ ・・・・・


2025 大阪・関西 万国博覧会

2025-04-23 | 日記・エッセイ・コラム

京都での学友との懇親会の後、大阪へ。大阪の友人と市内散策を楽しんだカミさんとホテルで落ち合う。翌16日(水)、万博会場へ。

1970年(大阪)、2005年(愛知)に続き3回目です。今回は前評判があまり芳しくないようですね。懇親会に参加した7人中5人は京阪地区に在住でその内4人とは、在学中、1970年の大阪万博に一緒に行っていますが、今の所、5人共、行くつもりが無いとのこと。はるばる埼玉から参加した一人と自分(名古屋)が行く、という変則の事態(笑)です。

さぁ、会場にやって来ました。

11時入場の予約を取り、東ゲート入り口に着いた時刻が10時30分で、所持品等々の検査を受け、中に入ったのは予約時間前の10時50分、並び始めて僅か20分で入場出来ました。TV等のメディアの偏った報道は ・・・・・、 一部を切り取り、一例を大袈裟に盛って、関心を呼ぼうとする最近のメディアの報道姿勢は如何なものだろう? 但し、9時、10時入場はもう少し掛ったかもしれない。

ほとんど予習せず、行き当たりばったりで回り、ロスが多く少々バテたのでアット・ランダムに。

一つだけ予約したのが「大阪ヘルスケアパビリオン」のTVでも紹介されている「25年後の自分に出会うリボーン体験ルート」。心血管、筋骨格、髪、肌など7項目のデータ(データ取得には最先端のセンシング技術を活用)を分析する「カラダ測定ポッド」です。測定カラダ年齢の結果は何と!驚くなかれ、実年齢より16歳も若く出ました。カミさんも14歳若く出ましたので、信じて良いのやら(笑)、また、25年後の自分の姿は、あまりにも先なので・・・・・

この日の一般入場者数は56,000人で、ほどほどの混雑ぶりです。運営側ではもっと入って欲しいでしょうが、あまり多くなると、こちらがしんどいです。

心地よい潮風を受け、楽しく万博気分を味わいました。ただ、カミさんは消化不良で、もう一度、リベンジに来たいようです。

ここは夕景も良さそうなので、まず始めは夜間券(17時~)で入り、夕陽、花火、イベントを楽しみながらビールをたっぷり飲み、翌日、一日券でじっくり遊ぶ二日間コースがお勧めです。


満開あとの風情 ・・・・・京都 高瀬川& 喫茶「ソワレ」

2025-04-20 | 日記・エッセイ・コラム

元小学校の校舎をリノベーションした「ザ・ゲートホテル京都高瀬川」。

8Fのレストラン「アンカー」は東山を一望する開放感に溢れ、席は皆、埋まっている。昨年もここに集まっている。

ホテル前の高瀬川です。丁度、一週間前がピークでした。予約が取れなかったそうです。

運動場の跡地に風に舞い散ったサクラの花びらが綺麗に敷かれていた。

高瀬川沿いをぶらぶらと、四条小橋のたもとの「ソワレ」が目に留まりました。自分は直ぐには記憶が戻りませんが、他の友人はよく利用したそうです。この近くにジャズ喫茶の「ダウンビート」、少し上がったところに「ブルーノート」があり、自分はそちらに通っていた。「ソワレ」は東郷青児の絵の蒐集家で親交もあった元木和夫氏が1948年(昭和23年)にオープンさせ、東郷青児や佐々木良三、池野禎春、吉井勇など、様々な芸術家、文化人が集まったそうです。

「ソワレ」とはフランス語で「夜会」「素敵な夜」という意味です。

名物の「ゼリーポンチ」です。見るからに美味しそうですね。女性の客も来てもらいたいとの願いから考案されたそうです。

青を基調とした室内空間の居心地の良さと尽きぬ思い出話に時を忘れ、気が付けば時計の針は5時をかなり回っていた。再会を約束し、大阪へ向かった。


どこにでもある風情、でも ・・・・・京都 ぶらウォーク(Ⅰ)

2025-04-18 | 日記・エッセイ・コラム

15~16日に掛けて関西に出かけた。1日目は京都で大学時代の学友との楽しい懇親会。

烏丸から河原町へ四条通りを二本上がった通りを会場に向かってぶらぶらと。別に京都でなくても目にする光景をスマホでアット・ランダムに ・・・・・。

周りに溶け込んだエクステリアの富小路交番です。近くに住み、後ほど会う学友の話では昨年、新しく出来たばかりで治安が良くなり(すぐ近くに錦市場)、好評のようです。

京極、新京極を抜け、河原町通りを渡り会場となる「ザ・ゲートホテル京都高瀬川」の横に出ました。

染井吉野が主役の座を降りた後のバラ科サクラ属の御衣黄(ギョイコウ)。見事です。スマホを向けていたらインバウンドのスマホの波に襲われました(笑)。


「判官贔屓」の最右翼 ・・・・・ MINOR MOVE & THE WAITING GAME / TINA BROOKS

2025-04-11 | ジャズ・ts

 

不幸、不運の名が付くジャズ・マンは数多いるけれど「判官贔屓」という四字熟語がピッタリ嵌るとなれば、TINA BROOKSの右に出る者はいない。何せ4枚のリーダー作の内、3枚がリアルタイムでボツ(お蔵入り)、また、重度のヘロイン中毒が元で42歳の若さで亡くなり、生存中に発表されることも無かった。

その4枚とは、「マイナー・ムーヴ」(1958.3.16)、「トゥルー・ブルー」(1960.6.25)、「バック・トゥ・ザ・トラックス」(1960.10.10)、「ザ・ウェイティング・ゲーム」(1961.3.2)で当時リリースされたのは2作目の「トゥルー・ブルー」のみ。3作目の「バック・トゥ・ザ・トラックス」は2018年3月に既にUpしているので、今回は1stとラスト作をピック・アップ。

1980年に日の目を見た幻の初リーダー作、”MINOR MOVE”、メンバーが凄いです。モーガン、クラークは既にリーダー作をリリースしており、ワトキンスは兎も角、皆、格上の存在ばかりですね。

妙なことに同じ中毒同士のモーガンにしてもクラークにしても、この新人を前向きにサポートしようとする気配が希薄で、自分のミッションを淡々と熟し、ブレーキーにしても成り行き任せで、しらっとした空気の中、BROOKSが孤立している様子が浮かぶ。まるで辺りを警戒するカヴァの黒猫のようだ。一体感に欠けて散漫、と言うのが今までの本作に対する印象だった。それにスタンダードを3曲も入れたのも、ブルックスにはまだ荷が重たかったのではないか? ライオンはブルックスにリーダーとしての実力を果たして見い出していたのだろうか? 期待を込めてギャンブル的に出た可能性を排除できないなぁ(笑)。二作目の「トゥルー・ブルー」まで二年超(修業 or 治療期間? )を要している。

 

 

 

ラスト作になった”THE WAITING GAME”、この音源はモザイクのBOXセット”The Complete Blue Note Recording of The TINA BROOKS QUINTETS”で発売済み(1983年頃)でしたが、単体で初めて世に出たのは38年後の1999年にCDで。

ペイズリー柄のシャツ、そしてワインレッドの一色刷りが憎らしいほど決まっている。それにアングルが抜群ですね。撮影したのは勿論、F・ウルフです。6曲中、BROOKSのオリジナルが5曲を占め、スタンダードを1曲に絞っている。

 

ライオンがリリースを渋った理由は何だったのだろう? BLUE NOTEでは珍しいJ・コールズ(tp)はやや浮いている感じがするけれど、それは計算ずくで、問題はpのドリューではないかな? あの”BACK TO THE TRACKS”や 自己の”UNDERCURRENT”(4059)辺りでは良いpを聴かせているけれど、ここでは楽天的で饒舌なワンパターン・プレイがコールズ、ブルックスの持ち味をスポイルしている感がする。どうしたのだろう?

 

 

ブルックスの録音は本作が最後となる。二ヶ月前にサイドとして吹き込みに参加した“REDD’S BLUES / FREDDIE REDD”もボツになっており、この頃から、ティナ・ブルックスの名はジャズ・シーンの舞台から消えていった。1974年8月13日に亡くなっているが、もう数年間、tsを吹いていなかった、否、吹ける状態ではなかったそうだ。薄幸を絵に描いたような二流ts奏者だがネームバリュー、人気は一流に引けを取らない。

ライオンが三作もリリースに首を縦に振らなかった真意は、今となっては藪の中だが、辛い言い方だけれど歴史も嘘をつかなかった。その代わりに我が国では「判官贔屓」という特有の感情・同情論により、TINA BROOKSの名はビギナーでも知らぬ人はいないだろう。巷での高評は、皆、承知の上ですね。


それぞれの春 ・・・・・満開の川縁

2025-04-08 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

早朝とは言い難いけれど、まだ8時前なのにワンちゃんを連れた若い家族、重そうなカメラを肩にした中年男性、スマホを翳す女性、チャリを漕ぐ高齢者、散歩の夫婦連れ、色んな人達が次から次へ満開の桜トンネルを通っていく。インバウンドを含め空前のサクラ・ブームの中、それぞれの春が流れている。でも、そう単純じゃない。


池畔の満開

2025-04-04 | 日記・エッセイ・コラム

 

近場で満開気分を満喫しようとチャリで出掛けた。池の周りの一部が散歩道になっていて、桜の木が行儀よく並んでいる。大きさがほぼ均等なのでより綺麗に映えます。しかも右手の土手にもダブルに植えてあるので、長さは200mほどですが、厚みがあり見応えがありますよ。

完全満開のほんの一歩手前ですね。週末は木陰にブルーシートが一面に敷かれるでしょう。一段高くなり、区切りが案配よくつきます。ここは近くに駐車場が無い?ので、多分、ご近所の方々の花見の宴で盛り上がるのでは? 目の前は池なので、見通しが良く、開放感があり、子供達が元気に走り回っている。

 

 

その池ですが、貯水量が減り、一部、干上がっています。普段、対岸の東屋は水面に浮いて見えるのですが、現在は脚が丸見えです。今年の冬はやはり雨の降水量が少なかったのですね。

 

 

雪柳ロードです(別場所)。関税ショックが無ければ、春爛漫なのになぁ。