カルメン/新国立劇場

2007-11-25 | オペラ

需要は多いがスタンダードとなるものがないということだろうか。11年で3演出目(多分)。
今回の鵜山演出は実にオーソドックス。幕が開いた瞬間から終幕まで同じとわかる装置も一因。
読み返したわけではないがト書きをそのままといった印象。30年くらい前にやった演出と大きな違いはない?
前衛的な演出でなければならないとは思わないが、こんなに安心していいのか?
市民オペラの領域を犯さないでほしいもんだ。
音楽の方も実に安定して聴いた。前奏曲からしてこんなに平和でいいのか?

タンホイザーに続き今回もタイトルロールがキャンセル(ゼンパーを含め個人的には3公演続いてキャンセルされたことになる)。
元々キャスティングされていたドマシェンコがどんな歌手であるか知らないのだが、代役のモンティエルはドガの絵画から抜け出したような舞台姿を含めて◎。過去に聴いたカルメン(バルツァ、オッター)と比較するのはかわいそうだが、充分魅力的(それくらいでないと口煩い客は満足させらないのだろうが)。この人を観るだけに足を運ぶ価値がある…というのは言い過ぎだろうな。
全体的に低調な公演で一人舞台といったところか。

無理しても「こびと」(もしくは、「ばら」)しておくべきだった…かも。

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収穫~カモメ~二の酉

2007-11-23 | ブログ

Dsc_0883今年は例年に比べ丸々1ヶ月遅く収穫。
今日は1時間ほどで約200個。
まだ、7,800位はなっているなあ。

Dsc_0922先週、神奈川県民ホールへ行った時気になったので、
カメラを担いで山下公演へ。
フィルムだったら何本必要なのだろう…。

Dsc_0940歩いても行けるのに、20年ぶり2回目の二の酉。
やっぱりお祭り苦手や。

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ばらの騎士(ドレスデン国立)

2007-11-18 | オペラ

シュトラウスは本来苦手なので、来日公演では、ハンブルクの「影のない女」だけだと思う。
今回はひょんなことからチケット入手。
コンビニで発券できず、ジャパンアーツに確認をとる。予約と発券とは別らしい。

デノケが降りてしまったため、本来の目的がなくなってしまったが、
代役のシュファンネヴィルムスは自然な無理のない発声で◎
オクタヴィアンのヴォンドォングは当初部分的に聴こえない部分もあったが、
ダイナミックレンジが広い(とは言わないよなあ、実演の場合)だけらしい。
ゾフィーは、よく演じていたとは思うが声については言及するまでもない。
最後の3重唱こそなんとか形にしていたが…
ちなみにオケは大変美しいと思うが、音が大きすぎる。慣れない小屋のせいだろうか。
ルイジの振り方はやや振りすぎ、交通整理が多いようにも感じたが、シュトラウスはよくわからない。

1960年代以降?とした演出はオックスの家来達が度を過ぎていが概ね納得(ちょっと品がない)。

幕切れで子供が出てるくると、hop hopしてるんぢゃないかと思っちやう。

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摂州合邦辻

2007-11-04 | アート・文化

先週は、コジで板の上だったのだが、今日は10数年ぶりに新の付かない国立劇場へ。
木曜だったかの新聞を見てそういえば、歌舞伎もしばらく観てないなあ、ということで、
ネットで調べたら、いとも容易くチケットを入手。
チケットの発券はもっと簡単。
ネット予約した際のカードを券売機につっこむだけで発券終了。
今やこんなことになっていたのか…。

その昔、半蔵門で仕事をしていたもあるので、勝手知ったるところではあるが、
改札から外へ出るまでの薄暗い階段も明るく塗り替えられ、
ミュージック・バードのショー・ルーム?は掃除機のそれ替わられていたが、
当然、威厳のある劇場はそのまま。立地からして「新」とは違う。黛がゴネタのも一理ある。
内装は以前と変わらないはずだが、若干狭く感じた。足の長い人にはやや窮屈だろう。

幕が上がると下座の音楽が想像以上に大きな音で聴こえる。以前もそうだのだろうか?
藤十郎の声は非常に聴き辛くほとんど何をいっているのかわからない。
その一方で、藤十郎の台詞を受ける形で、場内が沸くことがある。これは、音声ガイドによるものだろう。
舞台を楽しむのためには借りた方が良いのだろうが、あまりに音楽を軽視していると思えてならないので利用したことがない(実はただのケチなのだが。
一度、FMラジオを持ち込んでみよう思ったんだっけ)。
字幕装置の設置を切に願う。

舞台は書割が中心となるが、一場終わると幕を引き大道具さんが舞台を作る音が聞こえる。
何時の頃からか、オペラは舞台機構が優秀になったからか、
はたまた、予算削減で全幕を同じセットで観せることが増えたのでなんとも懐かしく感じる。

筋は、血の繋がらない息子に恋心を抱く玉御前のお話。
どこかで、聞いたストーリーだよなあ、と思って見ていたのだが、劇場でもらったきたチラシによると、
インドの説話が東に流れて、歌舞伎になったように、西にいって、ラシーヌの「フェードル」になったとのこと。
勿論、ラシーヌなんてのは、フォーレくらいでしか馴染みはないが、ブリテンの「フェードラ(パイドラ)」なら。隅田川ではなく、摂州合邦辻を観ていたらとか考えていたのだが、観ていなくても書いていた。

来月は季節がら忠臣蔵なので、時間があったら、行ってもいいかなあ。

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