荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

氏神様拝殿床下予備の屋根瓦

2022年06月30日 | 散文

拝殿です。光の加減もプラスされて神々しいです。

 

お参りします。

 

床下です。ここに予備の屋根瓦を置いています。

 

建て替える時のことを考えて、氏子一同の寄付で作ったそうです。老幼馴染の仕事です。

 

私には寄付の話はありませんでしたが、予定以上に寄付が集まったそうです。

 

さて、拝殿前の広場は、子供の頃、ソフトボールの練習場でした。毎年夏休み終盤に、桜井校区部落対抗の小中学校合同チーム大会があって、熱心に練習しました。向こうに打ったら大事なボールが森の中に入って無くなってしまうので、向こうがホームベースです。左右の石柱がネット代わりでした。

 

今考えれば、拝殿にぼこぼこボールを打ち込んでいました。氏子総出でバチあたりな事をしていたものです。

氏神様はバチも当てず、静かに見守ってくださいました。

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氏神様にお参りする。

2022年06月30日 | 散文

自転車を漕いでやって来ました。氏神様須賀神社です。帰省したなら一度はお参りしないと撥が当たります。

 

東京では、毎週のように根津神社に行って(お参りじゃないけど)いるのだから。

 

当初は速須佐之男命を祀ったのですが、西暦663年の白村江の戦いに、同盟国百済から支援を求められた斉明天皇が、九州に向かう途中近くに車を停めたという伝説があって、後に同天皇も祀った神社です。

 

 

 

 

「瓦釜跡」の枯れ株に、いつの頃からか、誰かが寿老人を置いています。ちょっと風情がありますが、「ばちが当たったらイヤなので、誰も撤去しないのでそのままになってしまった。祀神でもないのに迷惑な話だ」と、神社総代を務めていた老幼なじみが言っていました。

 

最後の石段を上がります。

 

拝殿が現れます

 

前述のとおり、速須佐之男命と斉明天皇を祀っています。

 

苔むして風情があります。

この話続きます。

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桜井小学校のユーカリの樹

2022年06月30日 | 散文

母校の校庭です。後輩たちが遊んでいます。生徒が少ないです。陽射しが強いので外に出ないのでしょうか?

 

校歌にも歌われたユーカリが、昔と同じ場所に立っています。でも、葉が少ないです。

 

こんもりしていないし、背も低くなったように思います。

 

作る日陰が小さく薄いです。

 

あっ?根本がヘンです。

 

大きなホコラが空いています。根も朽ちているように見えます。

今でも校歌を歌えます。「♬桜、桜、桜井の小学校の子供らは、健やかに麗しくユーカリの樹のように・・・♫」でもこの樹が無くなると校歌が変わります。救済が必要では・・・。

ユーカリの往時の姿と説明はこちら

 

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頓田川サイクリングコースを往く。

2022年06月29日 | 散文

光と緑が眩しいサイクリングコースを往きます。

 

あの雲に向かって往きます(青春ドラマか、小説「坂の上の雲」みたいだな)。

 

 

 

川床は水が少ないです。

 

頓田川土手を往きます。

 

 

遍路道です。法華寺は元「国分尼寺」です。生家の菩提寺です。

 

更に往きます。

 

鉄橋を潜ります。

 

あ、仲良し夫婦が居ました。

ほっこりします。

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頓田川河口の干潟から

2022年06月29日 | 散文

潮が引いて砂嘴が現れています。

 

堤防の先端から降りて行きます。

 

干満の激しい海ですが、大潮の干潮時程ではありません。

 

でも、十分満足できる状態です。帰省すれば必ず訪れる場所です。

 

浜に降りました。波打ち際に向かいます。

 

潮干狩りの跡が干上がっています。

 

波打ち際です。大島、大三島、伯方島等々しまなみ海道を形成する島々です。

 

比企島です。

 

兵市島です。故郷の島です。

 

潮は静かに満ちているようです。

 

正面に世田山・笠松山、右に唐子山です。

 

海の向こうに四国山脈です。

 

頓田川河口のマンションです。

 

故郷の山はありがたきかな。

 

故郷の海はありがたきかな。

ずっとここに居たいです。

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唐子浜赤灯台

2022年06月29日 | 散文

松原の古い街道を行きます。今ではサイクリングコースです。

 

赤レンガ建物が在ります。

 

古いものですが、ここには20数年前に移築されたものです。元は、「島しょ部灯台守官舎」でした。そんな説明も見えなくなっています。

 

海には赤灯台です。官舎と一緒に移築されました。今は、官舎と同様、灯台の機能はしていないと思います。

 

改めて官舎を眺めます。素敵です。

 

残しておこう、と思ったのが理解できます。

 

赤灯台の向こうは「しまなみ海道」を形成する島々です。

 

子供の声がしています。人に出逢うのが珍しい故郷の今です。

 

兵市島です。昔ここはレジャーランドでした。遊園地と動物園と海水浴場が在りました。貸しボート場でアルバイトをしたことがあります。日焼けして、何回も皮が剥けて、真っ黒になっていました。

 

もう一度赤レンガの官舎を見て移動します。

 

おや、移動途中に幼稚園のスクールバスに出会いました。先程の子供達ですね。えっ、立花幼稚園ですか?しまなみ海道のお膝元じゃないですか!? あちらには子供を遊ばせる砂浜が無いのですかね?

 

堤防に上がります。

昔と変わらぬ姿です。故郷の海はありがたきかな。

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桜井漁港の作業小屋から防波堤

2022年06月28日 | 散文

桜井漁港の作業小屋です。

 

 

 

 

 

 

港の北端に来ました。振り返る漁港です。

 

防波堤を往きます。

 

静かな海の向こうは四国山脈です。雲が掛かっています。

 

真正面に世田山・笠松山が見えます。昔の伊予国経営の拠点でした。南朝後村上天皇は劣勢を四国から挽回すべく、脇屋義助を甥の大舘氏明が守る世田山に派遣したものの、直ぐに国分寺で病死し、「世田山合戦」という悲惨な戦闘となった「太平記」の舞台です。界隈の住民は、今でも尊称して「お世田山」と呼びます。

 

北を見ると唐子山です。村上水軍が陸上経営の為に建てた城が在りました。福島正則が統治した時代は、あの麓に「お屋敷」が在り、今でも地名として残っています。やがて、藤堂高虎の治世になった時、現在の今治城建設の資材として、石垣を含めて撤去されました。

山頂の木がスッキリと刈られています。展望所として復活整備されたようです。右の小さな山に今治藩主の墓が在って、尾根で繋がっています。唐子山の向こうは国分寺です。

 

そんな歴史を思いながら、大きく息を吸います。

貴重な梅雨の晴れ間です。さあ、散策を続けます。

 

脇屋義助廟はこちら

福山正則のお屋敷の遺構はこちら。とこちら

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昼下りの桜井漁港

2022年06月28日 | 散文

漁港に出ました。

 

漁を終えて休んでいる時間帯です。

 

自転車を押して、漁港を歩きます。

 

 

 

防波堤の向こうに兵市島が見えます。いつもの景色です。

 

 

 

 

人は居ないけどアオサギが居ました。

 

船の給油所です。大きな魚が獲れる海ではありません。燃料費が高くなって大変だと思います。

 

あっ、人が居ました。漁の片付け中のようです。左右にアオサギが居ます。

 

漁のおこぼれを待っています。

 

 

ここにも人が居ました。網を繕っています。

 

眼の前は静かな海です。

この話、続きます。

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桜井漆器の町から海へ、

2022年06月27日 | 散文

桜井漆器の町の散策が続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな家々が続きます。

 

 

 

 

 

 

綱敷天満宮の北参道です。主に、これら漆器屋が支えてきた天神様です。

 

後ろは狭い路地です。路地の先は景色が一変します。廃屋が多いです。

 

昔は流行った電気屋です。もう数年前からこの状態です。

 

海に来ました。

 

左右は古い街道でした。これを行くと、綱式天満宮の東参道に出ます。

 

いまは「四国のみち  サイクリングロード」です。

ここまで人に出逢っていません。

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大店漆器店

2022年06月27日 | 散文

朽かけた塀が有ります。

 

家の裏口です。やはり朽かけた納屋が有ります。

 

ちょっと離れて家の全体像を見ますが、カメラに収まりきれません。角に漆器蔵を配した造りです。ここは小・中学校の同級生の家です。

 

漆器蔵の角をまっすぐ行くと、左側にも蔵が有ります。この路地を往きます。

 

先程の朽かけた塀の家の玄関です。何度か遊びに行ったことがあります。大き過ぎて太陽光が届かない、昼でも薄暗い家でした。彼女の弟が後を取ったと聞いています。現役の漆器屋です。

 

向かいの店です。屋号は「小谷屋」です。

 

ちょっと行って振り返ります。両家ともカメラに収まらないです。

 

同級生の家です。

 

小谷屋です。屋号が入った「椀船」のレプリカを文化会館か何処かで見たことがあります。老舗の漆器屋です。

 

去り難く戻って来ました。

音一つしない、猫一匹通らない路地です。

桜井漆器と月賦販売はこちら

 

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漆器の町を往く

2022年06月26日 | 散文

眩しい陽射しの路地を往きます。この一角が漆器の町です。今でも製造や販売に携わっている集落です。綱敷天満宮で、「漆器で儲けた裕福だった町」と紹介しましたが、裕福だったのはこの界隈だけです。後は農村と漁村の町です。圧倒的に裕福で、この町の経済の中心だった一角を往きます。

この家も漆器屋さんでした。数年前から前回帰省したとき迄「売家」の看板が出ていました。どうなったのでしょうか?

 

綺麗な外観を保っているので、新たな住民ができたのだと思います。

 

暫く往くと「彫刻屋」です。

 

漆器の町らしい風景です。

 

そして、漆器蔵です。

 

こちらも現役の漆器屋です。

 

黒塀が有る路地です。ここまで散策していても、物音一つしません。でも生きている町です。私が子供の頃からそうでした。漆器は製造も販売も静かな商いです。そういった風情の町です。

 

この路地を往きます。

 

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桜井石風呂の保養所跡のブランコ

2022年06月26日 | 散文

先程見てきた保養所跡を浜から眺めます。

 

 

 

石柱があります。頂上に凹みが有ります。鉄棒かも知れません。

 

ブランコが有ります。

 

木に登る為の綱も有ります。まだ新しく見えます。

 

夏の保養地に残された遊び場です。

 

海を眺めます。最後にこのブランコに乗った人は誰でしょう?

 

保養所の先に行ってみます。

 

ここで道が閉ざされていました。この先は国民休暇村に続く道でした。

 

引き返します。

 

大楠の姿だけが変わりません。

 

唯一の出入り口に向かいます。

 

切り通しに有った石柱を改めて眺めました。

 

切り通しを振り返ります。

過去をそっと閉じ込めたような、異空間の入り口みたいです。

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桜井石風呂の保養所跡

2022年06月25日 | 散文

昔は保養所でもありました。遠く京の都からも湯治に訪れたそうです。保養所跡を往きます。

 

 

正面の大楠は変わりません。

 

共同炊事場跡です。

 

長期療養の人も大勢居ました。

 

共同トイレ跡です。

 

保養所を往きます。

 

 

 

こちらは比較的新しいです。会社の保養所のようです。企業が福利厚生の一環として所有したものと思います。

 

 

海から眺めます。

 

 

あそこが石風呂です。

サウナに入って、海で泳いで、この保養所の浜でスイカ割りをしたのでしょうか?

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久しぶりの桜井石風呂

2022年06月25日 | 散文

前回同様通行止めです。徒歩なら行けます。

 

切り通し向こうが明るいです。木漏れ日が優しいです。

 

数年前の訪問と変わっていない景色です。

 

でも、少しずつ確実に朽ちています。

 

説明板は前回の訪問時より完全に朽ちています。

 

廃止になってどのくらいになるのでしょう?

 

石風呂です。中世から続いた、言わばサウナです。ここに入って汗を流しました。

 

タップリ汗をかいたら海に向かいます。

 

 

プライベートビーチです。ここで火照った体を冷やしました。

 

昔から投釣りの名所です。子供の頃よく来ました。

 

施設を見ます。

朽ちていく姿をこうして残します。

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「本性寺」の「月の松」

2022年06月24日 | 散文

志島ヶ原のすぐ近くに「本性寺」は在ります。

 

別に何かの伝説がある訳ではありません。

 

田舎の普通のお寺です。ただ、

 

これが有ります。いつから有るのか分かりませんが、幹の太さから、古いものはではありません。子供の頃には無かったと思います。そんな話聞いてないもの。数年前に地元のブロガーさんに教えて貰いました。

 

歌川広重が上野清水観音堂で描いた「月の松」と同じです。現在上野清水観音堂に有る松より、よっぽど歌川広重が描いた松に近いです。枝を切ったり縛り付けたりしていないもの。。地元の庭師が一念発起して作り上げたものだと思います。傑作であり、芸術品だと思っています。

「鄙にも稀な」と言いますが、この松の存在が中央に届くことは無いと思います。

上野清見観音堂の「月の松」と比べて下さい。こちらの圧勝です!

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