荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

佃天台地蔵尊

2024年07月18日 | 散文

月島の隣の佃島です。佃煮発祥の地です。

佃天台地蔵尊にお参りします。狭い狭い東参道を入ります。

見上げる大銀杏が元気です。青々と茂っています。

そこです。

お参りします。

参道以上に狭いです。大木が邪魔です。

線香のの香りが漂っています。

見上げる天井を突き破っています。

大銀杏の幹です。

西参道です。こちらも狭いです。

東参道を抜けた路地に愛車が待っています。

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

甲子園大会地区予選

2024年07月18日 | 散文

夏の甲子園大会地区予選が好きです。また入場料が上がったと思います。何でも値上がるご時世です。それに、1000円で3試合観られるんだからいいじゃない、と思う反面、20年くらい前は600円で3試合観てたのに・・・老いの繰り言です。

東京の梅雨最後の日のような気がします。明日から猛暑復活の予感です。さあ、試合が始まります。

きちんと、清々しい試合前の挨拶です。

3塁側は青山学院高等部です。今日は学生の応援団が居ません。チアの応援が有名な学校です。でも、居ません。3回戦位じゃ来ないのかも知れません。チア全国大会の常連高です。殆どの生徒が青学に進学して、引き続き野球やチアをするんでしょうね。

1塁側は地元の都立篠崎高校です。父兄と学生の応援ですが、見た目「下町」らしいです。多くの生徒は青学なんか行きません。就職する生徒が多い学校です。昔、松坂大輔氏の弟が居た学校で、弟見たさにこの球場が満員になった事は今でも語り草です。彼は、確か法政、松下電器、四国ILでプレーしました。兄よりイケメンでした。実は四国ILで、あれか、あれかと観る機会がありました。・・・余談が過ぎました。

3回戦ともなると、ちゃんと野球の試合になります。若い頃の私より上手いです。

篠崎高校が5回に6点を取られて大逆転されました。2対6です。

勝負あったか、と思ったら、2ランホームランで2点差になりました。

篠崎高校が7回に1点取りました。5対6です。どちらの攻防も必死です。

篠崎高校9回の攻撃です。まだ1点差のままです。

ホームランを打った選手に打順が回ります。

祈り、かつ選手を鼓舞する篠崎高校の応援団です。

・・・ゲームセットです。青学のベンチから控え選手が飛び出して来ます!

いつもです。負けたチームは挨拶の整列が遅いです。

最後はきれいに挨拶します。

ベンチ前で応援感謝の挨拶をします。青学より多くのヒットを打って、ノーエラーで、ホームランも打ったのに、篠崎高校は負けました。おそらく、3年生の多くが人生最後の野球の公式戦です。

ホームランを打った選手が抱き抱えられながらベンチに戻ります。うるっと来ます。・・・大丈夫だよ。人生なんて挫折だらけだよ。でもおいちゃんも、みんな大人は生きて来たんだよ。そしたら何遍か、「ああ、生きていて良かったなあ」と思える瞬間があるよ。・・・拍手を送ります。


そんな感傷なんか無視して、まだ選手がベンチ前に居るのに、グラウンドキーパーが飛び出します。

次の試合の為の整備です。それが彼らの仕事です。感傷になんかに付き合ってられません。

特に、負けた選手は去り難いです。応援団が励まします。

スコアボードを見ると、さっきの熱戦が無かった事のように、全てが消去されています。全てがクリアにされて、淡々と次の試合にリセットします。

この時期こんな光景が、全国のいたる所で繰り返されているんですね。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

月島4丁目の路地を行く。

2024年07月17日 | 散文

月島4丁目です。モンジャストリートの一角です。私、この店初対面です。自販機で鯨肉弁当を売っているようです。なるほど、社名を見て納得しました。捕鯨を継続している会社です。

よし! 今日はこの路地を入ります。

ちょっと行くと、もう下町の路地です。この風景が好きです。

すぐに新たな路地に出ました。そこに在りました! モンジャと並ぶ月島の名物「レバーフライ」です。いいなあ、まだ開いてないよね。

振り返って、新たな路地に入ります。やっぱりこの路地を選んじゃいます。モンジャタウンに完成した、超高層マンションに繋がる、あの路地です。

行きます。

まるか看板が見えて来ました。2階の渡り廊下も見えます。

好いです!

以前は後ろが抜けていて、下町の路地が続いていたんです。

でも、この景色も月島らしいです。渡り廊下の上の超高層マンションです。

モンジャ商店街に出ます。

振り返ります。

モンジャタウンには珍しいメロンパンの店です。人気店です。今日も店頭に流れています。「♫ブドウパンにはブドウが入ってるけど、メロンパンにはメロンが入ってない」

そして、超高層マンションの1階は全部モンジャ焼き屋です。

もちろん隣も。

次はこの路地を行きます。

自転車を押しての散策が続きます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

午後2時過ぎのモンジャタウン

2024年07月17日 | 散文

こんな時間帯です。人通りは少ないです。

あ、珍しい! 岩牡蠣屋さんです。さすがに準備中です。

月島はモンジャタウンです。さすがにモンジャ焼き屋も休憩中だろう。

この店は数軒の支店があります。

人気店です。

向かいにも在ります。数年前、何とかクリニックのCMの舞台になりました。

ここにも在ります。総本店です。

モンジャ焼き屋を見て歩きます。というか、この商店街、殆どモンジャ焼き屋しか在りません。

三丁目と四丁目の間です。1番月島らしい場所です。左右の商店街にズラリとモンジャ焼き屋が並んでいて、路地の正面に聖路加タワーが聳える、新旧の景色が混在して見える場所です。

角っこに「地域安全センター」が立っています。

休憩している人が居ます。月島風景です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

町並み保存地区「日の丸写真館」で終わる。

2024年07月16日 | 散文

竹原町並み保存地区の散策が続きます。あ、ここだ!試飲できるの。でも、今日は車です。

杉玉が出て、薄暗くて、雰囲気好いです。

町が続きます。

結構広い町です。

カフェとカレーです。

祠です。

蔵に来ました。

蔵が続く町並みです。

・・・こうして1周して、目印にした「日の丸写真館」で、竹原町並み保存地区の散策を終えました。

すぐ傍が海です。「たけはら海の駅」です。

フェリーが入って来ます。

瀬戸の島々です。

竹原はこんな町でした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

地割跡など町並み保存地区を歩く。

2024年07月16日 | 散文

こんな案内板が有りました。「地割跡」です。江戸時代の区画整理(地割り)と水抜きを兼ねた水路らしいです。こんなの初めて見ました。この地区独特のものですね。

また白い建物です。

「竹原歴史民俗資料館」です。ちょっと迷って、行きませんでした。モットー「もう来ることは無いから行ってみよう」に反します。再訪しなければ、、、今は再訪したい町だと思っています。

竹原は海と山が近い、瀬戸内海沿岸に多い地形です。

何故か落ち着きます。

ん、何だろう?

全て竹でできています。

ああ分かった!ロウソクを点すオブジェですね。たぶん。夜は綺麗だと思います。

散策が続きます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

竹原旧中心地区?を行く。

2024年07月15日 | 散文

さっきのお好み焼き兼喫茶店は大きな蔵です。

その向かいに「初代郵便局跡」が在ります。こんな、民家然とした建物だったんですね。

郵便ポストです。「書状集箱」との文字が見えます。

横を見ると、「取集時刻」が記されています。現役のポストみたいです。平日も土曜も休日も「12:00ころ」の1回だけです。

少し行ったらタケノコが生えていました。車避けのコーンです。竹は竹原のシンボルみたいです。

「竹原 町並み保存センター」と書かれていて、「昭和57年3月」の日付があります。この界隈が昔の竹原市の中心地のように思います。

正面には竹のレリーフと鶴のレリーフ(「竹鶴」の関係?)が有ります。きっと役所か何か、公の施設だったのではないでしょうか?風情があります。

結構広い町です。自転車が欲しくなります。

案内板がありますが、方向音痴です。予備知識が無くていきなり来たので、全体像も見えていません。

とにかく、のんびり歩きます。

この話、まだ続きます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

竹鶴政孝とリタ

2024年07月15日 | 散文

白い建物が在りました。

「憧憬の広場」です。「竹鶴政孝&リタ像」とも書かれています。

白い建物を見ます。マッサンとリタの視線で見ました。

2人の背後から眺めます。

こんな夫婦だったんですね。ドラマを観て抱いていた雰囲気と違っていました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

竹原町並み保存地区を歩く。

2024年07月14日 | 散文

竹原町並み保存地区です。古い町並みを保存すると同時に、古民家を活用して、所々に店が在ります。

あ、偶然「竹鶴」に出逢いました。竹原は、NHKの朝ドラ「マッサン」の町だったことを思い出しました。

隣が醸造所です。

何処かで試飲をしているらしいですが、今日は車です。残念!

古い町並みを歩きます。

何だか落ち着きます。

ホテルです。

古民家を活用したこのタイプのホテルが増えましたね。外国人は勿論のこと、日本人にも人気があるようです。

屋根の上の看板は「竹原の銘酒」と有ります。ついつい目が行きます。

あ、かき氷です。

良い風情です。

お好み焼き兼喫茶店も好いです。

この界隈には店舗が集まっているようです。醤油醸造場です。

散策が続きます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「日の丸写真館」から始まる。

2024年07月14日 | 散文

しまなみ海道を走ります。来島海峡大橋を渡って、広島県竹原市へ向かいます。

やって来ました。初めての訪問です。車を置いて、「日の丸写真館」から始まりました。

路地を歩きます。

マンホールは「竹」とかぐや姫です。竹は町のシンボルらしく、この後何度か遭遇しました。

「たけはら観光コース」「町並み保存地区」です。先ずは「本町通り」から始めます。

古い街並みが残されています。

曇り空だし、湿度が高くて蒸し暑いし平日だしで、殆ど人が居ません。

ちょっと「長生寺」へ寄ります。

街並みを歩きます。

陶工房です。

この話、ちょっと続きます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

旧晴海鉄橋道 遊歩道化工事中

2024年07月13日 | 散文

花畑の向こうに無粋なブルーシートが掛かっています。

これです。

ブルーシートの手前はシルバーシートです。

ただいま工事中です。

この鉄橋を保存すると共に遊歩道にする工事です。

この錆びた線路と鉄橋の風景が好きでした。

現代技術の遂を集めた超高層マンション群の中に取り残された錆鉄の風情が好きでした。

猛暑の中で工事に従事しています。

まさかピカピカにしないよね? きっと錆びた鉄橋の風情を大事に残してくれると思います。

春海橋から線路越しに運河を眺めます。

豊洲市場方面です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

横綱力士碑

2024年07月13日 | 散文

富岡八幡宮の拝殿奥に、ひっそりと有ります。参道脇に有る「大関力士碑」より奥ゆかしく鎮座していますが、その存在感は他を圧倒します。

横綱力士碑の前に、「超五十連勝力士碑」が有ります。

そこに刻まれた名前は、当然名横綱です。

初代明石志賀之助から始まって、歴代横綱の名前が刻まれています。

そして現在の横綱「照ノ富士」までが刻まれています。次は誰だ? ずっと「朝乃山」だと思っていたけど、「琴櫻」や「大の里」や「熱海富士」、十両に落ちているけど「尊富士」のような気がします。

で、照ノ富士はいつまで待てば良いのだろう?今の体では、早く引退させてあげたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

月島川

2024年07月12日 | 散文

路地を抜けるつもりが行き当たりました。ごちゃごちゃしています。

月島川の岸壁でした。

沢山の船が停泊しています。

多くの作業船や屋形船に混じって、ヨットも舫っています。

桟橋みたいです。ここで生活できそうです。

屋形船です。向こうに「月島橋」が見えました。それで月島川と分かった次第です。

橋の袂です。関東大震災で大きな被害を被ったのでしょう。首都直下型地震が必ず来る、と言われている東京です。界隈はこんなに狭い低地です。人は、都合の悪いことは忘れるから、こうして供養と合わせて、過去の大災害を可視化して残しておくことは大事です。

月島橋から眺めます。晴海方面です。

都心方面です。下町の風景です。

でもこう見えて、けっこう銀座に近いんですよ。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新田橋の在る風景

2024年07月12日 | 散文

木場の街から路地を入ったら在ります。

大横川を越える橋です。後ろが地下鉄木場駅です。街の真ん中に在ります。

振り返ります。木場5丁目の1と3を隔てる路地の延長です。

初代は東京で2番目にできた鉄の橋です。造ったのは地元の開業医「新田清三郎」です。「赤ひげ先生」みたいな医師だったらしいです。

橋から眺める大横川です。

西側の中空を走るのは首都高深川線です。

南側には「船宿 吉野屋」です。

木場6丁目に在ります。つまり、新田橋は木場の5丁目と6丁目を結ぶ橋です。

吉野屋前の路地で子供がボール遊びをしています。

下町らしい風景です。

船宿の暖簾です。

振り返ります。

その路地に、洲崎神社祭礼の告知がありました。まだ先の話です。江戸っ子は気が短いです。

吉野屋の路地を出たら、その洲崎神社です。

玉垣の先頭は、その吉野屋です。氏子頭です。

右側は「フジクラ」です。地元企業です。

ゴルファーなら誰でも知っている、「シャフトのフジクラ」です。こんな場所です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

煙突の解体/輪っかが動いていた。

2024年07月11日 | 散文

煙突の解体作業が慌ただしくなりました。輪っかが白い部分に移動しています。

あれは作業足場だと思います。解体の作業をしているのでしょうね。

あれっ! 左の輪っかが動いている! よく見たら、右も! 真ん中は上に!!

ゆっくりと動いています!

今度は左だけが!

ほら!

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする