alternativemedicine

Studies about acupuncture and moxibustion and Massage.

根本概念を考える

2013-08-23 | 経絡弁証

 得気についての原稿は、ほぼ書き終わる。
 「(needle)」と「(acupuncture)」は違う。単にカラダに尖った金属「針(needle)」を刺すものなら、テイ鍼や円鍼、ザン鍼や小児鍼を説明できなくなる。わたしは個人的には、『易経』の「臨貞吉(人格者Aが他の人Bを感化し、影響された他の人Bが人格者Aに好影響を与える)」という言葉の「(お互いに感応しあう)」という意味だと思っている。「鍼」は、テイ鍼や毫鍼では、いちばん分かりやすいが、属を通じて、お互いに応しあうものという意味があると思う。
 「得気」も針麻酔の影響で、酸・脹・重・鈍・麻の感覚だと思われているが、実際には、術者が鍼で感じるものだと思う。

 お灸についてもそうだ。「」が、もし「ヨモギの繊維を燃やす」ものであるなら、「水灸」や「紅灸」を説明できなくなる。わたしが邵輝先生から学んだ「灸」の概念は、燻製の「燻(くん、燻す=いぶす)」だ。肉やサーモンに煙の風味を染み込ませるように、ヨモギの陽気を経穴から染み込ませるのが普通の艾の「灸」。「水灸」や「薄荷灸」、「紅灸」は、薄荷や紅花といった生薬の気を経穴から染み込ませる。

 これが邵輝先生に習った「鍼」と「灸」というコトバの意味。

 ところが、例えば、日本(例「はりきゅうの『はり』」は『鍼』と『針』のどっちなの」『医道の日本』2006年10月号)では、「刃物で強いショックを与えて相手の口を封じる」ことが「鍼」という漢字の意味らしい。日本鍼灸・・・。

 白川静とか『説文解字』とか、ありがたい権威をひいたら、へへーっと平伏するのが、現代の鍼灸師だと思う。それって単なる権威主義やん。なぜ、自分の体験をもって反論しないの?昔の先生なら、絶対に反論したと思う。

 自分は自分の経験・体験から 『易経』の「咸臨貞吉」の「咸」の意味しか考えられないのだけど。