Schreib mal wieder!

自分の感じるままに...それがクレームと言われても

死ぬかと思った

2005-06-15 23:14:34 | Lookback
飛行機に乗るまさに直前に大問題を知らせる電話があった。それがもし本当なら、今出張に行っている場合ではない。出発15分前、ゲートの前で乗るのをやめようかと思った。

「とにかくもう一度調べてみて」

そう言うと電話を切って真剣に考えた。NW017便にはもう乗り込む客もまばらだ...。しかし、「今さらどうすることもできない。だめなら明日の朝の便で帰ってくればいい」、最後にはそう思って乗り込むことに決めた。

席についてからも出発を待ちながら、このことが気に掛かってならない。しかし、こんなことをずっと気にして4時間半をもんもんと過ごしても仕方がない。とにかく今できることは真相を知ることしかないわけだし、この期に及んでそんなことが起きるはずがない。もしあったとしたら、確実にクビだろうから、この飛行機で香港に向かってしまっても結果は同じことだ。これでクビになったら多分同じ業界で転職はできないだろうけど、それはそれでまた新しいことを始めるチャンスになろう。何より僕には支えてくれる家族がある。

そう考えるうちに、離陸するころにはなんとか割り切ることができた。聴こうと思っていた音楽を聴きながら、やろうと思っていた書類をまとめたり、メールの返事を打ったり、充実した時間を過ごすことができた。

さて、ホテルに着いて「4泊でよろしいですね」と言われながら「わかんないよ、明日帰っちゃうかもよ」とフロントの感じのいいおねえさんに心の中でつぶやきながらチェックインする。そして、部屋に入って焦るようにメールを確認してみると...、

「どうも○○さんの勘違いだったみたいです。資料は見つかったので同じものを送っておきます。当局には来週帰国してから連絡するように伝えてあって、それで大丈夫そうです」というメールが申し訳なさそうにアシスタントから入っていた。

「やったー!」

僕は正しかった。やっぱりそんなことはあり得なかったのだ。そう思って割り切ったことで、そのメールを見るまでの時間を無駄にすることにならずに済んだ。それより何より、成田であきらめていたら...初めての香港に来ることすら出来なかった。

この経験以来、自分が少し、でも確実に、図太くなったような気がする。神がくれたいい機会だったのかも知れない。

工藤夕貴

2005-06-14 20:37:40 | Weblog
もう時効だからいいかなと思うので白状するが、実は中学から高校の頃、工藤夕貴のファンだった。なぜなのかわからないが、僕のいた中学ではアイドルが好きだなんておかしいといういう風潮があった。その反動というのも変な話だが、中学卒業の頃に、僕はなぜかマイナーな工藤夕貴を選んでファンになった。

どんなハードディスクでもUSBでつなげるというケーブルを最近買ったのを機に、古いハードディスクを整理していると、かなり前にMP3が出始めた頃に冗談でコンバートしてみた工藤夕貴のBest Album「Memories」のファイルが出てきた。

メモリーに余裕のあるのをいいことに、面白半分にMP3プレーヤーにコピーしてみた。そして帰り道に聴いてみると...おかしくなって思わずニヤニヤ笑ってしまった。すれ違う人は気味が悪かったに違いない...。

ハハハハ...その声や歌い方が知ってる誰かにそっくりだったからだ。誰って、本人聞いたら怒るんじゃないかと思うけど、NOSCOのmiyakoちゃん。俺ってそんな理由でNOSCOを追っかけてたんだろうか?? ちょっと真剣に悩んでしまうほど似てる感じがした(笑)。

当時、どうせやるならと、超マイナーなファンクラブにも入会し、隔月発行(2ヶ月に1度ってことですよ!!)の白黒のヘボい会報の活動欄(それもすごく寂しい内容)を見て、なかなか近くで見る機会はないなぁと思ったりしながらも、数少ない機会をとらえて、ミュージカルの「タッチ」とか、恥をしのんで「ポリアンナ物語」を見に行ったりしていた(ポリアンナ物語では、いい年の高校生がハウス食品のレトルト一式とかをお土産にもらった悲しい記憶もある...)。

いまやハリウッド女優だもんなぁ。たしか71年の早生まれ、学年は一緒なんだよね...。今は懐かしい話でした。


あっ、俺達行けないよ!!!

2005-06-13 21:30:10 | Weblog
日曜日、子供と一緒に作ったホットケーキを食べながら思わず息を呑んだ。

「あっ、こいつパスポート持ってない!!」

来週日曜日出発でGuamに行こうというのに、子供のパスポートがないことに今気づいた。これはもう行けないか...。一瞬目の前が真っ暗になったが、明日申請すれば金曜日にもらえないか。そうでなくても来週の月曜日になっても火曜日出発でも4泊はできる。

そう思って、Webで埼玉県のパスポート申請手順を確認。大宮駅舎内で戸籍謄本をもらえるところもチェック。月曜日朝に最短距離のルートを確定して、「金曜日にくださいって言って来てね」と妻に託す。

結局役人はぶっきらぼうに「月曜日以降です」と取り合ってくれなかったのだが、それでも月曜日にもらえることになり、飛行機とホテルの予約を1日ずらした。今回はマイレッジでもらえる航空券だったし、ホテルも現時に直接予約したので変更も簡単にできた。ツアーじゃなくてよかったなぁ、って妻に言うと、「ツアーなら事前にパスポートの確認をしてくれるわよ」っと軽くいなされた。

というわけで今日がその月曜日、これから出発だ!

昔取った杵柄(キネヅカ)

2005-06-11 21:09:50 | Weblog
ザザザーッ

子供がそりで土手を滑り降りる。その横をスピードを抑えるために紐を引っぱりながらバックステップで駆け降りる。そんな自分の姿をふと客観的に考えて、

こんなスピードでこの土手を後ろ向きで駆け降りれるなんて、普通できないよね

なんて思ったりした。バックステップはサッカーの審判なら誰でも練習する。おかげで子供が走るのを見ながら後ろ向きに走るのはもちろん、急な土手でも後ろ向きで駆け降りることが苦でもない。

こんなくだらないことに誇りを持ってる自分がおかしくなりながらも、つくづく審判は自分にとっていろんな意味で大きな部分を占めている(いた)んだなと思った。

3つの方法

2005-06-10 23:38:47 | Weblog
行き詰ったときにできることは、

① 環境を変える
② 他人を変える
③ 自分を変える

という3つの方法があると誰かが言ったそうだ。例えば、会社でいやな上司がいてどうしようもないとき、

① 転職する
② 上司の態度を変えさせる
③ 自分の接し方をを変える

という解決策があるという具合。

①は一番簡単な方法に見える。しかし、どこにもいやな上司のひとりやふたりはいるものだ。行く先があるうちはいいが、なくなったときは困る。②ができるなら苦労はしない。そんな人ならとっくにうまくやっている。③は...、難しいけどできないことはないだろう。

「何より、自分が変わったような気がする」

とはTさんの弁。
金曜日にakariにふらっと行ったら、Tさんは若いバイトの男の子を信頼して期待をかけて、実に巧みにやる気を引き出している。1週間前に、ちょっと飲みながら話をしただけなのに、さっそく実践して、こんな言葉がでるなんて...。仕事がすごく楽になったというTさんは一段といきいきして見えた。ほんとただものではない。

話が楽しくて、結局終電ぎりぎりまで長居してまった。また行かなきゃ。Tさん、新メニューおいしかったよ~。

いよいよ

2005-06-09 00:55:13 | Weblog
明日は、いよいよ待ちに待った、NOSCOのレコ発ライブだ。

3枚目のアルバムになる「TWO-FACED」はフルアルバムで、13曲入り。どうしてもCDに入れてほしいと言い続けた「KO MO RI U TA」も入っているので本当に楽しみだ。この曲はストリートでアコースティックで聴いたりすると、ほんとに涙がでそうなくらい...。まるで空気に溶け込むようなふたりのハーモニーが最高に泣かせる。

明日夜時間のある人は、ぜひ渋谷へどうぞ。1ドリンク、1フード付で2500円だからだまされたと思って来ても悪くないんじゃない? でも内容は絶対保証します。

さぁ、明日は何が何でも7時までには会社を出るぞ!!!


詳しくはこちらを↓
http://www7.plala.or.jp/udonko/news/news.html

2番目に

2005-06-07 23:28:42 | Weblog

「わたし、来週いっぱいなんですよ~」

リスクの部門にいた子が来て嬉しそうに言った。転職が決まったときというのは、たいてい吹っ切れて底抜けに明るい顔をしているものだが、彼女も例外ではなかった。

結局チャンスはなかったが、一度ランチにいってもいいなと思ったりしていた。というのも会社の中できれいだなと思える数少ない女性の中のひとりだったからだ。せっかくだからからかい半分言ってみた。

「残念だなぁ。Iさんのこと、この会社の中で2番目にきれいだと思ってたのに...」

と言った瞬間、思いっきり予測と違う応えが返ってきた。

「えっ、1番って誰? Kちゃんでしょ???」

あの~、Kなわけないでしょ。確かにKもかわいいけど、そういう対象じゃないんだよなぁ...。それよりさ~、せっかく勇気を出してあなたのことをappreciateしてるんだから、そんな反応ってないでしょ?!

K本人に話すも、やっぱり「1番って誰だろう」と次々に名前を挙げるが、的外れ。そんなにわかんないかなぁ...。イニシャルでいうと同じなんだけど。


どんぐり

2005-06-06 23:03:31 | Weblog
「植えといたら、春に芽が出るわよ」

去年の秋の話。子供が公園でしこたまどんぐりを集めてきたことを話すと、電話口の母が言う。それは子供にもおもしろいだろうとさっそく空いた鉢にいくつか植えてみた。

3月。待てど暮らせど芽が出ない。「どんぐり、芽が出ないよ~」と2歳半のガキが電話でクレームす始末。ん~、と思っていたら数日前まで兆候もなかったのに、気がつくと10cm近くニョキッと顔を出したではないか!!

今やかなりの勢いですくすくと育っている。大きな鉢に植え替えて、将来は美瑛の実家に移植しようと思ったりしている。

都会にいても、それなりに自然が楽しめる。

逃げるのか?

2005-06-05 23:23:52 | Lookback

「今日、ちょっと飲んでいきませんか?」

杉並リーグの後、西上原さんに声を掛けた。どうしても今日伝えなければならないと心に決めていたことがあったからだ。

仕事、家庭、勉強。もともと体力のない僕には、その体力をカバーすべくトレーニングしながら、毎週の審判活動を続けるのはやっぱり無理だと思ったからだ。上に行くのを諦めようという決心を伝えようとしたのだ。

21才のときから始めたサッカーの審判。人に言えば笑われるが、一度はJ-Leagueの笛を吹いてみたい思っていた。いや、俺は言葉もできるからと、国際審判になれればななんて真面目に考えたりもしていた。そんな中、26のときにめぐってきた2級昇進のチャンスを体力テストに落ちて、あと一歩のところで逃してしまう。もう一度と思いながら、仕事とプライベートの両立も難しく、トレーニングに力を注ぎきれなかった。

「3級でもいい。資格さえ更新し続けて、自分なりにやればいいじゃないか」

最初から僕を育ててくれ、期待をかけてくれた、自分が今でもその人柄とレフリーイングを尊敬する西上原さんは、そう言ってくれた。自分で決心していたとはいえ、そう言ってもらえてほっとした。でも内心、自分が逃げたような気がして、悔しくてたまらなかったし、自分自身に後ろめたい気持ちがずっと残った。

近所でサッカーをしているのを見れば、「いつかもう一度」と思ったり、落ちた体力テスト(クーパー走)をなんとかクリアーするだけ体力をつければ気が済むのかもと、スポーツクラブに通う計画を立ててみたりもした。

でも今となっては、あのときはあれでよかったんだと思える。その選択をしたからこそ、もっと重要なことに力を注ぐことができたし、また違ったことに挑戦する機会もできた。当時は自分の生き死にに関わるくらい重大な問題として悩んでいたが、今から振り返るといい分岐点だったのかも知れないと思える。

「逃げるのか?」っと何度も自分に問いかけていた当時が懐かしい。今年も3級審判の更新講習会の案内が届いて、そんなことをふと思い出した。