昔の自分を真剣に思い出してみると、かなりつらくて痛い思い出ばかりなんですが、中には妙に美化されてて青春の1ページと化している部分もあったりします。
が、美化されているその思い出を仔細にわたって掘り起こしてみると、なんだやっぱりたいしたことなかったりするのでしゅんとします。
それで今回分かったのですが、わたしが時に物事を妙にニヒルに捉えてしまうのは、なにか複雑に絡み合った過去の出来事が重たいしこりとなって、その変遷をたどるとそこには閉ざされた心のドラマが・・・・なんてことはぜんぜんなく、ただ単に中3の頃、「告白する前にふられた」というのっぴきならない現実が今も尾を引いているという事実に他ならなかったのです。
すごくないですか?こっちが好きって言う前に相手がふってきたんですよ。
今思えば、まるでその後の俺の人生を端的に表すかのような珍事件でした。
中3と言えば、まわりのみんなが将来について真剣に考えはじめ、受験にそなえスパートをかけ、そして時に恋にナニにと青春フィールドを跋扈するころあいなのですが、その頃のわたしといえば、『スター・ウォーズ』にどっぷりはまってて、勉強なんぞしている時間はありませんでした。
その頃は日本人がスター・ウォーズを忘れかけていた時期(特別編公開前)で、グッズといえば古本屋の当時本とか洋書しかありませんでした。そういうのを手に入れるために小遣いだけでは足らないので、知り合いの定食屋でたまーにバイトさせてもらってました。
あと、ゲーセンにもずぶずぶはまってて、チャリで20分のゲーセンに週4、5回は行ってた。
そういう事情から、同級生からはふざけてか本気でか「ゲーセンの赤目」の二つ名で呼ばれていました。行くと、いつもわたしがいるから。
むろん、エロイことにも興味しんしんで、ネットの無かった時代、それでも小さいながらのコミュニティで情報の共有はしっかりと存在し、ウラビデ、エロ本、エロマンガの貸し借りを縦横無尽に繰り広げたものでした。
こと「エロ」に関しては、同級生にはほとんど興味なかった。もし付き合うとしたらいたってプラトニックなものだったろう。知らんけど。
その当時のわたしは、23かそこらのお姉さんにニギニギうっふーんとしてもらい、いろいろ手取り足取り変態プレイを叩き込まれるのが夢であり、憧れでありました。
中学生活最後の運動会(体育大会だっけ?)で、わたしはなぜかトリの種目であるリレーの選手に選ばれました。身長低いから遅いのに。いや、たしか選ばれたんではなく余ったのでしょう。
だからか、任されたのはみんな嫌がる最初の走者でした。失恋(って言っていいのかも謎)のあともう何も無く、ただ何かにエネルギーをぶつけたい衝動にかられていたので、これに関しては中学生活で唯一と言えるくらい真剣にやりました。走りこみやバトン受け渡しの練習・・・・
でも他のクラスはやっぱり選抜メンバーなので強豪揃い。なかなかいいタイムが出せません。
で、当日。
死ぬ気になって走りました。後に続くランナーへの責任、みんなの応援、言葉こそ交わさなかったけど、ライバル視してる走者とのせめぎ合い・・・・
そういうのが全部一気にスタートの直後からズシっと感じられて、体がポっと熱くなりました。その時のことはスローモーションで覚えてるんだけど、後のことはあまりよく覚えていません。
結局わたしは3位でバトンを渡しました。「勝てない」と思ってた奴にはとうとう勝てなかった。でもリレー自体はアンカーのA君がメチャクチャ速い奴で、それまでずっと3位だったのに、一気に2人ごぼう抜き、ついには我がクラスは1位となりました。
もちろんA君はヒーロー扱い。けっこう仲の良かった奴だったので、走り終わってから「お前、よくやったなぁ」と一言はげましてくれました。よくはやってないのに。勝者の余裕だな・・・て思って馬鹿みたいにふてくされてた。
みんながA君をワショーイとする中で、好きだった子がひとこと「あんな真剣な赤目くんの顔、見たのはじめてだよ」と言ってくれました。
女の子っていうのは、こういう一言で男を奮い立たせたりするからすごい。指先一つでダウンさせる某拳法みたいだ。
やる気なしまくりの中学生活で、ただ一枚もらった賞状が、このリレーででした。
結果は残せたので、A君には感謝しています。
それで・・・・あんな一言を放った彼女がその後、わたしへの態度を豹変させたかというと、そんなことはちょっともなく、それどころか最終的には疎遠になり、わたしは再び自慰三昧の日々を送ることになるのです。
特にエロマンガで。
が、美化されているその思い出を仔細にわたって掘り起こしてみると、なんだやっぱりたいしたことなかったりするのでしゅんとします。
それで今回分かったのですが、わたしが時に物事を妙にニヒルに捉えてしまうのは、なにか複雑に絡み合った過去の出来事が重たいしこりとなって、その変遷をたどるとそこには閉ざされた心のドラマが・・・・なんてことはぜんぜんなく、ただ単に中3の頃、「告白する前にふられた」というのっぴきならない現実が今も尾を引いているという事実に他ならなかったのです。
すごくないですか?こっちが好きって言う前に相手がふってきたんですよ。
今思えば、まるでその後の俺の人生を端的に表すかのような珍事件でした。
中3と言えば、まわりのみんなが将来について真剣に考えはじめ、受験にそなえスパートをかけ、そして時に恋にナニにと青春フィールドを跋扈するころあいなのですが、その頃のわたしといえば、『スター・ウォーズ』にどっぷりはまってて、勉強なんぞしている時間はありませんでした。
その頃は日本人がスター・ウォーズを忘れかけていた時期(特別編公開前)で、グッズといえば古本屋の当時本とか洋書しかありませんでした。そういうのを手に入れるために小遣いだけでは足らないので、知り合いの定食屋でたまーにバイトさせてもらってました。
あと、ゲーセンにもずぶずぶはまってて、チャリで20分のゲーセンに週4、5回は行ってた。
そういう事情から、同級生からはふざけてか本気でか「ゲーセンの赤目」の二つ名で呼ばれていました。行くと、いつもわたしがいるから。
むろん、エロイことにも興味しんしんで、ネットの無かった時代、それでも小さいながらのコミュニティで情報の共有はしっかりと存在し、ウラビデ、エロ本、エロマンガの貸し借りを縦横無尽に繰り広げたものでした。
こと「エロ」に関しては、同級生にはほとんど興味なかった。もし付き合うとしたらいたってプラトニックなものだったろう。知らんけど。
その当時のわたしは、23かそこらのお姉さんにニギニギうっふーんとしてもらい、いろいろ手取り足取り変態プレイを叩き込まれるのが夢であり、憧れでありました。
中学生活最後の運動会(体育大会だっけ?)で、わたしはなぜかトリの種目であるリレーの選手に選ばれました。身長低いから遅いのに。いや、たしか選ばれたんではなく余ったのでしょう。
だからか、任されたのはみんな嫌がる最初の走者でした。失恋(って言っていいのかも謎)のあともう何も無く、ただ何かにエネルギーをぶつけたい衝動にかられていたので、これに関しては中学生活で唯一と言えるくらい真剣にやりました。走りこみやバトン受け渡しの練習・・・・
でも他のクラスはやっぱり選抜メンバーなので強豪揃い。なかなかいいタイムが出せません。
で、当日。
死ぬ気になって走りました。後に続くランナーへの責任、みんなの応援、言葉こそ交わさなかったけど、ライバル視してる走者とのせめぎ合い・・・・
そういうのが全部一気にスタートの直後からズシっと感じられて、体がポっと熱くなりました。その時のことはスローモーションで覚えてるんだけど、後のことはあまりよく覚えていません。
結局わたしは3位でバトンを渡しました。「勝てない」と思ってた奴にはとうとう勝てなかった。でもリレー自体はアンカーのA君がメチャクチャ速い奴で、それまでずっと3位だったのに、一気に2人ごぼう抜き、ついには我がクラスは1位となりました。
もちろんA君はヒーロー扱い。けっこう仲の良かった奴だったので、走り終わってから「お前、よくやったなぁ」と一言はげましてくれました。よくはやってないのに。勝者の余裕だな・・・て思って馬鹿みたいにふてくされてた。
みんながA君をワショーイとする中で、好きだった子がひとこと「あんな真剣な赤目くんの顔、見たのはじめてだよ」と言ってくれました。
女の子っていうのは、こういう一言で男を奮い立たせたりするからすごい。指先一つでダウンさせる某拳法みたいだ。
やる気なしまくりの中学生活で、ただ一枚もらった賞状が、このリレーででした。
結果は残せたので、A君には感謝しています。
それで・・・・あんな一言を放った彼女がその後、わたしへの態度を豹変させたかというと、そんなことはちょっともなく、それどころか最終的には疎遠になり、わたしは再び自慰三昧の日々を送ることになるのです。
特にエロマンガで。