ちくわブログ

ちくわの夜明け

死と生をめぐる

2017-03-13 21:07:26 | 
夢と目覚めの間を行き来することがよくある。


夢の中で、たまに訪れる街があって、そこにはいつも地方都市を旅した時に感じるような、ある種の郷愁が漂っている。

ある日、その街を歩きつつ「もう2時間後には起きなければならないのに」とあせりながら、それでも目覚めに向けてゆっくり散策し、たまに喫茶店に入ってコーヒーのようなものを飲んだりしていた。

ずっと歩いて街の端に行き着くと、海のような、大きな川のような開けた場所に出る。
夜があけて周りが明るくなってくると、海辺だか川辺には様々な種類の生き物がいた。見たことのないような虫もいる。綺麗なカラークラゲもいる。
水辺に坊さんが3人、念仏を唱えながら歩いていた。
「絵になるなぁ」と思いながらカメラを構え、海だか川に近づいていった。そのまま水の中に入ってしまった。
塗れてしまった。どうしよう。もう起きなきゃいけないのに、目覚めまであとどれくらい歩かなくてはいけないのだろう?

困っていると平泳ぎしながら伯父がニュッと出てきた。
伯父のことは、やっさんと呼んでいた。

「ああ、やっさん助かった。今から帰るんでしょう?俺も帰るんだ。このあたり不慣れだから車で送ってってくれよ」

そう頼むとやっさんは、濡れた俺の背中をバスタオルでぽんぽんと優しく拭いた。子供をあやすようなあの独特の、情のこもった手つきで。
不思議だな、と思った。

親でもない、数年に一度会うか会わないかの仲なのに。
おじさんやおばさんという存在は、時折実の親子のような優しさや厳しさを見せてくれる。

「一緒に帰ろう」と言うと、やっさんは困ったような笑顔で、無言のままずっと背中を拭いてくれた。
もういい、もういいって乾いてるから。


そう思って言おうとしたところで目が覚めた。


これから仕事で12時間は超えるだろう重たい撮影がある。
ヘンな夢見ちゃったな。



やっさんは、去年のクリスマスに亡くなった。
おばさんに「寝る」と言って就寝。そのまま翌朝それこそ寝てるように死んでいたらしい。

近しい人が死ぬと、いつも悲しみが遅れてやってくる。
感情の吃音という言葉をどこかで読んだが、そういうものだろうか。でも多くの人は、近しい人が亡くなると、その喪失に感情がついていかないものだと思う。


シャワーを浴びながら、夢のことを思い出し、やっさんの葬式に出れなかったことを悔やんだ。
同時に、夢の中で背中を拭かれた時に感じた優しさを思い出した。

子供の頃、何度も夏休みに泊まりに行って世話になった。自分から進んで行くというより、両親が子供の自立心を養わせるために、熊本の実家に俺と兄を預けた。
その間、おじさんとおばさんが親のような存在になる。

そういう、両親以外の親のような存在だった。

唐突に様々な思い出が巡ってきて、涙が止まらなくなった。
俺はやっさんの、あの優しさに報いることができただろうか。結局なにも返せていない。もう全て遅い。そういう不義理を自分はやってしまった。

死という事象は人の感情を酌量しない。ただそこにあって、そこから先は何もできない。
墓参りも、手を合わせることも、生きている人間の気休めでしかない。
「お別れの数時間復活」みたいな準備があればいいが、ない。




仕事で熊本を訪れた折、帰りを1日遅らせてもらって母の実家、つまりおじさん、おばさんの家を訪れた。6年ぶりのことになる。

子供の頃、じいちゃん、ばあちゃん、おじさん、おばさん、いとこの兄妹がいたこの広い家も、今はおばさん一人になってしまった。

家に上がり、仏壇の遺影に手を合わせると涙がぶわっと出てきてしばらく止まらなくなった。
その状態でロウソクの火を消そうと手を振り下ろしたら、線香を手の平に「ジュッ」と叩きつけてしまい、小さな根性焼きが。


玄関の正面には犬小屋がある。

もうとっくに死んでしまっただろうと思っていた飼い犬のゴマが、まだ生きていた。失敬な。ごめんね。
立派なおじいちゃん。あれ?オスだっけメスだっけ。

もうほとんど眼は見えず、耳は聞こえないらしい。認知症も進んでいる。そのため人が近づくとおびえるらしい。
排泄も自分ではうまくできず、オムツをしている。

昔は、近づくとぴょんぴょん跳ね、ワンワン吠えて腹を見せてなついてきた。
腹をなでてやると目を細めて幸せそうな表情をしていた。その顔が大好きだった。

もう俺のことも分からなくなっているだろう。
ここまで近づいても寝てる。

「ゴマ、ゴマやーい」
しばらくすると、ムクリと頭を上げた。

白濁した眼がこっちを見ているようで、どこかを見ている。少なくとも「人間がそこにいる」という認識はできているみたいだ。
なでて、耳の近くで「おい、ゴマよ。俺だ」と言うと、ピクンと反応した。

耳の下をわさわさしてやると、そのまま体重をかけ、リラックスしながらフンフンと鼻を鳴らして目を細めた。
一応昔会ったことがある誰か、という信頼はされているようで良かった。


翌日、おばちゃんに頼んで父方の祖母を老人ホームに訪ねた。
寝たきりで痴呆になって数年経つ。そして何度か「もうダメかもしれない」と言われてきたがたくましく生き続けている。

祖母は昼飯を取った後、車椅子でグッスリと寝ていた。
職員さんが起こそうとしたが「お腹いっぱいで気持ちよくなっちゃったみたいですね~」と。

子供の頃、こちらの祖母はちょっと厳しい人という印象で、私はもっぱら母方の祖父・祖母になついていた。
しかし今はもう本当に優しい表情で、なんかかわいい。憑き物が落ちたよう、というか。お肌もスベスベしている。
そういう表情になって死んでいくというのは、本人にとって幸せなことなのかもしれない。
自分の息子が、突然先立ったことも知らない。


その後、父方の実家へ顔を出した。

ちょっとヘンな話だけど、うちの両親は兄弟と姉妹で結婚している。そのため実家同士が近い。

茶をもてなされていると、近所に住むいとこが2歳の子供を連れて遊びに来た。
ずっと死や老いについて考えていたけど、この小さな命が言葉になってない言葉を話しながら体中のエネルギーを迸らせるように動き回っているのを見ていると、周りのもの、空気、景色も全ての彩度が上がるように感じた。

こうして世代は変わるんだなあ。俺もオッサンだし、間もなくおじいちゃんにだってなるのだ。
そうなのだ。

おばちゃんから聞いた話だと、いとこの娘(従姪)が若くして子を産んだらしい。えー、つまりおばちゃんが曾祖母になったという。
ということは俺は世代的におじいちゃんでもおかしくないのだ。

ぼんぼん子供産めばいい、と思う。


帰りまでの時間、おばちゃんとコーヒーを飲んで、人吉城跡に連れて行ってもらった。



「登るのは疲れるから」と、一人で石段を登り、二ノ丸から人吉市を望む。









6年前、母方の祖母が亡くなった時にもここへ来た。
人の死に触れたあと高い場所に登ると、何かその風景に不思議な印象を残す。






駅でおばちゃんと別れた。





これから、あの広い田舎の家でおばちゃんはずっと一人で過ごすのか。
しばらくは何度も人知れず泣くのだろう。薄い色の中で、誰にも気付かれずに、慰めも自己憐憫も何もない涙を何度も流すのだろう。

コメント (2)