ちくわブログ

ちくわの夜明け

渡辺文樹監督・上映会に行ってきた

2011-09-28 02:08:38 | 映画制作
「渡辺文樹」という監督をご存知でしょうか。
名前を知らなくても、写真の「ある日突然ベタベタと街中に貼られているポスター」を知っている方は多いんじゃないでしょうか?

これをやっている監督が渡辺文樹さんです。
ご自分の監督作をご自分で全国各地に上映して回る、独特のスタイルをとられています。
制作から上映まで一貫して自主。


実はわたしも、確か小学生くらいのことだと思うのですが、何回か町内に貼られているのを見て「なんだろうこのおぞましい絵は・・・」と思ったものです。
ちょうど『バリゾーゴン』という、原発村で起こった事件をモチーフにしたドキュメント?映画を上映してまわっていた頃で・・・検索すると出てきますが、ポスターの絵が非常に個性的なんですね。おまけに「失神者、続出!」といった手書きの煽り文句まで書かれており。
子供が見たらそりゃビビります。

この映画の上映会において全国各地で「金返せ」コールが起き、ちょっとした騒ぎになったところは一昔前の「決定的瞬間!」系のテレビ番組でよく取り上げられていました。


そんな渡辺監督作品に初めて出会ったのが5年程前。
上映会ではなく、池袋の中古ビデオ屋においてでした。

その頃、市場が完全にDVDへと移行を遂げつつあり、VHSがバカみたいに安い値で売ってたんですね。
わたしは当時、こういうお店でマニアックな作品を掘り起こすのが好きで、ショー・コスギのニンジャ映画とか押井守監督のケルベロス・サーガなんかハックツして一人で喜んでました。
そんな中に『島国根性』という渡辺監督作品があり、ものは試しということで購入して観てみました。

するとそれが頭ガーンとやられるくらい面白かったんです。
素人役者を使った独特のリアリズム、方言がネイティブすぎてよく聞き取れない台詞、やたらと走る登場人物、個性的で魅力的なキャスト、フィクションとノンフィクションの境目にいるような構成とカメラワーク・・・・
なんかとにかくスゲーんです。
あーこれこの監督にしか撮れないわ、と思わせる、ちょっとクセになるような感覚を覚えます。
(ちなみに『島国根性』は一般上映作品で、カンヌ国際映画祭出品作。日本映画監督協会新人賞(奨励賞)受賞。wikiより)



そんな作品との出会いがあり、その後上映会も何度かあったのですが、毎回何らかの用事が入ってしまい、ついに行けずじまいでした。

今回、ツイッターで事前に情報を入手し、やっとのことで行ってきました上映会。
場所は世田谷区烏山区民会館。
朝10時30分から三作品を上映とのことなので、早起きしてはりきってでかける。

が、しかし。

わお。



しかたないので、近くのカフェやらなんやらウロチョロして時間を潰す。
そして受付開始の14時半、再び会場へ。

左側に警察の車両が見えます。
以前、天皇を扱った映画をめぐって右翼と衝突したからでしょうか。ずーーーっとアイドリングして待機してました。

さて受付に向かうと、周りから聞く話通り、奥さんがモギリ兼売店をやっていました。
そこで売られているのは過去の渡辺作品のDVDやパンフレット。
わたしは観たかった『腹腹時計』のDVDと、『島国根性』、今回上映される『金正日』のパンフレットを購入しました。
そしてご本人執筆による各作品の舞台裏的な内容の『渡辺文樹 実録』。
DVDは5千円、パンフレットは700円ほどだったと思います。

買うものを買って会場に入ると、映写機の前に監督が!

うわぁドキドキする。
ちなみに入った時監督がじきじきに「はいいらっしゃい」と。
意外とマメな方です。

いい塩梅の席に着き上映を待つ間、監督とお話したいなーと思いました。しかしずっと誰かとお話しててなんとなく行きづらい。
すると・・・会場に鈴木邦男さんが。

おお!と思うも監督とお話し始め、挨拶のタイミングを逸しました。
その後トイレではちあい、「あ、先生、どうもです」とお声がけ。すると「おお、君か。監督に紹介するよ」と!!!

うはあ、どうすんだこれ俺はどんな顔して挨拶すればいいのか、とドキドキしながら監督のもとへ向かう。
紹介され「映像関係で食ってまして、今、赤軍派のドキュメント映画を制作中です」と自己紹介。すると「おお、そりゃあ是非やるべきだ。是非完成させてくれ」と言っていただきました。

うれしいついでだ、とばかりに、買った『腹腹時計』のDVDを持って行き「監督!サインをひとつ・・・」とお願いする。
サインを書きつつ「完成したら是非連絡してよ」と嬉しい言葉。「あ、はい。どこにご連絡しましょう?」と言うと、サインの下にそのまま電話番号を。

おお・・・直筆のDVD名刺だ。



そして、待ちに待った映画の上映。
内容は・・・渡辺文樹率いる在日朝鮮人の特殊部隊が、拉致被害者救出に向かう!!
というものすごいスケールの内容。

拉致被害者の方々も実名で出てきます。これを自主で撮ったんだから、心底すごい。
そして何より、この内容をマジでやってる、監督自身がすごい。
自分を貫くってこういうことだ、と思う。上映前に監督が「技術的には稚拙だが、今の日本映画にはない気概みたいなもんが感じられると思います」と言っていた。


渡辺監督の作品は「自分の主張」を信じぬく力がものすごい。
普通だったら批判を恐れて曖昧にしてしまうようなことも、自分がいったん信じたことはとことん表現する。それで人が傷つこうが、監督にはそれが正義なのでとことん貫く。

真似できない。しかし、表現に対する覚悟って、こういうことだろう、とも思う。
誰にも媚へつらない孤高の映画監督。誰も金を出さないから自分でやる。自分で表現する。右翼に妨害されても、やる。

作り手の立場が分かる人間なら、多かれ少なかれ畏敬の念を抱くんじゃないでしょうか。



後日、監督から『渡辺文樹 実録』と共に激励のお手紙をいただきました。

「先日はワザワザ御足労いただいてありがとうございます。(中略)変革のために精神を捧げた人々の行為や思惑を軽視する事は許されません。(中略)期待してますよ」


関わっても何の得もない無名のわたしに、わざわざ手紙くれるなんて。
ありがたいやらうれしいやら。

真似はできないけど、その情念、信念は、学ばせていただこうと思います。



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家庭教師 [VHS]
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バンダイ・ミュージックエンタテインメント

島国根性 [VHS]
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アポロン

【映画パンフ】ザザンボ 渡辺文樹
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玄海原発に行ってきた

2011-09-19 03:56:16 | 映画制作
遅ればせながら、足立監督の行動を追って佐賀の玄海原発まで行ったことをご報告。


「反原発ニューズリールで俺ができることってなんだ!」と前回いきりたってみたものの、こういった行動には主体性が大事なわけで、べつだん使命感もなにもない自分は最初から何をしたらいいか分からず、いざ現場を訪れると、ただただ戸惑っていました。



1日目。

市役所に市会議員を訪れ人の紹介をお願いしたり、自然食系のお店をやっている方に聞き込みなどをしたり。
泊まる場所は某直産クラブ。
ここの社長さんは、以前パレスチナを訪れ、足立監督から訓練を受けたことがあり、それ以来の仲とか・・・なんだかすげえ過去だ。


わたしはここまで、ほんとんどカメラを回しませんでした。
ていうか、回せませんでした。

というのも、自分はここでカメラを出して能天気に撮影していいものだろうか、取材協力をしている現場でカメラを取り出して自分が追っているところの足立監督を撮るなんて、そんな身勝手なこと許されるもんだろうか、本隊に迷惑がかかるではないか、と、小市民っぷりが爆発してほとんど何もできずにいました。

カメラを持つと、持った人間には特別な力が付与されます。
そこには主体性もあって、その力と対峙する時、ある意味自分の図々しさが試されます。
いわゆる「いい絵」を撮るために、自分をどこまで追い詰められるか・・・

普通のカメラマンや監督なら、こんな時「自分の撮りたいもの」を求めてがんがんカメラを回すのでしょうが、自分には今回、それが無理でした。

だって反原発ってゲンシュクなものじゃないですか・・・

↑という言い訳があって、なかなかカメラに手が伸びませんでした。つのる自己嫌悪。



2日目。
どうしたらいいもんか、と思いつついよいよ玄海原発に近付く。
2件ほどの取材申請と聞き込み。
なんとかかんとか、カメラを回し始める。
原発の近くの漁村にある民宿で宿を取る。

明日が本格的な取材日。調整と休息を兼ねて今日はこれでおしまい。
ご飯までの時間、風景などを撮りに一人で出かける。

撮りながらなおも、はて自分はどうしたもんか、と悩み続けておりました。
ニューズリールの役にも立ってなければ、自分が欲しい絵すら撮れないなんて。
ああ、俺はやっぱり「映像作家」みたいな言い方するとダメダメな部類の人間だなあ、と自己嫌悪出血サービス。
夕焼けの見えない曇り空を見ながら、ああ、さえない風景だな、と思い、何から何までさえない映像しかモノにできてない現状にふつふつと焦りが。

旅館の飯はたいへんうまく、その後、明日の撮影についての会議となりました。
話し合いが終わり、じゃあそういうことで、となった時、率直に言ってみました。

「あの、俺ってどういう関わり方すればいいんでしょうかね」
すると足立監督「お前は俺を撮りに来てるんだろ?それでいいやないか」
カメラマンさん「もっと自由に撮っちゃっていいのに」
わたくしは「はぁしかし皆さんに迷惑がかかってはイカンと・・・」

プロデューサーさん「あのなあ、今まで君みたいな奴はいっぱいいたよ。足立監督を撮りたいって。でもみんな何がしたいんだか全然分からないんだよ。もっとこうしたい、とかああしたい、とかさ。迷惑だとか、一般論なんてどうだっていいんだよ!!」


ふむ。

そうか・・・やっぱり自分は逃げていたんだな、自分が傷つきたくなかっただけなんだな。
と、思い知らされました。自分が何のためにここにいるのか、2日かかってやっと分かりました。
みなさん笑ってやって下さいこのちんけなピエロを。



3日目。
2日間の取材、下調べを終え、やっと本格的な撮影に入ります。
わたしももうふっきれてカメラを回しまくります。

自作の風力発電、水力発電を造り、行っている方を訪ねる。

山を分け入り、川の中の水力発電施設を見学。


この時、足立監督の足腰の強さに驚く。
「そりゃあお前、向こうじゃずっとこんなんだったからな」

次に元・原発作業員の方にお話を聞く。

玄海原発のよく見える丘でインタビュー。
雨が強くなってきたのでその方がオススメするサザエのツボ焼き屋で撮影続行。


シュールな絵だなぁ・・・

農家で反原発活動をやっている方は「最近までずっと白い目で見られていた。しかし、今回のことで周りの目も違ってきた」

原発っていうのは、そこにある社会そのものも変える。田舎に原発がどんと建てば、そこから発生する経済で村のかなりの部分が潤う。それに反対するっていうことは・・・

反・脱原発って、ただ単に環境だけじゃない。人の生き方、生活そのものを考えることだ。現地と都市部の「反原発」は言葉にしてみても、意味合いがまるで変わってくると思う。
足立監督の狙いは、こうした地元によりそう視点の映像。
監督の言葉をそのまま借りれば・・・


「地獄の釜蓋上で生かされている人々の実像」



こうして、3日間の同行取材を終えました。
自分の非力さに歯軋りな3日間でしたが、撮影と取材を追うことを通して、3月11日からずっとくすぶっていた何かが。答えではなく、何かの影が、やっと見えたような気がします。

原発を前に自分と震災を見つめる。個と公共から見つめる。
もっと繰り返し、このひとり禅問答みたいなことをしたい、と思いました。



後日。
とある会合で足立監督と再会する。ふざけてボディブローを放つ監督に、ひっかかっていたことを話す。
「監督を追ってはいますけど、ニューズリールの役にも立ちたいです。撮影とか、協力できることあったらまた呼んでくださいよ」
監督「当たり前じゃないかバカヤロウ!!」

うれしかったです。
やっぱ俺は小さいなあしかし・・・・
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「生き抜く狼」という集会に参加します。

2011-09-12 00:29:47 | 映画制作
今週末行われます「生き抜く狼―病舎からの再審報告」というイベントに出させていただくことになりました。

わたしが出るのは「新しい世代の語る『反日』」。
この「新しい世代」の一人として出ます。

ここでいう反日とはいわゆる反日思想ではなく、東アジア反日武装戦線のことです。
東アジア反日武装戦線というのは・・・1970年代、爆弾テロによる企業連続爆破事件を起こし、「狼」を筆頭に、「大地の牙」「さそり」と複数のグループで形成されている組織です。

中でも「狼」が起こした三菱重工爆破事件は死者8名、負傷者300名以上という大惨事を引き起こしました。


今、かつての武装闘争をどう見るか、死刑をどう考える?さらに震災後の社会をどう生きるか・・・こんな内容でわたしより若い女性、「さそり」の宇賀神寿一さん、救援の方、この四人でお話しします。



以下、チラシより転載。

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「生き抜く狼―病舎からの再審報告」

 一九七四年の三菱重工爆破闘争などで八七年に死刑が確定した、東アジア反日武装戦線狼部隊の大道寺将司さん、益永(旧姓・片岡)利明さんは、現在、殺意の不存在をめぐって第三次再審を請求しているところです。

 この第三次では、ビル空間における爆発力の拡大をテーマにしており、狼が意図しなかったところで爆発力が増大し大惨事を引き起こしたものであることを、科学的実験に基づき詳細に分析しています。現在、最高裁に特別抗告中です。

 ところが、大道寺さんは多発性骨髄腫に罹患し、益永さんは脳梗塞に倒れています。長期にわたる拘禁が、その原因であることは言うまでもないでしょう。

 そこで私たちは、獄中の二人の近況報告と獄中医療の問題、再審請求の今後の見通しなどについて報告する集会を予定しています。ぜひ、多くの方の ご参集をお願い申しあげます。

【生き抜く狼――病舎からの再審報告】

日時 :9月17日(土)14時~
場所 :日本キリスト教会館4階(東京・早稲田)
主催 :東アジア反日武装戦線への死刑・重刑攻撃とたたかう支援連絡会議(支援連)
会場費 :500円
内容 :川村理弁護士「第三次再審と今後」、大谷恭子弁護士「獄中医療の現状」、新しい世代の語る「反日」(特典映像上映あり)

問合せ先/電話番号03・3812・4645(風塵社)

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以上。
写真の絵は「荒井まり子原画展」より『侵略の旗-日の丸を喰いちぎる狼たち』
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小倉を歩く

2011-09-02 16:28:29 | 
下記の通り九州へ向かったわけですが、わたしはバスで前乗りし、小倉の安宿をとっておりました。

夜行バスで行くとなると、東京からは約14時間の長旅。もうただ、ひたすらに寝ていました。
気付くと車内に光がさしており、そこは関門海峡でした。

関門橋前のSAで休憩をすませ、そこから少し走ると小倉に到着です。
待ち合わせ場所は博多だったのですが、なぜわざわざ小倉にしたかというと、実は今年になって一度訪れており、この街が好きになってしまったからです。安い宿もあるし。

さて、前回と同じく、駅前の喫茶店でモーニング。半日をバスで過ごしたけだるさを振り払います。

このトレーがいい。

駅を少し歩いた裏通りにある旅館へ行き、チェックインまで荷物を預かってもらう。
身を軽くしたところで再び駅前へ。


ここだけ見れば昭和ですね。

駅前からいくつかの商店街が続いており、魚町銀天街、旦過市場、鳥町食道街なんかがあります。
昔の映画館がそのまま活躍してたり。

「カツ丼登場!」てすごいコピーだな。

きっとさぞうまいのでしょう。

旦過市場は、大阪の鶴橋にちょっと似ています。


生のものがたくさん扱われており、人間がそれらを直に売買する、独特の密度とにおい。
裏から見るとこんな感じ。

いいなぁ・・・

鳥町食道街はアーケードをさらに横道にそれた所にある、ちょっとした通りです。

こちらは「焼うどん発祥の地」であるらしく、前回の訪問時にいただきました。

普通でした。
なんかこう、個性のない非常にベーシックな。ああ、焼うどんだわ。という。感想。

味のある佇まいを見せる洋食屋も。

今回はこちらで、ビールの小瓶にカツランチをいただきました。
旅先ではいつも小瓶を頼むようにしていますが、これを置いてある店は少ないですね。
写真には撮っていないのですが、こちらのカツランチ、デミグラスソースが非常においしく、いわゆる当たり前の美味しさを丁寧に守り抜いているお店の頼もしさが感じられました。
この頼もしさとは、地元の方々が支えているものであり、こういったお店が長く続く街こそいい街なのではないかと、ヨソモノのわたくしは思うわけなんです。

腹ごなしに海のほうまで歩くと、工業地帯に出くわしました。

釣りを楽しむ人もいた。釣れるのだろうか。

さて、そろそろチェックインの時間。
おやつに駅前でシロヤのサニーパンを購入。こちらは前回訪問時にツイッターで教えてもらいました。有名みたいです。

部屋はこんな感じ。ふっつーの旅館。駅近くで安い。

サニーパンは二つ購入。一つは明日の朝飯。

フランスパンの固い生地をむしゃりとやると、中からジワーっと練乳があふれ出します。歯ごたえに優しい甘さが加わって、この食感はちょっとやみつきになります。
ああ、書いてて食いたくなってきた。

休憩し、夜もふけてから再び街に繰り出します。
ラーメン屋のにゃんこ。美人さん。男前かも。

立ち飲み屋等が密集する通り。


ここで写真を撮っていたら「ここらへんはヤクザがうるさいぞ」と注意されたり「なに撮ってんの~?」と酔っ払いにゆかいに絡まれたりと。

こういった催しも開催されるそうです。小倉。すげえ街だ。

パチンコの換金所では、子猫がくつろいでおりました。


その先には紳士の社交場が。


ばらぞく。さすがに入らなかったけど。

夜飯には一銭洋食をいただきました。

お店の方は「洋食」とだけ呼んでおり、ウィキペディアで調べてみると「当時はソースさえかければなんでも洋食と見なされており・・・」とあります。
とん平焼きに似てました。
ここでも小瓶で。シメはおにぎりと。おいしかった。

翌日、待ち合わせのため電車にて博多へ。



以上。
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