ちくわブログ

ちくわの夜明け

喫茶店めぐり

2013-04-26 15:46:07 | しゅみ道
貧乏でも続けられる趣味を持つというのはありがたいことで、最近はフィギュアも買えず、遠出も出来ずで、その憂さ晴らしに喫茶店をめぐっておりました。


旅先で駅前の喫茶店などにフラリと入り、見知らぬ土地の日常を味わう…というのが最高なのですが、普通に都内でもちょくちょく入っては、一杯のコーシーに小さな幸せを感じております。
理想としてはあても無く歩いてたまたま入りたいところですが最近はそこらへんの趣味系サイトがたいへん充実しておりますので、下調べしてから行くような最先端IT男に堕落しました。


以下、最近行きました3店のお写真を。














以上。



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純喫茶コレクション
クリエーター情報なし
パルコ
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北朝鮮 よど号グループ取材記・9 『北朝鮮という国』

2013-04-12 18:24:07 | 映画制作
訪朝4日目続き。



北朝鮮の記事とか非常にタイムリーだなぁ、と思うのですが、一方でわたしはいわゆる『表現者』といわれる方たちほど自分が強くもシッカリしているわけでもなく、いつもいつも迷いながらブラブラしている人間なので、正直に申し上げますと一連のこういった記事を書くのはちょっと怖い、というか、自分の「一市民」という匿名性を捨てているようで、おびえを感じながら書いています。
良くも悪くも、いや悪いんですが「俺はこういう立ち位置だ!」と叫ぶことに非常に恐怖を感じるんです。誰だってそうだと思いますが、これは何かを表現しようとしている自分にとって圧倒的な弱点だと常々思っています。
つうか確かに一般市民であり、実績も何も無い人間なんですが…


北朝鮮に対する見方が変わったのは完全に「訪朝してから」であり、はたから見ると平壌でいいもてなしを受けて思想的に懐柔された!と思われるかもしれません。
確かにそんな側面もあると言えばあります。ただそれは自分の中でよりどころにしている「見たもの、感じたものしか分からない」という考えと、「義理」という考えもあります。
この「義理」はレバノンに行き、パレスチナ人キャンプを見せてもらった時にも発生しており、わたしは以後少なくともこのパレスチナ問題に対し「義理を感じながらこの問題を考えよう」としています。
なんで義理かって言うと、世界のあらゆる出来事は情報や知識だけで処理できるものではない、と思うからです。ノンポリもいいとこな自分が拠るべきものとしてこの「義理」は数少ない根拠なのです。
正しい、正しくないという判断は自分には下せず、だからといって何も発しないわけにはいかない、そういうジレンマがあって、いつしかこう考えるようになりました。



つうわけで、4日目の夜です。
この日はムルコギ食堂というところへ。

調べてみると「ムルコギ」っていうのは「魚」という意味らしいので、正式な店名は今となっては分かりません。写真に書いてるのでハングル分かる方だけ了解していただければ。

店の周りは川のほとりの公園になっており、平壌市民がくつろいでおりました。


釣りをしながらタバコを分けるオッサン二人。

本を片手に川のほとりを歩く青年。

川の向こうには解体中のビル。


お店の前をキョロキョロとしてから中へ。
ムルコギと紹介された通り、お魚系のメニューが中心のお店です。
今日も大同江ビールがうまい!!!

一通り飲み物と料理がそろったら、ウェイトレスのお姉さんがカラオケを歌ってくれます。

お姉さん歌うまい。

向こうの人は歌も、踊りもうまい。赤木さん曰く「朝鮮は歌と踊りがやれないとやっていけない。だからレベルが高い」とのこと。
北朝鮮の「娯楽」ということなんでしょうね。

そしてこちらからも、植垣さん、よど号グループの皆さんらが肩を組んで『ワルシャワ労働歌』の合唱。


♪暴虐の雲 光をおおい
 敵の嵐は荒れくるう
 ひるまず進め
 われらが友よ
 敵の鉄鎖をうちくだけ…


『インターナショナル』もかっこいいけど、『ワルシャワ労働歌』もかっこよくて血が滾ります。



赤木さんとウェイトレスのお姉さんのデュエット。

次いで、安部さんも歌い「今日は赤軍兵士(植垣康博さん)がいるから特別だ」と、よど号グループ4人が肩を組み、今まで他人の前では歌ったことはないという歌をご披露してくれました。
革命歌なのか、朝鮮の歌なので内容は分かりませんが『ワルシャワ労働歌』などと同様、勇猛果敢なフンイキのメロディでした。

植垣さんも酔っ払い「こりゃあいいや!こりゃあ気合入った!」とゴキゲンでありました。



そしてまた、ウェイトレスさんが歌ってくれました。
悲しげだけど、美しいメロディで。
よく見ると、彼女は目にいっぱいの涙を浮かべて泣いていました。

え…なんだなんだ。

どういうことかというと、どうも『苦難の行軍』を歌った曲のようです。
以下ウィキぺディアから。

【苦難の行軍】
苦難の行軍(くなんのこうぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国で、1996年1月1日の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』の新年共同社説で使われた、飢饉と経済的困難を乗り越えるためのスローガンである。1938年12月から1939年3月まで金日成ら抗日パルチサンが満洲で日本軍と闘いながら行軍したことに準えている。朝鮮民主主義人民共和国では、1990年代後半に、飢餓により22万人から350万人が死亡したといわれる。



これについてガイドのKさんが当時を回想してくれました。
「(当時は)ロシアの、中国の支援も無い、一番苦しい時でした。本当に苦労して…生きるかどうかの瀬戸際だったんですね。それ(苦難の行軍)は一言では、一言では言えない…しかしそれは皆が要求したから。それは我々の生き方ですので。望みでした。もちろん死んだ人はたくさんいます。たくさんいます…、この……ね……苦労、苦労した……」
語るうちに涙で言葉につまって、席を離れてしまいました。


これはわれわれ世代が経験したことの無い領域で、「思想に生きる」ということのジレンマなんじゃないか、と思います。
個人的には非常に悲しいことがあった。周りの親しい人々もたくさん死んだ。
しかし大義のために、これは乗り越えなくてはならなかった。

そういうことなんじゃないんでしょうか。


もちろん、わたし自身はそんなの絶対「要求」しないし、そういう生き方もしたくない。
しかしだからといって彼らの生き方を誰が馬鹿にできるんだろう。

一番胸に刺さったのは「我々の生き方」という言葉でした。

それに対してどこの誰が馬鹿にする権利なんかあるのだろう?と思ったのです。
知らず知らず、日本人は北朝鮮の人々を下に見ているように感じます。
ウェブ上の北朝鮮旅行記なんかでも、たいていなぜだか「面白おかしく」書こうとしています。
どうしてそこでウケを狙う必要があるのかな、と思います。

例え北朝鮮、もしくは平壌の一部の人々でも、それを信じて命がけで思想に生きている人々がいる。
わたしが思ったのは、多くの日本人が北朝鮮をちょっと「おかしい人達」みたいに捉えている限り、国交も成せなければ、両国のさまざまな問題も解決しないんじゃないかな、ということです。

生きている人達をきちんと理解する、ということから国交のようなものは始まるんじゃないかな、と。


いろんな矛盾があり、国のどこかで人々は飢えているのかもしれません。
でも、敵のように蔑むような見方をしたところでどうなるものでもない、と感じました。


実はこれ、この時自分に向かっても思ってたのです。
最初にも書いたとおり、わたしだって北朝鮮といえば闇に包まれた独裁国家で、何をやるか分からない人達、そして文化は時代遅れ、という印象でした。
だいたいの日本人が持つ北朝鮮観と、そうずれてなかったと思います。

しかし訪朝を経て、こういった話を聞いて、日本という国はそういうフィルターで北朝鮮を見ているし、マスコミの報道もまたそうなってしまうのだ、ということを知りました。


どんな国であれ、馬鹿にすることはできない。
人の生き方を笑ったり、おちゃらかしたり、そんなことは誰もしてはいけないことで、ただ単に失礼だ、と、そう思った夜でした。




続く

前回まではこちら
【北朝鮮 よど号グループ取材記・1 北京】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・2 平壌へ よど号グループとの初対面】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・3 よど号グループ帰国問題談話・平壌観光】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・4 人民大学習堂/万寿台の丘】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・5 主体思想塔と平壌の遊園地】
北朝鮮 よど号グループ取材記・番外編 北朝鮮のハンバーガー
【北朝鮮 よど号グループ取材記・6 祖国解放戦争勝利記念館】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・7 大同江果樹農場】
【北朝鮮 よど号グループ取材記・8 『赤軍という現象の歴史的再定義』】
北朝鮮 よど号グループ取材記・番外編 「犬食った。」



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レッド(7) (KCデラックス)
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連合赤軍物語 紅炎 (プロミネンス) (徳間文庫)
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宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 (新潮文庫)
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備前珈琲屋に行ってきた。

2013-04-06 20:12:25 | しゅみ道
結末から言ってしまいますと、このお店はもう閉店(2013年3月31日)してしまいました。


お店を知ったキッカケは、漫画家の山川直人先生のブログ『地球の生活』「備前珈琲屋さんで常設展示」という記事です。

山川直人先生といえば、わたしにとっては『コーヒーもう一杯』(全5巻)でありまして、元々好きだった「喫茶店に行く」、という行為を日常的にも趣味的にも行うキッカケとなった作品です。


コーヒーもう一杯(1) (ビームコミックス)
山川 直人
エンターブレイン


コーヒーにまつわる小さな物語たちを丁寧に描いたこの作品は、当時フリーになったばかりの自分にとってなぜか心に深くしみて、今でも大切な漫画として本棚の取りやすいところに置いてあります。

さて、山川先生のブログ記事にもありますように、先生がロゴマークをデザインされた喫茶店がある、さらにそこに原画まで飾ってある、とあっては行かないわけにはイカン。お店のツイッターアカウントをとりあえずフォロー。しかし…
そこに書かれたあったのは、もうその月の月末には閉店されてしまうということ。

ええーーーーー。

と言ってても仕方ないので最終日の3月31日に行って参りました。
場所は西早稲田。

少し古めかしい、でもいい味を出してるマンションの一階にありました。綺麗なお店。

お店看板のアップ。


中に入り、ブレンドを注文。

コースターや伝票も山川直人先生デザインのマーク。



お店の雰囲気は、ゆったり落ち着いており、くつろげました。
近所のおばちゃんなんかも来てて、会計の時閉店を知り、残念がっていました。

お店の方の許可を得て、原画を撮影させていただきました。


原画の素晴らしさはもちろん、喫茶店という場所の雰囲気とよくなじんでおり、ゆっくりと観ていたくなります。

読み物コーナーには『コーヒーもう一杯』全巻他、山川先生の作品が置いてありました。



本当にいいお店で、続けてくれていたならばまた来たいところでしたが…
残念です。
コーヒーおいしかったです。


昔、山川先生の原画展が国分寺のカフェで行われた時の記事が見つかりました。
【『山川直人 漫画展』に行く】
 http://blog.goo.ne.jp/akame_2005/e/f17312e815811c9490e10ab04a9f2293

当時は金銭的にも精神的にもいろいろと辛く、ずいぶんとこの作品に励まされていました。
確か、そんなことをお店の感想ノートに書いたんだと思います。

すると数日後、山川直人先生から絵葉書が送られてきました。サインとイラスト付きで。


もう嬉しくて嬉しくて、じつは今でも机の横に飾ってあります。



実は『コーヒーもう一杯』が完結してからしばらく、山川先生の作品から遠のいていました。
最終巻が出たときも、読むのに勇気がいって、しばらく買わなかったのを覚えています。
神保町の本屋で意を決して購入し、近くの喫茶店で読みました。

『コーヒーもう一杯』はたまにファンタジー的なお話もありますが、基本的には日常を描いています。
その日常が終わってしまうのが悲しかったんですね。だって自分の日常はまだまだずっと続いていくので。



でも、こうして久しぶりの先生の作品に触れ、今、金銭的には当時に近い状況となり…
現在も発表され続けている山川直人の世界に、また近付いてみようかな、と思うようになりました。
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