ちくわブログ

ちくわの夜明け

日本海旅行記 【6】 五能線→下北

2010-09-29 03:44:05 | 
8時半起床。
発熱はだいぶおさまった。腹下しはまだ続く。炎症のためなかなか直らない。まさか旅先でこれになるとは。


朝風呂を浴び、深浦駅へと向かう。
晴れている。昨日着いたときは真っ暗で分からなかったが、街の雰囲気などを見ることができた。
まさしく地方の港町だ。海もきれい。


9時45分五能線へ。
海側の席がない・・・どうやらじいさんばあさんのツアーと乗り合わせてしまったらしい。
途中でぞろぞろ下車したので、さっと席を見つける。

景色はえんえんと日本海ばかり。
本当に「沿って」走っている。これが見たかったんだ。


やがて海の景色ともお別れになり、陸ばかりとなる。
そのはじまりあたりに鰺ヶ沢駅はあった。
10時50分着。

つげ義春先生「リアリズムの宿」の舞台となった街。
「床屋がやたらとある」という台詞の通り、たしかに今でも多かった。
30分かそこら街を歩き、5件ほど見つけた。

そういえば・・・昨日足止めを食らった岩館駅にも、食堂は無くとも床屋だけは2件あった。
不思議だ。何故だろう?住民のコミュニケーションの場として機能しているのか?それとも漁師は髪が伸びるのが早いのだろうか。

一通りぶらつき、喫茶店ともレストランともつかないところでカフェオレを頼む。
胃が荒れているせいでうまくない。

駅前でたこ焼きと大判焼きを買い、食う。
ここのたこ焼き、なつかしい味がした。あの、スーパーの前で売ってるような、うまくもなんともないヘニャヘニャしたやつ。
イイ。


12時45分再び五能線へ。
五所川原で降りようとするも、入ってきた女子高生の集団がドア前で動かず、下車できず。

もう・・・・
もういい。進む。

引き返してまで五能線をうろうろする気はないので、一気に弘前へ向かった。
車窓から広大なりんご畑が見えた。遥かに見える山々に、雪と晴れ渡った空。贅沢だ。


14時10分、弘前着。

一応ガイドパンフレットももらったが、どこにも行く気が起きず、喫茶店へ逃れる。
体調が悪いせいもあるが、ガイドを見ても、なにもそそられない。
弘前城か。城を楽しめたら、旅ってずいぶん楽しいのかもな。


16時25分~17時10分で東北本線→大湊線と乗り換え、下北へ。
その乗り換えの途中、夜の帳がいままさに降りようとしている瞬間だった。
素晴らしく綺麗に、空が深い青と赤に包まれていた。


すっかり暗くなった頃、下北駅到着。
駅近くの民宿に宿をとる。¥3800
夕食に近くのラーメン屋にて味噌バターコーンラーメンを食べる。あまりうまくない。

午前2時・就寝。
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高尾山の天狗

2010-09-22 02:54:14 | Weblog
先日久しぶりに高尾山に登ってきました。じつに10年ぶりくらいではないだろうか。
前回登ったとき、あまりにも素っ気ない頂上にガッカリし「もうこねえ」と山に誓ったのであったわたくしですが、なんだかんだあってまた来ることになったんですね。

あらためて登った高尾山はやはりうんともすんともなく、それどころか人の多さに辟易してしまったのでした。

しかし、道々食った焼き団子とクリームあんみつ、ソフトクリームなどはうまかった。
疲れたけどたぶん太ったんだな。


して、高尾山といえば天狗なわけで、頂上に至る寺院ではこれでもかと天狗をアピールしてきます。



分かった、もう分かったから。

ていうほどいっぱい見れます。
なんか天狗焼って名物もあるそうです。しかし焼いちゃっていいのか天狗様。

とかなんとか思いながら登ってっと、山道のすみっこにいきなし天狗様が。
ちょっと薄暗いわけじゃないですか。すごいびっくりしますよねこんなんいたら。

おどろいて「ウオホッ」とか言っってしまった。
見ると、小さな木彫りのお守りを売ってらっしゃる。

こえー・・・とか思ったのですが、このちっこいお守りに興味がわき、近付いてジロジロ見るに至りました。
すると天狗様仮面を取り話しかけてくる。ひとつを手にとって見てると
「それは乾漆ってんだ」と。
「ホホウ。カンシツでありますか」
よく分からないけど分かった気がしたので応えておいた。

話すとふつうのおっちゃんで、なかなか愛嬌のある方。
ぶら下げてたカメラを見て「写真撮りな写真」と頼んでもない大サービス。
そういうわけでこの天狗様の写真はその時撮らせていただいたものです。
お守りは普通に欲しかったので2個買いました。一個300円だった。

狐に乗った烏天狗様。キツネのマークのRIFFILMにぴったしだね。

乾漆ってんだ。お不動様。バチ当たりだがカッコイイ

おっちゃんの素顔は崔洋一監督に似ていました。
そしてこれらの木彫りのお守り、全てご自身で彫られてるそうです。スゲー


というわけで、高尾山はともかくとしてこのような面白い人に会えただけでも行ってよかったというものです。
まあでもしかしもういいや。もう当分行かないであろう。なにがミシュランじゃボケ。

下は分かりにくいサイズ比較。トルーパーくんよりiPhoneと比べてみるとよろしい。

以上。
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アウトサイダーアート展に行ってきた

2010-09-16 04:42:00 | 映画制作
先日、根津のギャラリーTENにて開催された「獄中画の世界-25人のアウトサイダーアート展」に行ってきました。

アウトサイダーアートっていうのはいわゆる山下清画伯とかそういった障害者のアート一般のことを指すそうです。
どっかで読んだことがあるのですが、ある障害者が長年にわたって独自の世界の絵物語を、誰にも発表せずえんえんと創り上げていたそうです。つまりそういった本来の意味での芸術、創造行為に則したもの。

それと同じ意味で言えば獄中者が描いた絵もそれと同じ世界である、と。ここらへんゲージツを理解してないわたしには、難しくてよく分からないのですが、だいたい言わんとしていることは分かるような気がするようなそんな秋の気配。

簡単に言えば何にも誰にも影響を受けずに、幼児が画用紙いっぱいに想像力をはたらかせて描くイキイキと描いたかのような絵、そういったものに宿る作品のことかと思います。


以下がそんな作品たち。


反日武装戦線の荒井まり子さんによる絵。

元日本赤軍最高指導者・重信房子さんによる絵。

日本赤軍に合流、後にレバノンにて逮捕された足立監督による絵。

連合赤軍・永田洋子さんによる絵。

発表された当時から永田洋子さんの絵は「あんな女が少女漫画みたいな絵を」と言われていたようですが、同じ連合赤軍の植垣さんからの助言「漫画の模写でもかまわないんだ」という言葉に応えるかたちで描き始めた絵が、彼女の絵の始まりだったようです。
まさしく「絵」なのに、フキダシで台詞が書いてあったりします。

この日、ギャラリーではトークショーが行われ、連合赤軍の植垣康博さん、反日武装戦線“さそり”の宇賀神寿一さん、足立監督、さらに飛び入りで(ご本人はお客として来たつもりだったらしいですが)一水会顧問・鈴木邦男さんも参加。
獄中で描く絵をそれぞれの視点から語ってくれました。

植垣康博さん

描く権利をいかにして獄中からつかむか、という内容。「自著の挿絵」という口実からどんどん権利を広げていった。ボールペンを手に入れるまで一年半かかった、とのこと。
何かの時に描いた絵があまりにデキがよく、捨てるのはもったいない、と言われその絵は今でも甲府刑務所に飾ってあるとか。
文化的なことをできるかできないかで、獄中は大きく変わってくる。自分にとって絵は大きな存在だった、とのこと。ちなみに今はもう描けないらしい。

余談ですが・・・イブニングにて連載中の山本直樹先生による連合赤軍事件をモチーフにした漫画『レッド』について聞いたところ、あれは良く出来ている、とほめていました。ちなみに植垣さんがモデルのキャラクターは主人公格。もうひとりの主人公格である永田洋子さんについて。「あんなに可愛らしい人だったんですか?」「あそこまで可愛くはないけど、普通の、頑張り屋の女の子だったよ」と。


足立監督

レバノン・ルミエ刑務所でのこと。
基本的に第三世界の刑務所はどこも同じで、ご飯は朝にパンとスープしか出なく、差し入れなしでは生きていけない。そのため身寄りのない囚人は金持ちの下男になる。
そこで刑務所内の通貨であるタバコを手に入れ、売店に卸して代償としてサンドイッチをもらってしのぐ。
獄中ではホモ事件が一番罪が重かった。フルーツの香りですら性浴を刺激した。
監督自身は針、灸を覚えていたため、最終的には刑務所の中を自由に動き回れる特権的な身分となった。


鈴木邦男さん

聞き役に徹していました。
監督との会話。
監督「アメリカ行けるんだ?」
鈴木さん「行けますよ」
監督「そうか、平和な人なんだなあ」


この後懇親会が開かれ、酒などを飲みながらゲストと出席者の交流の場がもたれました。
中には元オウムの荒木さんの姿も。
わたしは“さそり”の宇賀神さんと約3年ぶりに再開。前回お会いした時の不勉強をお詫びし、改めて撮影ではなくともお話を聞かせてもらいたい旨伝え、了承していただく。


さて。
書き物にしても、絵にしてもそうですが、獄中では感覚が研ぎ澄まされるようで・・・
最近取材や下調べのために読む本がことごとく獄中で書かれたものだったのですが、どれも「よくこんな細かいこと書けるなあ」と思わせるものばかりでした。
元死刑囚の永山則夫さんも、自殺した一水会の見沢知廉さんも獄中受賞しておりますように、獄中という環境は「自分と向き合う」にはもってこいの場所なのかもしれません。

閉鎖された状況から精神の開放を力強く懇願する魂の叫びが、そういった作品を生み出す源泉となっているのでしょうか。

コメント (5)
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上海行ってきた

2010-09-09 04:06:12 | お仕事
お仕事(撮影)で上海行ってきました。

時差は1時間。飛行機で3時間かからない距離。
ネットはiPhoneで「海外パケットし放題」使いました。それについてはまたこんど書きます。
ネットつってもメールチェックとツイッターくらいしかやってない&ヒマがありませんでした。

もう、非常に忙しい・・・というかなんというか。詰め込んだ内容の2泊3日でした。
少しの観光すらできなかったよ・・・
まずこの内訳ですが、一日目が前のり。つまり到着が夜で、2日目に撮影、3日目に午後イチの便で帰国、というスケジュール。



■一日目

日本での撮影終了後、成田エクスプレスで成田へ。上海には21時頃到着。
クライアントがメシを食おうと言うのでタクシーに乗りお店へ。
久しぶりの海外。文化圏の違う街並みを眺めるだけでワクワクする。


クライアント担当者は上海駐在2年を経た方で、「火鍋」というものがうまいというので、それを食いに連れて行ってもらった。
まずはビールでしょう。チンタオビール。

そしてこれが火鍋。まだ何も入れてない。

こいつに羊肉、牛肉、各種野菜を入れて食う。
取り皿には自分で調合したタレを作っておく。辛いのでビールがすすむ。
シメは何故かインスタントラーメンの乾麺が出てきた。しかも出前一丁と書いてあった。

その後、よせばいいのにマッサージ屋(健全な)に連れて行かれ、帰ったのは朝の4時過ぎだった。
翌日は8時から撮影なのに。



■二日目
撮影日。
上海で一番高いビルでの取材。(その正体は森ビルだったりする)
遠くから見るとセンヌキのような形だけど、下から見るととんがってるように見える。下は夜に撮ったもの。

あんまり高すぎて、めまいがしてくる。初めて西新宿の高層ビル街行ったときのことを思い出した。

そのビルの窓から眺めた高層ビル街。

なんつーかこの統一感の無さ・・・むしろSFっぽい。

昼飯はビルの地下街にある日本食屋・・・。えー付き合いです。
森ビルときて日系企業もたくさん入ってるので、まるで日本。ローソンも入ってた。ちなみに上海でダントツ多いコンビニはファミマ(全家と書いてあった)でした。
ここで坦々麺を食いました。日本食屋だけど一応あったので。
それがもうめっちゃくちゃうまかった。麺なんてビックリ、インスタントラーメンの麺なんです。でもスープとかシッカリしててうめえのなんの。汁まで全部飲んだ。

その後、車で近郊の工場まで取材、帰って夜景の撮影など。

クタクタになりやっと終わったと思いきやまたまた「メシ行きましょう」とクライアント様。

いろいろ食って飲んでビールに紹興酒・・・疲れた身体にキツイ。
しかし確かに出てくるものはことごとくうまい。

なんだかよく分からないけど、肉に葉っぱ巻いてゴマダレで食べる。

揚げパンのようなものに、肉の炒め物を挟んで食べる。
これが一番美味しかったです。思い出すとよだれが。

この後上海のカラオケ、いわゆる日本人接待用の女の子がいる店に。
さすがのわたくしも正直「もう帰りてぇ・・・」でした。ここでも水割りのみのみ。

帰ったら深夜3時。
翌日は朝8時過ぎから出発時刻の昼前まで撮影。というわけでまたしてもあまり寝れず。



■三日目
二日酔いで頭痛い。しかも腸炎発症して発熱腹痛。
ホテルから少しタクシーで行った繁華街というか観光地のような通りで雑観撮影。
暑さにくらくら。


なんとかこなしてタクシーに乗り込む。
帰り、お土産を買うくらいの時間はあったけど「選んで買う」という行為にすらエネルギーを使う気が起きなかった。
したがって飛行機の中ではほとんどおねむ。機内食も一口食ったか食わないか。



以上。
こんな感じでした。
キツかったけど思い返せばいろいろ「あーだったなー、こーっだったなー」と感じることもありました。
例えば、いくら上海が栄えている、すごい発展だ!とはいえやはりバンコクなどと同じ、足元を見れば貧富の差があからさまだったりします。
例えばバス。
いいバスは日本の長距離バスであるようなゆったりしたの。よくないバスはおそらく30年以上は走り続けているボロボロのバス。窓も汚く、ぎゅうぎゅうに詰められている。

建物にもそれは見ることができます。
よく映画なんかでも見る、窓から外方向に竿出して服を干すなんてのは、今は万博期間中で禁じられているそうですが、チラホラ見ました。
そういったアパートはやはりずーーーっと住んでいるであろう方々の古いものだし、一方で小ぎれいな新興住宅地みたいなのもあったりで。
しかし向こうのアパート、マンションってやったら高くて薄っぺらいんですね。地震来たら一発だろっていう。それでいてデザインの統一感がまるでない。カオスでいいなー。ちなみに日照権とかも関係ないそうです。スゲエ。

人々はとにかく「並ばない」!ボケーッとしてると前に割り込まれるのは当たり前。車でもクラクション鳴らしてガンガン自己主張していかないとダメ。
逆に日本であれだけクラクション鳴らすと絶対ケンカ沙汰になるでしょうね。



そんなこんなでドタバタの上海でした。
しかしあの路地裏や下の街並みは大好きな風情なので、観光できなかったのがとにかくクヤシイ。たった1時間でもいいから自由時間が欲しかったな・・・。
コメント (2)
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