ちくわブログ

ちくわの夜明け

『シン・ゴジラ』発声可能上映に行ってきた。 の話

2016-09-18 14:49:41 | 鑑賞
立て続けにゴジラの記事ばっかり。
それくらい面白いんだ。


で、
発声可能上映再び、ということなので今回こそはと行ってきました。
もちろん監督、キャストの舞台挨拶がある新宿TOHOを狙ったのですが0時キッカリにアクセスするも完売。

都心をあきらめて一気に府中へ飛びました。少しでもいい席で観たかったので…

上映30分前に会場着。

みんなコスプレとかサイリウムとかいろいろ持ってきてるだろうな~と思ったのですがこの時点では盛り上がっておらず…

仕方なくトイレに入り「上だけ作業着」という非常に分かり難いコスプレとは言い難い何かに着替える。

これに、サイリウムの代わりにゴジラのソフビ持って鑑賞しました。

トイレから出るとなんか盛り上がってた。
蒲田くんがいたのだ。



横のぬいぐるみも可愛い。

ちなみに中の人、女性だったのですが、被ってると前が見えないらしく「え、なになに。どうなってるの?」と顔を出したら

という状態になっていたので「うわっ」てなってて面白かった。

塚本監督というか間准教授のコスプレ女性も…
愛を感じる。

横に立たれると「誰かこっちを見ている」と思わせる効果が。


安田さん?文科省の人。イケメンでした。

尾頭さん防災服の女子高生と。



さて。
上映時間が迫り、席に着くと隣に女性が座っておりました。
サイリウム何本も用意してて気合入ってた。

発声可能上映なんて初めてだし、なんか心細かったので
「あのー、こういうの初めてなんですが、何を発声すればいいんですかね?」
とバカなことを聞いてみた。
「なんでもいいんですよ!!」
と。
そうして、どこかからプリントアウトしてきたという「心得」的なチラシを見せてくれた。

そうかなんでもいいんだ。

というか始まってみると最初の「東宝」マークの時点で「東宝ーーー!!」とみんなで叫んでいたので、もはやふっきれました。

映画館は暗いし、恥も吹き飛びます。
ほぼ皆に合わせていろいろ叫んでましたが、尾頭さん登場シーンでは「好きだ!!」と告白して、原一男監督出演カットでは「カズオ!!」と呼びかけました。

とにかくとにかく楽しかったです。

わたしはミュージシャンのライブとかあまり行ったことないんですが、そうか、こういう楽しさなのかなー、と思いました。


という話を先日、60過ぎのオッサンにしたら、笑いながら
「そういえば、昔の映画館なんてのは毎回発声可能上映だったなあ」と懐かしんでおった。
言われてみれば昔の映画館って合いの手的な?スターが出てきたら「イヨッ!待ってました!」とか黄金バットが登場したら拍手喝采とか。
そういったものがあったという話はよく聞きます。

「煙草も吸い放題でモクモクしてて。後ろの方でなんかズルズル音がするな、と思ったら出前のラーメンを席まで頼む奴なんかもいて」


そうか。
発声可能上映は映画鑑賞の原点なのかもしれないな。

ということまで考えさせてくれる『シン・ゴジラ』はやはりすごいのだ。



以上。
--------------------------------------------------------------------

S.H.モンスターアーツ シン・ゴジラ ゴジラ (2016) 約180mm PVC製 塗装済み可動フィギュア
クリエーター情報なし
バンダイ

シン・ゴジラ音楽集
クリエーター情報なし
キングレコード

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ
クリエーター情報なし
グラウンドワークス
コメント (2)

シン・ゴジラとわたし

2016-08-14 22:00:04 | 鑑賞
ネタバレが怖かったので早めに1回観て、この前は2回目IMAXで観てきました。

歌舞伎町に入ったところでワクワクする。








ワクワクする、と言ってもゴジラにはことごとく期待を裏切られてきたので、そういう覚悟は出来ていました。

小さな頃からゴジラというキャラクターは好きで、よくソフビやゴム人形で遊んでいました。この頃はゴジラ映画の新作がなかった。
その後、『ビオランテ』公開の小学だか中学の頃から平成VSゴジラシリーズは観に行っており、メカゴジラあたりでなんだかつまらなく思えて離脱。

上京してからはハリウッド版ゴジラから2014年のギャレゴジまで一応映画館で見届けてきました。
ギャレゴジは面白かったです。それ以外は全部合わなかった。毎回期待して、毎回裏切られて、と。

ゴジラって扱いが難しいのかもしれないですね。子供に向けて怪獣映画としてのアクションも入れつつ、大人も楽しめるテーマやシリアスさも盛り込まなければいけない、という呪縛?のようなものが。
ようは、平成ガメラのようなものを望んでいたのかもしれません。

それだけに金子修介監督による『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』は超絶期待していたのですが、なんかちょっとファンタジーっぽくて「あれ」となった覚えがあります。
白目むいた凶悪なゴジラ像は好きです。


そげな経緯もあって、もうゴジラは「とりあえず観に行って文句をたれる映画」としての地位を不動のものとしていたのですが、






ビックリするほど面白かった。


誰にか分からないが、誰かに謝りたくなるくらい面白かった。

期待しないでいて申し訳御座いませんでした。
エヴァ以降、やっぱり庵野監督ってすげぇえええええーーーーーな。と思いました。

これは邦画の奇跡だと思う。

ハリウッドでさえ大予算の『キャプテン・アメリカ シビル・ウォー』なんかで政治的な題材も扱い、ここにきて邦画はアホまる出しの恋愛やら家族やらそういう腑抜けたテーマばかりでうんざり。観に行く気も起きませんでした。
もちろん低予算やインディーズでは頑張っている。でもやっぱり映画の華って大予算映画だと思います。
だからもう諦めていたんですが…

本当に申し訳なかった。
文句はあるけどほぼ文句なしに面白い。

すごい!ここまでやれるんだ!!と感動。
鑑賞後すぐにヨドバシ、ビックカメラと回り、すでに品薄だったシン・ゴジラのソフビを購入。



おお……

作品についてはもうみなさん散々語っているのでここでわたしが出尽くされた感想を言ってもしょうがないのでやめておきます。


ただ、すごく嫌だなーと思ったのが「語ることは野暮」みたいな風潮が一部であることです。
なんでだ。

ゴジラのようなエンタメ映画にもメッセージ性は重要で、ないと大人が楽しめない。そして作り手はどんな映画にもメッセージを込めているものだと思います。それが野暮であるなんてことはありえない。鑑賞側がそれをああだこうだと語ることが野暮なんていうこともまたありえない。
映画やアニメ、色んな媒体を通じて社会との接点を求めようとする人は沢山いる。
俺もそうです。

優秀な表現、作品が出てくるとそれについて何か言いたくなるのがファンやマニアなので、語る人々をあまり冷ややかに見るのはやめてあげましょう。やめて下さい。
諸君も好きな作品(歌でもなんでも)には饒舌になるじゃないか…

本来ゴジラとは、そういうメッセージ性の強弱に振り幅が持てるブランドだと思う。

やっぱり今回のシン・ゴジラで素晴らしかったのはSF的というか空想科学的というのか。正確にはどういえばいいのか分かりませんが…
そういったSF、空想科学で大切なのは、「できそう、ありそう」と思わせること、リアリティーを感じさせることだと思います。自分との地続き感があるから面白いし、語りたくなる。

自分の生活に接触してくる作品と出逢えることは、幸せなことなんです。


さて。
なんか懐かしくなって棚の奥から「ゴジラ箱」を取り出してみました。

ウルトラマンなんかも混ざってますが。

子供の頃から大人になっても折々で集め続けたゴム人形やカード類。







このゲームウォッチは誕生日かなんかに大須のコメ兵で買ってもらったものだと思われます。

えんえんとキングギドラを殺し続けるのだ。



以上。
あと1回は観に行きたいと思います。





--------------------------------------------------------------------

シン・ゴジラ音楽集
クリエーター情報なし
キングレコード

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ
クリエーター情報なし
グラウンドワークス

ゴジラ ムービーモンスターシリーズ ゴジラ2016
クリエーター情報なし
バンダイ
コメント

『天皇ごっこ』『電人ザボーガー』観た。

2011-11-19 04:45:35 | 鑑賞
やっとこさ、レバノンに行ったため溜まっていたお仕事にケリがつきました。


ここ最近は昼過ぎに事務所に行き、泊まって始発まで仕事。帰って昼まで寝て、事務所行って・・・
の繰り返しでした。
しかし今回完徹をしなかったため、体調も崩さず、無事納品にこぎつけました。
なんか最近、徹夜すると身体と精神の悲鳴っぷりが尋常じゃないんで。


さて。
そこで時間もできたことだし、レバノン取材の撮影素材を整理しています。
これがけっこう時間がかかってしまい、新しくHDDも購入するなんかしたりして思うように進まず。です。

でもまーやっと編集段階に入れるかな、というところです。
ひとまず撮影したものを全て通して見なければ。


こういったマジメなことをやりつつも、観たくてたまらない映画がいくつかあったので、納品後はとりあえず以下2本を観にいきました。

『電人ザボーガー』

原作のテレビシリーズへの愛がないと作れないような内容。
しかし後半はちょっとふざけすぎかなぁ、と。前半のさらに前半はわりと「昔の特撮を今に蘇らす」的なことをキチンとやってて、興奮しました。
つうか、ミスボーグを演じきった山崎真実がすごい。



『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』

現実と虚構を行ったり来たりする前衛的な構成。
天皇という「虚像で現実」の人間と日本人。その曖昧でも揺るぎない関係が、映画の雰囲気として奏でられていた。あと、見沢先生はああいう世界で生きてたのか、と。現実との折り合いや、作家としての名声。葛藤っつう言葉では済まされない人間的な純粋さ。
それは弱さでもあるけど、同時にそれが作家・見沢知廉なんだなーと。
特にスパイ粛清事件を共に起こした方の、殺しに手をかける過程のインタビューはすごかった。

上映後の大浦監督と鈴木邦男先生のトークも面白かった。
訪朝した見沢さんがよど号グループの方にこう言ったらしい。
「もう、武装蜂起は諦めたのですか!!」


で・・・椎野企画の椎野礼仁さんのお招きで、のこのこと打ち上げにも参加させていただきました。本日が東京での最終日だったのです。
まさにその「粛清事件」インタビューの方が目の前に座り、三里塚での火炎瓶にまつわるお話など聞き、楽しいというかなんというか、ためになる?ひと時でした。



以上。
では、お仕事しつつ、ボチボチ映画制作も進めていきます。
いやボチボチじゃいかんか。がんばります。オス
コメント

機動戦士ガンダムUC 観てきた

2010-02-27 04:38:12 | 鑑賞
ちょいネタバレ含みます。



各所、少なくともわたしのまわりでは絶賛の声が多かったので、DVDレンタルを待つつもりだった『機動戦士ガンダムUC』観てきました。

今、映画館で2週間期間限定でやっているのは第一話「ユニコーンの日」。
時間軸はアムロとシャア最後の激突である『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』から3年後。
やっと、「その後」の宇宙世紀(U.C・・・ユニバーサルセンチュリー)が描かれる!!!


今回、ガンダムはほとんど出てきませんが、その代わり敵モビルスーツのクシャトリヤが大活躍。サイコミュ搭載で劇中はほぼ無類の強さでした。
とにかくモビルスーツ戦がアツイ!!動きや破壊等の表現は大画面で観ると迫力でした。

そして物語はこれ以上ない王道。
これぞガンダム、これぞ宇宙世紀。思いっきりいつもどおりのパターンです。しかしそれを望んでいた。
ヒロインのオードリー・バーンは見りゃ分かる、成長したミネバ様。今のところ感情を硬く閉ざしてるので、これから主人公のバナージと、どう変わっていくのか楽しみなところです。萌えました。

そのバナージですが、突っ走りすぎで感情移入できないというマイナスはありますが、作品としてはロボットアニメで久しぶりに心から「カッコイイ!!」と、燃えました。
この感覚は久しく感じたことがなかった。

そして今後登場するであろうブライト艦長の名前もセリフにあり、『ガンダムZZ』からネェル・アーガマも登場しています。
過去との繋がりもどうなっていくのか、楽しみのひとつです。


さて、パンフレットを読むと原作小説を書いた、ストーリーの福井春敏さんがとても胸を打つ言葉を綴っています。
「昨今の『売れる』アニメを作るための状況。それを物を作る側から打破しなければならない・・・」といった内容の言葉です。

それは当のガンダムシリーズにも当てはまります。
キャラクターはオタク、腐女子にこびるように美男美女を出し続け、若い女が艦長、パイロットは地球上どこにも存在しないようなイケメン。イケメン同士がガンダムに乗って、ガンダム同士で戦う。こればかり。
リアルとは程遠い、ほとんどファンタジーの領域。そこには殺し合いの緊張感なんてまるでない。


そう、ここなんです。
今回の作品、昔の宇宙世紀世界のガンダム作品同様、登場人物にオジサンがとても多い。
やっぱこれですよ、戦争モノは。
現にファーストガンダムはオジサン達がどれだけ重要な役割を担っていたことか。
オジサン群像劇といっても過言ではない。過言ですが。

これからもおじさんたちの活躍に期待しつつ、次のエピソードを待とうと思います。
このアニメに対するワクワク感・・・小学生自分にガンダムシリーズにはまった時の感覚を思い出させてくれます。
コメント

『テキサスチェーンソー ビギニング』観た。

2006-11-23 22:38:56 | 鑑賞
ネットなんかでグロ動画とか見ると、首筋あたりに「キキーッ」とした痛みのようなものを感じるのはわたくしだけでしょうか。
「ひぃー、もうヤメテヤメテ」となって、これがずっと続くと肩こりのような症状に見舞われてとても不快です。

映画館でこれを感じたのは初めてでした。
先日『テキサスチェーンソー・ビギニング』を観に行ってきました。
新宿と中野に用事があったので、空いた時間を利用して久しぶりに映画館へ行こう、と思ったのです。で、ちょうどいい時間にやってたのがこの映画。おなじみ名作ホラー『悪魔のいけにえ』(75年)のリメイク『テキサスチェーンソー』の続編であり、前日譚。

『悪魔のいけにえ』は大好きで、VHSもDVDも、公開当時のパンフレットも持ってます。マクファーレン(という有名な米国のフィギュアメーカーがあるのです)のフィギュアだって持ってますとも。
それほど好きなのですが、ぶっちゃけ『テキサスチェーンソー』は観てませんでした。それはやっぱりオリジナルが大好きだから。『悪魔のいけにえ2』(デニス・ホッパー主演)を観た時みたいに、ガックリしたくなかったからね。

で、今回はある信頼できそうな人がべた褒めだったので「食わず嫌いはいかんけん」と観てみることにしたんですよ。
とりあえず映画鑑賞のお供、食い物を調達。ロッテリアで半熟たまごテリヤキバーガーセットを購入。

ちなみに、話はそれますが「映画館で食い物、是か非か」という問題がありますが、わたしは「席が空いてたら可」だと思います。空いてなくてもチョコレートとかあまり音のしないものに関しては全然オッケーなんじゃないでしょうか。
だからわたしは、「しぬほど観てぇーーー!!!」って映画以外は空いてる時間、時期を狙って観に行くことにしています。そうじゃなかったら観に行かないってくらいに。

つうわけで案の定映画館はガラガラでした。真ん中に座って悠々とバーガーを頬張りつつ、CM、予告編鑑賞。わたしは本編開始前にメインディッシュを食べ終わることを心がけています。なぜなら本編って、始まると最初はだいたい静かじゃないですか。だから終始うるさかったり、音楽鳴りっぱなしの予告編タイムで平らげてしまうんですよね。どうでもいいですけど。

さて、本編開始。
おお~フルメタルジャケットの鬼教官が出てるんだぁ・・・ふーん、。うわ!コエエ!やっちょっ・・・えー・・・・うわっ!!!びっくっしたぁ!

とまぁ、終始こんな塩梅。
全体的にはすご~い良かったと思います。最近観たホラーの中では間違いなく一番良かった。前述のように、首の後ろの筋肉が引きつって、肩こりになったほどであります。これ観ながらバーガーはちょっとキツイです。良かった食っといて。
んで、どうしても悪いクセで、オリジナルのファンとしては「比べて」しまうんですが、そりゃやっぱりオリジナルは超えられません、絶対に。でも普通に怖かったし、面白かった。『悪魔のいけにえ』ですごく大事な要素だった“画面からただよう臭気”も見事に再現されている。

で、絶対に再現できないのがオリジナルのレザーフェイスのあの無気味さ。マスクの異様な恐ろしさから、不可解な挙動まで。ちょっとというか、かなりおっついてない。なんだか「モンスター」って感じで描かれてた。意外とカッコよかったりするし。ダメじゃん!
そういや今回と前作でこのレザーフェイスを演じたアンドリュー・ブリニアースキーという人は、ストⅡの実写映画版『ストリートファイター』でザンギエフ演じてた人なんだって。

でもそういう「再現できないもの」を除いて、かなり頑張ってオリジナルの雰囲気を大切に作りこんでありました。それに残酷描写へのアプローチが、オリジナルが間接的であった半面、こちらはかなり直接的でありました。「頭をハンマーで砕く瞬間」といった、普通だったら映さないようなとこまで映してる。


個人的には大満足でした。チケット屋で前売り券買って安く観れたし。新宿ってチケット屋多いからいいですよね。

んで、その後中野で打ち合わせ。焼き肉食いました。意外と平気だった。



バカなことを・・・なんでゆうこりんなんだよ。日本の配給会社って本当にアホだな。やめろ。
http://texaschain.exblog.jp/i3/
コメント

刻の涙を見ちゃいました。その3

2006-03-23 11:37:28 | 鑑賞
『機動戦士ZガンダムⅢ 星の鼓動は愛』観ましたぜ。今回も飛ばしてくよ!
ネタバレあります。

Ⅰの『星を継ぐ者』のレビューはこちら
Ⅱの『恋人たち』のレビューはこちら

全体的な感想は・・・・やっぱり不満ですね。
結果から言っておきますと、Ⅰの『星を継ぐ者』だけがとても良かった。Ⅱは最悪、Ⅲは・・・う~ん微妙、って感じです。
とにかく「ダカールの日」を切られたのがイタイ!「ダカールの日」はU.C史上においても重要なエピソードでしょう!あとロザミア登場エピソードもはしょられてたので、「湖畔」もなくなってました。
「湖畔」で語られるミネバの存在は、こんな、本来無邪気であるはずの子供が戦争の道具として祭り上げられなければならない不条理さ、そしてそれを駆使しようとするハマーンの狡猾性、怨念、さらにそれに対するシャアのやるせなさ、怒りを感じさせ、物語に深みを与えていたと思うのですが・・・・。

なぜこれらを切る必要があったのか?
端的に言えば、時間の問題でしょう。でも、切った部分があまりにもあんまりなんじゃ?「時間の都合でしょうがない」なんてものわかりいいフリしたくないぞ!
富野監督は今回の作品で、ただ単にエンタメとしてのアクションとテーマとしての愛を描きたかっただけなのか?
ねぇ、監督。そんなもの、他の誰でもやっていますよ。なぜ御大自らやる必要があったと?「こんな時代」だから?だとしたら薄っぺれぇよ!浅はかだ!
「時代性を意識する」アニメ監督はいつしかその時代に飲まれてしまったご様子。ごっくんと。年とったね!


ではシーン個々に感想を。
アーガマ内部。
毎回恒例の談話室新シーン。
監督はこれでキャラクターの深み、人間性を描きたかったんだと思うのですが、見事外してます。なんかあざとすぎてすべってる感じ。
クワトロがファの運んでくるケーキを見て「・・・わたしの分は」っておい!おい、あんたは俺か!!赤い彗星も地に堕ちたもんだ。びっくりしたなぁ、もう。

あとブリーフィングルームでファが本読みながらすっごい気の抜けた表情してるのは何か萌えた。TV版と違って、劇場版のファは女の子女の子してますね。可愛い。でもやっぱTV版が好きです。物語的には。

しかしカツ、うぜえな。ブライトさんも何とかしろよ!


戦闘シーン。
新カットも多くて燃えました。特にZがやっぱりかっこいい!!今回のウリはストーリーうんぬんより戦闘シーンに終始するなぁ。
TV版と同様、終盤でメインキャラクターが次々と宇宙に散ってゆきます。

カツが死ぬところでは、あれはTV版と変更あったのかな?なかったと思うのですが、泣けました。多分カツとサラのエピソードがはしょられてなかったからだと思うのですが。
カツが死ぬ間際、サラの亡霊が「人は正直すぎては生きていけないわ。でもそんな姿が美しいと教えてくれたのはあなた」(超うろ覚え)みたいなことを語りかけます。なんかじーんときました。

逆にTVと違って泣けなかったのは、ヘンケン艦長が意中のエマのピンチを助けるため、命がけでラーディッシュを楯にするとこ。
死にっぷりが妙に痛々しくて泣けたんですが、劇場版ではけっこうどうでもいい存在だったので、感情移入できませんでした。

ジェリドも可哀想なくらいどうでもいい奴になってました。
名セリフ「カミーユ!お前は俺の・・・」って言いかけて死んでしまうとこはまるっとカット。普通に死んでました。ボカーンて。さらにカミーユに「お調子者っ!」とかなんとか言われてたし。なんなんだよう。

そしてラスト。シロッコとの一騎打ち。
まぁ、この映画のメインですからね。ラストどうなるか!かなりドキドキしながら見ました。
「俺の体をみんなに貸すぞ!」は健在。死んでいった人々の想いを乗せて、ジ・オへ特攻をかけるZ!!
しかし。
シロッコの断末魔「貴様の心も一緒に連れて行く!」がなくなってました。何か「女だと・・・!?」とか何とか言ってたような。

もうこれでシロッコの魅力半減!迷いながら死ぬなよ!そういうキャラじゃないでしょう!!
「カミーユが助かる」というハッピーエンドのためには仕方なかったことなのだろうけど、こりゃちょっとヒドイセリフだなぁ。
で、そんなこんなでジ・オもろともシロッコは死に、カミーユは精神崩壊せず、ファと宇宙空間で抱き合って終わり。
このラストに関しては文句言えないですね。これしかなかったですからねぇ。ファが恥ずかしいくらいカミーユに抱きついてたのは笑いましたが。足が!股が!!ギュて。エロスよのう。

最悪だったのはエンディングテーマ曲。
あれもガクトなのかな?何かヘンなラップみたいなの。すっっっっごいゲンナリした。ガクトが悪いってんじゃなく、なぜこの陽気な曲調?もっとマジメな感じにして欲しかった。ラストなのに厳粛さが全く感じられない。
でもねぇ。そもそも厳粛って言ったってガクトの曲ってほとんど「君が~だいすきさ~」って内容のもんでしょ?少なくともZのテーマになった曲はそうだった。そういう詩の内容は、意味の深さにおいて「それにつけてもオヤツはカール」と同じだと思う。

ちなみにTV版の後期オープニング、「水の星に愛を込めて」は森口博子さんのデビュー曲として有名なのですが、そのなかの一節が「Z」という作品をよくあらわしていました。
「心にうずもれた優しさの星たちが 炎あげ呼び合う…」
ふとそう思ったのですが、カミーユと、そのカミーユが駆るZという機体が起こした奇跡を物語っているかのようです。
やっぱりテーマ曲ってこうやって雰囲気を感じさせてくれるものがいいですよね。

さて、この劇場版のラストによって「機動戦士ガンダムZZ」はなき者にされそうな勢いなんですが。
俺、けっこう好きなのに。
いや、ここは是非やっていただきたい!「新訳ZZ」!
そんで大画面で「プルプルプル~」ってやって大問題になったり。このご時世に。



総括!!
結局、「新訳」とは何だったのか?
それは監督も言っている通り、「Z」という作品から悲劇性を抜いたものでした。そしてそれを抜くことによって何か新しいものが生まれていたかというと、それはかなり疑問です。
「悲劇」という要素を抜きにしてカタルシスを醸成しようという試みは最近の富野監督作品に顕著な動きですが、ことこの「Z」から悲劇を抜くと、もはや気の抜けたコーラというか、深みのまるでない「戦争ごっこ映画」に過ぎないような気がします。
『星を継ぐ者』は、英雄物語として成功していましたが、『恋人たち』は恋愛物語として失敗、この『星の鼓動は愛』に至っては完全なロボットアクション映画でした。
それでいいってんなら成功なんでしょうけど。それは「Z」という素材で扱うべきものではないのでは・・・・?

とか何とか言いつつも、「あ~やっぱZかっこええわ」って思いながら、帰りがけさくホビに寄って、買おうかどうか迷っていたハイコンプロのZを買ってしまったのでやっぱZは好きなんです。

だって200分の1スケールで完全変形ですよ!買いますよ!買っちゃいますよ、男の子なら。
コメント (2)   トラックバック (1)

「ミュンヘン」を観たぜおい!

2006-02-20 14:11:31 | 鑑賞
「スプラッター映画の帝王は、スピルバーグだ」

80年代スプラッターホラーの重鎮、特殊メイク界の大御所、トム・サヴィーニ御大が、当時わたしが在学していた映画学校に特別講師として招かれた折、このようなことを言っておられました。

これは当時公開したばかりだった『プライベート・ライアン』を観てのひとことです。

これはわたしもおおいに納得のいく意見で、事実『プライベート・ライアン』以降、映画の中の「リアル」は本質的な変革、再定義を迫られました。

それはトム・サヴィーニ達が「現実的な現実」、つまり脳内で咀嚼する段階でのリアルを描いていたのに対し、スピルバーグは「現実」それそのものをスクリーンに再現しようとしたからだと思います。

なぜこれまで「現実」そのものを映画で描かなかったのかというと、これは極端な例ですが、例えば9.11テロの貿易センタービルに飛行機が突っ込む映像があります。
あれを見たとき、不謹慎ながら「意外と壊れ方が地味だ」と思いませんでしたか?もっと、なんか真っ赤な炎がもうっと舞い上がって「ドッカーン!」っていくと思いませんでしたか?
で、もしこのテロを映画化するとして、あの飛行機突っ込みシーンを現実そのままに再現してもなんだか味気ない、ちょっと「うそ臭い」ものに見えてしまうと思います。
だから今までの映画って「現実」と「現実的」を区別して「現実的」に見える、見栄えがする、表現をとってきました。

それが、『プライベート・ライアン』以降は少しずつ変わっていったような気がします。「現実」と「現実的」を絶妙なバランスで織り交ぜて、観客に「痛み」を伴った(わたしがたまにエラソーに言ってる「リアリティ=痛み」ってやつです)表現を突きつける。
観客はそこから、「嘘」である映画から無理矢理にでも「現実」を掴まされてしまう。

話がそれましたが、スピルバーグ監督は、こういった表現の第一人者であり、ものすっごく上手い!と思うのです。


『ミュンヘン』もそんな映画のひとつで、ここ数年ほとんどスピルバーグ映画に関心を示さなかったこのわたしでさえ、「これは劇場で観ねば!」と思わされる作品でした。
そもそもスピルバーグって、こういう映画撮らせたら右に出るものはいないのに、なぜ滑稽な馬鹿映画ばかり撮り続けるのでしょうか?『A.I』以降、大嫌いな監督になってしまい、おまけに主演のハーレイ君まで嫌いになってしまいましたがな。
もう・・・あの目で見つめられたら・・・・!
めくりアッパー昇竜拳くらわせちゃうよ!!

さて、それで『ミュンヘン』本編はそのリアリティあふれる戦闘(?)シーンはもちろん、個人的に好きなシチュエーションてんこ盛りのたいへん楽しめる映画でした。
何がいいって、数人の男が自らの信じる大義のため身を挺して戦い、ターゲットをひとつひとつ葬っていく。このちょっと『アンタッチャブル』的なシチュって自分的にはたまらんのですよね。大好きです。
イデオロギー的なことは抜きにして、エンタメとして観て楽しめました。もちろん、いろいろ考えさせられるところはありましたが。実際のテーマの内容どうこうにかかわらず、こういった「思わせぶり」的な重いテーマがある映画もまた、好きですね。

ただ、この映画、普通の人は観てて分かったのかな?日本人にはかなり馴染みの薄い問題なのでは?出てくる単語はそれ関係が多いし。PLOはまだしも、モサドなんて・・・そもそも中東問題そのもの、イスラエルとパレスチナってなに?どんな関係?って人、多いんじゃないでしょうか。
実際、「スピルバーグの映画観にきました~映画終わったら食事してせっくるしま~す」って感じのカップル多かったし。
もちろん、映画では関係ないので語られませんが、われわれ日本人としては当時パレスチナと日本赤軍が共闘して、日本赤軍が英雄視されてたなんて、すごく興味深い話なんですが、こういった歴史って多分誰も教えようとしないだろうし、そうである限り中東の問題なんてわれわれとは疎遠であり続けるんでしょうね。だからこそ今回の戦争で日本人が中東の人々にどれだけ憎まれてしまったか、ということにも関心を示さないのだろうし。
もう、「子供達の未来のため」なんてセリフ言えないでしょ。ちゃんちゃらおかしいw腹いてーよ、そんなざれごとは。

すいません、脱線しました。
それで、テーマなんですが、これは「報復の連鎖」とかそんなんなようですが、それよりわたしとしては「国家と個人」ってテーマの方がしっくりきたような気がします。
だから「国家」だとか、一定の「集団」に愛を求める甘ったれた人はご覧になってみるとよいかも。

ちなみに、さんざん偉そうなこと言っておいて、わたし自身もそんなに中東問題詳しくないので、この映画が実際詳しい人にはどう写るのか、それもまた興味あります。



・゜゜・:.。..。.:・゜(n‘∀‘)η゜・:.。. .。.:・゜゜・
THE・じまん

来校時、トム神に『悪魔のいけにえ』スチールにサインしてもらいました。宝物です。
実際トム神が関わったのは『悪魔のいけにえ2』なんだけど。
コメント   トラックバック (3)

島国根性

2005-12-03 04:10:53 | 鑑賞
いてえよ、もう。
腹立つわ。


殺陣の効果音録るために体中叩きました。気付いたら本気で痛くなっていたので自分に腹が立ちました。

腹が立つと言えば、カルシウム飲んでるのに、いっこうに効く気配がないのはなぜでしょう。
相変わらずお肌も荒れてるし。やだわ。

こうして、本日はしこしこと効果音録りに励んでいたわけですが、録り終えてからほんっとに久しぶりにVHSビデオを起動させました。
めし食いながら映画でも観よう、ということで。
観たのは渡邊文樹監督作品『島国根性』。

この監督、名前はともかくとして、有名ですよね。
突然、あなたの住んでいる街中に、奇怪な絵柄とキャッチコピーの映画ポスターが貼られていたことはありませんか?
わたしの地元では数年に一回あり、子供のころのトラウマのひとつとして今も深く記憶に残っているのですが、それをやったのがこの監督本人だったんですね。その奇抜すぎるあおり文句(「吐いてもいいけど会場の掃除手伝え」とか)で、怖いもの見たさでやってきた観客から、会場で「金返せ」コールを浴びている様子を、当時のニュースでやったりしてました。
『ザザンボ』『腹腹時計』『バリゾーゴン』とか撮ってます。

今年、数年ぶりに新作を発表されたようです。「日航ジャンボ機墜落事故」をモチーフにした『御巣鷹山』です。
ネットの情報によると、またブーイング浴びたらしいです。すげえなぁ。

で、この映画もはっきり言ってつまらんのです。
技術は稚拙だし、ライティングなんかすごい勢いで適当で、つぶれて映ってないカットとかあるし。
でも観てしまうんですよね。なぜか。
役者さんとかがほとんど出てなくて、普通の日常をストーリーに組み込んで撮っているような演出なので、妙なリアリズムがあるんです。それが心地良くてつい「もう一回」と観てしまう。
ストーリーなんかどうでもよくなってきます。

島国根性に対するアンチテーゼのつもりなのか、主人公たちはことあるごとに全力疾走。ありあまるパワーをその走りで表現しているかのようです。
主演も兼任する渡邊監督なんか、犬より速く走ってます。

最後のプチ『ホーリーマウンテン』みたいなオチは謎ですが。

ちょっと『四季・ユートピアノ』(NHKで80年に制作された名作ドラマ)みたいなノリがあります。フィクションであってノンフィクション風、みたいな。
もちろん、『四季』の方が作品としては素晴らしいですが。


さて、作業再開すっか。
ひとり静かな部屋の中で己が身を叩いていると、「何をしているんだろう、俺は・・・」とみじめにもなってきますが、そんな自分を客観視するもう一人の自分は「いやぁ、俺、けなげに頑張っているなぁ。泣けてくる」と自分のみじめさを噛み締めて自己陶酔してたりしており、さらにその自分を客観視するもう一人の自分によると「おまえ、好きでやっとん違うんか」と超クールな意見が飛び出してきて、もう、本当の自分が誰さんなのかわからなくなってきて、しまいにはどうでもよいので

もう寝ます。
コメント

刻の涙を見ちゃいました。 その2

2005-11-10 18:21:41 | 鑑賞
その1はこちら。今回もマニアック(?)に行きます。
ネタバレちょい有りです。今さらですが。

先日、『機動戦士ZガンダムⅡ-恋人たち-』を観に行ってきました。
うーん・・・・今回はどうもヤな予感的中ですね。印象としてはとにかく、めっちゃくちゃ忙しい映画でした。TV版観た人にもこのペースはちょっとキツイんじゃないかと。ただでさえ複雑な世界観設定なのに、あそこまで飛ばすともう、わけわかんないですよ~。
観てない人にいたっては完璧おいてけぼり状態なんじゃーないでしょうか?

さて、サブタイトルの「恋人たち」が示すとおり、本作は基本的に恋愛映画っぽいものを目指していたらしいんですが、これもどうだか。恋愛映画って、大切なのは(観ないわたしにでも分かりますが)二人の間に流れる空気感を表現することなんじゃないでしょうか?この作品はそれをすごくないがしろにしている気がする。これでは「しょせんロボアニメ」と言われても仕方ないです。素材がちゃんとしてただけにもったいない。
ここで描かれているのは、「恋人たち」ではなく「女たち」であります。パンフには「戦いに翻弄される『恋人たち』の物語」とありますが、むしろ戦いの中で己を見出そうとする女たちって言ったほうがいいような気がします。だって、ここで描かれる男って、いつもその「女」に翻弄されてますし。
自分の宿命や、もっと大きな存在に賭けようとする女と、それをとりまく野郎どもって感じですか。

もう、ほんと、しんなりします。
ただ、ただ、「男って弱い」ってメッセージがひしひしと伝わってきたんですが。ここではあの大嫌いなシロッコでさえ男気あふれて見える。特攻かまそうとしたベン・ウッダーに関しては男の中の男と言ってもヨイでしょう。

あ、あと関係ないけどアッシマー弱すぎる・・・ナゼ?ほとんど瞬殺ですわ。
ぶっちゃけ、出さなきゃいいのに。

声優陣の変更については、ネットでも話題になりまくったフォウの配役変更はやはり痛かったですね。うーん、ほとんど思い入れのないキャラクターですが「フォウ=島津冴子」という印象があまりにも強烈だったので。この方の声って、多分皆さん聞いたら「ああ」と大体わかるような有名な方で、すごく艶のあるいい声していらっしゃるんですよね。それが、なんかフツーの娘っこみたいな声になっちまって・・・・。あわれだ。不憫ですらある。
しかし、だ。しかし、それにしても何でサラが池脇千鶴なんだ?いまさらそんなんで客とる様な作品じゃないでしょー!今の水谷優子(ちびまる子ちゃんのお姉さん)さんじゃあ、確かに色っぽすぎてあのウイウイしさは出せないかもしれないけど、なーんで、池脇千鶴?すごい、声、ういてたし。
これについては逆に本人がかわいそう。「なんでこんな仕事を・・・」って思ってしまいます。声優さんだけが持つ「声の力量」に思いっきり引けをとっていたような。

毒ばかりじゃアレなので良い点も。
実はTVシリーズ観てて、レコアさんがエゥーゴ裏切ってシロッコにつく理由がイマイチ分からなかったのですが、今回の映画でかなり、というかよく分かりました。彼女とクワトロとの何気ない会話のやりとりで分かってきますね。短く、明確に重要な部分を切り抜いていました。
クワトロ大佐って(訂正:大尉でした)、シャアとして人々を率いるカリスマ性がある反面、自分を好いてくれている女一人を絶望させちゃうようなカイショなしでもあるんですね。そこらへん、面白いです。
あと、最後。「なんでここで終わるかなぁ」とは思いましたが、ハマーン専用ガザC(!)でエゥーゴのモビルスーツと接触するカットはかっこよかった!「さぁ、お膳立ては整った」って感じで続く、とな。

でも、どんなに良い点を取り繕ってみたところで、やはり今回はちょっとひど過ぎる・・・・富野監督って、時代性をものすごく気にする人だから、もっと丁寧に演出してくれるかなと思っていたのですが。残念。
わたくし的に、ガンダムが面白い点って、ひとつの歴史的事変(戦争)を様々な角度で個人の視点から見せてくれるところだと思うんです。ファーストがそうであったように、時には敵であるジオンの視点から、時には民間人、難民の視点から・・・・。そういう丁寧さを破棄し、ロマンチックに恋だのなんだの語らなきゃいけないし、エンターテイメントとして戦わなきゃいけないし・・・・。結局すごくうすっぺらい作品になってしまっているなぁ、と。そんな印象です。

そして映画の最後。
恒例の次回サブタイトル発表。最終話です。・・・・・じゃーん。

『機動戦士ZガンダムⅢ-星の鼓動は愛-』

       ヽ(・ω・)/   ズコー
      \(.\ ノ


愛だの恋だの・・・・
キュンキュンか?そんなにキュンキュンして欲しいのかっ?してやるよ!だったらしてやるよ!
ハイハーイ!キュンキューン!(こわれた)
コメント (5)   トラックバック (6)

スター・ウォーズ エピソード3 『シスの復讐』最終鑑賞

2005-10-09 13:30:47 | 鑑賞
はぁ~。
終わった。10月7日、ついにエピソード3の本公開が終了しました。一部の劇場を除き、これにてエピソード3「シスの復讐」とはさよならです。

今回はあまりにも鑑賞回数が少なかった。もう、もっと全然観たい!観たりない!と思いました。忙しかったってのは言い訳かなぁ?でもほんとに時間が無かったんですよね。すごく残念。

それで、もっとも由々しきことは、わたしとしたことが「ため買い」しておいた前売り券を使いきれていなかったこと。そう・・・一枚余ってしまったんです。くやしい!!
仕方ないので、仕事帰りの友人を捕まえて一緒に観に行きました。

今回観に行ったのは府中の映画館。京王府中駅前にあるデカいデパートに併設されているシネコンです。
そこの『プレミアスクリーン』ってとこでの上映だったのですが、これがまたすごくいい!
席数が少なく、シートはゆったりとしてリクライニング付き、おまけに席の間に小さなテーブルまであるのです。
スクリーンも綺麗だし、音もいいし・・・。まぁこの前、吉祥寺の映画館(古い劇場。でも好き)で観たからよけいそう感じたのかも。
とにかく、最後を飾るのにふさわしい環境での鑑賞となりました。

もうこの映画に関しては、一晩でも語り尽くせぬ思いがあるのですが、冷静に語るとするなら、今回のエピソード3は「メタファーで構成された映画」だったなぁ、ということです。
主人公・アナキンは人間が持つ愛とエゴの同一性、ダース・シディアスことパルパティンは純然な悪意(イアン・マクダーミドがその狡猾性を名演!)、ジェダイやヨーダの存在は「正しきもの」への猜疑、そして銀河帝国の誕生は民主主義というシステムが崩壊に至る経緯を、非常に分かりやすく、また比喩的に描いていたと思います。

かつて「正しきもの」と呼ばれていたものが、「戦争」という究極の状態から悪へと変貌を余儀なくされ、その意識は「新しき秩序」を生み出す。
エピソード3はその工程を個人から世界のレベルに渡って描ききっており、なぜ人々が自らの意思で「自由」を捨てるに至るのか、という悲劇が明瞭に描写されています。

劇中、帝国の誕生を告げるパルパティンの演説は、なんだか今のアメリカ、ブッシュ大統領の戦争やテロに関する演説を見ているようです。

新しい秩序がこうして布かれる中、数少ない「本来の民主主義」者のひとり、ヒロインであり議員であるパドメはその演説を聞きながらこうもらします。
「これで自由は死んだわ。万雷の拍手の中でね」
これは『エピソード1・ファントムメナス』の時代から政治に絡んでいた、彼女個人が持つ「民主主義」というシステムへの思い、やるせなさ、個人では全くどうにもならないこのシステムが持つ欺瞞性を一言で表していました。

そしてファンにとって最もショックだったのが(分かっててはいても)『オーダー66』ことジェダイ抹殺。
劇中はおろか、われわれファンにとっても「正しさ」と「正義」の象徴であったジェダイ達が、敵ではなく、他でもない味方によって抹殺されてゆくさまは、「調和」というものの本質を訴えたかったルーカスによる、ファンへの痛烈なメッセージだったのではないでしょうか。

ああ、やっぱ長くなってしまった・・・・。
ともあれ、ラストシーン、ゆくゆくは帝国を滅ぼすこととなる希望(ルークとレイア)の誕生は、この映画を凡百の映画とは明確に異なるカタルシスを生み出しています。掛け値なしに美しいシーン、カットだと思います。


これで当分スター・ウォーズの劇場鑑賞はできなくなるなぁ。
とか言ってる間にDVD発売のアナウンスが。11月23日発売とのことです。はやっ。ちなみに全6部作コンプリートBOXも発売されるとか。これも欲しい・・・。

こうしてわたしはずっとスター・ウォーズに貢いでいくんだろうな。おちゃめさんめ。
コメント (5)   トラックバック (8)

映画『レストラン』試写会

2005-09-11 14:24:12 | 鑑賞
またまた試写会です。

今回も中目黒GTプラザホールでした。
会場に到着、一応招待されたにも関わらず、中に入っていいものかどうか分からずに会場前をうろつく痴れ者二人組。
このままお客さんの列に加わろうか、と思っていたところ、制作の方と再会、中に入れてもらいました。

そこでスタッフの方とも再会して、挨拶したりなんかしたり。で、カメラマンの広瀬センセーにもご挨拶。気さくに今回の撮影についての質問なんかにも答えてくださり、とてもありがたかったです。ひとつの作品を通じて醸成される連帯感って、いいなぁ。

機材トラブルがあったようで、試写会は30分遅れでスタート。
まずは舞台挨拶。
こちらにもたまに書き込みしていただいている司会の木下さん、妙なテンションが受けましたwつうか、恐らくいちばん笑いとってたんじゃ・・・・。
長谷川さんも相変わらずお綺麗で。

やっぱワンピだよなぁ!ワンピース最高だよ!鬼に金棒だよっ!!(はぁ?)
『延示』における衣装は、基本的に長谷川さん本人まかせだったのですが、あるシーンでは唯一指定をしました。それが「ワンピースで」というもの。
そういうことなんで、全国津々浦々の長谷川さんファン並びにワンピマニアの方々、内容なんかどうでもいいので彼女のワンピ姿を見るためだけにも、是非『延示』をお薦めさせていただきます。
あなたのえみっちライブラリー、マニアックライブラリーに・・・・一家に一本、『延示』のDVDをどうぞ!
・・・・完成してないですけどね。すいません。

はい、馬鹿もやすみやすみ言え!いよいよ上映です。
はい、これまた呪われるとイヤなので感想は言いません。
以上!
以上だっ!!

・・・・会場を出てマネージャーさんと話す。
「あー、やっぱ『悪魔のいけにえ』好きみたいですよ」
ん・・・・?
あれ、ちょっと、やだよぉ。真後ろにいるじゃないの、 『悪魔の棲む森』の監督さん!
で、一応紹介なんぞさせてもらいました。やはりわたしと同様、「特にホラーが好きではないんですが、『悪魔のいけにえ』は別格ですね」とのこと。
そうなんですよね~、まさに別格。フィルムがN.Y.近代美術館に保管されてるぐらい、『映画』としての存在価値が高いんですよね。
また次回作を構想中とのことなので、悪魔兄弟としては是非頑張っていただきたいです。


ところで。
夏突入するあたりから続いてきた『延示』以外の活動。大雑把に言えば長谷川さんに関連して動いてきた一通りの活動も今回でおそらく終わりです。
これからは再び『延示』のポスプロに専念すべく、必然的に自閉症モードとなります。

外に向けての活動も楽しかったし、いい意味で緊張もしましたが、とりあえず自作品の完成を急がねば!
と、こんなん宣言したところで「なんだ。えみっちの情報、もうこのブログに出て来ねんだ。もう見ね」というファンの方々の声が聞こえてくるようです。アクセス数急激ダウンの悪寒・・・・。

ああっ!待って!もうちょっと待って!
今、ネタ考えるから!ネタ考えてでも情報出すから!


人はそれをデマと呼ぶ。
以後、『ちくわブログ』から『週刊ちくわ自身』にタイトル変更。
うそ。
コメント

映画『悪霊箱 Vol.1 悪夢の棲む森』試写会

2005-09-05 06:57:44 | 鑑賞
に行ってきました。

「来れますか」と疑問形で聞かれたので、「わお。行っていいの?」と思いながらも「ああ、日曜ですか。『まぁ』・・・大丈夫ですよ」と答えておきました。
ウソこけ。ばりんちょオッケーだろテメー。

とりあえず見得は切っておいて会場のある中目黒GTプラザホールへ行ってきました。
わ、すごい人。

さすが商業。きい。うらめしい。

中に入って長谷川さんと再会。会ってすぐに「ありがとうございますっ!」と礼を言われたので『うぇい?』と狼狽してしまいました。
特典DVD製作のお礼が言いたかったようです。ああ、なんてよい娘だ。俺なんか招待された礼なんか忘れてとっとと席についてしまいました。無礼ここに極まれり。俺のドジっ!すみませぬ、マネージャーさん。
つうか、もう緊張してたのです。また例のごとくこういった場に慣れていないので。われわれは例えるならばセレブな社交場に紛れ込んだ労働者であります。
一言で言えば「場違い」?

しばらくしてお客さん入場。
あっ。
そういえば長谷川さんのファンに実際会うのはこれが初めてです。一体この中の何割が・・・?分からないけどほとんどそうなのだろうなぁ。
結局よく分からなかったので、ヨンさマニアよろしく「はせさまーっヾ(゜д゜)ノ゛」とかみんなでやってみるとよいかもわからん。

その後舞台挨拶。
監督さんがわたしより若い上、堂々とされていたのでちょっとコンプレックスを感じました。「あー、監督ってのはこういう人がなるんだろうな」と。でもわたしはわたしで監督である前にオタクであるので(気概の問題ではなく、先天的な性質の違い)、しょうがないか、とも思いました。
ちょっと前に某監督さんに「俺のように自分で自分を追いつめる人間は監督むりですか」と聞くと「あー、無理無理」と軽くいなされたほろ苦き思い出もあるので、ゆっくりと、そして静かに『監督らしい監督』になるのは諦めがついていました。
その割にはインチキくさいあごヒゲで貫禄をつけようと頑張っていたのは内緒です。

舞台挨拶が終わるといよいよ上映開始。
・・・・いや~、スパイシーですな。
あまりにも怖くて呪われるといやなので、感想とかは書きません。
ただ、長谷川さんの悲鳴がたいへん素晴らしく、じゃっかん興奮したことを告白しておきます。されても困るでしょうが。
ばっちりスクリームクィーンを演じてらっしゃいました。めざせ!和製マリリン・バーンズ!!
うん?こういう方向でいいのか?俺としてはおおいに結構なんだけど。

で、思ったのですが、こちらの監督さん、絶対『悪魔のいけにえ』が好きだろうな、と。俺もそうだから分かります。
機会があったら是非、先ごろ発売された『悪魔のいけにえ ドキュメンタリーパック』のDVDを肴に朝まで生いけにえモードで語り合いたいものです。


しっかし・・・設営スタッフに知ってる人たちがいたのにはびっくりしたなぁ。一体、どこでどう、なにが繋がっているのかもう皆目見当もつきませぬ。想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。もはや刊行40年以上のアメコミばりにとりつくしまがねぇ。

業界ってよく分からん。
コメント (2)

スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐 鑑賞記

2005-06-26 20:43:34 | 鑑賞
劇場が暗くなり、20世紀FOXのファンファーレが鳴り響く。積年の思いは最高潮を向え、それは全身を這う痺れとなる。痺れは鳥肌となり、涙に収斂される。
タイトルが出て、おなじみのテーマが流れ、おなじみのスクロールが始まる。

あれから3年たったのか。たまらなく辛いこともあったけど、こうしてまた劇場で彼らと再会出来るのは何て幸せなことだろう。

とかいって。
でも思えば私の上京以後の生活は、常にスター・ウォーズ(以後SW)と共にありました。上京の翌年エピソード1が公開され、あれから早6年。ついにサーガの最終章が公開されました。と言ってもまだ先々行上映だけど。

ファンの一人である私は、すでにファンでありすぎてSWという映画を客観的に観ることが出来なくなってしまっています。一昨日のブログでも書きましたが、SWという映画は、ファンが観る場合とそうでない場合とでは、観方にかなりの差が生じる映画だと思うのです。
その乖離は今回のエピソード3で決定的なものになるような気がします。

主人公・アナキンの葛藤はそのまま『ジェダイの帰還』でのルークを彷彿とさせ、『運命の戦い』からダース・ヴェイダー誕生に至る経緯は、ヴェイダー(アナキン)というキャラクターをこれまでより何倍にも増して魅力的に描いており、旧三部作における彼の立ち位置まで変質させています。
また各媒体でアナウンスされている通り、エピソード3という作品は今までの中で最も暗いお話です。実際、「帝国の誕生」で終わる物語なので、そのことを覚悟はしていたのですが、実際観ると相当へこみました。
この暗さでもっとも救いようが無いのは、登場人物(各ジェダイ)の死のドラマ性の無さです。ルーカス監督は狙って撮ったのだと思いますが、ほんとに「何もない死」ほど胸を打つものはありません。

クライマックス後には様々なファンへの回答がなされており、この部分こそ我々ファンにとってのクライマックスなのではなかったか、と思います。

そして最後。
エピソード4で語られるとおり、ルークはアナキンの義兄弟、若き日のオウエン・ラーズとその妻ベルーに預けられます。
そのラストカット。詳細は書きませんが、あの構図、カメラに映し出されるもの、それを意味するところを知る人は、この作品が必ずしもバッドエンドではないことを承知するはずです。

ルーカス監督から我々に与えられたラストカットの「希望」は、見事なサーガの総括であり、回答でありました。
「環は完成した」
エピソード4でヴェイダー卿が老オビ=ワンに語る台詞です。
まさにサーガの環は完成しました。消化不良な部分も無くは無いですが、個人的にはこれ以上望むもののない作品だったと思います。

これでまた旧三部作が観たくなりました。
よくルーカスは金のために映画を撮っている、と言われますが、金のために撮られた映画がこれほどまでに面白いのだったらじゃんじゃん金のために撮ってくれ!と言いたいです。

とは言えもう最後。
二度とこれほどまでの興奮や感動を与えてくれる映画は現れないでしょう。残念とかそういう感情ではなく、ただただぷっつりとした感覚。「終わる」というのはこういうことか、と実感した次第です。

かつてルーカス監督はこう言いました。
「劇場で感じる痺れるような一体感。今の若者にもぜひそれを味わって欲しい」
ルーカス監督はこの痺れを、子供時代に見た連作映画『フラッシュ・ゴードン』なんかで感じたものとして発言していたのでしょう。
それを彼の作品で、本当に味あわせてもらいました。
終わってしまってもその感動だけは普遍的に心に残ります。この感動はルーカス監督から教えられたもので、何物にも変えがたい大切なものです。

月並みな言い方ですが、いつか自分も人にそう感じてもらえる作品を作ることが出来たら、と思います。

こうして感動が連鎖していくのってなんかいいですよね。
コメント (13)   トラックバック (23)

生殺しスター・ウォーズ

2005-06-25 02:40:45 | 鑑賞
「我々は彼らの未来を知っている」
スター・ウォーズ新三部作の始まりであるエピソード1が公開された頃、ある人がこんなことを自らのコラムに記していました。

この言葉は新三部作、つまりプリークェル(前史の意)の意味するところを端的に表した言葉だと思います。

明日(実際には今日)、ついに待ちに待ったサーガ最終章、スター・ウォーズ エピソード3『シスの復讐』が先々行上映されます。
もう楽しみすぎて身悶える!って感じです。そんなわけで本日はプリークェル復習のため、エピソード1、2のDVDを鑑賞していました。
こうして改めて観ていると、やはりプリークェルというのはファンのための作品だったな、というのが正直な感想です。もちろん監督がおっしゃるとおり、ファンじゃなくても楽しめる映画ではあるのですが、旧三部作からの『繰り返し』によって得られる独特のカタルシスというのはやはりファンにのみ得られる感情だと思います。

しかしこれはしごく当然のことで、我々が彼らの未来を知っているからこそプリークェルという作品は成り立つのではないかと思うのです。
何の予備知識も持たない人が、いきなりエピソード1を観たところでわけがわからなくなるように・・・・。

特に今回楽しみなのは、ファンが心底待ち望んだ『運命の戦い』がついにこの目で観ることができる点でしょう。
『運命の戦い』とは、主人公アナキンとその師匠であるオビ=ワンとの一騎打ちの場面を指します。なぜ待ち望まれていたか。それはこの戦いが旧三部作公開時のかなり早い段階で具体的に公表されていたからです。

手元にあるもっとも古い文献だと、徳間書店から80年に発刊されたムック『TownMook増刊スター・ウォーズ帝国の逆襲』にそのことが書かれてあります。
エピソード3でルークとレイアの子供時代が描かれるだとか、もしかしたらチューバッカが登場するかも、といったかなり鋭く、込み入った内容が書かれています。古本屋で手に入れた94年当時、回りにスター・ウォーズに関する情報が全く無かった時代だったので、食い入る様にこの記事に見入ったものでした。
そこに件の『運命の戦い』に関する記述があったのです。ちなみにここでは「ダース・ヴェイダーがマスクを被るまでの話がある。(中略)ルークのお父さんとの決闘で火山に突き落とされちゃう」なんて書かれてあります。多少の違いはあっても、この時点で全貌は明かされていたわけですね。さらに83年になって『ジェダイの帰還』が公開されればアナキン=ヴェイダーが確定するわけですから、決闘するのはルークの父(つまり本人)ではなくオビ=ワンということが明かされるわけです。

こうして待たされた我々は、ついにその瞬間をこの眼にとどめる事が出来るのです。ファンになって約12年。明日、その時が訪れるのが信じられないくらいです。

このブログを読んで下さってる方々でスター・ウォーズファンはかなり少ないかと思われます。そんなファンでない方々からよく聞かれるのが「なんであんなに騒いでるの?」とか「なにがそんなに面白いわけ?」という質問です。

それに関してはつまるところ、我々は知っていたことを事実として確認し、その詳細を待ち望んでいたから、と答えることができると思います。

ようは我々ファンは、ルーカス卿によって生殺し状態に置かれていた、ということです。

ヒドイ人は約25年も。私なんかは12年だからまだいいほうです。
しかしまぁ。
これでひとつの時代が終焉を迎えるのは確かなこと。もうこのお祭騒ぎは体験できないんだな。そう思うとちょっとおセンチになったりもします。

いつかふり返る日が来たとき、生殺しの日々が実は一番幸せだったのではないかと、ふとそう感じる時が来るのかもしれません。
なんにしてもそうだけど、「終わる」ってのはさみしいもんですね。


ではみなさんお約束。
「フォースと共にあらんことを」
コメント   トラックバック (3)

東京アンテナコンテナ『下駄とチャペルとフォークギター』観劇

2005-06-24 03:22:20 | 鑑賞

『延示』で主人公、水葉の先輩である三枝役を演じてくださった吉丘くみさん。その吉丘さんが出演中の舞台『下駄とチャペルとフォークギター』を21日観に行ってまいりました。

場所はヤングと芸術の街、下北沢。
この街の雰囲気って、例えて言うなら夢見るヤングの過剰なやる気。
あの独特の食いつかれるような前に前にって感覚は、下北にたむる方々と猥雑な街の雰囲気によく現れていると思います。一緒にいると喰われちゃうよ、みたいな。

なのであまり自分から行くことは無いのですが、東京で自主映画を撮るということは、この街にいくばくかは関与することになる場合が往々にしてあるみたいです。
一度、自主映画作家のつどいみたいなのに行ったことがあって、なぜだか集合場所が下北沢でした。実質それは飲み会だったわけですが、飲み屋自体はそこそこ高いとこに行ったりして、下北でやる意味が無いような・・・・って感じでした。そういうのって何かしらじらしいですよね。

では本題に。
いろいろ個人的に難癖つけてみても、下北には芸術を謳歌するための施設がいっぱいあるんですね。その中に数々の劇場があるわけですが、今回行ったのは下北沢「劇」小劇場。
小さいながらも二階席まであったりします。

観劇した『下駄とチャペルとフォークギター』の内容は、70年代を舞台にした青春コメディー。
今回の観劇に関しては、まず心底「あ~プロの仕事だなぁ」と思わせられる部分が多々ありました。もうのっけから笑わせて持っていかれます。お客さんのノリもよく、舞台には欠かせない「客との一体感」ってのをかなり体現されてました。正直これには脱帽です。お客を楽しませようという真摯な姿勢がひしひしと伝わってきました。
正直なところ仕事帰りな上寝不足だったので、途中で寝るだろうなと思っていたのですが、爆笑するような部分もあったりして、寝れませんでした。

主演のひとり、イジリー岡田さんは下ネタ無しバージョンでしたが、かなり笑わせてくれました!ちょっとファンになったかもしれないです。特に終演後のフリートークでは笑いっぱなしでした。
友情出演の涼平さんは男の私でもほれぼれするくらいかっこよかったです。しかしあんなに足が長いのは異常としか言い様がねいです。またかっこいいくせにしっかりと笑いとってるところがニクイことこの上なしでしたよ。ああ、ニクイ。本当にニクイよ・・・・。
そして吉丘くみさんもダンサーとして出演。やっぱりすらっとしてるからダンスも映えてました。キャラ的にも面白かったし、踊ってるとこなんか普通にかっこよかったし。
こういう人が俺達の映画に出てくれたことを、ちょっと誇りに思います。またこれからも是非頑張って欲しいものです。そして芋ずる式に我々もいいとこまで連れてって下さい。他力本願。


そういえば今さっき思い出したんですが、なんで俺ってこんなに下北沢に怨みに似た感情を抱いてるのかな、と考えてみたら、前作った映画が下北の自主映画劇場の上映選考から落ちたからだ!という事実が判明しました。
これをかんがみるに、RIFFILMという団体の基本要素がいかにルサンチマンというエレメントで構成されているかということが分かります。「ちくしょーばかにしやがって」という感情が実は制作の際のモチベーションになってたり。

そろそろこの「ねたみ」や「そねみ」って感情を捨て去らないと、いつまでたってもダディークールになれないよ、と自己啓発。
コメント