ちくわブログ

ちくわの夜明け

募金をして、ナマ乳揉もう!

2009-08-30 01:31:09 | Weblog
明日は選挙の日。
みなさん、国民の義務はキッチリと果たしましょう(キリッ)。



あ、さて。

みなさん知っていましたか!!
僕は知らなかった!!!

先ほど知人より通報があったのです。


昨日今日と新宿にて、募金をすれば乳が揉めるというイベントがあるもよう。


「マジか」
と「募金 巨乳 新宿」でググったわたくしは、本日2度目のビックリ。



http://sexynews24.blog50.fc2.com/blog-entry-1995.html


うひゃあああああああ
なんぞこれ
まじで。まじで世も末と嘆きたくなる・・・・


えっとえっと待て待て。
つまりこういうことか?
一口千円。揉ませてくれるのは3人、1人につき5モミン。
3かけることの5=15だろ?
要するにあれだ、最低額千円できょんたが15モミンでける ていう。


きょんたっていうのは巨乳のことです。なんか動揺して打ち間違えばっかしてる。何に動揺してるんだろう俺は。

うおー
日本の未来が心配だ。
選挙とどっちとれば日本のこれからのためになるんだろう。


いやいやこれは選挙とか言ってるバヤイじゃねーぞ
えーーとううん・・・・






東京って、スゲエ街だなあ・・・・
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映画制作について

2009-08-24 04:02:19 | 映画制作
わたしがこの先、製作途中だった学生運動に関する映画を完成させるのか、待っている人はいなくても発言だけはしときたいので久々にそれについて書きます。


現状はお膳立てが整った状態です。
ほとんどのインタビューしたい人には会うことができ、また名刺もいただきました。
しかしそれ以降、ここ一年はほとんど動いていません。


お仕事に集中したかったのが一番の理由です。
理由になってないかもしれませんが、それは「金」と「不安」の両面からきています。
とにかく映画を作ろうというのにお金が無かった。
でも今回の映画は無くても撮れると思っていた。

実際、撮れると思う。

しかしそういう冒険をする勇気が出なかった。
不安。

「仕事しなきゃ」という不安です。
わたしみたいな、ほとんど職質されたら答えようが無い職業の人間は、自分の「職業」に対する拠りどころが無いので、常に仕事をしていないと「このままじゃ餓死するんでは」という謎の強迫観念にとらわれます。

そういうことをやっているうちに、お仕事に対するプライオリティがぐんぐん上がってきて、いつの間にか映像にさく時間が「仕事」で埋め尽くされてしまいます。



これらは全ていいわけです。
再開は年内にはするでしょう。
ただ、どうしてもひっかかっていることがあって進みません。
「君は僕の事をどれだけ知ってるの?」


これ、次に言われると、もう自分でもどう思うか分からない。
当事者にとっては、取材する側の及びもつかない領域だけに。
一応、命張ってたんだもんな・・・・

中にはホントにどうしようもない年寄りもいるけど、「戦ってきた人」たちは違う。
われわれとは人種も、人生観も違う。優しく諭してくれるということもあるのか分からない。
ある元・武闘派と言われる大物と会ったときは、怖くて震えた。
あの人を僕が取材するとして、キチンと目を見て話せるだろうか。なんか問い詰められたらどうしよう。すごく怖い。


でもだからこそやる価値があるんだと思う。


ここで再開するにしてもしないにしても、わたしの立ち位置をはっきり残しておこうと思う。

学生運動に関する思想を一元化して「こうだ」と言うことは出来ない。
新左翼だけでなく、民青もいたし、アナーキストもいた。
その新左翼でさえ分裂を繰り返し、殺しあうまでになった。

はっきり言って、歴史として俯瞰して見るなら、愚かしくて評価なんてできない。
しかしそんなふうにうっちゃっていいものだろうか?
自分たちの親と同じ世代の人々が、国家権力と闘った。思想がどうとはいえ、「闘った」という事実。
闘った人間を、行動した人間を、なにもしてないわれわれが「無意味だ、愚かだ」と言うのはおかしい。
だって、彼らは歴史上の人物ではない。今、まさに生きている人々だ。自分と同じラインで評価しなければならない。
「じゃあお前はどうなんだ」


これに対する答を、出したい。
わたしは、われわれはどうであったか、という答を出したい。

三島由紀夫はかつて、東大全共闘を相手に
「そして私は諸君の熱情は信じます。これだけは信じます。ほかのものは一切信じないとしても、これだけは信じるということはわかっていただきたい」
と言った。

それは一般人で、何もしていないわたしも、同じ気持ちです。
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夏とうっかり

2009-08-20 02:59:11 | Weblog
なんか今年は「夏」って感じがぜんぜんしない。
そして気付けばもう夏は終わろうとしている。



・・・・・・



ざまあみろ!

うかれてた奴らざまあみろ!フヘ!


でもほんとに今年は「あついあつい。身体が調子悪い」っていうくらい
ガツンと暑い感じがなかったような気がします。
そういや8月に撮影、一回もやってないや。
月末に2回ほどあると思うけど、今のところロケハンしかしてない。

撮影機材かついで猛暑の中をうろつくと軽く意識が飛びます。
7月に一度炎天下でやったときは、役者さんもろとも倒れそうになりました。


というわけで暑いのは大嫌いなのであります。
海とか非常に胸糞悪いスポットが若い汁で汚されていくのもしのびない。
海は入るもんじゃなくて眺めるもの。
眺めて人生を考えて、自分に酔っているうちに、まじで人生考えすぎて
欝になる。そんなところ。

それを若い者が、われ先にとinしたがるあの醜態を見よ。
彼女の肢体がマブマブで「おっきしたお」になって海から出れないという危機。
そんな若い日の一日!


うわああああああああああああ


そんな危機・・・一度でいいから・・・



マブマブ→おっき→脳in→帰宅→脳out→シコーリ



ていう充実した間抜けさを知りたい。
マブマブしたい。


ロケハンでうっかり海に行ったばかりにこんなことを思った。
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批判と自分

2009-08-14 04:01:20 | お仕事
先日、以前お世話になっていた事務所の方から連絡があり、「最近どうー」的な話になりました。

「まあぼちぼちです」と無難に答えたりしましたが、いつも目上の人に(久々に会うとたいてい、どの人にも聞かれる)こういったことを聞かれると「なんちゅえばいいんだろう」と考えてしまいます。
暇なときには「ヒマっすなー」と言えば「あはは」で済むんですが「忙しいっすな」とか下手に言っちゃうと「稼いでるねー」と言われたり、とられたりしてしまうのです。

いろいろ気を使うお年頃です。


さて。
そのお話の中で、某所でアシスタントをしていたA君のことが出てきました。すると
「ああー、彼ね。なんか自分のブログで自分が関わった作品の批判したらしくてね。クビになったよ」とのこと。


ああー。
バカだな。そりゃダメだろ。
おとなしい人だったのになー・・・

批判するのはいいと思うんですよね。
でも下っ端が作品名挙げて批判とか何様か。それこそじゃーお前はどんだけのことができるんだ、ていう。
やっちゃいかん。



でも正直言うと気持ち(だけ)は分かったりします。

たいしたギャラもらえなくても「勉強だ」って現場行って、下っ端なのでカメラマンさんとかに怒られまくり、12時間以上の拘束はザラで・・・
で、ある日上がった製品が送られてくるととんでもねークズで目も当てられない。お願いクレジットから俺の名前消して・・・っておい名前間違ってるよ漢字が!

みたいなみたいな。

現場であんなエラソーにしてたカメラマンのこの仕事っぷりはなんなんだよ。照明さん暗くて顔潰れてんよ。監督の素人みたいな編集はどうなのこれ・・・・


上記はあるVシネマでのこと。

こういうことは特に、スポンサーがついてないような小規模の「映画系」作品では往々にしてあります。
やっぱりえらそーにしてんならそれなりの仕事やってほしいです。現場の人間に言わせれば。
技術で食ってんじゃねーのかよ、だって・・・・


これは一例に過ぎなくて、映像を仕事にし始めた頃は何度もこういった経験に合いました。

そんな経験を通じて「映像を生業にしている人たちはすごい崇高な方々に違いない!だってプロだもの」というわたくしの幻想は崩れ、おかげさまで現実を見れるようになりましたよ。


反面、スポンサーがついてるようなお仕事(簡単に言えばTVとか放送系)で関わるような方々は、見ててすこぶる勉強になりますし、上がった画も「すげーさすがプロだ」と思わせるものがあります。こういう人になら別にしごかれてもしょうがない。
でも本当に、経験則からお話すると、こういう方々ほど、どこか謙虚。
「相手が違う」っていうのもあると思うんですが。


思うのは、なんか現場で下っ端だからって「無茶な扱いをしていい」っていう風潮はもうダメだと思うんです。
だってお金なんてたいしてもらえないから、学ぶために来たのに学べないとか、その上むやみにエラそうにされるとか・・・そりゃイヤになる。

映像業界では、今はディレクターが溢れててアシスタントがいない、って現状のようです。
それはやはり業界の風潮そのものにも原因があると思う。

今はちょっといいカメラ買えば、ぶっちゃけ一人でも映画が撮れる時代です。
そういうあきらかな産業革命がおしよせてるのに、いつまでたっても旧態依然とした態度をとり続けると、末端の人間はほいほい逃げてくと思います。



とはいえ。
A君はただの勘違い君だと思います。
クビで当たり前。どんな業界でもやっちゃいけないですよね。と言うより、普通に一般常識が欠落してる。



という上記のさまざまな内容もわたしの勘違い意見かもしれません。
それをさしおいても、やはり作品がどーしよーもねーと「くそっ!!」って思います。
人として悔しいです。

自分も情けなくなる。
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治験日誌 6

2009-08-04 01:23:46 | シリーズ・治験病棟
○某日(火)曇のち晴れ 入院9日目(投与8日目)
 朝が軽い。
 仕事をやり、日常に住むと朝が重くなるものだが、ここでの朝は違う。日常の休日の朝は軽いが、その軽さとも違う。べつだん、スキップをしたくなるほどの軽さでもないし、けだるい、倦怠感のただよう軽さとも違う。
 ただ、「ああ、きたか」というそれだけの朝。目覚めはよい。

 今日は体温と血圧もはかった。採血は上手な看護婦さんがしてくれて、痛くなかった。

 昨日に続いて「人間失格」を読む。面白くなってきた。

 朝飯。ロールパン3つ(マーガリン、イチゴジャム付)、カニカマサラダ(ドレッシング)、バナナ、パック牛乳。
 食パンじゃなかった。たまにはこれもいい。
 レンジで15秒ほど温めてマーガリンとジャムを塗る。食パンと違い、たっぷりと塗れた。ほんのり温かいロールパンに溶かされ、交わるマーガリンとジャム。口にほおばると舌がとろけた。
 安上がりな舌だなあ。

 書き出し、TVを観たりして過ごす。彼女いない歴23年、童貞の23歳が出てた。23。まだぜんぜんいいだろ。

 昼飯。弁当形式。ご飯と漬物、焼き鮭、野菜の煮物、茄子の酢味噌和え、キャベツとトマト、味噌汁。
 先週の鮭と違って塩味しっかり、たいへんおいしかった。鮭に味噌汁ってのは、あうなあ。


 14時からお散歩。期間中、三回しかないのにもう二回目。
 目的地はS公園。タクシーで行き返りし、園内一周、植物園内自由行動、ふれあい動物園内でまた自由行動。最後に園内にあるタワーに上り、終了、というコース。
 昨日降った雨の影響か、ほどよく涼しく、散歩にはもってこいの日和だった。頬をなぜる涼風が、なまった体に心地よくしみた。まるで毒のような息を吐きながら、それとかわりに新鮮な空気を吸いとっていくよう。園内は以外に広く、若干の汗がまた心地いい。
 残念なのは噴水が掃除中で拝めなかった事。公園の端に、階段を登って広場を一望できる場があるのだが、そのために枯れた噴水パイプがむき出しで、やや殺風景に感じた。

 ぐるりとまわって植物園へ。ビニールハウス内に小さな滝も再現していた。サボテンやあまりみかけない珍妙な花等、好きな人にはいいヒマつぶしになるだろうが、植物など普段からあまり見ないたちなのでどうもピンとこず。自由時間が30分なので、ふらっと二週してラウンジの水槽ばかり見ていた。

 次、待望のふれあい動物園。小さなところだと聞いてはいたが、その通りだった。ちんまりと、閑散とした風情がなんとも言えず。平日はまあ、こんなものだろう。しかしこれはまた地元の児童公園を思い出すな・・・。
 入口付近にあったふれあいコーナーには小牛二匹とヤギがつながれており、その奥には飼育のお姉さんが座っていた。前には三つ箱が置いてあり、のぞきこむと、かわいいモルモットが数匹ずつ入れられていた。どうやらこれをだっこさせて金をとるらしい。ひくひくしててかわいい。動物が「感じる」腰の部分を指先でつついてやると、噛まれそうになった。昨日新聞で、「ハムスターに噛まれた飼い主、アナフィキラシーショックで死ぬ」という記事を読んだのを思い出し、早々と手を引っ込めることにした。
 ほか園内には、アライグマみたいなのやらリスやらリス猿みたいなのやらそのまんま豚なんかがいたりした。メインはどう見てもカモシカだが、つくねんと、ただそこにおるだけで「なんてなまけた奴らだろう」と思った。
 みんな植物園以上につまらなかったらしく、30分のはずが、25分で移動となった。シメでふれあいコーナーもう一度行きたかったのに・・・。しかし動物にふれあう事に飢えている自分にとっては、この動物園訪問は非常にありがたかった。

 最後、タワーにのぼる。といってもエレベーターで。見た目、あまり高くなさそうだったのだが、思った以上に高く、また何も見るものなんかないと思っていたが、近くの自動車解体場や遠方の峰々、見栄えする工業地帯等、東京の展望とはまた違った趣の、ある意味それより俺個人の心情をくすぐる情緒が存在した。空がほどよく曇っており、その雲の切れ間から神々しく伸びる陽光があいまって、特に工業地帯は神々しいまでだった。あの下では今も俺の知らない様々の人たちが様々の人生をはらませて生き、仕事し、作業に従事している。力強い工業地帯の遠景は、そういった「自分の知らない場所や事情」の想像をかき立たせてくれ、美麗な山々のパノラマより好きだ。


 病院に着いたのは4時半ごろ。昨日M田さんが録っておいたボクシング、亀田興毅の試合を見たりして過ごす。

 夕飯。ご飯、鶏肉の蒸し料理(?)、付け合せでみじん切りキャベツ煮(?)、野菜の煮物、味噌汁。
 鶏肉料理は、ほんとにこれこそ謎で、片栗粉をとかしたような、ゼラチン質のものがまわりについていたが、無味。醤油とマスタードが付いており、どうやらそれに付けて食べるらしい。このキャベツ煮は刺身のツマのようにして鶏肉に乗せるといい塩梅。にしてもここの食事は謎料理が多いな。病院食はどこもこうなのか?

 「人間失格」読了。この沈鬱な、一種独特の人びとしか持ち合わせない「浮世意識」は、残念ながら俺は持ち合わせていない。人嫌いだが、人びとに求愛し、裏切られ、それでも自分が悪いという、あの独特な感情。唯一分かったのは、自分を襲う悲劇の、ほかと違うかっこうのつかなさ。それへの嘆き。ゆえに他人に同情もされず、押し込めることしかできない、それへの悲観。悲劇性。これは本当に痛切だと、身をもって知っているつもりだ。俺でなくとも、ふと思い出せば、人間ならだれしも思い当たるんじゃないだろうか。
 解説によると、「人間失格」は太宰文学の集大成であり、やや説明不足なところも、いままで彼の文学を読んできた者になら補足しうる、とのことだった。
 そういえば小学校のころ学芸会で「走れメロス」やったな。俺、山賊役。山賊は三人いて、ちゃんと殺陣もつけて、一生懸命やったのに本番で笑われたっけ。あとで母に聞いたら動きが滑稽に見えたらしい。どういうふうにだろう。俺はいまだにその滑稽なさまが思い当たらない。

 軽食。カップケーキ。
 一巡してますな。

 就寝前の鉄人28号。第五話、ブラックオックス再登場!かっこええ。

 消灯。
 悪夢をふたつ見る。ひとつは実家のローン未済の車を二度にわたって事故って壊し、土下座をしたがそれでもオヤジが怒ってるというもの。あれがほんとだったら、さすがにそうだろうな。
 もうひとつは忘れた。完全にではないけど。平井和正の「幻魔大戦」によると、こういった状態は「輪郭だけ残存しており、内容が完全に失われている」と形容されていた。
もっともらしくかっこいいな。





○某日(水)曇 入院10日目(投与9日目)
 本日で入院10日目。もちろん特に感慨なし。だってまだ半分いってないし。

 本日からラウンジにあった「幻魔大戦」を読むことに。
 が、遅々としてページが進まない。漢字はむずいし、環境描写は長ったらしいし・・・。正直読むのおっくう。

 朝飯。食パン(マーガリン、イチゴジャム付)、ゆで卵、サラダ(ドレッシング)、桃缶詰、パック牛乳。
 ほんと、一巡したって感じだな。明日あたり豚つみれ入オムレツか。

 これ書いて過ごす。けっこう時間かかるもんだ。こんなもんにも。

 昼飯。弁当形式。ご飯と漬物、麻婆豆腐、春雨サラダ、こんにゃくの甘煮、味噌汁。
 感想もくそも、一巡しとるだけ。

 しかしさっきから製薬会社のやつかなんかしらんが、廊下うろうろして俺ら見てる。腹立つわ。女社員まで来て小ぎれいなスーツまとって。まるで見下されてるようだ。せめてガンくれるだけでもしておく。
 DVD「トリプルX」観る。痛快なスタントアクション。クライマックス、最終兵器の「アハブ」を阻止するシーンはドキドキもの。エンターテイメントとして楽しませてくれた。だがそれだけ。無難におもしろいだけで、特にもう一度観たいとも思えない。でもヒロインのデラベッピンが、ダリオ・アルジェントの娘ってのにはびっくり。胸は小さいと思ったが。

 夕飯。ご飯、クリームコロッケ、添え物でレタスとプチトマト、里芋と大根の煮物・味噌がけ、味噌汁。
 揚げ物ってのはうれしいな。衣がさくさくしていて、なんだか久しい食感に思えた。

 UNOやる。5人で8セットを2巡したが、約二時間かかった。
 気付いたら俺も絶叫していた。麻雀やってた連中と同じじゃないか。こういう場合、自責の念すらあつかましく感じ、自分にイラつく。

 軽食。ぶどう。
 こういうの、ほんとずっこけるな。こんなもん腹の足しになるかっての。

 鉄人28号第六話。クライマックスで消灯時間。また明日。

 消灯。夢見たような見てないような・・・。まあぐっすり寝た。
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