岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

3月、弥生尾根を登る / イルミネーションは電気の垂れ流し。だから、「温暖化」は進む

2008-01-10 06:39:43 | Weblog
(…今日の写真も弥生尾根だ。場所は大黒沢の右岸尾根になる。昨日の写真とは季節が違う。とはいっても1ヶ月半ほどの違いである。3月中旬だ。お天気は薄曇り、天は高い。積雪は硬く、スキーは殆ど埋まることはない。ストックだってリング(バスケットともいうらしい)が積雪面に浮き出ている。しかし、積雪は少ない。普通の年より、3月になっても3mは少なかった。
 私は昔を懐かしむ癖があるらしくて、「トンキン竹」製のものを、大分長い間探していた。そして、一昨年ようやく手に入れたのだ。自衛隊員が使用するものらしいが、隊員が自分で使い易いものを「対」で選んだ後に、「対」にならないものや部品の不足品が残るらしく、それらは「廃棄」されるというのだ。その「廃棄」されたものの長さを私の身長に合わせて調節して使うようにしたものが、写真の「竹ストック」である。私は30数年前の気分を少しだけ味わった。竹のしなやかな柔軟性としなりの優しさが何とも言えなかった。
 なにせ、「山スキー」で最初に使用したものが「さかいや(現在も東京にあるらしい登山用品店)」製の150cm長、イタヤの1枚板だった。
 ビンデングはドイツのジルブレッタ製のワイヤーであった。シールは「アザラシ皮」であったが、今のように粘着性ある物質で貼り付けるものではなく、先端と中央を紐でスキー板に縛り付けるというものだった。
 スキー底面とシールの間には「雪」が入り、それが「こぶ」になって操作性はまったく悪かった。しかし、「滑り」は今の貼り付け型のナイロンシールよりも遙かによかった。 大体が、シール面に「こぶ」が付かなかったのである。今のナイロンシールは雪面が溶けて来るとその水分を吸って、それに軟雪が付くと直ぐこぶになり、滑らなくなってしまうのだ。
 写真に見えるこのスキーはフランス製である。ALTIPLUME2というネーミングでスキーの名前はDynastarとある。値段は高かったが「軽く」て「柔軟性」に富んでいるので購入した。10数年前である。170cm長である。気に入って使っている。
 ビンデングはジルブレッタ300だが、ワイヤーではない。一昔前の「軽い」140度以上は前傾出来る金具だ。今はこれすら誰も使っていないだろう。
これは昨年の写真だ。一昨年に続いて積雪は少なかった。今季もまた一昨年や昨年の雪の降り方と同じである。昨日の朝は、氷点下8℃まで下がった。これで「冬」だと思ったが、雪の降り方は「冬」ではない。日中に降っていた「様子」は春の淡雪に近かった。
 私は後、何年生きられるのだろう。その間に「これまでどおりの季節の推移」に戻さねばならない。焦るのだが、一人ではどうすることも出来ない。
 出来るとすれば、室内気温を20℃以上にしないように「温度計」とにらめっこをしながら、「灯油ストーブ」をコントロールすることだ。
 それに、「電気」の消費を極力抑えることだけである。パソコンは電源をオフにしても、マザーボードには通電されている。使っていない時は、電源ケーブルを抜こう。「インターネットの常時接続」など業者の言いなりになっていてはいけない。
 私は「自動車」を持たないので「排気ガス」を出さないし、「タバコ」を喫わないので「空気中の酸素」を喫う人よりは消費しないし、CO2も出さない。)

■■ もったいない。イルミネーションは電気の垂れ流し。だから、「温暖化」は進む ■■

 毎年12月の中旬になると、気持ちが落ち着かなくなる。
…「ああ、あと10日でクリスマスだなあ。」「どんなプレゼントをもらえるのだろうか、どんなプレゼントをあげればいいのだろう。」「イブの夜を誰と、どのように過ごそうか。」などと考えるからではない。
 私は生まれてこの方、たった2回だけ、「クリスマス」と称して「ケーキ」を囲んだことがある。それ以前も、その後は家庭でも、社会でも、個人としても「クリスマス」とは「無縁」の生活をしてきた。私は熱狂的な「仏教徒」ではないが「ご先祖さま」の墓を「お寺さん」にもっている「仏教徒」である。
 2回だけ、「クリスマス」と称して「ケーキ」を囲んだのは、子どもが小学生の時である。私の子どもが小学生の頃から、日本の多くの仏教徒たちが、何の抵抗感も違和感も持たないないまま、キリスト教の「クリスマス」を家庭や組織体に持ちこんだのだ。家庭と縁がない一人暮らしの個人は「クリスマス」を商売の方法として利用している「企業の目論見」に大いに靡いて、関連「商品」を買い込んだ。
 私の子どもは「女子2人」である。「自家」を持たない貧しい生活だったが、妻と相談をして「雛飾り」のセットは、子どもが幼稚園に通っていた時にそろえた。そして、毎年2月中旬から、狭い部屋にそれを飾り、3月3日の「上巳(じょうし)」の節句には、子どもの成長を祝ってきた。
 たった2回子どもと「クリスマスケーキ」を囲んだ頃は、学校でもその時季になると同級生や友達の間で「クリスマス」の話題で持ちきりになるらしかった。多くの「仏教徒」の家庭でも、この奇妙な宗教性がまったくない「ショウタイム」を演出していたようである。だから、子どもにとって「よその家庭や他の同級生、友達」が誇らしげに語る「クリスマス」の真似事をどうしても自分の家庭でもしてほしかったのであろう。
その気持ちを無碍に出来なくて、2回だけ、それをしたのであった。

 その翌年には、私は2人の子どもを前にして次のように語った。
簡単に言えばこうだ…。
 『「クリスマス」とはキリスト教徒のお祭りです。日本にもキリスト教徒はおります。しかし、その人数は多いものではありません。私の家はお釈迦さまを大事にしている「仏教徒」です。日本では大半の人がこの「仏教徒」です。お友達の中で、「クリスマス」に「キリストさま」に感謝の祈りを捧げたと言っている人がいましたか。殆どいないでしょう。「クリスマス」で一番大切なことは、この「感謝の祈りを捧げ」るということなのです。その気持ちがないのに「クリスマス」はをすることはおかしいことです。それに、大事にしている「神さま」が違うので、今年からは「クリスマス」をやりません。』 
 その後、子どもたちから「クリスマス」という言葉は聞かれなくなった。今思えば、その「クリスマス」の時季になると、話題の中心から、いつも疎外された生活を2人の子どもたちはしてきたのだろう。よくも「いじめ」に遭わなかったものだと、今は思うのである。「いじめ」に遭っていたかも知れないが、口に出さなかっただけかも知れない。

 この稿の主題は「イルミネーションによる飾り付け」なのだが、それと「クリスマス」がどのような関係にあるのだと思う人もいるだろう。それは、「イルミネーション」の「原型」が「クリスマスツリー」にあるのではないかと考えるからである。(この稿は明日に続く。)