(今日の写真はある年の1月上旬に「岳登山道尾根上部」で写したものだ。
この山行は「テント」泊であった。前の日に「スカイラインターミナル」まで登って来て、風を避けて「建物」の後ろにテントを張って泊まったのである。
まさかこんなにいい天気になろうとは思わなかった。40年以上岩木山の「冬山」登山を続けているが、このような「好天」に出会うことはまず、「稀」である。
気温は確かに低かった。氷点下25℃以下だったろうか。降雪は思ったよりも少なく、「テント」は雪に埋まるようなこともなく、寒さを除けば「登山コンデション」はこれも悪くはない。
明るくなるのに併せて、軽く朝食を済ませて、「ワカン」を着けて山頂を目指す。テントはそのままにしておく。ただし、背負うザックの中身は「幕営」用のもの以外すべてである。昨日よりは「テント」分だけ軽くなったという感じだ。
まだ薄暗い。しかし、吹雪でもなく、雲があるわけでもないので「視界」は利く。
ふと前方を仰いだら、山頂だけが「白く」輝いて見えた。お日様が昇ってきたのだ。登山ルートは岩木山の南西上部なので、東から登る太陽の光を浴びる時間が遅い。だから、「輝き」からはまだ取り残されている。
次第に山頂部全体に「輝き」が広がり、山頂鞍部から漏れた、その光の「線条」は、赤沢対岸の「西法寺森」の頂を照らし出した。
すべて「真っ白な世界」が、「群青色」の世界に変わる。気温と太陽光のプリズムと屈折が生み出す妖しい世界である。
このような色彩に包まれることは「里」での生活ではあり得ないことだろう。
次第に太陽が高く昇り、岩木山の全体を光で包み込むと、晴れている時ほど「岩木山」は野暮な白一色の世界に変わる。それは、陰影と微妙な色彩変化に乏しい世界でもある。
晴れはいい。だが、吹雪や視界のよくない岩木山も、その意味では「いいもの」である。)
■■ 歩くこと、走ることにまつわる話し、あれこれ(2)■■
「行く手を塞(ふさ)いでいるもの」、それは「歩道」に駐車している「自動車」である。
最近は「歩道」に「駐輪」してある「自転車」が問題になっていて、法的な処置も厳しいものになるらしいのだが、その「自転車」ではない。れっきとした「自動車」なのである。
「自動車の歩道占拠」は何も今に始まったことではない。
私は退職するまで市内のM高校に13年間通った。夏場は自転車、冬場は道路事情によって「歩行」と「走行」のいずれかに、または、その「二つ」のコンビネーションを実行していた。
「自動車の歩道占拠」は通年に渡って見られるものである。夏場は「何とか避けて」通ることが出来るのだが、これは、まさに「命がけ」である。それは歩行者である私に「車道」に飛び出すことをうながすものだからだ。
「歩道」に「縦」に駐車してある場合は、車道に飛び出す範囲は狭くなるので「走行車両」との接触は「僅差」で済む。だからといって「撥ねられない」という保障がある訳ではない。
この歩道に「縦」に駐車しているものの中で、「自動車」の「鼻先」を、私が歩いている「歩道」の進行方向に「向けて」いるものがある。これは、「自動車」からすると道路の右側に、つまり、「進行方向の右側に駐車している」ことになる。これは明らかに「道路交通法」違反だろう。歩道に駐車していることも入れると「二重」に違反行為をしていることになるのではないか。
ただし、このような「駐車違反」は「歩道」に「横向き」に駐車している自動車より歩行者に「優しい」。これは皮肉だ。
冬場の日暮れは早い。帰宅時の午後5~6時になると、最早「真っ暗」となる。その中で歩道を歩く。
前方に何もない「つもり」で歩いて行く。ところがである。突然、この縦向きや横向きに「駐車」している「自動車」を発見する。速歩の場合は直ぐには停止出来ない。「ガツン」とか「ガチン」とぶつかってしまう。
思わず「向こう脛」を自動車の前部バンパーや後部バンパーに強く打ち付ける。これは痛い。何ていったって「弁慶の泣き所」と言われるくらいだがら「大変」な痛さなのだ。 その痛さを堪えて、「車道」に飛び出し、我が身を自動車との衝突という危険にさらしながら、先を急ぐのだ。
このような経験を何回か重ねるうちに、「弁慶の泣き所」をバンパーにぶっつけない方法を習得してしまった。経験はやはり、何とかの母である。
それは、ぶつかる瞬間に自動車のボンネットに手をついて「自分の体を浮かせ」すぐさま「両足を後ろに蹴り上げる」体勢を作るということだ。
だが、これは「横向き」駐車の自動車や「ボックス型」の自動車では、出来ないことだった。相変わらず、「向こう脛」強打の痛みと戦いながら、私は歩いていた。そして、今も歩いている。
さて、「横向き」に駐車されるとどうなるのだろう。歩行者の私は、大きく「車道」に飛び出すことで、ようやく「前に進むこと」が許されるのだ。しかし、それは真っ正面から対向してくる「自動車」との接触や衝突の機会が大幅に増えるということだ。
これだと、命がいくつあっても足りない。日本という国の「陸上交通体系」には「歩行」という交通方法が入っていないのではないかとさえ思ってしまうのだ。(この稿は明日に続く。)
この山行は「テント」泊であった。前の日に「スカイラインターミナル」まで登って来て、風を避けて「建物」の後ろにテントを張って泊まったのである。
まさかこんなにいい天気になろうとは思わなかった。40年以上岩木山の「冬山」登山を続けているが、このような「好天」に出会うことはまず、「稀」である。
気温は確かに低かった。氷点下25℃以下だったろうか。降雪は思ったよりも少なく、「テント」は雪に埋まるようなこともなく、寒さを除けば「登山コンデション」はこれも悪くはない。
明るくなるのに併せて、軽く朝食を済ませて、「ワカン」を着けて山頂を目指す。テントはそのままにしておく。ただし、背負うザックの中身は「幕営」用のもの以外すべてである。昨日よりは「テント」分だけ軽くなったという感じだ。
まだ薄暗い。しかし、吹雪でもなく、雲があるわけでもないので「視界」は利く。
ふと前方を仰いだら、山頂だけが「白く」輝いて見えた。お日様が昇ってきたのだ。登山ルートは岩木山の南西上部なので、東から登る太陽の光を浴びる時間が遅い。だから、「輝き」からはまだ取り残されている。
次第に山頂部全体に「輝き」が広がり、山頂鞍部から漏れた、その光の「線条」は、赤沢対岸の「西法寺森」の頂を照らし出した。
すべて「真っ白な世界」が、「群青色」の世界に変わる。気温と太陽光のプリズムと屈折が生み出す妖しい世界である。
このような色彩に包まれることは「里」での生活ではあり得ないことだろう。
次第に太陽が高く昇り、岩木山の全体を光で包み込むと、晴れている時ほど「岩木山」は野暮な白一色の世界に変わる。それは、陰影と微妙な色彩変化に乏しい世界でもある。
晴れはいい。だが、吹雪や視界のよくない岩木山も、その意味では「いいもの」である。)
■■ 歩くこと、走ることにまつわる話し、あれこれ(2)■■
「行く手を塞(ふさ)いでいるもの」、それは「歩道」に駐車している「自動車」である。
最近は「歩道」に「駐輪」してある「自転車」が問題になっていて、法的な処置も厳しいものになるらしいのだが、その「自転車」ではない。れっきとした「自動車」なのである。
「自動車の歩道占拠」は何も今に始まったことではない。
私は退職するまで市内のM高校に13年間通った。夏場は自転車、冬場は道路事情によって「歩行」と「走行」のいずれかに、または、その「二つ」のコンビネーションを実行していた。
「自動車の歩道占拠」は通年に渡って見られるものである。夏場は「何とか避けて」通ることが出来るのだが、これは、まさに「命がけ」である。それは歩行者である私に「車道」に飛び出すことをうながすものだからだ。
「歩道」に「縦」に駐車してある場合は、車道に飛び出す範囲は狭くなるので「走行車両」との接触は「僅差」で済む。だからといって「撥ねられない」という保障がある訳ではない。
この歩道に「縦」に駐車しているものの中で、「自動車」の「鼻先」を、私が歩いている「歩道」の進行方向に「向けて」いるものがある。これは、「自動車」からすると道路の右側に、つまり、「進行方向の右側に駐車している」ことになる。これは明らかに「道路交通法」違反だろう。歩道に駐車していることも入れると「二重」に違反行為をしていることになるのではないか。
ただし、このような「駐車違反」は「歩道」に「横向き」に駐車している自動車より歩行者に「優しい」。これは皮肉だ。
冬場の日暮れは早い。帰宅時の午後5~6時になると、最早「真っ暗」となる。その中で歩道を歩く。
前方に何もない「つもり」で歩いて行く。ところがである。突然、この縦向きや横向きに「駐車」している「自動車」を発見する。速歩の場合は直ぐには停止出来ない。「ガツン」とか「ガチン」とぶつかってしまう。
思わず「向こう脛」を自動車の前部バンパーや後部バンパーに強く打ち付ける。これは痛い。何ていったって「弁慶の泣き所」と言われるくらいだがら「大変」な痛さなのだ。 その痛さを堪えて、「車道」に飛び出し、我が身を自動車との衝突という危険にさらしながら、先を急ぐのだ。
このような経験を何回か重ねるうちに、「弁慶の泣き所」をバンパーにぶっつけない方法を習得してしまった。経験はやはり、何とかの母である。
それは、ぶつかる瞬間に自動車のボンネットに手をついて「自分の体を浮かせ」すぐさま「両足を後ろに蹴り上げる」体勢を作るということだ。
だが、これは「横向き」駐車の自動車や「ボックス型」の自動車では、出来ないことだった。相変わらず、「向こう脛」強打の痛みと戦いながら、私は歩いていた。そして、今も歩いている。
さて、「横向き」に駐車されるとどうなるのだろう。歩行者の私は、大きく「車道」に飛び出すことで、ようやく「前に進むこと」が許されるのだ。しかし、それは真っ正面から対向してくる「自動車」との接触や衝突の機会が大幅に増えるということだ。
これだと、命がいくつあっても足りない。日本という国の「陸上交通体系」には「歩行」という交通方法が入っていないのではないかとさえ思ってしまうのだ。(この稿は明日に続く。)