日曜日の午後、松戸の隣の隣の隣、埼玉県の吉川というところへ公孫樹(イチョウ)を見に行ってきました。
できることなら、さいたま市の南与野まで行って「新日本名木100選」のうち、妙行寺の大榧(オオカヤ)を見たかったのですが、電車の冷房に長時間当たるというのが、どうやらいまの私の身体には鬼門の一つであるようなのです。
大榧を見るためには武蔵浦和まで武蔵野線に約三十分、埼京線に乗り換えて南与野まで二駅四分間、電車に揺られなければなりません。短時間乗るだけの埼京線は問題なしとしても、問題を孕んでいるのは武蔵野線で三十分もの間、車内冷房の風に晒されなければならぬということです。
新松戸で府中本町行の電車を待っている間、非常に蒸し暑かったので、この暑さと冷房の寒さとの落差がいかんのだ、と考え過ぎたのがいけなかったのか。電車ではわざと坐らず、冷風口から一番遠いと思われるところに立ったのですが、十分ほどすると、身体は冷えて気持ちよくなってくるのとは裏腹に、偏頭痛が出ました。とてもたまらんという状態ではありませんでしたが、早めがよいだろうと考えて、電車が駅に滑り込んだところで降りることにしました。
やむなく降りたのは新松戸から四つ目の吉川駅でした。
しばらく温まって(などというのは、お風呂に入っているみたいで変ですが)次の電車に乗ってもよかったのです。しかし、わずか十分で偏頭痛の出る兆候があるとすれば、武蔵浦和に着くまでにもういっぺん降りて温まらなければならない。そんな面倒なこたぁ……と思って、改札を出ることにしました。
偶然ここは先月湯島へ通院した帰り、車で送ってくれたYさん(♀)が住む町です。家は吉川、と聞いただけですから、どこに住んでいるか知りません。
どんな町なのだろうと市のホームページを覗いていたので、密厳院というお寺に公孫樹(イチョウ)の巨樹があるということをあらかじめ識っていました。
ただ、今回は突然訪ねることになったわけですから、お寺の名も「なんとか院」という程度のウロ憶えだったし、地図も持ってきていない。お寺があるのは駅の南方、中川の流れに近いところだったはず、というあやふやな記憶しかありません。
駅南口ロータリーには金の鯰(ナマズ)親子のモニュメント(上)。北口にはなまずの里の売店兼観光案内所がありました。
吉川は江戸川と中川に挟まれた肥沃な土地で、すでに万葉集の時代から早稲米の産地として著名だったようです。
水運も盛んで、つれて川魚料理という食文化も根づきました。「吉川にきて、なまず、うなぎ食わずなかれ」といわれるほどなのだそうです。
私は鰻は好物ですが、いまの体調にはかなりヘビーな食べ物です。食べれば胸焼けを起こすのは必定。
鯰のほうは食わず嫌いかもしれませんが、私にとってはゲテモノの範疇。よって、折角きたけれども、両方とも食わずに失礼するのです。
ともかく南の方角を目指して歩いていたら、青緑色の甍が見えたので立ち寄ってみると、清浄寺(しょうじょうじ)という浄土真宗本願寺派のお寺でした。
親鸞聖人の弟子二十四輩第七番の西念が開創したと伝えられています。
境内にある南無仏塔(上)と西念法師の塔。両方とも埼玉県の文化財です。
南無仏塔は「南無仏正安三年」と刻まれた青石(緑泥片岩)の塔婆。正安元年(1299年)に外交使節として渡来した宋の僧侶・一山一寧の作。仙台・松島へ遊歴した途次に立ち寄って遺した書と伝えられています。
蕎高(そばたか)神社。
偶然、「蕎高神社北」というコミュニティバスの停留所を見つけたので、立ち寄ってみました。
狛犬は一般的には右が阿形、左が吽形ですが、ここでは逆です。珍しいと思ってカメラに収めましたが、無人の神社だったので、なぜ逆なのかはわかりません。松戸には字は異なるが、読みは同じ蘇羽鷹(そばたか)神社があります。同じ由来なのかどうか。
家に帰ったあと地図を調べてみると、駅に近いところにもう一つ蕎高神社がありました。
密厳院に到着しました。吉川駅から約1キロ。
創立年代は不詳ですが、八百年以上前、鎌倉時代ではないかといわれています。本尊は地蔵菩薩で、恵心僧都(942年-1017年)の作と伝えられ、子育てと安産に霊験あらたかと信仰を集めてきました。
境内中央に聳える大公孫樹。
樹高30メートル、根周り12メートル、推定樹齢八百年。埼玉県指定の天然記念物です。
この公孫樹は雌木、すなわち銀杏を実らせます。
公孫樹の巨木は結構ありますが、大概は雄木で、雌木でこれだけの巨樹は珍しく、関東一だそうです。秋になったらいま一度見にこなくてはならぬという宿題ができました。
密厳院から300メートル足らず。観龍院。開創は天文年間(1532年-55年)。真言宗豊山派のお寺です。
境内には、ボケ除けおさすり地蔵がありました。みんなが頭をさするので、そこだけ色が変わっています。
私には物忘れのひどいときがあるとはいうものの、自分ではまだ「ボケ」の域には入っていないと思うので、いまのところは無縁……と思ったけれど、キッパリとは思い切れません。で、一応さすっておくことにしました。
中川河畔に出ましたが、そよとした川風もなく、蒸し暑さは揺るぎません。
駅に戻るうちに、にわかに空がかき曇ってきたので、帰ることにしました。
↓この日歩いたところの航空写真と地図です。
http://chizuz.com/map/map71313.html
吉川でも廃品回収車が走っていました。家電製品、パソコン、プレイステーションという聞き慣れたものに加えて、「農耕具」といっていたのが土地柄で面白いなと感じました。
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