礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「話します」の希望は「話しとうございます」

2022-11-25 01:22:21 | コラムと名言

◎「話します」の希望は「話しとうございます」

 松尾捨治郎著『国語論叢』(井田書店、一九四三)から、「第三 外国人に教へる基本文型」を紹介している。本日は、その四回目。文中の傍線、一字アキは原文のまま。

    六 ます型

 専門の国語学者の中に、ます 候ふ 侍り と 奉る 申す 給ふる 等とを、一列にして之を 謙語 謙譲語 謙称 等と称する人が多いけれども、 といふ以上一人称に伴ふことになるので、首肯出来ない。Rudolf LangeがIt(masu) indicates that the speaker wishes to be courteous …… One must be more careful to add masu to verbs in the first person in the third, (colloquial Japanese 206)といつて居る方がまだましである。collard の
《吾々が語る事物に敬意を添へるのではなくて、話の相手を尊敬する言方である。例へば、Cui,cu, は食ふを意味するが、下僕は主人の前では、「鼠が食うた」とはいはないで、「鼠がくひまらした」といふ。》(コイヤード日本語文典59)
といふ説明は、ますの前身まらすについてゞあるが、ますに取つても実に適切な説明で、筆者〔松尾〕の所謂非成分(対称でない対者)敬語である。三百年前に外国人に知られた語法が、今日なほ専門家の為に、あらぬ方へ持ち廻られて居るのは嘆はしい。其の為でもあるまいが、高等普通教育乃至師範教育を修了した者で、お帰りなさる 帰ります を混同する者、区別して用ゐては居ながら、明かに之を説明し得ない者が、過半あるやうである。内地外地に於て、内外人に対して、国語を教へて居る人々の中にもかういふ人があるらしいのは、長い年月の間の国語学集軽視の余弊ではあるが、真に慨くに余〈アマリ〉ある。其の教師が軽んじられるのは勿論、延いては国語の価値が疑はれ、国運の新興を妨げること少々ではあるまい。

    七 だ型 です型

  1 此は面白い本。(関西はぢや)  此が面白いの(同上)……面白いんだ
  2 此は面白い本である。      此が面白いのである
  3 此は面白い本です。       此が面白いのです……面白いんです
  4 此は面白い本でございます。   此が面白うございます
12は共に尊敬の意の無い平語だが、2は現代の純粋対話語には用ゐないで、演説 講話講義 記載口語等にだけ用ゐる。此の語の成立を言へば
  に(にて)あり――なり    である――であ < だ(東)/ぢや(西) 
であの用例は天草本伊曾保物語に二つ程見え、現代でも五戸〈ゴノヘ〉や愛知県の方言中に残存して居る。此の如き語史はともかく、東西の差は教へなくてはならない。
 3のです4のでございます が に当る敬語であることは、言を待たないが、尊敬の対象は、ます同様非成分の対者である。さて形容詞にですを附けて、高いです 美しいです といふのは、東京語としては不熟であるけれども、高うございます より軽い敬語として用ゐるには、此より外にない。特に 高いでせう 美しいでせう には不熟の感もない。高いの(ん)です 美しいの(ん)です は単なる 高い 美しい の対者敬語でなく、説明の意のある 高いのだ 美しいのだ の対者敬語である。又形容詞の下にでございますを附けることは、殆んどなく、其の代りに うございます を用ゐる。Lange が「話します の希望は 話しましたい ではなく、話したうございますである。」と説いて居るのも、形容詞の対者敬語がうございますであることに関係が深い。〈三六~三八ページ〉【以下、次回】

「六」にRudolf Langeとあるが、ルドルフ・ランゲ(Rudolf Lange,1850∼1933)は、ドイツの言語学者、日本学者である。ラトビアで虐殺をおこなった親衛隊のルドルフ・ランゲ(Rudolf Lange,1910∼1945)とは、もちろん別人。
「六」の「コイヤード日本語文典」は、コイヤード著・大塚高信訳『日本文典』(坂口書店、一九三四)を指す。コイヤード(collado)は、今日では、コリャードと表記される(コリャード著・大塚高信改訳『日本文典』(風間書房、一九五七)。

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