◎『英和袖珍字彙』(1884)は、ナトール系
昨日の話の続きである。豊田實『日本英学史の研究』(岩波書店、一九三九)を開いてみると、その第一部「語学」、「一 英和及び和英辞書の発達(明治二十一年迄)」、「I. 英和辞書」、「〔二〕英吉利」、「二、英国の辞書に拠つたもの」、「(a)ナトール(Nuttall)系」のところに、(三)として、『英和袖珍字彙』(一八八四)の紹介があった。
便宜上、その少し前から引用してみたい。
(一)英 和 字 典 吉田賢輔等知新館社中編 明治五年(一八七二) 洋小
此の辞書は、私の手もとには軽い和紙に印刷されたもの(終りの表中の寸法はこの方)と所謂洋紙のものとがある。大槻磐溪〈オオツキ・バンケイ〉の跋もあるが、編者の序中に次の一節がある――
「吾党ノ二三子力ヲ戮セ〈あわせ〉日月ヲ費シ英人ニユツタル氏ノ字典ヲ本トシ傍ラ〈かたわら〉ウヱブストル氏ノ大字典ニ就キ務メテ応用ニ切ナルノ語ヲ訳出シ且ツ翻訳ニ従事スル人ヲシテ捜字ニ便ナラタメンガ為メ英漢対訳ノ字典ヲモ采用シ以テ此ノ英和字典ノ一書ヲ作ス」
但しこの英漢対訳の字典とあるのは後で説明するLobscheidの英華字典であるらしい。
【中略】
吉田氏のこの辞書では単語の綴は米国式にされてゐるが、是は発音をウェブスタ式にしたからであらう。但しOdour,Savourなどの綴方が残存してゐるのはナトール辞書の名残〈ナゴリ〉であらう。編者吉田氏の事蹟は『大日本人名辞書』に出てゐる。
(二)英和 掌 中 字 典 青木輔清編 有馬私学校蔵版 明治六年(一八七三) 洋小
是は吉田賢輔等編の『英和字典』と同系であり、訳語もそれに拠つてゐるやうである。但しこの方は発音を示さず、語彙の綴は全部英国式であり、且『英和字典』の訳語が漢字交り文であるのに対してこの方の訳語は全部片仮名である。
(三)英和 袖 珍 字 彙 An English and Japanese Pocket Dictionary, &c. By Nishiyama Yoshiyuki. Revised by Tsuyuki Seiichi. Tokio. Iwafuji, Katow, Kamei, Ishikawa & Co. 四書房合梓 明治十七年(一八八四) 洋小
編者は西山義行、改訂者は露木精一である。此の辞書は前二つと同系統であり、訳は前二つの中〈ウチ〉の後者と同式で片仮名で記してある。綴は前二書に -ourとあるものが、大抵 -orとなつてゐるが、arbour, vigour等も残つてゐる。即ち本書は綴を米国式にしようとしたことを示してゐるが、やはり英国系である。京北帝大附属図書館所蔵の本書の背にはPocket Diamond Dictionary English and Japaneseとあるが、私の手もとの本ではDiamondの語がない。
以上三つの辞書が同系であることは次の比較からも想像できるであらう。
【一行アキ】
『英和字典』(明治五年)
Attend, v.t. 気ヲ付ル、出席スル、待ツ、伴ナフ、〇用心、注心、治理/Skholar(Scholar)n. 諸生、学者 〇学生、門生
『英和 掌中字典』(明治六年)
Attend, v. キヲツケル〇シユツセキスル〇マツ〇/Scholar, s. ガクシヤ〇シヨセイ
『英和 袖珍字彙』(明治十七年)
Attend, v,a. キヲツケル。シユツセキスル。マツ。トモナフ。ツトム。キク。カヽハル。ネンヲイレル To attend to business. コトヲリスル To attend upon a guest. バイシヨクスル/Scholar, n. ガクシヤ。シヨセイ。セイト。モンテイ。デシ〈五八~六二ページ〉
(一)のところに、「英人ニユツタル氏」とあるが、豊田實のいう「ナトール氏」のことである。ナトール(Peter Austin Nuttall 1793~1869)は、イギリスの辞書編集者。
(三)のところに、「Iwafuji, Katow, Kamei, Ishikawa」とある。言うまでもなく、「岩藤錠太郎、加藤鎮吉、亀井忠一、石川貴知」の四人を指している。